変わる未来
「貴方は、リオン・マークウェル。何故このような所へ?持ち場の粛清は済んだのですか?」
突如乱入したリオンの存在に、少し驚きを見せたべヌールだったが、すぐに笑顔に戻ってはリオンに質問を投げかける。
「粛清?ああ、終わったな。だからこうしてわざわざここに来たんだよ。」
何故リオンが悪人と、まるで知り合いであるかのような会話をするのかと考えたリィズは、ある一つの答えに辿り着く。考えたくもない、最悪の答えを。
「リオンさん………まさか。」
「騙していたようで申し訳ありません、リィズ嬢。実は私は、此度の騒動を引き起こした側の人間なのです。」
衝撃的な告白に、リィズは涙をこぼさずにはいられなかった。子供達も、身体の主導権をべヌールに握られているものの、意識はハッキリとしているので、リオンの発言には大なり小なりショックを受けている様子であった。
「どうして、ですか。」
「自分の命より大切な者の為です。妹の………エミィの為なら、如何なる犠牲を払ってでも成し遂げてやろうという一心で、今まで罪なき人をこの手に掛けてきました。」
リオンは慎ましやかに振り返ってリィズを見下ろす。その表情は、決して悪人のそれではなく、迷いを捨てた正義感溢れる雄々しき素顔であった。
「故に、私は死せるまで永遠に許されはしないでしょう。時が来れば、如何なる罰も受ける所存です。なので、今だけは私が生きることと、その行動の数々をお許し下さい。」
「リオンさん………?」
「ホホホ、一体何の話をしているのかは分かりませんが、もうよさそうですね。では、続きといきましょうか。」
べヌールが能力で子供達を動かそうとした矢先、振り返ったリオンが手でそれを制す。
「おや、まだ何かおありで?」
「あるな、それもかなり大事なやつだ。」
リオンは能力、人形操作を行使して、七体の人形の内、祈祷室前で待機させておいた三体を瞬時に移動させると、べヌールの身体に三体分の鋭い手刀を突きつけた。
「………これは何の冗談でしょうか、マークウェル。気でも触れましたか?」
「ああ、狂っているのかもな。」
「これは重大な裏切り行為です。イヴァム様の教えを忘れたのですか?」
「俺は最初から、イヴァムなぞに心を許した覚えはない。裏切りなどとは片腹痛い。」
べヌールは態度や声色こそ変えないものの、だいぶん頭に血が上っている様子であった。
「ホホホ、まあ良いでしょう。私としても、不穏分子の救済が行えるのは実に喜ばしいですからね。」
「無駄口を叩く余裕があるのか?少しでも妙な真似をすれば、その首を掻き切るぞ。」
「甘いですね、マークウェル。私の能力を忘れたのですか?貴方が私を殺すというのであれば………。」
べヌールは支配の力を行使し、子供達に持たせた短刀をそれぞれの喉元に突きつける。
「ミケちゃん、ルゥちゃん、シューン、リンド!!」
「うえええぇぇ………リィズお姉ちゃん、助けてぇー………!」
リィズやミケの嘆きの悲鳴に満足したべヌールは、冷酷な視線でリオンに訴える。お前が手を下すよりも先に子供達を殺すぞ、と。人質をとられては、流石のリオンも抵抗出来ないと踏んでいたべヌールの考えは甘かった。
「………好きにしろ。」
「はい、今何と?」
「好きにしろと言った。子供達の命、俺には全く関係ない。」
「まさか、見捨てるおつもりで?」
「そうとも言うな。俺は薄情者だからな。」
子供達はリオンの非情な選択に非難の声を上げるが、リィズだけはリオンのことを信じていた。振り返った際に見せた、あの正義感溢れる雄々しき素顔を。
「さあどうした、やらないのか?」
「クックックッ………!ホホホハハハッ!!貴方はどうかしている!良心が痛まないのですか!?」
「どの面下げてよくもまあ………。さっきも言ったが、俺は最低の薄情者だ。お前がどんな決断を下そうが、構わず捻じ伏せる覚悟がある。」
「強がりはおよしなさい!己の為になりませんよ?」
「俺がそんな虚勢を張る人間に見えるのか?」
「うぬっ………!」
嘘を嘘だと見抜かせないリオンのハッタリを読み切れず、べヌールは舌を巻いていた。裏切りという予想外の事態を想定していなかったが為に、何も策を用意していなかったのが災いし、この状況ではどのような行動を執ろうとも、己の死は免れない。子供達の悲痛かつ必死な叫びが、ハッタリの効果を高めているのか、よりそれを実感している様子であった。
「ありえない、ありえない………!不敬が過ぎて言葉もありません!!おお、神よ!この者に永遠の苦痛を与えたまえ!!」
「お前に言われずとも受けるさ、これからな!!」
べヌールが能力で子供達を動かすより先に、リオンの人形達がべヌールの身体を引き裂いた。べヌールの支配が解けたのを子供達の挙動で確認した後、リオンは人形達を使って、べヌールが脇に控えさせていた二体の怪物達の手足を両断して戦闘不能にさせる。僅か三秒程の出来事であった。
「自分自身の精神が乱れているようじゃ、指導者の器には程遠いな。」
元々仲間だっただけに、べヌールの長所と短所を、リオンは良く理解していた。心に乱れが生じれば、他者を動かすことが難しくなるのが支配の弱点であった為、それを利用して心に揺さぶりを掛け、見事隙を作らせることに成功したのだった。
「リオンさん………!」
「大丈夫です、殺してはいませんよ。少々痛い目には遭ってもらいましたが。」
リオンは片膝をついてリィズの前に顔を曝すと、話を再開する。
「敵を欺く為とはいえ、再び騙すような結果となってしまったことをお許し下さい。」
「そんな………私は信じてましたから。リオンさんは正しき道を歩いておられる方だと。」
「恐縮です。」
べヌールの呪縛から解放され自由になった子供達は、リィズやリオンに飛びついては泣くじゃくる。
「私、凄く怖かったんだから!お兄ちゃんが私達を見捨てるんじゃないかって!!」
ルゥは自らの思いの丈を吐き出して、握り拳をリオンの胸に置く。
「許せ。他に方法がなかった。」
「でも、皆が無事でよかったあああぁぁ………!」
シューンはルゥ以上に大声で泣き崩れ、皆の生存を喜ぶ。
「生きてる………俺達、生きてるんだ………!」
リンドは自身の身体に隅々まで触れ、何も失っていないことを確認する。
「リィズお姉ちゃん………痛くっ、グスッ………ない?」
ミケは怪物によって折り曲げられたリィズの左腕の心配をしつつ、絶え間なく嗚咽を漏らす。
「ありがとう、ミケちゃん。お姉ちゃんなら大丈夫。怖い思いをさせてごめんね?」
リィズは片腕でそっとミケを抱き寄せる。慈愛あるその温かみに安心したのか、ミケは全力で泣き始める。あまりの声量に、音を聞きつけた怪物達がやって来てしまうのではと懸念したリィズだったが、リオンは腕組をしつつ「問題ありません」と目で訴えていた。
「あっ、そう言えばリオンさんにお渡ししたい物が。」
「私に………ですか?」
胸ポケットからある袋を取り出して静かに立ち上がると、丁寧にリオンへ手渡す。
「これを。」
「まさか、これは。」
リオンはその袋の中身が何なのかを良く知っていた。やや乱暴に開封して中身を取り出すと、やはり出てきたのは、最愛の妹であるエミィの忘れ形見、花の木彫りだった。
「何故ですか?以前にも言いましたが、私にはこれを持つ資格などありません。」
「資格何て必要ありませんよ。大切な妹さん………エミィさんの作られた物なんですよね?でしたら尚の事、リオンさんが持っておくべきだと私は思います。」
「………しかし。」
リィズは自身の能力によって記憶が欠落している為、エミィの存在を覚えていないはずなのだが、今のリィズは昔以上に、リオンとエミィの関係を知っているかのような雰囲気だった。
記憶は消えても、身体は覚えている。そう感じ取ったリオンは、リオンはつい嬉しくなって笑みをこぼす。
「ハハハッ。」
「リオンさん?」
「失礼。そうですね、リィズ嬢の仰るとおり、これは私が持っておくべきかも………と、思いました。」
リオンは自身の手の平に乗せた花の木彫りを見つめ、優しげな表情を露わにする。それは過去に置き去りにしていた『兄』の表情だった。
その時リィズは、空から一滴の雫が落ちてきたのを捉える。雨でも降って来たのかと天井を見上げるが、隙間からは西日が差し込んでいる。気のせいかと思い視線を戻すと、先程肉眼で捉えた一滴の雫が、花の木彫りに降り注いでいた。
「不思議………ですね、外は晴れているのに。もしかすると、エミィさんがリオンさんに何かを伝えたかったのかもしれませんね。」
「そうであると、願っていますよ。そしていつか、届かせて見せます。」
リオンは何かを誓うように微かに呟いて、花の木彫りを握り締めて天を仰ぐ。今の想いが、エミィに届くようにと――――――――




