統べる力
邂逅した老人が、偶然にもラドの捜し人であるゲンであった。早速ウルの名前を出して経緯を説明しようとするや否や、ゲンは一言だけ「ついて来なさい」とだけ言い放って身を翻し歩き始めた。ラドは慌ててその後を追う。
「おお、そうじゃった。名前は何と言うのかね?」
「ラド………ラドクリフです。」
「ほう、お前さんが………。ラド君、ウルは元気でやっとるかの?」
草木の擦れる音に混じるように、前を歩いているゲンが唐突に口を開く。
「どうして、僕がウルの関係者だと分かったんですか?」
「手紙じゃよ。今はぱたりと止んでしまったが、少し前まではよく近況報告を兼ねた手紙を送ってくれていたからのう。」
「なるほど、そうだったんですか。」
「このような人里離れた異なる地でも、たった一通の手紙を届ける為に、わざわざ足を運んでくれておった少年………あの子には感謝しておるよ。」
「あの子………ですか?」
感慨に浸っている様子で、ゲンは張っていた肩を僅かに上下させた。
「その子は能力者じゃった。故に、その能力を買われて、我が家専門の手紙配達人になったと、目を輝かせて言っておったの………やっと自分も人の役に立てると。」
ラドは続きを聞かなかった。先程の会話から推測するに、その少年が何らかの理由で配達の仕事を辞めてしまったのだと、容易に想像出来たからであった。
「いずれまた、再会することもあるじゃろう。あの子には、あの子の人生がある。」
「ええ………。また、会えると良いですね。僕も心からそれを願ってやみません。」
「すまんの。こんな話をするつもりではなかったのじゃが、お前さんとあの子が、少し似ている気がしたものでな。」
「似ている、ですか?」
ゲンは前を向いたまま、無言でゆっくりと頷く。真意の程は読み取れなかったが、追求はしなかった。それから短い間ゲンと軽い世間話を交えているうちに、目的地であるゲンの家宅に到着する。
セントラルホームで一般的に見られる家屋とは一線を画する、とても古風で赴きのある家屋であった。その隣には修練場らしき、これもまた古風な建物が連なっている。絵になる場所を体現したかのような佇まいが、ラドの好奇心を刺激する。
「立派な家屋ですね………!」
「かつては学び舎でもあったが故の広さなんじゃ。さ、とりあえず中に入りなさい。」
玄関の扉が開かれると、樹木の独特な匂いが出迎えてくれる。苦手な人も多いと聞くが、少なくともラドは平気………どころか、好きだった。それよりも、自分達の住んでいる場所とは似て非なる違いに興味津々で、ついつい目移りしてしまう。
靴を抜いで上がると、居間らしき場所に通された。その場所の床は不思議にも、草で編まれている板状のものを敷き詰めており、何なのかを訪ねると、ゲンは畳だと短く答えた。
異文化への興味は尽きず、危うく本来の目的を忘れてしまうぐらい、夢中になってしまっていた。ハッと我に返ったラドは、そんな浮かれた気持ちを反省し、冷静になって畳の上に腰を下ろす。ラドが座ったのを確認してから、ゲンは対面に腰を下ろした。
「本題に入ろうかの。して、一体何用でわざわざここまで来たのかを。」
「それについては掻い摘んでご説明します。」
宣言通り、掻い摘んでこれまでの経緯を説明する。勿論大司祭と交わした規約の範疇を超えないように、ではあるが。ゲンは話を聞き終わると、口髭を撫でて微かに唸った。
「なるほどの、大方の事情は理解した。」
「どうでしょうか………協力はしていただけますでしょうか?」
「それは勿論構わんよ。我が孫娘にも等しいウルの大切な家族とあらば、協力は惜しまんさ。ただ………。」
「ただ?」
「ラド君。本当に調べてもよいのか?」
「それは一体どう言う意味ですか?」
「希望を持つのは決して間違った事ではない。じゃがの、それは時として己を傷つける刃にもなり得るんじゃ。お前さんにその覚悟はあるか………?」
ゲンの殺気を含んだ鋭い視線に、ラドは思わずたじろぐ。覚悟を示せというゲンからのメッセージなのだろう。意図を汲み取るまでにやや時間を要したが、冷静さを取り戻したラドは、力強くその問いに答える。
「はい。今の僕は、一人じゃありません。皆が………皆がいるから何も怖くない。お願いします!!」
頭を垂れて精一杯の懇願。ジンに言われてから気にしだしたのは事実だが、それよりももっと以前から、ずっと知りたいと思っていた。どうしても知りたかった。自分自身のことを。
ラドの瞳に宿る信念のようなものを感じ取ったのか、ゲンは微かに笑みを見せた。
「承ったよ。それでは、少し目を閉じていなさい。」
「宜しくお願いします。」
ゲンは深く息を吐いてラドの頭に右手を乗せ、一拍置いた後に能力を行使する。微かな風が周囲を渦巻き、かざした掌に淡い光が集束していく。数秒間その状態が続いた後、やがて光が消え行くと風も治まり、ゲンはラド頭から手を離した。
「何と………まさか、こんなことがあり得るのか。」
ラドが瞳を開くと、ゲンは驚いたように口を開閉させる。性能調査で一体何を『視た』というのだろうか。
「一体何が視えたんですか、ゲンさん。」
「まずは結論から話そう。お前さんに能力は、ある………!」
能力がある。その一言の言葉に、何とも言えない追求心が最高潮に達する。早くその続きを聞きたいが為に、テーブルを跨ぐ勢いでゲンに詰め寄る。
「それで、その続きは!?」
「落ち着きなさい。焦らずとも、今から話す。お前さんにはちと酷な話かも知れぬがの………。」
逸る気持ちを抑えて、ゲンの言葉に耳を傾ける。
「今、お前さんの能力は拘束されている状態にある。そう………意図的に封印されているといっていい。感じ取れなかったのは、その特殊な印がお前さんの感覚を遮断している為じゃ。」
「封印!?どう言う事ですか!?」
「ラド君や。お前さんの名前はラドクリフ・オーゲンスで間違いないね?」
「は、はい。それが何か?」
「少し待っていなさい。」
ゲンは立ち上がると、そそくさと部屋を後にして数分後、様々なブロックを繋ぎ合わせて作製したような正方形状の物体を持ち出して来た。表面は反射する程に磨かれており、覗き込むと自身の顔がよく映った。
「これは?」
「ある人物から頼まれて、儂が保存していた物じゃ。記録保存媒体といって、短い時間じゃが記録を残す事が可能な装置なんじゃ。」
「記録………過去を垣間見ることが?」
物言わず、ゲンは静かに首を縦に振る。まるでその続きは自分自身で確かめろと言わんばかりに。コトリと音を立ててテーブルの上に差し出されたそれを、おそるおそる手に取ってじっと見据える。
すると、記録保存媒体は徐々に淡い光を放ち、やがて一筋の光を壁に向けて飛ばした。ゲンの言った通り、光の先には記録保存媒体に秘められていた過去の記録が映し出されていたが、ラドはそこに映る人物に己が目を疑った。
知っているなどという安っぽい間柄ではない。混じり気のない栗色の短髪に、華奢な身体に似合わない大きめな眼鏡。そして全身に纏った黒外套。間違えるはずがなかった………その人物は―――――
「父さん………!?」
その人物は、ラドクリフの実の父親である男、アインその人であった。
「この記録保存媒体を開いたと言う事は、ラド。さぞお前は立派に………一人の人間として大きくなっていることだろう。それを信じて、私はこのメッセージを遺す。」
記憶の隅で燻っていた懐かしい声色。装置を経由している為かやや籠もり気味ではあったが、十数年ぶりに聞いた、父親アインの声だった。
「まずは、何故お前の能力を縛って隠していたのかを教えよう。ラド、お前の能力はこの世のありとあらゆるモノを分解、再構成することが出来る力なのだ。………私はそれを犠牲と名付けた。」
「犠牲………。」
ラドは自身の両手の掌を開いてまじまじと見つめる。やはりジンの推測通りだった。路地裏で戦った、アンテから受けた傷を治したのも、瀕死の状態だったセリスの傷を和らげたのも、全て犠牲の力によるもので間違いなかった。
「犠牲は危険な能力だ。何故ならば行使の条件が、対象の度合いに応じて、所有者の命を削ることが条件だったからだ。お前は決して困っている人を見捨てない、優しい性格だ。故に助けを求める人がいれば、迷わずこの力を行使していたであろう。」
アインは最愛の息子であるラドの命を守る為に、何らかの方法を用いて能力を抑え込ませていたようだった。しかしそれが、かえってラドの重荷になっているとは夢にも思わないだろう。
「だが………能力を感じ取れないが故に、他者から心にもない刃を向けられたのではないか?私がそれを知る術はないが、これがお前を傷つける結果になっていたのであれば、今この場を借りて謝罪させてもらう。」
非常に綺麗な直角礼。制止しようとしたが、過去の記録に話しかけても返事などあるはずがない。黙ってその続きを聞くことにする。
「今一度言うが、お前の能力はとても危険な代物だ。行使すればするほど自らの命を吸われる。………しかし、私はこれを見ているお前の為に解除の方法を遺しておく。」
アインは目を背けて悩ましげな表情を見せるが、やがて意を決したかのように再び真っ直ぐ顔を向ける。
「出来ることなら使って欲しくはない。しかし、大切な物や人を守る為には力は必要となる。その時が訪れた際に役立てて欲しい。解除言葉はイノセントだ。それを頭の中で強くイメージして呼び覚ますんだ。………そろそろ時間だ。それじゃあな、ラド。後悔のないように生きなさい。お前なら、きっと幸せを掴み取れると信じているよ。」
記録時間の限界に達したのか、光は弱まり、それに伴ってアインの姿も霞となって消え去った。ラドはしばらくの間、ただただ呆然としてしまった。まさか自身の能力にそのような強大な力が秘められていたとは思いもよらなかったからだ。実際に行使してみない事には何とも言い難いが、代償として命を削らなければならないようなので、危険と判断したアインの選択はある意味正しかったのかも知れない。
「以上が儂の知る全てじゃ。」
「………どうして、父さんはゲンさんにこれを?」
記録保存媒体を持ち上げてゲンに手渡す。しかしゲンは、これを受け取らずラドの胸元につき返した。
「アイン殿は、運命だと言っておった。自分以外にオーゲンスを名乗る者が現れるまで、大切に保管してもらいたい………と。儂は何の冗談かと思ったよ。正直な話、あまり感心がなかったよ。じゃがどうだ、性能調査でお前さんの中を視た際、まるで天啓に打たれたかのような衝撃が全身を駆け巡ったよ。今ようやく、アイン殿の言っていた言葉が理解出来たよ。」
ゲンはそう言ってふっと笑みをこぼした。きっと理屈で語るような話ではないのだろう。納得したようなその表情で、何となく察する。ラドは記録保存媒体を両手で受け取ると、静かに懐にしまった。
「ありがとうございます、ゲンさん。僕も、運命を信じてみたくなりました。」
ゲンは無言で頷く。ラドは笑顔で追伸した後、目を閉じて能力に接触を試みる。今までは全く何も感じなかった能力。それがようやく、花開く時が来た。
イノセント。何度も何度も頭の中で呼びかける。すると、奥底から煌くそれが姿を現した。迷わず手を伸ばして掴み取り、崩れないように優しく、ゆっくりと紐解いて。
次に目を開いた時には、力は宿っていた。犠牲………それが、ラドの能力。
「もう夜になった。今日は泊まって行きなさい。」
気が付けば、ゲンは窓際に移動していた。窓越しに外を眺めながら背中で語る。
「本当は今日中に帰れればと思ったんですが………すみません、お言葉に甘えさせてもらいます。」
「ああ、もっと話したいこともあるしの。」
和気藹々《わきあいあい》とゲンと話しつつ、ラドは力について考えていた。命を削るという行為の重みは重々承知しているが、それでもウルの………皆の力になれるのなら、この力を躊躇なく使おう、と。




