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告白

小鳥達のさえずりを聞きながら、ベッドの傍にある窓を開けて朝日を拝む。ラドは太陽の眩しさに当てられて、右手を額にかざす。

その輝かしくも変わりない暖かな日差しに、今日はとても気持ちのよい日が過ごせそうだと、心を弾ませながら支度を済ませ、聖典教会リベル・サーンクトゥスへと赴いた。




「おはようございます。」


「はああああぁぁ!?」


配給部門の扉を開けた早々、ロッズの怒声が室内に響き渡る。喧嘩でも始まったのかと慌てたが、他の部門員は皆笑顔だったのを見てほっと胸を撫で下ろした。

どうやらロッズの怒りの矛先はクリオに向いているらしく、胸倉を掴むような勢いで迫っている。


「お前、今何て………!!」


「ああ、彼女が出来た。」


「ま、まじかよぉぉぉ………!」


同僚であり親友の朗報に、歓喜するどころか落胆して肩をすぼめる。


「お前だけは俺の唯一無二の親友ダチだと思っていたのに………この裏切り者ぉ!」


「はははっ、悪いなロッズ。」


「おめでとうございますクリオさん。お相手はどんな女性ですか?」


「俺が言うのも失礼な話だけど、普通のおねいさんだよ。」


いつも笑顔を絶やさないクリオの笑顔が、今日は一際輝いて見えた。


「そうなんですか。本当におめでとうございます。」


「サンキュな、ラド。それよりも!お前の方は上手くいってるのか?」


「えっ………?」


「ウルちゃんだよ。花屋の。」


そう言えばロッズとクリオには、南区の隅にある花屋で働いている。と、嘘をついていたままだったのを思い出した。しかし、今更訂正するのもどうかと思ったので、ラドはそのまま話を続ける。


「その………あまり。」


「でも、それだけじゃないって顔してるぞ?」


クリオは鋭かった。外面には僅かにしか漏れていないはずの感情の変化に気付いていた。


「はい。実は今日、彼女に告白しようかと思ってます。」


「何だとぉぉぉぉ!?」


迫り来るロッズの巨体を押し返しながら、クリオは爽やかな笑みをラドへ向ける。


「そっか。直接的には役に立たないけど、俺は応援してるから頑張れよ。」


「その言葉で勇気がもらえますから、十分役に立ってますよ。ありがとうございます、クリオさん。」


「おー?今日は早いなお前ら。」


盛り上がっている最中、入口からノークが顔を覗かせる。


「リーダー聞いて下さいよ!クリオの奴、彼女ができたって!!」


「おーそうか。おめっとさん。」


「反応薄っ!!」


普段と変わらない楽しそうな皆の顔を見て、ラドは頬を緩ませる。今朝感じた気持ちに間違いはなかった。今日は良い日を過ごせそうだ、と。


「さあ、仕事頑張るぞ!」






午前中の仕事を無難に終わらせたラドは、午後の一番に南区の小教会へ行く。子供達やリィズと共に食事を済ませ、外の庭で軽く遊んで寝かせる。いつもと変わらない、ラドの日課。

厳密に言えば、子供達と遊んでやることまでは、仕事の内容には含まれてはいない。しかし、ラドはあくまで『仕事』ではなく、『交流』だと思ってこの小教会へ訪れていた。どうしても仕事だけの関係だと割り切った気持ちになれなかった。

他の配給部門の皆がどのように接しているのかは定かではないが、少なくともラドは人との繋がりを大切にしようと思っているので、こういった形で接させてもらっている。


「ラド君、今日もありがとうございます。」


リィズはカップに紅茶を注いでテーブルに置く。ついでにお菓子も出してくれる。


「リィズさんもお疲れ様です。いただきますね。」


「ふふっ、今日は何か良い事でもあったんですか?」


「えっ?」


「何となく、嬉しそうなので。そうなんじゃないかな………って。」


クリオと同じく、リィズも鋭かった。しかしこうも簡単にばれてしまうと言う事は、全部顔に出てしまっているのではと、ラドは自身の頬をつねって、弛んだ気持ちを内面に抑え込んだ。


「す、すみません。だらしがなくて。」


「別に隠さなくても、堂々としていれば良いじゃないですか。勿論場合によりますよ?」


言葉遣いは違えど、誰に対しても分け隔てなく接するリィズになら、悩みを打ち明けられると思ったラドは、『全くです』と相槌を打った後に、告白の件について相談することにした。他人に言いふらしたり、茶化したりする人物ではないと分かっていても、一応前置きをしてから話を始める。


「実は今日、ウルに告白しようかと思ってるんです。」


「まあ、それは素敵な話ですね。」


「ええと、それで何ですが………告白ってどう言えば、自分の気持ちが相手にちゃんと伝わるんでしょう?リィズさんならどうしますか?やっぱりプレゼントとか用意しますか?」


リィズはすぐにはラドの質問に答えなかった。ゆっくりと瞳を閉じて考える。随分と長い間。三十秒ほど経ってから、リィズは答えを導き出した様子だった。瞳を開いてラドを見据える。


「私からアドバイスすることは何もありません。」


予想を遥か斜め上をゆく回答に、素っ頓狂な声を上げそうになる。からかわないで欲しいと前置きしたはずなのにとリィズを見つめるも、その表情は真剣そのものだった。


「私に聞かなくても、どうすれば良いのかをラド君は知っているはずです。今までラド君が目、耳、肌で感じたことを思い返してみて下さい。」


「僕自身が知っている………。」


ラドは言われた通り、自身の胸に手を当てて瞳を閉じ、これまでを振り返る。すると無数に現存する記憶の中から、ウルと初めて出会った場所で行ったあるやり取りを思い出した。


夕焼けの空が彩る果ての見えない大草原で、何もないと発言したラドに対して、ウルは草原の彼方を指差して『見える』と、終始発言していた。


あれは結局どういう意味だったのだろうか。今なら、その答えを解ける気がした。他の記憶の様々な情報の糸を手繰り寄せて結びつけ、一本の線を完成させる。すると、言葉の奥に秘められた真の意味が姿を現し始める。

やがて鮮明に写し出されたその意味を、ラドは瞬時に理解した。難しく考えていたのが馬鹿らしくなるぐらい簡単だったからだ。答えは、既に出ていた。


「本当だ。心の奥底から、次々と雫のようにこぼれてくる………。リィズさん、ありがとうございます。こんなに近くに答えがあったのに、手を伸ばせばすぐ届く距離にあったのに、今の今まで気付けませんでした。」


「気付けたのは、ラド君自身の中にある、大切な人を想う強い気持ちがあったからこそです。」


私は背中を押しただけですよ。そう後付して、リィズは微笑んだ。感極まって涙を流しそうになるのをぐっと抑え、ラドは無言で感謝の意を示すお辞儀を繰り返した。




夕刻、仕事終わりの社会人達が、右往左往して最も混み合う時間帯。滞りなく本日の業務を終了したラドは、教会宿舎のウルの部屋の前でその帰りを待っていた。ウルに出会った後の展開を考えている所為か、妙にそわそわしてしまい、部屋の前を往復したり、つま先で地面を叩いたりと、過ぎ行く人に不審者かと疑われてしまうぐらい落ち着きがなかった。


「あれ、ラド?」


背後から声をかけられる。ラドは勢いそのままに振り返って、声の持ち主に応える。


「ウル!よかった、待ってたよ。」


「何かあったの?」


「ちょっと、ね。ここだと話づらいから、場所を変えたいんだけど………いいかな?」


ウルは無言で頷く。二人は汽車に乗って、南区にある見晴らしは良いが人気が少ない、パールハインの丘へと向かった。道中お互いに目線を合わせたり、口を開く事はなかった。尤も、ラドは緊張のあまり言葉が浮かばず、しどろもどろになっていただけであったが。

それなりに時間はあったはずだったが、結局何も話をしないまま、目的地であるパールハインの丘へ辿り着いた。


「いい風………。」


頂上から見渡せる、茜色に染まる美しい街並みを俯瞰しながらウルは呟く。僅かに吹く緩やかな風が、ウルの漆黒の髪を撫でる。夕焼けの景観と相まって、その姿は絵になるほどに絶景だった。ラドはそんなウルの隣に立って並び、自らの思いの丈を口から吐き出す。


「………初めてウルと出会った時も、こんな夕焼けが綺麗な時間帯だったね。」


「そうだね。あの時と変わらないぐらい、今も綺麗………。」


「あの時ウルは、地平線の向こうに『何か』が見えるって言ってたよね。でも僕は全く見えなかった。ウルの瞳に映っていた景観を、僕は共有出来なかった。」


ウルは沈黙を保ったまま、首だけを動かしてラドを見据える。穢れ無き瞳は、その先の言葉を欲しているように感じた。


「でもね、今ようやく理解出来た気がするんだ。七年経ってようやくか、って話ではあるんだけど。」


ウルの見えていた景色。それはきっと、世界の色。毎日を無気力に、死んだように生きていた当時のラドには、景色など何の感想も抱けないぐらい価値の無いモノでしかなかった。

しかし、七年の歳月を通じて様々な人間と触れ合い、経験を積み重ねていく中で、モノクロだった世界に少しずつ色がつき始め、そしていつしか、自身に欠かせない大切な一部と化しているのを知った。


嫌な事から目を背けるのは簡単で、そう難しくはない。しかし、それは違う。

どんなに辛くても、苦しくても、時に逃げ出したとしても、共に苦難を乗り越えられる仲間達と、前を向いて未来へと歩み進めることで、世界は………この茜色の空は、自らを祝福してくれるのだと理解した。


ラドはこみ上げてくる感情の波を瞳に乗せて、ウルをじっと見つめる。見返すウルも、その想いを汲み取ったのか、特に言葉は交わさなかった。

お互いが無言で見つめ合うこと数十秒。極限まで高鳴っている心臓の鼓動を抑えるかのように胸に手を当てて、言葉を続ける。


「ウル、ずっと君に言えなかった………ううん、黙っていたことがあるんだ。僕は配給部門の皆、小教会の皆、セリスさん、ジンさん、そしてウル。たくさんの人に支えられて今までやってきた。特にウル。君には感謝してもしきれないぐらい、大きな恩がある。だから僕は、その恩に報いる為に接していたと、自分自身に嘘をついていたんだ。でもね………気付いた以上、嘘は今日で終わりにしようと思う。これから僕が言うのは、本当の気持ち。」


風がざわめき、木々が揺れる。その勢いを味方につけ、ついに―――――




「ウル!僕は、僕は………!ウルのことが、家族としてではなく、一人の女性として好きだ!!!だから、これからもずっとずっと、傍にいさせて欲しい!!」




ついに、言った。心からのラドの気持ち。いつの間にか握り締めていた両手の拳に汗が浮かぶ。どんな結果になろうとも、後悔はなかった。

ウルは目を見開いたかと思うと、肩を震わせながら顔を伏せる。そして、小さくもはっきりとした口調で呟いた。


「ずるいよ………ラド。そうやっていつも私を困らせて………。」


「………ごめん。」


急にこんな話をすれば嫌な顔をするだろうと、ある程度覚悟はしていたのだが、次のウルが取った行動は、ラドの予想に反したものだった。突然、ラドの唇を柔らかい感触が覆う。その正体は、ウルの唇だった。想定外の事態に正常な判断が出来なくなったラドは慌てて距離をとり、空の色に負けないぐらい頬を染めてむせ返る。


「お返し。」


悪戯っぽい含みで言うウルの頬もまた、染まっていた。そのまま二人は風の囁きに導かれるように、再度唇を重ね合わせた――――――――

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