第拾参之幕
「んん~、今日もご飯が美味しい!」
とてもとても幸せなお昼の時間。ホント、ご飯は人に与えられた最上級の幸せの一つだと思うよ。因みに今は、お父さんが作ってくれたお弁当を味わいながら、葵ちゃんと楽しくお話をしているところ。
今日のお弁当はタコさんウインナーに出汁巻き卵、茹でたホウレンソウ、プチトマト、それとご飯って内容。私は砂糖で味付けされた出汁巻き卵よりも、しっかり出汁の味が効いた出汁巻き卵が好きで、お父さんの作ってくれるのは濃すぎず薄すぎず絶妙な味になっている。ホントは出来立ての熱々な奴が食べたいんだけれど、さすがにお弁当となるとそうはいかない。
「凛ちゃんって、本当においしそうにご飯食べるよねー」
「そう? でもまぁ実際ご飯好きだからね~。葵ちゃんも十分おいしそうにご飯食べているように見えるけど?」
「だって私もご飯大好きだもん~。でも、やっぱりそんなことしてると体重が……。いいよね~凛ちゃん細くて~」
「細いんじゃなくて、ゴツイんだよ?」
私達が仲良くなった切っ掛けの一つが、お互いにご飯好きであるってこと。私も葵ちゃんもご飯を食べることが好きで、お菓子も好きで、兎に角食べることが好きなんだよね。偶に二人でご飯やお菓子を作ったりもするんだけど、腕前はまぁ……可もなく不可もなくかな。
それにしても、全然眠くないお昼時って何時ぶりなんだろう? なんて思いながらご飯を食べている。昨日暴走しかけた力も今日は何ともないし、心身ともに落ち着いた状態で、油断はしていないけれどゆっくり出来ているとは思う。
万が一に備えて今日はずっと学校の近くにヤタがいるけれど、その必要も無さそうだし、なんなら帰って欲しいとか思うぐらい。まぁ、もし何かあったら嫌だから本当にそう思っている訳じゃないけどね。
「ねぇ凛ちゃん?」
丁度口にタコさんウインナーを運ぼうとしていた所で葵ちゃんが声を掛けてきた。
「ん? どうしたの?」
「凛ちゃん、今日はなんだかいつもと違うね?」
「んー、よく眠れてるからね、凄く調子が良いよ!」
「そっかー。何だか凄く元気な感じが伝わってくるよ~」
「そりゃね! 何なら今から校庭20周ぐらい走れちゃいそうなぐらいだよ!」
身体の底から活力が湧いて来る。校庭20周は流石に言いすぎかも知れないけれど、でも普段出来ないことが出来そうなやる気と自信で満ちている。
「ただ、何となく元気ってだけな感じがしないんだよね~」
「?」
どういうことだろう? 確かに私自身なんとなくいつもより調子が良いとは思っているけれど、別に変な事は無いと思うんだけどな。
でも、葵ちゃんの偶に発揮される動物的な恐ろしい勘には少しヒヤリとする。昨日の今日だから、もしかしたら昨日私の身体が光っていたかもしれない事を本当に見ていたのかな……。だとしたら、葵ちゃんの事だから誰かに言う事は無いと思うけれど、それでも記憶を書き換えさせて貰わなくちゃならない。
少しだけ強張った顔で、葵ちゃんの話を聞いてみる。
「どういう言う事?」
「んとね、何だろ。いつもよりもあったかい? それと……グニャグニャしてる。みたいな感じがするんだけど、うまく言い表せないよ~」
私達の力でどうこう出来るのは精々記憶ぐらいのもので、人の感覚までは操作できない。だから、葵ちゃんのこの感覚ってものもどうにも出来ない。いつか私達の事がバレそうで、葵ちゃんの口からこの手の話題が出る度にヒヤヒヤする。本人にそんな自覚は無いんだろうけどね。
まぁ、いざバレたとしても記憶操作できるけどさ……あんまり友達に使いたくはないし、そんなにこの記憶操作って物自体を信じている訳じゃないからね。
ただ、今回は葵ちゃんの勘もいつもと少し違うようで、いつもなら私の事を「ポカポカしてる」って感じで言い表すのに、「いつもよりあったかくて、グニャグニャしてる」って言って来た。
確かに力もまだ完全に安定はしていないし、グニャグニャしているって言うのはそういう所かも知れないと思う。いつもよりもあったかいって所は、やっぱり昨日力が暴走しかけたところかな。実際、ちょっと力を使おうとしただけで大きな事になったし、怒った時に暴発しちゃったし、そういう所なんだろうね。
いや、ていうかそもそも一般人である葵ちゃんに勘付かれてる(?)時点で良くはないよね。単純に葵ちゃんの動物的な勘が鋭いだけ……だよね? とりあえずそう信じておきたい。
「……普段こんなに規則正しい生活が出来ていないから、いつもと若干体調が違うって所なんじゃないかな?」
「うーん、そうなのかなぁ」
何となく腑に落ちなさそうな葵ちゃんを視野に入れつつ、時計をちらりと見てみる。授業の時間まではまだまだ余裕があったけど、次の授業が体育ってこともあって既にお昼ごはんを食べ終えて教室から出ている子もチラホラといた。
「ほらほら、早くご飯食べよ。体育遅れちゃうよ?」
「はっ! そうだね~早く食べないと、お腹痛くなっちゃう~!」
私も急いで、でもちゃんと噛み締めながらご飯を食べる。その時。
――――よ。
何処からか、声が聞こえてきた気がした。
「葵ちゃん何か言った?」
そう言って葵ちゃんの顔を見てみるけれど、小さな頬袋を作って凄くきょとんとした顔をしている。一応クラスの中を見回してみたけど、皆それぞれ好きな事をしているし、誰かが私の事を呼んだ感じでもない。
という事はヤタかな……。だとしたら何だろう? ヤタから話しかけてくるって珍しいな、何か急を要するのかな? でもヤタの気配を直ぐ近くに感じる訳でも無いし、第一どうやって教室の中にいる私に話しかけられるって言うんだろ。私の席は教室の真ん中より少し後ろの廊下側だし……。もしかして、禍? でも禍の気配は感じないしな……。
力を使えないとはいえ、万が一禍だったら見逃すわけにもいかないのでピッチを上げてご飯を食べて、食べ終えたところでお弁当を直し、机の横に吊ってある体操服の入った袋を持って席を立つ。
「ごめん葵ちゃん、私用事思い出したから先行くね」
「わふぁっふぁ~」
「お行儀悪いよ? それじゃ後でね」
階段を降りて、体操服をロッカーに入れて上履きを運動靴に履き替えてから、この前ヤタと話をしていた校舎裏に着く。
ヤタが私を呼んでいたのかは分からないけれど、とりあえず呼んでみる。
「ヤター。ヤター。呼んだー?」
翼をパタパタ羽ばたかせて、頭上からゆっくりとヤタが降りてきた。
「なんじゃ小娘。儂は呼んでおらんぞ」
「あれ。んーそっか」
近くに禍らしき気配は全く感じない。そもそも教室に居た時点からそうだった。
確かに誰かから呼びかけられた気もするんだけれど、気のせいだったのかも。
「なんじゃ、儂に用でもあったのか?」
「いんや、寧ろ私が呼ばれた気がしたのよ。クラスの誰かに呼ばれたかとも思ったんだけれども、誰も私に呼びかけた風じゃなかったし、ヤタが私の事を呼んだのかなー? って思ったけどやっぱりそんな訳もないし、でも禍が居る訳でもなさそうだし……」
――――よ。――――よ。
突然、また声が聞こえて来た。
「ほら! 聞こえるじゃない!」
ヤタに対して強く訴えかけてみるけど、凄く怪訝そうな顔をされた。まぁ、カラスの怪訝そうな顔ってのも何かおかしい気もするね。何にしろ、この声はヤタには聞こえていないみたいいだ。
――――よ。―はいつも―――と――――の。――の―――を――なさい。
私にしか聞こえていないこの声は、途切れ途切れの声で何度も同じことを言ってくる。何を言っているのかは全く分からないけど、ただ一つだけ分かる事がある。
「この声……夢の中で聞いたあの声だ」
ここ数日間、私がお昼間に見ていた不思議な気持ちの悪い夢。今聞こえてくるこの声は、その夢の中で私に話しかけてくる優しい声と同じだった。
「ねぇヤタ。ほんとに聞こえないの?」
「……んむ。ところでその声は何と言っているんじゃ?」
「分かんない。途切れ途切れの声だから、何を言っているかは全然分かんないの」
何度も同じことを繰り返していた声も、次第に聞こえなくなってきて、結局6回程聞こえた辺りで完全に聞こえなくなってしまった。
「だめ、もう聞こえなくなった」
昨日の今日だし、夢の直後に力が暴走したこともあって、私は少し不安になりながらも力がキチンと使えるか試してみることにした。お腹に力を入れて、右の掌に意識を集中させる。
だけど、私の不安とは裏腹に力は問題なく使えるみたい。安心した私は力を解いてヤタに話しかけた。
「万が一。と思ってみたけど、力は問題ないみたい。でも、何なのかねぇ。ここ最近不可解な事が起こりすぎて不安になるような暇さえないよ」
「飛凛」
ヤタが何時になく真剣な声を出す。
「飛凛。午後の授業を抜け出す事は可能か?」
「え、いや……急に何なのよ。真面目な顔しても全然似合ってないわよ?」
ちょっと茶化して返してみたけど、ヤタは真剣な姿勢を崩さない。それどころか私の今の発言に対して少し苛立ちを覚えている様にも見える。
「……親からの電話で、急な用事が。って先生に言えば大丈夫だと思うよ」
「そうか、なら今日の授業は早退して家に帰るのじゃ」
「そんなに深刻な問題なの?」
「深刻……と言うより、お主に話さなければならない時が差し迫ってしまった。と言った所じゃろうな」
「何よ、話さなきゃならない事って。そもそも私、ウチの家業の事についてすら殆ど何も知らないんだけ……」
「それは貴様が寝ておるか、外で走り回っておるからじゃろうが。儂は何度も貴様に話をしようとしたが、貴様が言う事を聞かんからじゃ、この戯けめ」
ヤタに凄く呆れられた様子で返された。しかし、それを言われると何も言い返せない。だって、なんか堅苦しい話みたいだし、このカラス話長いんだもん。お母さんに聞いたら抽象的すぎて分かんないし、お祖母ちゃんに聞いたらヤタ様にお伺いしなさいって言うし。勉強とかは苦手じゃないけど得意でもないのよ~。
「まったく……。じゃが、実際話をしなかった儂にも非はある。それに、今回は今までの事だけでもないのじゃ」
呆れ顔だったのが一転、冷静になったヤタが少し急いでいるみたいな様子で言ってくる。
「兎に角、日華に言えば何とかなるじゃろ? お主の方から儂がこう言っておると言ってくれ」
「う、うん。分かった」
普段とは違う雰囲気に気圧されて、素直に答えてしまう。とりあえず、上着のポケットから携帯を取り出してお母さんに電話をかける。
「もしもしお母さん? あのね……」