Dear my ・・・<上>
微かに髪を撫でるそよ風が、死者達の想いを代弁しているかのように草木を揺らす。
近年で最大とも言えるセントラルホームを襲った悲劇から早二ヶ月。ラドは、南区のとある丘の上に設立されている墓地を訪れ、犠牲となった市民達の冥福を祈っていた。
諸悪の根源であった、大司祭ナーゲル・リンフシュトを打ち破り、ひとまずの決着をつけたまでは良かったが、大都市のトップに君臨する者が大量虐殺を目論んでいた。と、瞬く間に民衆に知れ渡り、聖典教会は瓦解した。
その後の諸々の対応に多大な時間を要し、事態が収束するまでには、実に二ヶ月の時が経過していた。されど、未だセントラルホーム全体の再興には至っておらず、民家や施設などの建造物の修復や人心の傷等々、問題は山積みのままではあるが。
一人一人の墓前に立ち、ゆっくりと時間をかけて回る。そしてついに、ラドが墓地に訪れた一番の目的である少女の墓に辿り着く。不意に目に涙が浮かんでくるが、ラドはやや乱暴にそれを拭うと、瞳を閉じて両手を合わせた。心の中で何度も語りかけるも、返ってくるのはそよ風だけで、絶対に起こりえない事とは理解しつつも、結局望んでいた回答は得られなかった。
それからしばらく黙祷を捧げた後に目を開けると、ラドの隣で黙祷を捧げる老人の姿があった。長い髪を束ねず後ろの方に流して額を露出し、滝のように流れる顎髭が特徴的なその老人は、少女の恩人であるゲンであった。ゲンはラドの気配を感じたのか、目を開けてラドの方へと向き直る。
「来られてたんですね、ゲンさん。」
「儂にとって、この子は孫娘同然。会いに来ないはずがない。可能であれば、今一度元気な姿を見たかったがの………。」
「ごめんなさい。」
「何故お前さんが謝る?」
「僕がもっと彼女の事を理解していれば、戦いをやめさせることも出来たはずなんです。だから―――――」
ゲンは顎髭をいじりつつ、ラドに鋭い視線を送って難色を示す。
「では、お前さんが止めれば素直に言う事を聞いたと?この子の覚悟はその程度の小さなモノであったと?」
「………すみません。」
「ラド君よ。儂はお前さんを責める気など毛頭無い。ただ、この子は自分自身の信じた道を最後まで貫き通した………ただ、それだけのことなんじゃよ。誰が何と言おうと、結果は変わらんかったじゃろうて。」
空白の七年間を共に過ごしただけあって、ゲンは少女の事を良く理解していた。尤も、ラドと同じく内心では納得出来ていないであろうが。
「僕は、どうしても認めたくなかったんです、彼女の死を。何故他人の勝手で、理不尽に生を奪われなければならないのだと。この二ヶ月間、考えに考え、悩みに悩みました。全てを忘れて、逃げ出したくなる時もありました。でも………そんな紆余曲折を経て、段々と見えてきたものがあるんです。」
「して、その答えは?」
ラドは口では解答せず、視線を向けることでゲンへの返事とした。
「墓かの?」
「正確には違います。確かに存在していたという『証』を残すことです。」
「証………か。」
「現実を受け入れず逃げ続けても、彼女が戻って来ることはありません。そして、いずれは記憶も風化し、いずれ本当の意味で彼女が死んでしまうでしょう。だからっ………僕自身が彼女の死を認め、こうして『証』を残すことで、一人でも多くの人に………!運命に抗い続けながらも懸命に生きていた少女の名前を胸に刻んで欲しいと………!!」
ラドは、話をしていく中で思い起こされた少女との日々を懐かしみ、もう枯れきったはずだった涙を流す。かつてイヴァムの配下であったある男が、不慮の事故で死した最愛の妹を蘇らせる為に、その身を犠牲にしてまでも悪事に加担し、目的を果たそうと躍起になっていたのを思い出す。その時のラドは、まるで男の感情を理解しているかのような気になって説き伏せたが、いざ自身が同じ立場になると、男の気持ちが痛いほど良く分かった。
別れ。
勿論ラドの心の中に彼女の魂は生き続けているが、そういった精神論を抜きにして、自分自身を納得させる意味も含め、何らかの形で「けじめ」はつけなくてはならなかった。涙を拭くことも忘れて、墓前で声を押し殺して泣くラドを静かに見据えていたゲンは、ふっと微笑んでラドの震える肩を優しく叩いた。
「そう思えるようになったのなら、この子も喜んでおるじゃろうよ。………今日は儂の代わりに、その輝かしい雨を降らしてやっておくれ。」
「はい………っ。」
他の参拝者には目もくれず、ラドはその場に立ち尽くして決別の感情を表現し続けた。
それから小一時間後、ラドは丘でゲンと別れ、小教会へと向かった。小教会の建物自体はそれほど被害がなかったので、まだ施設として利用可能であったが、孤児達の母親にも等しい存在であるリィズが、怪物達の襲撃によって左腕の骨を折られる重傷を負わされた。
聖典教会の瓦解に伴い、食料の配給も消失してしまった今、片腕の使えない状態での家事は困難を極める。よって怪我が完治するまでの間人手が欲しいと言う事で、とある人物が手伝いに赴いたのだが、その人物が上手くやっているのかどうかが時折心配になるラドは、定期的に様子を見に窺っていたのだった。
午前十一時頃。小教会に到着したラドは、錆びれた扉に吊り下げてある古い小鐘を鳴らして、中の住人を呼び出す。すると、待ちかねていたと言わんばかりに、扉を壊す勢いで四人の子供達が飛び出してきた。
「ラドお兄ちゃんだ!」
最年少の少女であるミケは、相も変わらず一番にラドに抱きつく。
「いらっしゃい、ラド!」
ややおませな少女ルゥは、白い歯を見せてにっこりと笑いながらラドを歓迎する。
「ラド兄ちゃん、今日も来てくれてありがとう。」
落ち着きを払った様子が一番大人らしい少年シューンは、丁寧にお辞儀をしてラドを迎えてくれる。
「ラド、いい所に!聞いてくれよ、あいつがさぁ………。」
最年長である少年リンドは、まるで友達であるかのように親しげに話しかけてくる。
今日も皆、元気そうな姿を見せてくれたのが嬉しくて、ラドは順番に四人の頭を優しく撫でる。子供達もそれが嬉しかったのか、それぞれが笑顔を見せた。
「何だ、今日も来たのか。」
不意に声をかけられ扉の方へ視線を向けると、茜色と山吹色の合わせ髪に聖騎隊の制服を身に纏い、右の頬には特徴的な刺青を入れている男、リオン・マークウェルが扉にもたれかかる形で立っていた。
「お邪魔します、リオンさん。」
「そう畏まるな。ここではお前の方が長いんだ。」
「そうだぞー。リオン、もっとラドを敬えよ!」
「リンド、年上に対する口の利き方がなっていないぞ。この前指摘したばかりだろう。」
「へへっ、まあいいじゃんか!ラドもOKみたいだしさ!」
「ラドクリフ、お前からも何か言え。」
「子供は元気なのが一番ですから。好きなようにさせてあげて良いかなって考えてます。」
ラドの澄み切った瞳を覗き込んでいたリオンは、軽く溜め息をつきながら頭をかき「やれやれ」と呟く。
「以前の俺ならそうはいかなかっただろうが………そういった柔軟な発想力も養わなければな。」
「リオンは頭が固いんだよなぁ。もっと気楽にいこうぜ?」
「や、やめなよリンド。あんまり調子に乗っちゃぁ―――――」
シューンの制止は手遅れだった。リオンはリンドの両頬を軽く伸ばし、お仕置きの制裁を加えた。
「なっ、なにふんだおー!」
「うるさい。これは罰だ。」
「あはははっ!楽しそう、あたしもやるー!」
「ミケもリンドお兄ちゃんと遊びたい!」
「ミケまで………もうやめなよー。」
仲睦まじく子供達と交流するリオンの姿を見て、リオンを生かすという自身の選択が間違いではなかった事を、ラドは強く実感していた。そんな中、扉の奥からひっそりとリィズが姿を現す。左腕はまだ骨が折れている為包帯で固定されており、服装も教会の正装から白色が主体のワンピースへと変わっている。
「いらっしゃい、ラド君。いつもありがとうございます。」
「気にしないで下さい、僕が好きでやってることなので。」
「それでも私は感謝しているんです。この子達に笑顔が戻ったのは、ラド君のおかげだと思っていますから。」
事件が終結してからというものの、子供達は怪物に襲われたことにトラウマを覚えたのか、人の形をした類のモノを恐れるようになっていた。それと同時に笑うことも極端に減少し、一時期はコミュニケーションを図ることでさえ困難だった。だが、定期的にラドが子供達の心のケアを懸命に行い続けた結果、今では赤の他人と話す時以外は、問題なく会話が可能なまでに心の傷は癒えていた。
「未来ある子供達に、光を与えるのが僕の役目ですから。リィズさんもそうでしょう?」
「ふふっ、そうですね。さあ、とりあえず中に入りましょう。」
子供達に遊ばれているリオンを引き連れて、ラドは台所へと足を運んだ。時間が時間だったので一緒に食事でもどうかと誘われたが、やんわりと断る。しかし、リオンが「つべこべ言わずに食べていけ」と強く勧めてきたので、ラドは厚意に甘えることにした。
「ご馳走様でしたー!」
手を合わせて合唱する子供達の声が、食事の終わりを締めくくる。リオンの手作り料理はどれも逸品級で、文句のつけようがない美味しさであった。
「ご馳走様でした。リオンさん、料理上手なんですね。どれもおいしかったです。」
「褒め言葉と受け取っておく。お前達、片付けるから終わった皿を出せ。」
「はーい!」
四人で仲良くテキパキと、大皿と小皿を分別してシンクまで運ぶ。少々危なっかしい様子ではあったが、ラドはあえて手を出さずに見守る。無事にリオンの元に全ての皿を持って行き終えると、それぞれが思い思いに遊び始めた。
「シューン、外で遊ぼうぜ!」
「ああっ、リンド待ってよー!」
「リィズお姉ちゃん、編み物教えて~!」
「いいですよ。それじゃあ私の部屋に行きましょうか。ラド君、リオンさんはどうされますか?」
シューン、リンド、ルゥは何をするのかが決まったようだったが、ミケだけはまだ決め兼ねている様子であった。幼気な瞳でリィズとリオンを交互に見た後、とてとてとリオンの方へ歩いて服の袖を掴んだ。
「ん?どうしたミケ。俺の傍でいいのか?」
「うん。」
「そうか、好きにしろ。」
リオンの言葉遣いは素っ気無かったが、声色は優しさに溢れていた。慣れていない手つきでミケの頭をそっと撫でると、ふっと微笑んだ。
「えへへ………。」
「ラド、ミケがいても構わないな?」
「勿論ですよ。」
「ふふっ、ではラド君、リオンさん。ミケちゃんをお願いしますね。」
リィズはルゥと手を繋ぎながら、奥の部屋へと向かっていった。




