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活路

聖典教会リベル・サーンクトゥス内部に反響する嘆きの慟哭。それはどこまでも届き、決して消えることのない苦渋。絶望に対し必死に抗う人間も存在したが、圧倒的な力の前に「勇気」は軽く踏み潰されていた。


そんな中、聖典教会リベル・サーンクトゥス配給部門長であるノークは、自身に付き従ってくれる信頼すべき部下達と共に、死の運命さだめに抗い続けていた。数分前までは銃の弾薬も十二分に残っていた為、異形の怪物達相手にも何とか交戦出来ていたが、弾が切れた途端一気に押され始め、崩壊寸前まで追い込まれていた。

部下の一人であるクリオは未だ健在だが、もう一人の部下であるロッズは、仲間を守る為に自ら盾になり続けた結果、瀕死の状態に陥っていた。今は部屋の隅に待機させている他の部下達に治療させているが、簡易治療なのもあってか、生命の危機を脱してはいない。焦りばかりが募り、状況は悪くなる一方であった。


「くそっ、しつけぇんだよ化け物共!!」


苛立ちを怒りに変えて、ノークは鉄パイプをがむしゃらに振るう。怪物は攻撃を受けても、小さく鳴くばかりで、動いたり倒れたりする気配はない。ダメージを与えているのかも怪しかったが、反撃を受けない為には殴り続けるしかなかった。


「リーダー!また新手が………!」


クリオは扉の向こうに見えた複数の黒い影に弱音を吐く。無理もない。戦いを知らない人間が、絶えず全力で武器を振り続けるのは相当過酷である。今は運良く、巨躯の怪物が扉を塞いでいる為に辛うじて凌げているが、こちらが僅かでも攻撃の手を休めたりしたら、再び巨躯の怪物は動き出してしまうだろう。そうなれば、全員無事では済まない。たとえ腕がねじ切れようと、無心に振り続けるしかなかった。


「クリオ、もう少しだけやれるか!?」


ノークが声を張り上げて言い放った言葉に、クリオは何も答えなかった。ノークは今一度問おうとするが、回答は怪物が行動で示す。

扉を塞いでいたその巨躯が、徐々に前へ前へと進み始めていた。それで全てを察したノークは、今以上に腕を振り回して、怪物の動きを封じようと必死に武器を振るう。


「すみませんリーダー、俺………!」


「馬鹿、謝るやつがあるか!良くやった、後は俺に任せろ!!」


上司の激励に、クリオは悔し涙を流しながら床に倒れ伏した。部屋の隅で待機していた他の部門員達が、クリオを回収したのを脇目で確認した後、ノークは目の前の怪物に意識を集中させる。部下の身体を案じて下がらせたまでは良かったが、ノーク自身も既に限界間近であった。


「くそったれ!まだ終われねぇんだよ………!!」


手持ちの道具は、もう鉄パイプ以外何も残ってはいない。こういった緊急時に備えて、もっと道具を用意しておくべきだった。後の祭りとはまさにこの事だと強く実感したが、今更泣き言を垂れ流しても解決しない。ノークは残る体力を酷使して、ひたすらに怪物に攻撃を加え続けた。


しかし―――――


怪物の動きは止まらない。少しずつ、少しずつ、扉から離れていく。その動きに合わせて、扉の向こうで待機している複数の怪物達が、部屋内に侵入しようと隙間が空くのを今か今かと待ち兼ねている。もうこれ以上時間を稼ぐのは不可能だった。その止めだと宣告せんが如く、更なる悲劇がノークに襲いかかる。


感覚がなくなるぐらい、長時間鉄パイプを振り続けていたが為に、手首が麻痺していたのを失念していた。怪物に向けて振り下ろしたばずの鉄パイプは、ノークの手元から離れて空しく宙を舞った。


「くそっ………!」


床に乾いた音が響き渡ると、自由になった巨躯の怪物は、先程の報復だと言わんばかりに、素早い動作でノークの首を鷲掴んで宙に持ち上げた。


「ぐあああぁぁっ………!!」


「リーダー!!!」


部門員達が揃って叫び声を上げるが、何の意味もない。ノークは、息を荒くしながらも必死に足をばたつかせて、目のない怪物の頭部を睨みつける。その反抗的な態度が気に食わなかったのかは分からないが、怪物の力は一層増す。

いよいよ呼吸も難しくなり、脱力していく最中に嫁の姿がぎり、走馬灯のように体内を駆け巡っては泡となって散る。


「すま………ねぇ………ミシェラ。」


抵抗力を完全に奪われ、ノークが瞳を閉じかけたその時、奇跡は起こった。


通路の方からおびただしい数の怪物の鳴き声が聞こえてくると同時に、凄まじい熱が周囲に充満する。やがて通路に舞う灼熱の炎は、配給部門の入口まで伸びてきて、巨躯の怪物をいとも簡単に焼き払った。怪物の怪物の魔の手から離れたノークは、床に落とされ盛大に尻餅をつくが、その痛みでまだ「生きている」事を強く実感した。


「リーダー!大丈夫ですか!?」


ひとまず脅威が去ったことで安心した部門員達が、ノークの傍へと駆け寄って、衰弱したその身体を支える。


「一体何が………?救援か………!?」


「そうとも言うな。いやはや、間一髪だったな。」


やけに聞き覚えのある声色に驚いた、ノークを除いた部門員達は、一斉に扉の方へと顔を向けた。


「ああっ、お前は!!」


クリオは指を差してわなわなと口を震わす。その人物は、やたらと派手な炎が描いてあるパーカーにフードを深く被っており、派手な上半身とは反対に下半身は驚く程地味で、灰色無地のぶかぶかのズボンを穿いていた。そう、正体はレジー・ディーヴァであった。


「久しぶりか?その節はお世話になったな。」


「お前ら、知り合いなのか………?」


「知り合いも何も!!以前ショップストリートで、自分達を相手に詐欺を働いた悪者ですよ!?確か名前は、レジーだったか!?」


「おいおい、酷い言い草だな。ま、騙してたのは否定しないが。」


「………そんな悪者のお前さんが、どうしてここに?」


レジーは僅かに見える頬を指で掻きつつ、やや躊躇いながらもノークの問いに答えた。


「頼まれたんだよ………少年に。僕の大切な人達を助けて下さい、ってな。幸い俺は能力者リボルターだからな。」


「少年?」


皆が首を傾げるが、ノークだけはその「少年」の正体を瞬時に理解した。


「………ラドだな?」


「えーと、そうそう。ラドクリフってやつだ。いつも少年少年と呼んでた所為か、名前を忘れてしまってた。」


「ラドは無事なのか?」


「何とも言えないな。俺とは随分前に別れちまったからな。」


「そうか………。」


ラドの安否が気がかりではあったが、ひとまず窮地を脱した事を喜ぶ。その後ノークは、痛む身体を部下に支えてもらいながら、ゆっくりと立ち上がってレジーと対面する。


「助かった、ありがとう。」


「おいおい、俺は頼まれた事をやっただけさ。感謝なら少年に言うんだな。」


「それは後でする。今は、お前さんに言いたいんだ。お前さんがいなかったら、俺も、部下も、皆殺されていた………。本当に助かった、ありがとう。」


滅多な事では見られない光景。深く頭を下げたノークに驚いていた部門員達も、慌てて頭を下げる。感謝とは無縁の生活を送ってきていたレジーにとっては、それは本当に眩しい光であった。


「………悪くはないな。」


「ん、どうかしたか?」


「いいや、何でも。ここでじっとしてろよ?残りの化け物を掃除してくるから。………本当の救援も着いたようだしな。」


「おぉーーーい!!無事かぁ!?」


やけに大きな声が通路から響き渡ると同時に、レジーは二指敬礼をしながら、風のように颯爽と部屋を後にした。ノークはレジーともう少し話がしたいと思い、引き止めようかと考えたが、状況が状況だけにやめておいた。再度の感謝の気持ちを心の中で伝えつつ、大声の持ち主の接近を待つ。

やがて入れ違いに、見上げんばかりの巨躯に、濃ゆい髭面の大男が部屋に入って来た。大男の名はバン・グレモス。聖典教会リベル・サーンクトゥスにおける食堂の料理長だ。両手に血塗りの巨大な包丁を持っていたが為に、風貌と相まって一瞬たじろいでしまうが、バンの笑顔に安心感を取り戻す。


「おぉ!皆、無事だったかぁ!!」


「グレモス料理長、どうしてここに………?」


「俺っちにも何が何だか分からねえんだが、突然襲って来た黒い化け物と戦ってたら、すげえ勢いの炎柱が、化け物をあっという間に焼き払ったんだ!!それで辺り一帯の化け物がいなくなって自由になったから、俺っち以外にも生き残ってる人間がいねえか、こうして捜してたって訳だ!!」


「あの男………。」


バンの話を聞く限りでは、どうやらレジーが聖典教会リベル・サーンクトゥス内に蔓延る怪物達を粗方掃除してくれたようだった。通路の方から、次々と他の部門達の雄叫びが聞こえてくる。まさに反撃の狼煙、残党の掃討を開始したのが手に取るように分かった。


「ガハハ、重畳ちょうじょうだ!」


「本当に………重畳だな。悪いクリオ、後は頼んだわ。」


「リーダー?」


安堵したことにより猛烈な睡魔に襲われたノークは、流れに身を任せてそのまま意識を闇へと落とした。大事な部下の身を案じながら―――――

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