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嘆きのセントラルホーム

ラドがゲンの元へと旅立った翌日の朝八時頃、セントラルホームの中心部である聖典教会リベル・サーンクトゥス本部前で、複数の酔っ払いが立ち往生していた。前日に飲み屋をハシゴして酔い潰れたらしく、全員揃って入口でいびきをかいていた。

ラドが戻るまで待機を命じられていたので、自主訓練の為に教会に訪れていたウルは、だらしのない格好で寝そべる男達に呆れつつも、その内の一人に声をかけて起こそうと試みる。


「起きて下さい、ここは貴方達の家ではありませんよ。」


男達に反応はない。優しく呼びかけて起こそうとも思ったが、自身だけならまだしも他の教会の人間に迷惑なので、一番近くで眠っていた男の頬を、少々強引につねった。


「いってえええぇぇ!!なっ、何だぁ!?」


男はつねられた頬を抑えながら、勢いよく立ち上がる。就床前の記憶が定かではないのか、今の状況を飲み込めていない様子であった。男の絶叫を目覚まし代わりに、他の男達も次々と起き上がる。


「おはようございます。寝るのでしたら、ご自宅に戻られてからでお願いします。」


「………ってて、頭がガンガンする。昨日の飲みで酔い潰れて、ここで眠っちまったみたいだな。すまねえ、お嬢ちゃん。他の皆も迷惑かけてすまなかった!」


事の成り行きを見守っていた見物人達に向けて、男は謝罪とお辞儀をする。強面の人相に似合わないぐらい律儀な人物だった。男に続いて、他の男達も丁寧なお辞儀をする。


「次からは気をつけて下さいね。」


「おうともさ。おいお前ら、帰る―――――」


そう言って男が振り返った一瞬に、信じられない事が起こった。男の仲間内の一人が、突然奇声を発したかと思うと、頭と身体を分離させて絶命した。頭部を失った肉体は鮮血を吐き出しながら棒のように倒れ、地面におびただしい血溜まりをつくった。


「うわあああああああ!!!」


ありえない非日常たる光景を目撃した民衆は、瞬く間にパニック状態となり教会前は騒然となった。幼い子供を跳ね除けてまで我先へと逃げ出そうとする若人を制止する暇もなく、次なる攻撃が襲い掛かる。恐怖で腰を抜かした男達を目掛けて、巨大な黒の塊が飛来する。


「伏せて下さい!」


ウルは男達に指示を出してから、手持ちのハンドバッグを宙に放り投げ、黒い塊にぶつけて相殺させた。ハンドバックは中身の衣服と共に塵となって地面に降り注ぐ。


「早く逃げて、とにかく遠くへ!」


突然訪れた仲間の死に思考を遮られていた男達だったが、ウルの一喝で再び現実の危機を認知したのか、すまないと一言だけ言い放って、逃げ惑う民衆の中へと混ざっていった。その様子を確認しつつ、ウルは敵の正体を探るべく、素早く周辺の状況を確認して原因を特定しようと試みる。


「………いた!」


原因はすぐ傍に潜んでいた。何と聖典教会リベル・サーンクトゥスの入口から、2mも超えようかという巨大な人型がゆっくりとその姿を現した。全身漆黒の皮膚に覆われた、人の形をした『何か』。瞳はなく、人体など容易に噛み砕くであろう鋭利な牙が特徴的な怪物であった。


「どうして教会の中からこんな怪物が………!?」


以前イヴァムがウンブラの書の力で、教会に直接手紙を送りつけてきた事があったが、まさか人体よりも巨大な質量を転移出来るようになったのか?とウルは考えたが、今はそんな悠長にしている暇はなかった。とりあえず早く始末しなければ、犠牲者を増やすことに繋がる。


ウルは能力リボルトを解放して漆黒の髪を白銀へと変え、臨戦態勢を整える。相手は一体、落ち着いて対応すれば倒せないことはないと踏んだ。

まずは怪物の気を引く為に、遊び弾を怪物に向けて数発放つ。すると、怪物は目はなくとも見えているらしく、牙をギチギチと鳴らしながらウルの方へと歩いて来る。続けて通常のオーラ弾を数発放ち、弾と共に対象へ駆け出した。怪物はオーラ弾をものともせず、巨大な右手の一薙ぎで全てかき消してしまうが、動作が緩慢な怪物の足止めには十分有効であった。

素早く怪物の懐まで潜り込み、次の攻撃が襲い掛かる前にみぞおちに拳を繰り出して、追撃に走りざまに溜めておいたオーラ弾を撃ち込んむ。


怪物は重低音の唸り声を上げて後方へよろける。苦しそうなその様子で効果を実感したウルは、続けてもう一撃お見舞いした。しかし、怪物は二度目の攻撃で倒れかけたが、ぎりぎりのところで踏み止まり、左右から両手で挟もうとする。ウルにとっては十分予測出来る攻撃、想定内。

2m近い怪物の背丈をものともしない軽快な跳躍で宙に舞い、怪物の背後に回りこんでつま先から着地し、すぐさまガラ空きの背中にオーラ弾を押し付けて炸裂させた。

再度怪物は唸る。好機を逃すまいと、息つく暇も与えない怒涛の蹴り技を叩き込んで、怪物に膝をつかせる事に成功する。


「………これで、終わりっ!」


追加の蹴りで怪物を地面に倒した後、その上に覆い被さってオーラ弾を頭部に発射した。


「ガアアアアァァァ………!!」


断末魔の叫び声を上げて、怪物は活動を停止した。念の為身体を調べようとしたが、ここでウルは、かつてショップストリートで戦闘した黒い狼を思い出す。狼を倒した後、皮膚がぽろぽろと剥がれ落ち、中から人間が姿を現したが、何となく感じが似ているこの巨大な怪物も、元は人間なのだろうかと勘繰った。

………嫌な予感というものはよく当たる。ウルの考えていたそれは、若干の差異はあれど今まさに現実のものとなった。怪物は人間の声色を持って『ありがとう』と呟いたのだ。前回のように皮膚が剥がれたりはしなかったが、その悲痛な一言はウルの胸に矢となって突き刺さった。


「どうして、こんな………。」


その先を言う前に、驚愕の光景がウルの瞳を釘付けにした。何と聖典教会リベル・サーンクトゥスの入口から、先程と同じ人型の怪物が群れを成して這い出て来た。中には、あの狼や見たことのない新種の姿も確認でき、その数は少なく見積もっても優に百は超えていた。

その絶望的な光景にウルは戦慄した。一体ずつなら対処可能だが、百を超えるこの軍勢を一人で凌ぎ切るなど不可能だと。怪物達は、それぞれが行きたい方向へバラバラに散って行く。止める手立てなど、ありはしなかった。


「やめて………やめて!」


街にさらなる悲鳴が火の手となって上がり、被害はセントラルホーム全体に及んでいく。市民の救助を優先に行動したかったが、歯を食いしばって我慢する。それよりもやらなければならない事があるからだ。

大元の原因の特定。それを突き止めなければ惨劇は終わらない。ウルは怪物達の攻撃をかわしながら、聖典教会リベル・サーンクトゥスの中へと駆け出した。




聖典教会リベル・サーンクトゥスの屋根に設置された一本の避雷針。その針のように細い芯の上で、セントラルホームの至る所から火の手が上がるのを見て、嘲笑う男がいた。その正体はイヴァム・ジア・ラザード。計画の最終工程を成す為に、ウンブラの書の力の一つである、転移を行使してやって来たのだった。

ウルが聖典教会リベル・サーンクトゥス内へ突入していくのを俯瞰しながら、小さく鼻を鳴らす。高低差はあるが至近距離だったのを利用して、ウルの心の中を覗き見たからだった。


「怪物を転移で送っているのかも、か。フフフ、残念だけどそれは誤りだ。流石の僕でも、これだけの質量を移動させる事は不可能だ。まあ………数人程度なら可能だけどね。」


既に会得していたにも関わらず、今まで行使しなかったのは何故か。それは勿論、計画の為。イヴァムはウンブラの書を空間から取り出してページをめくり、ゆっくりと瞳を閉じる。


「さあ………いよいよだ。君達の死が決して無駄ではなかったことを証明する時だ。」


東西南北にそれぞれ仕向けて生贄とした四名の同志達。それらが遺した生き血が、計画のキーとなる結界を発生させるのに必要であった。ただ、それには条件が要った。その条件とは、人並み外れて突き抜けた『主義』。


北のエティーラはイヴァムに対する絶対的な信仰。

南のハルドラは生物に対する貪欲な探究。

東のゴーシュは内に秘めた自らの考えに忠実な快楽。

西のハンニバルは他の横槍に決して揺るがぬ信念。


これら全ての主義者達の生き血を条件に、結界は機能するモノとなる。イヴァムは、軽く深呼吸を三回に分けて行い、これから始まる最終幕に向けての準備を万全とした。


「愚昧なる者達よ。己が本性を曝け出し、自らに忠実となれ。なれない者はさよならだ。怨嗟の声を撒き散らしながら、華々しく大地に還れ。」


詩を読み解くかの如く流麗に言い放ち、目を見開いてウンブラの書に力を籠めて解き放った。すると、セントラルホーム全体を覆い尽くすかのような巨大な透明の膜が張られていく。一度だけではなく、二度、三度。やがて厚みを増したそれは層となり、完全に都市全体を包み込んでしまった。


「フフフ………ハハハハッ!!」


絶望を告げる嘲笑が木霊し、都市全体に降り注ぐ。

大量虐殺と言う名の最終幕が、派手に開演した――――――――






同日の同時間、山岳のゲン宅で起床したラドは、セントラルホームの方角から上がる無数の煙を見て驚愕していた。寝ぼけていた頭は一瞬の内に覚醒し、先に起床して花を生けていたゲンに詰め寄った。


「ゲンさん!あの煙は!?」


「………うむ、間違いないじゃろう。あれはセントラルホームからじゃ。」


ゲンは冷静を装っていたが、内心は穏やかではない様子だった。はさみをテーブルに置き、眉間に皺を寄せながらラドを見る。


「火事などでああいった煙は何度か見た事があるが、此度はあまりに不自然。異常事態が発生しておると捉えて間違いない。」


「急いで戻らないと………!!」


「少し待ちなさい。」


ゲンの制止を振り切ってでも帰還する勢いであったが、恩師と言っても過言ではないゲンの話はしかと聞こうと思い踏み止まった。その足を止めたラドの様子に満足したのか、ゲンは僅かに、そしてゆっくりと首を縦に振った。


「それで良い。決して冷静さを欠いてはならん。常に正しき心を持って物事に臨まなければ、その本質を見定めるのは至難の業。」


そう諭されて、ラドは我に返った。


「心が乱れたままでは正常な判断もままならない。あくまでも冷静沈着に、広い視野でモノを見る………と言う事ですか。」


自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた後、深呼吸を繰り返す。何度も、何度も、胸の内の不安が静まるまで。肩の震えが治まったところで深呼吸を終え、正座をして座っているゲンと目線を合わせる。そして、目で訴えてから、服の擦れる音一つ立てず粛然と頭を垂れる。色々と世話になった感謝の気持ちを込めた、ラドの精一杯の礼。


「ありがとう………ございました。」


「また、いつでも来なさい。今度はウルと一緒に。」


「はい………。行って来ます!」


慈悲ある激励を受けて兜の緒を締め直したラドは、力強く部屋を飛び出した。


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