森の中の探し物 その1
これは森の中へと出かけた、新米冒険者に起こったお話。
「エトル、今日は特に予定はないですか?」
「急ですね、イシャナさん……」
依頼を受けてギルドに帰ってきたエトルとイシャナは、ギルドに依頼完了したことを報告していた。
報告後、イシャナがエトルに声をかけ、エトルは反応に困るような顔をしていた。
ちなみにルミナはいない。というのも今日は神父に連れられて、ここから少し離れた村に向かうことになったのだ。ルミナ本人はものすごく嫌がった顔をしていたが、しぶしぶついて行った辺り、神父には頭が上がらないようだ。
「けどどうして急に?」
「その、この街の近くの森林……アルテイス森林というところがありましたよね。あそこには食用に適した葉や木の実が多数あると聞いてます。それらを採取して調理して食事なんてどうですか?」
「へぇ……面白そうですね! 是非とも行きましょう!」
目を輝かせながらエトルは食いついた。何だか冒険者らしい食事になりそうで想像しただけで楽しみだ。
「お、なんだか楽しそうな話してんじゃねーか」
「ウィーゼさん!」
依頼帰りであろうウィーゼが、軽く手を挙げて2人に挨拶しながらやってきた。
「せっかくだ、オレも一緒に行っていーか? ずっと肩肘張ってると疲れるからなぁ、休息も必要だしな」
「えぇ。いいでしょう。人数は多い方が盛り上がりますし、貴方からも色々話を聞きたいですから」
急な同行要請ではあったが、イシャナは気にせず、ウィーゼも一緒に行くことを承認した。
ウィーゼが依頼の報告を終えると、3人は森へと歩いて向かった。陽はまだ明るい。街の門を抜け、歩みを進める。
「……ウィーゼさん、最近忙しそうですけど、大丈夫なんですか?」
ふとエトルは訊ねてみた。自分としても、ガルーダはどうなのかも気になるし、ウィーゼやその周りの人たちのことも心配だ。皆先輩とはいえ、同じ人間。疲労したりすることだってあるだろう。
そんな心配するエトルを、ウィーゼは心配は無用と言わんばかりに豪快に笑い飛ばす。
「ハハハッ! 新米のオメーがオレたちベテランの心配なんざまだはえーよ! オメーは気にせず、やれることだけやっときゃいいんだよっ!」
そういってエトルの背中を叩く。割と加減してないようでバシンという音が背中から鳴り、その音に見合った痛みが伝わる。エトルは思わず顔をしかめたのだった。
「ま、とりあえず心配してくれることだけは礼を言っとくぜ。サンキューな、エトル」
「あ……あぁ、いえ。今の僕にはこれしかできないんで……」
申し訳なさそうに苦笑するエトル。そんなエトルを見て、そんな顔するなと言わんばかりにまた笑うウィーゼ。
そんな2人のやりとりに、「いい先輩と後輩だ」というかのように微かに笑みを浮かべるイシャナだった。
そうこうしているうちに森へと足を踏み入れた3人。とても大きな木々が辺り一帯に広がり、空も木々の枝葉でよく見えない。
このアルテイス森林は魔物の種類こそ多いが、奥地まで踏み入れなければ魔物はそこまで強くはない。実力試しにやってくる冒険者なども少なくはないようだ。
もちろん、森というだけあって採取できるものも多い。特に食用の葉や木の実が多く取れるためここを指定する依頼者もそれなりにいる様子だ。
「さてと、探すっつっても、何を探せばいいんだ? オレ、探索とかからっきしでよぉ……」
「あぁ……ウィーゼさん、昔言ってましたよね。探索は不得意だって」
この世界には多数の種族があり、それぞれに得手不得手が存在する。例えばウィーゼのような『ムスラル』はこうした探索や採取は苦手としている。逆にイシャナのような『エルフ』は採取は得意な方だ。
一方、エトルのような『ヒュム』はかなりバラバラだ。得意とするものがいれば、苦手とするものもいる。種族によってある程度得手不得手はあるのだが、その中でも『ヒュム』は1人ごとに異なる。それゆえにどっちつかずになることも、他の種族顔負けの能力特化になることもある。
そんなエトルはというと……。
「……あれ、確かこれって……」
エトルは近くにあった、地面から生えている茎についている葉っぱを1つ手に取る。葉っぱの色はやや茶色くくすんでいた。
「……何だその葉っぱ?」
ウィーゼがエトルに声をかける。かけられたエトルは葉っぱを1枚切り取ってからウィーゼに見せた。
「あぁ、えっと確かこれ、食べられる葉っぱって本に書いてました。普通に食べてもいいけど、丁寧に揚げて食べたら塩味が効いてもっと美味しくなるって」
当然本から得た知識だ。自信はあまりない。エトルは詳しそうなイシャナに確認をとるため視線をそちらに向ける。イシャナは肯定するように頷いた。
「その通りです。調味料として使う人も多いですが、生で食べるという人もいますね。……それにしても詳しいですね、エトル。普通の人なら食べることはできないって判断する人が多いのに」
「え、でも本にはそう書いてあったので……」
そういってからエトルはふと過去を振り返る。確かに以前、イシャナとルミナと共に湖の調査に向かったことがある。ただエトルが自分の幼少期の頃の話をしたときにはイシャナは遠くにいて聞いていなかっただろう。
そんな風に思い返してる間、イシャナは首を横に振る。
「いえ。読んでいても知識として蓄えてなければ判断することは難しいです。……もしかしたらエトルは探索が得意なヒュムなのかもしれませんね」
「……あぁ。確かカティエさんも言ってました。僕は探索系に向いてるって」
言われたのはギルドに登録した時だ。能力判断用の紙を使い、エトルの適正を調べたところ、木々の採取や鉱物等、探索知識が伸びやすいと言われていた。
エトルにはあまり自覚はなく、今も「本当だろうか」と少し心配ではある。
「……ふむ。でしたら」
イシャナは何かを思いつくかのように指をたてる。何だろうと、エトルはイシャナの方に注目した。
「でしたらエトルが率先して採取する、というのはどうでしょうか? 経験も積めるようになりますし、何より知識としてどこまであるのかがとても興味ありますので」
「え……ぼ、僕がですか!?」
エトルは驚いた。いやいくら何でも無茶苦茶だろう。任せられるような能力があるとは思えない。
「もちろん私も手伝います。食用かそうでないかの判断だけですし、簡単でしょう?」
「それ絶対に簡単じゃないような気がするんですが……!?」
エトルは頭を抱えたい気持ちでいっぱいだ。何せ2人はベテラン、エトルよりも経験も豊富な人たちだ。
そんな人に任せられた。プレッシャーが重くのしかかる。重大だ。嫌な汗までかいてきそうだ。
「ったく、そんな顔すんなって」
エトルの不安そうな顔を見てか、ウィーゼが呆れるかのように頭を掻きながら、もう片方の手でエトルの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。相変わらず加減のない手だ。
「別に失敗したとこで全員死ぬわけじゃーねーし、不安ならイシャナに訊けばいいじゃねーか。ま、オレはなんもできねーけどな!」
最後は豪快な笑い声をあげるウィーゼ。
エトルはちょっとだけ、無理やり合わせるかのように小さく苦笑したが、確かにこれは単なる採取だ。依頼も受けてないし、奥まで行かなければそこまで強敵も少ない。気負うことなんて何一つないだろう。
それに、自分の実力を周りの人や自分自身に証明するいい機会だ。どこまで行けるのか、少しだけ楽しみだ。
よし、頑張ろう。エトルはグッと手を握り、気合を入れる。そして3人は森の中へと入っていく。
最初は不安だったエトルだったが、森の中を探索しているうちにそれらは晴れていく。その代わり、進めば進むほど彼の好奇心を刺激させていく。
森には本で見たような植物やキノコ、木の実があった。食べられないものや、食べたら危ないものも多かったが、食べられるものや探検に役立つものもあった。それらはエトルは取りすぎないように気を付けながら取りに向かう。
時折ウィーゼが「それはなんだ?」と訊ねてくることもあった。それらはエトルが答えつつも、イシャナにあっているか確認を取ってもらっている。
「えぇ。その通りです。……ふふっ。本で得ただけの知識とは言えませんね」
「え……あはは、たまに村の近くの森で見たのもあるので……そのおかげですよ」
「いいえ。それだけではないでしょう。……もしかしたら、『ヒュム』の特性なのかもしれませんね」
『特性』。その言葉を聞いて、エトルは首をかしげる。聞いたこと自体はあるが、どういうものなのかは詳しくは知らない。首をかしげたエトル。イシャナはその様子を見て、彼に軽く説明し始めた。
「『特性』というのは、我々の種族ごとにある潜在能力のことです。『ヒュム』の場合は……確か、様々な『経験』がそのまま知識や技に変換される特性とは聞きました」
イシャナの説明に、なるほど、という感じでエトルはうなずいた。
「エトルの場合は、もしかしたら幼少期の頃に得た知識や経験が、そのまま貴方の能力に換算されてるのかもしれませんね」
そうなると、今までのやっていたことはそのまま自分の力になっている……そういうことになるらしい。あまり自覚はないが、それらを含めて『特性』ということになるのだろう。
そんな風に思いふけっていると、突然、空から何かが羽ばたく音が聞こえてきた。何事かと思いそちらの方を見ると、大き目のポーチを首に下げた鷹がこちらに飛んできたのが見えた。
「あれって……伝書鷹ですよね? ギルドから何か急な連絡とかあった場合の」
「あぁ。……しかしこんなところまで来るなんて、そんな急なことか?」
ウィーゼが文句を言うかのような言葉の後、鷹からポーチの紙を1つ拾い上げて読み始める。
「えーっと何々……」
何だろうと思いながらエトルとイシャナは彼を見つめる。
「―――またかよあんの野郎ぉぉぉ!!」
すると突然、ウィーゼが怒声を上げながら手紙を叩きつけた。一体何事だろうか。




