兄として
怒気迫るリオンの告白を静かに聞いていたラドは、多岐に渡る情報が頭の中で錯綜していた。
随分と前に、窃盗の力を操る能力者、ドルフと対峙した際に、リィズが教えてくれた能力の代償が嘘であったという事実に、驚きを隠せなかった。
これまでの二人のやり取りから推測するに、リオンの話が偽りない真実であるならば、リィズの能力の代償は………記憶。その結論でなければ、辻褄が合わない。そして、リオンがイヴァム側についているのは、最愛の妹であるエミィが関係しているという事を知り、言葉では説明の出来ない気持ちを覚えた。リオンは憎しみを募らせた拳を震わせ、威圧感のある眼光をラドへと向ける。
「火事の後、俺はすぐに火災の原因を調べた。するとどうだ、原因は客の不始末だった。聖典教会への入団試験に不合格だったことを嘆いていたそいつは、酒に酔った勢いで、突然火遊びを始めた………と。そんなくだらない理由で、母親は精神を病み植物人間に、エミィは生涯を絶たれた!!こんなことが許されるはずがあるか!?己の勝手で他人の全てを破壊して、自分自身はおめおめと逃げ延び、のうのうと生きている!!」
骨の髄まで染み渡る嘆きの慟哭に、痛いほど共感を覚えるが、ラドは負けじと真っ向から対立する。
「知った風な口を利くなと言われてしまうかもしれませんが、そのお気持ちは痛いほど分かります。自分も、二度親を亡くしているので………。ですが、今貴方が進んでいる道は、間違っている!貴方も、己の目的を達成する為に他を犠牲にしようとしている!!」
「そんな事は理解している!俺の願い………エミィを蘇らせる夢が叶えば、如何なる罰も甘んじて受ける!!それだけの覚悟を持って、俺は今ここに立っている!!共感は出来ても理解の出来ないお前には、遠く及ばない覚悟をな!!」
「ウンブラの書の力でですか!?いくら禁忌の書物だと言えど、そんなこと………!」
「もしかすると不可能かも知れない。だが、俺はそれに縋るしかないんだよ!だからっ、これまで何人もの人間をこの手に掛けてきた!子供だろうが、老人だろうが!!」
ラドはリオンの訴えに、ある考えを導き出した。リオンは強い言葉で自身に言い聞かせているだけであって、本当は心の底で誰かに救いを求めているのではないか、と。ウンブラの書がいかに優れた禁忌の書物であれど、死者を蘇らせるなど不可能に近い。リオンの発言通り、縋るような思いになるぐらい可能性の低い話だろう。
そして、ここまでの大量虐殺に加担したとなっては、もう後戻りが出来ないのだろう。所々迷いが見えるその様に、まだ更生出来ると確信を得たラドは、リオンを説得すべく話を繋げる。
「いいんですか、このままイヴァムの言いなりになって!リオンさんも、このままでは良くないと思っているんでしょう!?」
「良くはなくとも、結果が得られるのなら………俺は悪魔にさえ魂を売る!!」
「仮にもし妹さんが蘇ったとしても、本当の意味で妹さんが幸せになれると思っておられるんですか!?」
リオンはラドの主張を受け入れるような素振りを見せつつ、自らの意志は変えない。
「………たとえエミィに憎まれようと、俺はそれを受け入れる覚悟がある!」
「それじゃあ意味ないんです!それだと、この世界でエミィさんは一人ぼっちになってしまう!リオンさん、貴方がいなければ意味ないんです!!」
「黙れ!好き勝手な意見をペラペラと!お前にエミィの気持ちが分かるとでも言うのか!?」
「分かりませんよ!一番エミィさんのことを理解しているのは、他ならぬ貴方じゃないんですか!?どうしてそんな簡単なことが分からないんですか!?いい加減目を覚まして下さい!!」
「ラドクリフ、どうやら早死にしたいらしいな!いいだろう、誰にも俺の邪魔はさせん!!」
力強く吐き捨てて、リオンは再び七体の人形達を動かし始めた。繊細な指の動きに合わせて、人形達は舞踏会を開催する。伝えるべきことは伝えられたはずだと信じ、ラドはリオンを下す事に専念する。
ラドが構えるとこれまでと同様に、人形達に二、二、三のフォーメーションを取らせ、順番に攻撃を仕掛けさせる。
「楽には死なさんぞ………!」
迫り来る美しくも強烈な一閃を続けざまに捌き、リオンに接近しようと試みる。しかし、徐々に距離を詰めているのが悟られたのか、リオンは大きく距離を取った。
「浅知恵だな!その程度の事が見抜けないとでも思ったのか!?」
「おまけですよ。本命は別です。」
「何………!?」
激昂して集中力が鈍ったのか、リオンはラドの策を見抜けないでいた。ラドの本命は足場。瓦礫が多い場所に移動することによって、人形達の足並みを崩すことが目的だった。
案の定、凸凹の地形を進まなければならない為に、人形達の進行速度に支障が生じ、対処に余裕が生まれる。その明確な隙を好機とすべく、ラドはすぐさま次の行動へと移る。
腰に提げている電磁ワイヤーを用いて、高低差で動きの鈍った人形達の足を狙う。人間ほど重量がある訳でもないのに加えて、バランスの取り難い足元。想像していた以上に、簡単に人形を転倒させることに成功した。
「ちっ!」
「リオンさん、目を覚まして!!」
ラドの攻勢は止まらない。瓦礫の舞台から離れ、電磁ワイヤーを片手にリオンに向かって直進する。
「馬鹿め、自ら敷いた布陣から離れるとはな!」
転倒した二体を起き上がらせる余裕がないのか、リオンはラドの進行を迎撃すべく、残りの五体の人形を順繰りに移動させて陣を展開する。しかしラドは臆さず、怯まない。構うことなく人形達の群れへ吶喊した。
先陣に配置された二体の人形が、主を守るべく立ち塞がり攻撃を仕掛けて来るが、ラドは必死に捌く演技をしつつ、脇腹に深い一撃を受ける。鋭く抉るような激痛に耐えながらも、電磁ワイヤーにある『仕掛け』を施した。
「ぐっ………ううっ。」
「決死の特攻も徒労だったな。終わりだ、ラドクリフ!」
「負けるものかあああぁぁぁ!!」
雄叫びと共に、ラドは電磁ワイヤーをリオンに向けて全力で遠投する。が、勿論見えている手段での攻撃なので、当然かわされる。しかし、ラドの狙いはリオンではなく、その後ろに立っていた折れた街灯だった。ワイヤーが街灯に巻きついたのを確認した後、巻取りを行う。
普通であれば、巻き取りの速度は使用者に危害が及ばないよう、ゆっくりめに調整がされているが、ラドは能力、犠牲の力を行使して、その速度を極限まで速めるよう物質を再構築したのだった。
犠牲を行使すれば、対価として命を払わなければならないが為に、何も起こっていない状況で突然苦しんでは相手も懐疑的になり、より警戒心が増すので攻撃が通りにくくなる。よって、演技をしつつわざとやられることにより、その条件を無理矢理クリアさせたのだった。
「飛べえええぇぇ!!」
犠牲の力によって極限まで速まった巻き取りは、ラドの身体を宙に浮かすほどに速く、甲高い金属音と摩擦で火花を散らしながら、街灯へと飛んで行く。
しかし、あまりの速度にワイヤー線が焼け千切れ、ラドは支えを失う。慣性で街灯に激突しそうになるが、空中で体勢を整え、街灯を踏み台にしてリオンに向かって再度飛ぶ。リオンは予想だにしない奇策に呆気にとられ後手に回ってしまい、人形を呼び戻す暇なく、勢い良く飛び掛って来たラドの一撃を左側の頬に受けた。
「ぐっ………貴様ッ!!」
「もう終わりにしましょう!今ならまだ、やり直せます!!」
「戯言を………!時計の針はな、進みはするが戻る事はないんだよ!!」
やられた仕返しと言わんばかりに、リオンは大きく振りかぶって、気合の入った拳をラドの頬へ向けて突き出す。ラドはこれを右頬で受け止め、代わりに左手でリオンの腹部を突く。
「どうしても、妹さんの死を認めたくないんですか!?」
「認められる訳がないだろう!?俺は、俺は………!!」
リオンの瞳から雫がこぼれる。それは、優しさに溢れていた。
「俺は母さんと、エミィと、幸せに暮らしたかった………!それだけだったんだよ!!」
リオンの拳がラドの腹部に届く。想いの乗った、とても痛い一撃だった。
「ぐっ………!現実は非情です。時には残酷な運命を突きつけられることもあるでしょう。ですが!それを受け入れなければ、時計の針は動き出しません!!」
持てる力の全てで再度リオンの頬を殴り、大地に叩き伏せる。まだ起き上がってくるかと構えるも、リオンの戦意はもう消え失せていた。
「俺の針は止まったまま………か。このまま永遠に止まり続けていた方が幸せだったのかも知れないな。」
「リオンさん………。」
「殺せよ。」
「自分には出来ません。」
「たとえ悪人でも、貴方は特別だ。とでも言うつもりか?」
「自惚れないで下さい。裁くのは自分ではなく、貴方がその手に掛けてきた方々です。その方々への贖罪として、リオンさんは生きなければならない。」
「死を選ぶ事は逃げる事と同義だと?」
「心から謝罪の気持ちがあるのなら尚の事。与えられた生命が尽きるまで、精一杯毎日を真剣に生きて下さい。リオンさんにしか、出来ない生き方で。」
「生きる………か。」
「何も成し遂げないまま旅立っても、向こうで妹さんに笑われますよ?」
「減らず口を。」
「自分はもう行きます。まだ事は済んでいませんので。」
「………勝手にしろ。」
どこか吹っ切れたような返事を背に、ラドはリオンをその場に置いて聖典教会本部へと駆け出す。リオンに新たな光が宿ったことを喜びながら。
ラドが去ってから数分後、リオンは胸の辺りに右手を置いて、これまでの軌跡を思い返していた。
「兄様。」
どこからともなく声が聞こえてくる。いや、今までもずっと聞こえていたはずだったが、目の前の現実を受け入れられなかったが為に、聞こえないフリをしていた。リオンは、その声の持ち主に向かって心の中で話しかける。
「エミィ………俺は。」
「兄様、お気付きになられたんですね。」
「ああ、まるで長い夢から覚めた気分だ。」
「大袈裟ですね、兄様は。」
「ずっと逃げ続けていた分、随分と制服に汚れが溜まってな。俺は、この汚れを払い落とさなければならない。だから………しばらくの間、エミィとは会えなくなるな。」
「構いませんよ。私が大好きな兄様は、弱きを助ける正義の味方。忙しいが常なのは知っていますから。」
「ありがとう、エミィ。」
「やっぱり、兄様は私の誇りです。」
エミィは柔らかに微笑んで、光の粒子となって空へと舞った。リオンはその粒子が天に昇るのを見送って、現実へと帰還する。そして、胸の辺りに置いていた右手を顔までずらして覆った後、隙間から雨を流しては呟いた。
「ごめんな………。駄目な兄ちゃんで、ごめんな………エミィ………!!」




