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混じる思想

南区の一画に存在する小教会祈祷室の壇上にある演台裏で、リィズ・サーバティは孤児の子供ら四人と共に、じっと息を潜めて隠れていた。時折外から聞こえてくる、怪物の雄叫びと市民の悲鳴に恐怖しながらも、救助が到着するのを信じて、ひたすら耐え忍んでいた。


四人の子供達である、ミケ、ルゥ、シューン、リンドは、それぞれ肩を寄せ合って固まり、僅かでも恐怖を和らげようとしている。リィズはそんな幼い子供達の頭を優しく撫で、自らは気丈に振舞う。今この場で子供達を守ってあげられるのは、自分だけだと。いざとなったら、身を挺してでも子供達を助ける覚悟だった。


時間の感覚が消え去ったかのような、極めて長く緊迫した状況が続き、やがて惨劇の幕が上がる。小教会の入口付近から、けたたましい怪物の咆哮と、扉が破壊されたかのような凄まじい衝撃音が、小教会内に響き渡った。

徐々に迫り来る死に耐えられなくなった最年少のミケは、嗚咽を漏らし始める。自らの両手で口を封じて声を抑えるも、完全に抑えることは出来ない。その微かな声に誘われたのかは定かではないが、一匹の怪物が祈祷室の扉を破壊して、その禍々しい姿を現す。演台裏から様子を窺っていたリィズは、改めて怪物の容姿に恐怖を懐く。


2mをも超える漆黒の全身が、鎧に覆われたかのような巨躯。目も耳も口もない頭部に、異常に長く太ましい両腕が、人を殺める為だけに進化したようにも見えた。怪物は口のないその身体で低く唸り声上げ、周囲を確認しながらこちらに近付いて来る。恐らく、自分達を捜しているのだろうと、リィズは直感的に理解した。


距離が近付くにつれ、動悸が激しくなる。このまま隠れていては、見つかってしまった時に、子供達に被害が及んでしまうことは容易に推測が可能。つまり、リィズが囮となって、子供達を逃がす『時間』を稼がなければならなかった。

呼吸を整え、決意を固めたリィズは、最年長であるリンドに「隙を見てここから逃げて」と合図し、演台裏から勢い良く飛び出した。突如姿を現したリィズを見て、怪物は驚いたような仕草をするが、やがて獲物が現れたと言わんばかりに、耳をつんざく咆哮と共にリィズに襲い掛かった。


怪物の視界に子供達を入れないよう、壇上から離れるように大きく動き、壁際付近まで怪物を誘導する。そして、怪物が飛び込んで来たその刹那に、身体を屈めて前転し難を逃れるが、怪物の猛追は終わらない。すぐさま巨躯を反転させ、床を蹴って勢いをつけつつ再度リィズに飛びかかる。

二度同じ手は使えないと判断したリィズは、扉の方へと脇目も振らずに疾走する。このまま上手く怪物を誘導出来れば、子供達は助けられる………そう踏んでいたが、考えが甘かった。何と、入口からもう一体怪物が姿を現したのだった。


容赦なく訪れた絶望に足と思考が停止し、背後から迫っていた怪物の豪腕を受け、身体を付近の壁に叩きつけられて、そのまま床に倒れる。


「あああぁぁっ………!!」


骨の軋む衝撃に、堪らず絶叫する。よく見ると、左腕があらぬ方向へと折れ曲がっていた。


「リィズお姉ちゃん!」


母親にも等しいリィズの危機に、子供達も黙ってはいられなかった。四人全員が、涙目ながらも演台裏から飛び出し、怪物に小石を投げつける。


「やめろっ、化け物!それ以上姉ちゃんを傷つけたら、ただじゃおかないぞ!!」


リンドは声を震わせながらも虚勢を張って、次々に小石を投げる。他の三人も、それぞれが思い思いに叫んでは物を投げた。


「皆………駄目っ、逃げて………!」


「嫌だっ!!リィズ姉ちゃんがいなくなったら、俺達はどうすればいいんだよ!?」


「リンド………。」


「リィズお姉ちゃん、いなくならないでよぉっ!!」


「シューン………。」


「勝手に諦めないでよ、お姉ちゃん!」


「ルゥちゃん………。」


「うわあああぁぁん、やめてぇぇぇ~!!」


「ミケちゃん………。」


子供達の心からの願いは、リィズにとってとても喜ばしいことであったが、姿を晒してしまった以上、成熟していない子供の身体で、この屈強な怪物から逃げ切る手立てはない。もう助からないと確信したリィズは、嬉しさと悲しさの入り混じった尊い涙を流す。


その時、祈祷室の入口から渇いた拍手が鳴り響き、一人の中年男性が姿を現した。年齢は三十~四十ぐらいだろうか。真っ先に目がいってしまうぐらい衝撃的なスキンヘッドに、相手に警戒心を与えない温厚な瞳。背丈にぴったりの白のロングコートを身に纏まとった姿が、妙に似合う男性だった。

一瞬救助隊が到着したのかと勘違いしたが、二体の怪物が男性に手を出さないのを見て、この男性は敵だと認識を改める。


「ホホホ。実に美しい愛情ですね。わたくし、感動してしまいました。」


軽やかな足取りでリィズに近付くと、目の前で屈んで不敵な笑みをみせる。


「お初お目にかかります。私、べヌールと申します。この度は、貴方方を救済しに参りました。」


綺麗な言葉を並べて善人を騙ってはいるが、べヌールと名乗った男の濁った瞳を見れば、真意の解釈は容易であった。


「………私達を、殺すのですか?」


「殺す、などとご冗談を。私はただ、迷える方々の救済を行いたい………そう願って止まないだけです。」


「暴力をかざして、言う台詞では………っ!!」


リィズの一言が効いたのか、べヌールは笑顔のまま、リィズの曲がった左腕を勢いよく踏み付けて首を捻る。


「何か?」


「っ!天罰が下ります………!」


「不敬ですよ。どうやら貴方には、教えを請わせる必要がありそうですね。」


べヌールは静かに立ち上がると、再び恐怖で身動きが取れなくなった子供達に鋭い視線を送る。そして、右腕を真っ直ぐ伸ばし、軽く指を弾いた。


「………っ、な、何だ!?うぐっ!?」


べヌールが行動した直後、リンドの身体に異変が起こった。何と、突如として自身の首を絞め始めたのだ。その不可解な現象に、リィズは反射的に身体を起こそうとするが、べヌールの足がそれを妨害する。


「一体リンドに何を!?」


「おや、見るのは初めてですか?これは私の能力リボルトですよ。」


能力リボルト………!」


支配コントロール。それが私の能力リボルトの名称です。精神が未熟、もしくは何らかが要因で、精神状態が不安定な者。それらの脳を一時的に操作し、自由に操ることが出来るのです。怪物達が大人しいのも、私が操作しているからに他なりません。」


悦に浸って長々と説明をするべヌールとは反対に、リィズは痛みを堪えながらも必死に抵抗して、リンドの方へと右手を伸ばして空を裂く。


「リンドッ、リンドッ!!」


「駄目だ、離れないよぉ!!!」


子供達の中で一番力のあるシューンが、リンドの両手を引き離そうと躍起になるが、押しても引いてもびくともしない事に絶望して泣き叫ぶ。


「今すぐにやめさせて下さい!こんな………このような事は!!」


「不敬だと言いませんでしたか?これは貴方に対する罰なのです。私も、このような行為は非情に心苦しいのですよ?」


「謝罪ならいくらでもします!!なので、子供達の命は………!!」


「では、土下座を要求させていただきましょうか。」


屈辱的な要求を、べヌールは顔色一つ変えることなく言ってのける。自身のプライドを捨てるだけで子供達が助かるならと思い、リィズは迷わなかった。急ぎ身体を捻ってうつ伏せになり、地べたに頭を擦り付けた。


「お願い………します。」


「ホホホ、結構。最初から素直になりなさい。」


悦に浸っているのがありありと分かるその表情で、べヌールは支配コントロールを解いた。その瞬間、リンドは両手を首から放し、咳をしながら倒れ込む。


「げほっ、げほっ!」


遠目なので怪我の程は見えなかったが、三人の子供達と会話が出来るぐらいには、大丈夫そうだった。リィズは、心の中でほっと胸を撫で下ろす。しかし、まだ安心は出来ない。次は一体何を要求して来るのだろうかと身構える。


「ホホホ。少しお尋ねしたいのですが、宜しいですか?」


「………答えられる範囲であれば、お答えします。」


「感謝します。では、質問させていただきます。貴方のお名前は?」


「リィズ・サーバティです。」


サーバティの名にどこか覚えがあったのか、べヌールは右手首を顎を宛がって、思い出そうとする。やがて、記憶の回答に接触したのか「ああ」と声を漏らした。


「知っていますよ。そうですか、あのサーバティ家のご令嬢でしたか。ホホホ、貴方も嫌気が嫌気が差したのですね。あの街は実に心の淀んだ人間の集まりでしたからねぇ。当然と言えば当然でしょう。」


その象徴とも言える、真に心の淀んだ権化ごんげが、さも自身は正しいかのように、いけしゃあしゃあと発言していることが不愉快だったが、リィズはぐっと怒りを堪えて相手に話を合わせる。


「しかし………何故貴方は、せっかく檻の中を抜け出したというのに、また自ら檻の中へ入るような真似をなさるのですか?」


「簡単な話です。私の夢を実現させてくれる場所を、私が信頼している方から勧めていただいたんです。」


「なるほど、信じられる者………ですか。確かに、貴方の願いは叶ったようですね。」


べヌールは、脇目でちらりと子供達を見つめる。そこには、リィズが築き上げてきた確かな絆があった。


「美しいですね、実に美しい。ですが………。」


べヌールは懐から四本の短刀を取り出して、円を描くようにして宙に放り投げる。短刀は子供達の近くで、それぞれ音を立てて床に突き刺さった。


「子供達にとって、貴方の存在は悪影響。………夢も叶ったようですし、そろそろ旅立たれては如何でしょう?」


「一体何を………まさか!?」


「はい、そのまさかです。」


べヌールは能力リボルト支配コントロールを行使して、再び子供達の身体を支配する。………そう、子供達を使って殺す気だと悟った。それぞれが抵抗するような仕草を見せるも、べヌールの能力リボルトは圧倒的だった。四人の子供達は、短刀を手にリィズへ徐々に接近する。


「くそっ、動け、動け!!」


「リィズ姉ちゃん、逃げてえええぇぇぇ!!」


「ホホホ、良い叫び声です。貴方達の魂の咆哮が、きっと彼女を新しい世界へと連れて行ってくれることでしょう。」


我慢の限界だった。どこまでも見下げた悪魔に、怒りの感情しか湧かない。


「それでも貴方は人間ですか!?恥じを知りなさいっ!!」




「全くだ。」


突如、聞き覚えの声が祈祷室を駆け巡る。その直後、べヌールの脇に控えていた二体の怪物は真っ二つに両断されて塵になる。


「ついさっきまで、俺もこいつと同類だったと思うと情けないな。」


「む、何者ですか?」


まるでべヌールの問いに答えるかのように、穴の空いた天井の隅から一つの影が舞い降りる。茜色と山吹色の合わせ髪が特徴的で、その身に聖騎隊の制服を纏った男――――――――


「リオンさん………!!」

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