聖火祭<下>
午前中に書類仕事を終わらせたラドは、いつものように配給食を片手に、南区の小教会へ訪れていた。
年に一度のお祭りと言う事もあり、昼食の時間は聖火祭の話題で持ち切りであった。
「ねえリィズお姉ちゃん。聖火祭ってなあに?」
一番年下のミケは、去年までは別の街で過ごしていた為に、聖火祭の事をよく知らない。
「聖火祭と言うのはね、一年に一回、私達が幸せになれるよう、神様にお願いするお祭りなんだよ。」
「いつもお姉ちゃんがやってるお祈りと何が違うの?」
「お祈りの大きさ………かな?皆のお願いを聞いてもらう訳だから、沢山お祈りしないといけないの。」
「わー!そうなんだ!」
子供目線で上手に説明した甲斐があってか、リィズの言葉はミケに通じたようであった。
「ラドは何かやる事あるの?」
ルゥは興味津々にラドへ詰め寄る。
「何もないよ。けど、人と待ち合わせてるんだ。」
純粋な子供に平然と嘘をつくのは不本意だが、致し方ない。
「へぇー!デート!?」
「はは、違うよ。同じ職場の人とだよ。」
「なぁーんだ、つまんない。」
不満げに頬を膨らませるルゥに、シューンが割って入る。
「つまんないじゃないよ、ルゥ。ラド兄ちゃん困ってるじゃないか。」
「ええ、そんな事ないよね!?ラドは奥手っぽいからもっとドッカーンっていった方が良いよ!」
十歳程のルゥは、色恋沙汰になるとやけに心が燃えるようであった。どう返事をしたものか悩んでいると、リィズがフォローに入る。
「ルゥちゃん。ラド君はそんな遊び感覚で恋をするような人じゃありません。」
「そうだよねー。ラド真面目だもんね。」
「あ、そう言えばラドお兄ちゃん。ウルお姉ちゃんはいつ来てくれるの?」
ミケの発言に、すぐさまルゥが食い付く。
「えっ、ミケ。ウルお姉ちゃんって?」
「ラドお兄ちゃんと一緒にお仕事してる人!凄くかっこいいんだよ!」
「へぇー!ラド、その人どんな人!?」
ウルはどんな人か。ルゥに問われたラドは、改めて考えた。
幼少期に命を救ってもらって以来、ずっと家族同然のように一日一日を過ごしてきた。いわば命の恩人なのだが、再会してから共に毎日を生きていく中で、ラドはウルに対して何か特別な感情を抱えていた。
しかし、曖昧なこの気持ちを自分自身でも整理しきれていない為、あえて言うのは伏せる。
「僕の大切な人………命の恩人だよ。」
「命の、恩人?」
「うん。ルゥにもいるだろう、大切な人が。」
ラドに問われて、ルゥは自然とリィズへと視線を向けていた。リィズは穏やかな表情で、ルゥの頭を優しく撫でる。
「えへへ………。」
「ミケはリィズお姉ちゃん大好きー!」
「ぼ、僕も………!」
ミケ、シューンが名乗りを挙げてリィズに寄り添う。その光景は家族に違わない、輝かしいものだった。
そんな中、ラドは最年長であるリンドが先程から会話に参加していない事に気付き、どうかしたのかとリンドの方へと目をやる。
すると、リンドはテーブルに突っ伏したまま安らかな寝息を立てていた。一番やんちゃな年長なだけあって、お昼前に沢山遊んだのだろう。土で汚れた服が、それを物語っていた。
「ははっ、沢山遊んで疲れちゃったのかな。」
ラドはその気持ちよさそうな寝顔を崩さないよう、静かに背負う。
「さあみんな。お祭りを目一杯楽しむ為に、お昼寝しておこうか。」
「はーい。」
皆リンドを起こさないぐらいの気遣った音量で返事をしつつ、寝室へと足を運ぶ。
全員が寝付くまで面倒を見てから、リィズとの会話もそこそこに小教会を後にして、ラドは聖典教会本部の修練場へ赴いてひたすら訓練を重ねた。
今の弱い自分を変える為、そして少しでもウルの力になれる人間に成長する為に―――――
暗闇と静寂が支配する西区の路地裏の一画で、ジンはある人物を待っていた。ラド達に感づかれはしたものの、何も聞かれなかったのは僥倖だった。そう、今から出会う人物は、自分達聖典教会の宿敵なのだから。
「やあ、来てくれたようだね………ジン。」
突如暗闇の中で男の声が木霊する。ジンがその声のする方へと視線を向けると、そこにはイヴァム・ジア・ラザードが腕を組んで壁にもたれていた。
前日、ジンの元に宛名のない文が届けられていた。不思議に思ってその封を開くと、中にはある場所を示した一枚の紙が入っており、裏には短く『一人で来い』と書かれていた。その筆跡から、それはジンのよく知る人物から送られたものだと、直感的に理解したのだった。
実際直感は見事に的中し、イヴァムは姿を現した。この件を仲間に相談しようかとも思ったが、そんな事を許すほどこの男は甘くない。口外すれば、皆に危険が及ぶであろう事は明白だった。
「フフフ。まさか君が僕の条件を素直に呑んでくれるとは思わなかったよ。」
「………能書きはいい。一体何が目的なんだ?」
「やれやれ。久方振りに二人で話をすると言うのに、君は冷たいね。」
イヴァムは相も変わらず冗談交じりな表情でジンを見つめては、大袈裟に首を振る。
「黙れ。袂を分かったあの日から、僕はお前の事を………兄だと思った事はない!」
「悲しいね。僕はまだ弟だと信じて止まないと言うのに。」
「ラザードの名は捨てた。今の僕は………フォルバートだ。」
「そうか………。」
ジンの瞳に宿った強い意志を感じ取ったイヴァムは、素直に引き下がる。しかしその一言は、先程までの冗談とは違い、どこか割り切った、諦めにも近い返事だった。
「仕方無い、君の勧誘はもうやめるとしよう。残念だけど、これも宿命なのかも知れないね。」
「世迷言を………。それよりも、僕は約束を守ったぞ。」
「ああ、君の言いたい事は理解出来るよ。指定された条件を呑んだにも関わらず、僕が非道な真似を行う可能性がないとも言い切れない………そう言いたいんだろう?」
ジンは真っ直ぐイヴァムを見据えたまま無言を貫く。
「安心していい。僕は契りを反故する程矮小ではないよ。絶対者としての矜持がある故にね。それは君が一番よく知っているだろう?」
まだ二人が兄弟であった頃、イヴァムはジンに対してだけは嘘を付いたことは一度たりともなかった。それは本人も主張する、絶対的なプライドを信条としているからだ。敵となった今も尚、それを持ち続けているらしい。
でなければ、勧誘を拒否した時点で、不要物として処分されているであろう。悔しさは残るが、信じられた。
「………腹立たしいけど、その通りだ。」
「フフフ、理解してくれたようで何よりだよ。」
「それで、結局本題は何だ?まさか僕の勧誘だけが目的じゃないだろう。」
「今回は本当にそれだけさ。深読みするのは結構な事だけどね。」
「どうだかね………。」
イヴァムは空間を手で切り裂いて亀裂を発生させる。ラチア鉱山で目の当たりにした転移移動であった。
「それじゃあ僕はそろそろ行くよ。君と話せて愉快だったよ、ジン。」
「待て!お前の目的は何だ!?元々回りくどいのは承知しているが、ここまでして一体何を………!」
「それを僕に聞くのかい?実に愚問だよ。知りたければ自らが熟考し、答えを導き出す他ない。僕の計画を理解した時には、既に手遅れだろうけどね。」
「そうはさせない………っ!?」
ジンはイヴァムを攻撃しようと前へ踏み出そうとしたが、出来なかった。警戒はしていたものの、知らず知らずの内にウンブラの書の術中に嵌められて、動きを封じられていた。
「気付くのが少し遅かったね。君はどうも感情に身を任せ過ぎな面がある。仲間の前で冷静沈着を装っているのも、それが影響しているのかい?」
「くっ、イヴァム!!」
殺気を込めた眼光で睨みつけるも、イヴァムはおどけた表情を見せる。
「フフフ、怖い怖い。それじゃあね、もう一人のジンにも宜しく伝えておいてくれ。」
全てを見透かした態度を崩さないまま、イヴァムは空間の裂け目の中へと消えていった。完全に裂け目が消滅した後、ジンの体は解放される。
「………くそっ!!」
苛立ちを隠し切れないジンは、心に溜まった悔しさを吐き出す。少しでもこちらに有益な情報を引き出そうとあえて誘いに乗ったが、引き出すどころか終始イヴァムの手の平でいいように転がされているだけだった。
己の無力さを実感したジンは、拳を叩きつけて吠える。しばらくの間、その悲しみの叫びは路地裏の闇に響いては掻き消えた。
夜も更けてきた午後九時頃。ラド達執行のメンバーは中央区の噴水公園前で、聖火祭の目玉である神舞踊が始まるのを待っていた。夜中だというのに、辺り一帯は燭台の上でゆらめく聖なる火が照らし、お互いの顔を認識するのも容易な程明るい。
聖火の本体はナーゲルが所持しており、各区画にそれぞれ設置された燭台に赴き火を燈していく。護衛には聖騎隊が総動員している為、その点に関して不安要素はない。滞りなく事が運べば、あと数十分の内にこの噴水公園に辿り着くであろう。
観客は教会が定めた線の外側で、神舞踊で使用する舞台を囲うようにして集まっており、舞いが始まるのを心待ちにしている。
そんな観客の熱気が満たす会場で待つこと数十分。公園の入口から小さなどよめきが起こる。視線を向けると、聖騎隊に囲われる形で、聖火の燭台を掲げたナーゲルの姿が見えた。
短く歩幅を刻みながら、中央に設置された巨大な燭台へと歩みを進めていく。通常であれば数分の所を数十分かけてゆっくりと歩き、やがて燭台の前へと到達した。
ナーゲルが歩みを止めると聖騎隊は一目散に隊列を変更し、ナーゲルの後方へ控える形に整列した。その足音が静かになると、ナーゲルは聖火を燈す前に行う、祈りの言葉を紡ぎ始める。
特殊な語源らしく、それは何と言っているのかは理解出来なかったが、透き通るようなその声色が不思議と心に響いた。
祈りの言葉が終わると、いよいよ燭台へ火を燈す。その一瞬を皆が固唾を呑んで眺める。
小さな弾ける音が鳴ったかと思いきや、燭台からみるみると火が燃え上がり炎へと変わっていく。勢いある演出に、静まり返っていた観客も感嘆の声を漏らす。
その後、ナーゲルは振り返って燭台を背に右手を差し出し、手の平を見せて呟く。
「神舞踊の巫女よ、前へ。」
ナーゲルの一言で、ラドの傍に待機していた三人の踊り手達が数十歩程前に出て、上品な会釈をする。そして一寸の間を置いた後、美しい軌跡を描くようにして舞い始めた。
指先まで余すことなく使用した踊りは、動作の強弱加減による祈りの表現もさることながら、花も恥らう妖艶な姿に、その場にいた全員が心奪われたであろう。ラドも例外ではなく、護衛という任を忘れてしまいそうになるほどに魅せられていた。
しかし、そんな愉しい時間はあっという間に過ぎ去り、踊り手達は動きを止めて終幕を飾った。
その瞬間、それまで静かだった観客が一斉に沸き立ち、雄叫びを上げた。どうやらここから先は一般のお祭りと同じく、ただひたすらに楽しむもののようだった。男達はどこからともなく酒を持ち出しては呷り、女達は世間話に花を咲かせている。そんな真逆になった公園の情景に面喰いながらも、無事責務を果たしたラド達はそれぞれ自由行動をとることにした。
ラドはウルを誘って、屋台の方でも回ろうかと思いその姿を捜したが、呆れるほどに溢れ返った人混みに紛れて見失ってしまった。
とりあえず人混みを避ける為に、巨大燭台の前へと移動したが、運の良い事に燃え盛る炎をじっと見つめるウルを発見した。
「こんな所にいたんだね、ウル。」
「ラド。」
「どうしたんだい?聖火をじっと眺めて。」
「この火を見てるとね、何だか心が温かくなるの。どうしてそうなるのかは分からないけど。」
ウルが視線をラドから聖火に移すと同時に、ラドも聖火を眺める。ウルはああ言ったが、ラドにはただ波のようにゆらめいている炎にしか見えなかった。
「あ、ごめんねラド。何か用があるんだよね?」
「う………うん。その、折角のお祭りだし………良かったら一緒に屋台でも回らないかなって。」
ウルは返事の代わりに、ラドの右手をぎゅっと握った。その突然の行動に意表を突かれたラドは動揺する。
「えっ、ええっ!?ウル………!?」
「こうしておけばはぐれないよ。さ、行こ?」
すっかり主導権を握られてしまったラドは赤面しつつも、その温かい小さな手を握り返し、薄らと微笑んだ。
「うん、行こうか!」




