閑話 シスターさんとギョロ目ヘビ
これは数日後の、屋台の近くで起きた小さなお話。
「こんにちは。今、空いてます?」
「おやおや。これはいつかの日の……エトルくん、だっけ?」
「覚えててくれたんですね。ありがとうございます」
エトルは嬉しくなって笑顔を見せた。
ここは大通りから外れた、小さな裏路地。そこにある小さな屋台に、エトルは1人でやってきた。目的は1つ。
「あの、おばあさん。……ギョロ目ヘビの串焼きを1つ」
「あらあら。クセになっちゃったのかしら?」
「……そう、なのかな?」
返答に困るようにエトルはそう答えた。
実際、素で食べるとそんなに美味しくはない。最初に来たときは、本当は塩などの薬味をかけて食べるはずなのだが、ルミナは毎回何も味をつけずに食べていて、そのクセでそのまま素焼きだったらしい。
「確かに最初はあんまり美味しくはないって人も多いわねぇ。でもいつの間にか食べてる人も少なくはないのよ。……ちょっと待ってのぉ。今から焼くからの」
「あ、あぁ……ありがとうございます」
そう言って屋台のおばちゃんはギョロ目ヘビを焼き始めた。しばらくすると、パチパチという音が屋台から聞こえ始めた。
「……そういえばエトルくん。ルミナちゃんとはどういった関係なのかね?」
「え、あー……最初に出会ったのは教会の近くでした。その後は色々あって、今はルミナさんには手伝ってもらってるから、お手伝い……という関係なの、かな?」
先輩後輩、という間柄より、先生と生徒に近いかもしれない。ただ、そう例えてみても答えはNOだろう。
関係としては、自分でも返答に困るような、なんとも言いにくい関係だった。
「ほうほうお手伝い……。冒険者を引退したって話を聞いたときには驚いたけど、今はエトルくんのお手伝いさん、ねぇ」
「えぇ。本当に助かってます。……他にギルドにいる人たちは、今は忙しそうですし、つい、頼ってしまうというか……」
申し訳なさそうに言うエトルに、屋台のおばちゃんは笑った。釣られてエトルも一緒に笑う。
ふと、屋台のおばちゃんの顔を見るエトル。
「(……これ、聞くぐらいなら大丈夫だよね?)」
少しだけ戸惑うような顔で、自分に問いかけるエトルだった。
ルミナ自身から話しをしない限り、あまり過去の話を聞きたくない。もしもそれがルミナにとって辛い記憶なのであれば、思い出させない方がいい。
それでも興味がないと言えば嘘になる。今までルミナはどんなことをここでしてきたのか。冒険者として過ごしてた日々はどんなものだったのか。とにかく聞いてみたいことはいくつもある。
でも今はルミナから直接聞くのは何となく、怖い。そんな自分に情けなく感じながら、ルミナを見てきた人たちに訊いてみようと思うのだった。
「……あの」
「おや、どうした?」
エトルは、意を決して聞いてみる。
「……ルミナさんと初めて会った日とか、覚えてます?」
……これじゃさっきの質問を聞き返してるのと一緒だよ。と、心の中でエトルは自分の行動に頭を抱えた。
屋台のおばちゃんはちょっとだけ目を見開いた後、微かに笑った。
「あ、ご、ごめんなさい。変なこと聞きましたよね?」
狼狽えるエトルだったが、屋台のおばちゃんは気にしてないように首を横に振った。
「いいや違うのよぉ。出会った日のことを思い出していたのよ」
屋台のおばちゃんはまた笑い、続きを話す。
「……最初の出会いはひったくりに物を盗まれた時だったねぇ。その時は大したものは入ってなかったからまぁしょうがないわねって思ってた。……でもこっちにやってきた子がいたのよぉ」
「……それってもしかして、ルミナさん?」
「そ。まぁだ小さい背丈だったわぁ。そんな子が、まさか盗まれたものを返しに来たなんて驚くでしょう?」
「盗まれたものを……」
どうやら、ルミナの手癖はかなり昔かららしい。それでも人を悲しませるようなことに使うのではなく、人を助けるために使っていたようだ。ちょっとだけ彼女らしくはないけど、彼女らしさもどこか感じていた。
「で……1週間ぐらいだったかしらねぇ。ここで屋台をしてたら偶然、ルミナちゃんがやってきたのよ」
「あぁ……確か、ルミナさんも言ってましたね。ここを見つけたのはたまたまだって」
「そうそう。そこで最初に頼んだのが……」
「……ギョロ目ヘビの串焼き、と」
ちょっと意外な選択だったのだろう。屋台のおばちゃんはこらえるかのような笑い声をあげた。
確かに、屋台のおばちゃんの前では決して声には出せないが、普通であれば選択しないような品だ。目玉の部分はとっても美味らしいが、基本的には恐ろしくマズい。では肉の部分はというとこれもあんまり美味しくない。そんなものを頼むなんて普通ならしないだろう。
「ワシもこの品は売れないからやめようと思ってた頃でのぉ。それなのに、シスター服の子がそれを頼んだと思えば、平気そうな顔で食べててねぇ……」
「……確かに、僕がおばあさんの立場だったら普通に驚きますね……」
ルミナの手癖や態度といい、自由気ままという言葉がとても似合う。今も昔も変わらなそうだ。
「ただまぁ、あの子、気に入ったのかたまに顔を出してはいつもこの串焼きを頼んでいてねぇ……他のメニューには一切目をくれずにのぉ」
「……それほど、思い入れのある品なんでしょうね、ルミナさんにとっては」
「そうかもしれぬのぉ……。はい、焼きあがったよ」
そう言って屋台のおばちゃんはギョロ目ヘビの串焼きをエトルに渡す。エトルは銅貨を数枚手渡してからそれを受け取った。相変わらず、焼きすぎともいえるぐらい黒かったが、今日は美味しそうなタレが身を包んでいる。
エトルは小さく「いただきます」と言ってから肉にかじりつく。この前は素のままで食べたのでかなり苦かったが、今日はピリッとしたタレが上手く肉の苦みを抑えつつも、あえてある程度の苦みを残した絶妙なチョイスが口の中に広がる。
「……美味しい」
エトルの口から感想が出る。屋台のおばちゃんは満足そうにうなずいた。
「そのヘビに合うタレを探すのに苦労したわぁ。……ところでエトルくん、頭の方はどうかねぇ?」
「……頭かぁ」
初めて食べた日のことを思い出す。肉以上にとにかくまずかった。腐った卵に薬草をぶちまけたかのようなマズさが、今でも鮮明に思い出せる。
……とはいえ、どんな美味なのかも興味はある。冒険者たるもの、未知には嬉々として立ち向かうべし。昔読んだある1冊の本にもそう書いてあった。
エトルは覚悟を決めるかのように頭の方を勢いよく食べた。味は―――
「……っっ!!」
腐った卵に薬草をぶちまけたかのようなマズさだ。口直しをするかのように、肉の部分を食べ始める。そんなエトルの様子を見てか、屋台のおばちゃんは大きく笑う。
……確かに人気とはいえないが、不思議な魅力に惹かれる串焼きである。いろんな意味で。エトルはそんな風に思ったのだった。
陽が傾きかける。そろそろ店じまいだ。誰もいない小さな路地で屋台のおばちゃんは店をたたむ準備をしていた。
と、誰かが屋台から顔を出す。
「おやぁルミナちゃん、いらっしゃい」
「やっほーおばちゃん。……もしかして今日はもうおしまい?」
「そのつもりだったけど、大丈夫よぉ。……いつもの1つでいいかのぉ?」
「お、ありがとね。うん、いつものでお願い」
ルミナは笑顔で頷き、屋台の向かい側の壁に寄りかかって待つことにした。
「あぁそういえばルミナちゃん。今日エトルくんも来てくれたのよぉ」
「へーエトくんが? どんなの頼んだの?」
「ギョロ目ヘビの串焼きよぉ」
「……ホントに? もーぉ、エトくんはチャレンジャーだなぁ」
彼のことだ、頭までガブリと言ったに違いない。そしてハズレを引いて今にも吐き出しそうな顔が目に浮かぶ。ルミナはそんな風に思い、クスリと思い出し笑いを1つする。
「それとルミナちゃんと出会ったときのお話も少しねぇ」
「私と出会ったときの話? ……あぁ。ここにたまたま顔を出したとき?」
「いんや、その前。ほら、盗まれたものを返してくれたでしょぉ? 覚えてるかのぉ?」
屋台のおばちゃんはギョロ目ヘビの串焼きの焼き加減を調整しながら、ルミナに訊く。その初めての出会いを思い出そうと、ルミナは考える表情をする。
「……あーごめん。全然覚えてないや」
誤魔化すかように笑うルミナ。興味のないことはてんで覚えない、いつもの自分だ。
ルミナは壁から離れると、屋台のおばちゃんの顔を屋台越しに見つめる。
「で? 他に何の話してたの?」
「ん~……あとは他愛ない世間話を少しだけかのぉ。それ以外は何も聞いてこなかったわねぇ」
「……そうなんだ」
エトルのことだから色々聞きそうだったのが、それ以外は聞いてこなかったとなると、きっと気を遣われているのかもしれない。エトルはそういう人間だ。でも、人に気を遣う優しさはとても羨ましくも感じた。
このギョロ目ヘビを食べていた時期の自分……狼と出会う前の、盗みばかりしていた自分に優しさなんてこれっぽっちもなかったのは覚えてる。焼いて食べるというのもたまたま盗み聞きして得た知識だ。
とにかく盗むだけだった自分にとって、優しさは無縁だった。
「……ありがとうねぇ、ルミナちゃん」
「え? 急に何?」
いきなり感謝の言葉を言われて、ルミナは聞き返す。屋台のおばちゃんは首を軽く傾げてから、言った。
「ほら、盗まれたものを返してくれたときよ。……あの中にはワシの親の形見が入ってた。でも仕方ないとして諦めてた時に、ルミナちゃんは来てくれたでしょぉ?」
「……あぁ、思い出した」
ルミナは両手を叩いて納得したような顔になる。しかしすぐに口を尖らせた。
「でもアレ、私の相棒が勝手に追いかけたのよ。狼に乗ってた私はそのまま一緒に追うことになっちゃって。こういう時に限って人の話なんて聞かない、手間のかかる狼でさぁ……実のところ、私はこれっぽっちも興味なかったのよ」
さも平然とした口ぶりと呆れた顔でルミナは屋台のおばちゃんに真実を告げた。それでも屋台のおばちゃんは首を横に振った。表情は緩く、優しかった。
「それでも取り返してくれたことは本当に感謝してるわぁ。……ホントにありがと、ルミナちゃんとその相棒ちゃん」
「……べ、別に」
ルミナはそっと目線を背ける。きっと気恥ずかしいのだろう。微かに頬が赤くなっているが、恐らく陽が傾いているからかもしれない。
ふとルミナは思い出す。このギョロ目ヘビ、相棒も一緒になって食べていたな。と。
「……おばちゃん。今日は2つでお願い」
「はいはい。分かったわ。ちょっとだけ、待っててねぇ」
そう言って屋台のおばちゃんは串焼きをもう1つ焼き始めたのだった。




