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真実の花嫁

ハルドラと名乗ったイヴァムの手先である老人は、能力リボルト死者アンデッドを意のままに操り、ラドとウルに攻撃を仕掛けていた。

聖職者たる者が死者へ攻撃を加える訳にもいかず、それ故に防戦一方な展開が続いており、加えて周りが満たす腐敗臭が二人の戦闘意欲を削ぎ、徐々に気力を蝕んでいく。

ハルドラの能力リボルトで無理矢理動かされている為か、死者達の一撃は重く、受け流すだけでも一苦労だった。もしかすると、ウンブラの書の力で増幅されているのかも知れない。


「ヒヒヒ、苦しそうじゃのう。」


墓石に腰掛けてパイプを吹かすハルドラに苛立ちを覚えつつ、ラドは目の前の死者を突き放してやり過ごす。


「くそっ、どうすれば………!」


段々と墓地の隅へと追いやられているのもあってか、心に余裕もなくなってきた。戒律に反して自衛しなければ、自らの命も危ぶまれる。

意を決して死者達に反撃しようかと考えたその時、一人だけ奥で微動だにしない死者に目を奪われた。

ウェーブのかかったすみれ色の長髪に、おとなしめな純白のワンピースを身に纏った女性で、他の死者達と比較しても、一際人間に近い形状を保っていた。

ウルもその姿に気付いたのか、前方の死者を払いつつラドへと視線を送る。

生前の強力な意志が、ハルドラの命令に抗っているのかも知れない。情報が不足している為、あくまでも推測でしかないが。

呑気にしていたハルドラもこれに気付き、その死者の元まで歩み寄って言葉を投げ掛ける。


「何をしておる。はようあやつらと踊らんか。」


「アー………ウー………ア。」


「フン、珍しいものよ。まさか儂の能力リボルトの支配下から逃れようとする死者がおるとはの。」


死者はぎこちない挙動で動き始めるも、数歩歩いては止まりを繰り返している。


「ウー………イヤ………。」


拒絶の言葉を発した死者に不快感を示したハルドラは、腰に下げていた鞭で容赦の無い攻撃を加えた。無慈悲にも、死者は人形のように崩れ落ちる。


「生意気な、玩具の分際で!貴様に意思なぞ必要ないわ!!」


「やめて下さい!!」


ラドの必死な叫び虚しく、ハルドラは執拗に鞭で攻撃を加え続ける。奥の惨劇に気を取られていた所為で、接近していた死者への迎撃が遅れ右肩を掴まれる。


「ラド!」


ウルも手一杯といった様子で、声で安否を確認することしか出来ないようであった。死者を引き剥がそうとするも、身動きの取れないラドに対して次々と死者が這いより、手を、足を、拘束してゆく。

掴まれた部位に込める力も徐々に増して、耐えるのも限界に近かった。

一瞬意識が朦朧としたその瞬間、空から何者かの影が映り込んだかと思うと、ラドの身体を拘束していた死者達の腕が木っ端微塵に切り落とされた。

よろめいて後ずさっていく死者とラドの間に、その影は舞い降りる。


「間一髪だったね、ラド。」


「ジンさん………!」


「私もいるよー!!」


颯爽と登場したジンとは反対に、息を切らしながら墓地の入口からセリスが姿を現した。その隣にはノークの姿も見える。


「ど、どうしてここが?」


「君の部門長が、血相変えてここに走って行くのを偶然見かけてね。僕も妙な気配を感じたからついて来たんだけど、予想通りだったよ。」


勿論それも聞きたい答えではあったのだが、ラドが聞きたかった答えはもう一つあった。ジンもそれを察したのか、言葉を続ける。


「死者を悼む気持ちは理解できるし、間違いじゃない。でもこの人達は、自らの意志で現世に還って来た訳じゃない。あの老躯に冥界から呼び寄せられたんだ。」


ジンは悲壮な目つきで、死者達の群れを見つめる。


「だから、ここに長居させることが、逆にこの人達を苦しめていることになるんだ。早く………静かに眠らせてあげよう。」


そう言い切ってから、ジンは獲物である二対の短剣を構えて、死者の群れに飛び込んでいった。宣言通り、躊躇無く死者の頭を次々と切り裂いて沈黙させていく。そのジンに波長を合わせるようにして、セリスも水彩剣アートブレイドを構えて後に続いた。

二人の覚悟に感服しつつも、ラドも行動を起こす。周辺の死者達はジンとセリスに任せて、ウルと共に奥に控えるハルドラを目掛けて突き進んだ。

入口で状況を観察していたノークも流れに乗じて、ラドの隣まで走り込んで来る。


「ノークさん、危険です!避難して下さい!!」


「そうはいかねえ!あそこにいるのは、ミシェラなんだぞ!!!」


ノークの悲痛な声がラドの耳に響く。ハルドラの命令に抗っていたあの女性の死者こそが、ノークの最愛の妻、ミシェラであったのだ。


「そんな………っ!」


「あの糞ジジイ………!!ミシェラに何をしてやがる………!!!」


走り様にウルはハルドラに向けてオーラ弾を発射する。しかし、先程までなぶられていた死者、ミシェラが突如起き上がり、ハルドラの前に出て身代わりになった。

結果(オーラ)弾を受けたミシェラは大きく吹き飛び、地面を転がる。その様子を満足げに眺めながら、ハルドラは服の埃を払う。


「ヒヒヒ、危ない危ない。何とか間に合ったか。」


「糞ジジイ!ミシェラに何しやがった!?」


「儂の能力リボルトで意のままに動く人形に仕立て上げたのよ。そうかそうか、この玩具は若造の………ヒヒヒッ!」


腹を抱えて笑い出すハルドラにウルが攻めかかろうとするが、死者とは思えない速度でミシェラが再度立ち塞がる。流石に夫のいる目の前でその身体を傷付ける訳にもいかず、ウルは体勢を維持したままじりじりと後退する。


「これは面白い。どれ、一つ遊びをしようかの。」


ハルドラはゆっくり右腕を動かし、ノークを指差す。


「若造よ、今からお前だけ前へ出ろ。この娘はお前の愛する者なのじゃろう?ならば夫であるお前が止めて見せい………ヒヒヒ。」


「貴方の好き勝手にはさせませんよ………!!」


「小僧は黙っておれい。小娘共々、妙な動きをすればこの娘をここで切り刻むぞ?」


やはりイヴァムの手先だけあってか、戦況よりも己の快楽を優先する、実に強欲な老人であった。

既に死人とはいえど、この場合に限っては盾に成り得る。ラドとウルは、ノークの返答を待つ。長い葛藤の末、ノークは重々しく口を開いた。


「………悪いが、ここは俺の我侭を通させてくれ。」


力一杯拳を握るノークの心中は、ラド達の想像を絶するものだろう。怒りと哀しみが入り混じった背中が、それを物語っていた。かける言葉が見当たらず、黙ってその動き出した背中を見送る。

一方ハルドラは、ノーク以外の者の動向を観察しつつ、高みの見物と言わんばかりに、またも墓石へと腰掛けてパイプを吹かす。この老躯にとっては、ただの見世物でしかなかった。


「………ミシェラ。」


ノークの呼びかけに、ミシェラは反応しない。ハルドラを守るようにして、ただただ立ち尽くしていた。


「俺だ、ノークだ。こんな形とはいえ、こうしてまた会えたのが正直嬉しいぜ。なあミシェラ、お前はどう思ってる?」


「………ウー………。」


返事かどうかも怪しい呻き声を上げたミシェラに、少しずつ歩み寄る。


「お前が逝ってからも、俺は一日たりともお前の事を想わなかった日はねえ。本当はな………お前が少しでも生きたいって言ってくれれば、俺は人生の全てを費やしてでも、デミュートの治療法を探したよ。」


デミュート。ラドはその病名に息を呑んだ。治療法が確立されていない不治の病で、患ったが最期、長くても数年と言われている難病だ。ミシェラが病気で亡くなったとはクリオから聞いていたが、まさかそれ程重い病気だと知らなかった。


「ノ………ク………。」


「ミシェラ!」


名前を呼ばれたことに、反射的に大きく前に歩み寄るノークだが、今の彼女は操り人形。ハルドラは好機と踏んだのか、人形となったミシェラを操作した。

気の緩んだノークに驚く程機敏に接近し、その首を両腕で鷲掴みにさせた。


「ノークさん!!」


「構うなッ………!」


苦しそうにラドへ返答するも、可笑しなことにノークの口元は笑っていた。そして、抵抗するどころか徐々に肩の力を抜いているのが見て取れた。いよいよ助けに入らなければならないかも知れない………そう感じ、ラドとウルは互いに視線で合図する。

すると、ノークは静かに両腕を動かし、ミシェラの身体を優しく抱き寄せた。


「分かってる………ミシェラ。悪かったな、無理矢理呼び出して。辛かったろう………?」


「………ア………ノーク………。」


その時、信じ難い光景が起こった。ミシェラはノークの首元から手を離し、瞳に涙を溜めたのだ。

この驚くべき事態に、流石のハルドラも墓石から転げ落ちて目を丸くする。


「な、何じゃと!?一体何が………!?」


ミシェラはノークの気持ちに応えるように抱きしめ返し、瞳を閉じた拍子に溜まった涙が頬を伝う。


「ノーク、私は………。」


「ミシェラ………!!お前、俺が分かるのか!?」


「はい………!忘れるはずが、ありません………ノーク。」


「ミシェラ!」


お互いに名前を呼び合い、昂った感情を共有する。まるで夢でも見せられているかのような光景に、その場にいた全員が共鳴した。ラドとウルには、その不思議な力の発生源は、ノークとミシェラから発されているのだと悟った。

美しくも儚い光の奔流が周囲を包み込む。その影響か、セリスとジンが交戦していた死者達は活動を停止し、瞬く間にその場に崩れ落ちて動かなくなった。突然の事態に二人は驚くが、奥で眩い光を放つ存在に気付いて察したようだった。手早く武器をしまってラドの元へと駆け寄る。


「一体どうしたんだい、これは!?」


「僕にも分かりません………。でも、とても暖かい光が溢れ出してきて。」


ラドが状況を説明している最中、より光が輝きを増す。悪い予感を覚えなかったのもあり、四人とも静観して事の成り行きを見守る。


「ノーク。貴方は私に『生きていたい』と言って欲しかった。そう言ってましたけど、私は満足しているんですよ?」


「嘘つけ。デミュートなんてものにかからなきゃ、真っ当に人生を謳歌出来たんだぞ。」


「それでも私は十分でした。ノーク、貴方がいたからです。」


「俺が………?」


「はい。大事なのは、何年生きたかじゃない。生きているうちに何を成して、その結果にどれ程の幸せを感じられたか………だって。私は、ノークから沢山の幸せをもらいました。温かくて、とても優しい思い出の数々を。」


ミシェラのか細い手がノークの頬に触れる。


「だから、私は後悔なんて微塵もありません。胸を張って………そう言えます。」


屈託のないミシェラの微笑みに、ノークは安心したように口元を緩めて笑った。


「そっか。へっ………はははっ!」


「んもう、何か可笑しかったですか?」


「ああ、可笑しいさ。まさか、お前にそう言ってもらえる日が来るとは思いもよらなかったからな。ありがとよ、ミシェラ。俺も………ようやく未練が断ち切れそうだ。」


「未練あったんですか?」


「ちょっとだけ、な。だがこうして三年ぶりにお前と話したら、どうでもよくなっちまったよ。」


「それは良かったです。」


ミシェラの身体が光に包まれては徐々に霞んでいく。神が引き起こした奇跡の時間ときも、そろそろ終わりのようだった。ミシェラは名残惜しそうにラド達へと顔を向けてにっこりと微笑んだ。


「これからも、ノークと一緒にいてあげて下さい。この人、結構寂しがりやだから………。」


他の三人はあまりノークと接点がない故か、代表してラドに返答を求めるような視線を送っていた。

ラドも皆に習って、目で三人に了承したとのサインを送った後、ミシェラに視線を戻した。


「勿論です。ノークさんは、僕達配給部門のリーダーですから。」


「ありがとう………。」


「おい、勝手に人を寂しがりやにすんな。」


「だってノーク、さっきまで泣いてたじゃないですか。」


「まーたお前は人の心を………!」


「ほら、やっぱり泣いてたんじゃないですか。」


ミシェラは死者であり、既に能力リボルトの力は失われているはずである。その事に気付いたノークは肩を震わせ、初めて人前で静かに涙を流した。


「はははっ………やっぱり、お前には………敵わねぇな。」


ノークはミシェラを引き寄せてその唇を奪った。実に短い時間ではあったが、この二人にとっては十分過ぎるぐらいの時間だった。やがてお互いの唇が離れると、ミシェラの身体は加速度的に霞んでいく。


「やっぱり、俺お前の事大好きだわ、ミシェラ。」


ミシェラは何も言わずに、屈託のない笑顔を見せながら手を振りつつ、完全に粒子となって消え去った。


「………ありがとな。」


ノークは、胸ポケットにしまっていた小さめのコチョウランの花を、空に向けて飛ばす。コチョウランの花は、風に乗って美しく花びらを散らし、彼方へと飛んでいった。


「ノークさん………。」


「手間かけさせて悪かったな、ラド。後は頼むわ。」


不穏な動きを見せていなかったが為に、ハルドラの監視を怠っていたのをノークの言葉で思い出した。ラド達四人は奥のハルドラへと目を遣る。すると、そこには必死に笑いを堪えるハルドラの姿があった。


「ヒヒヒ、まさかこんな事が………!ヒヒヒッ!ありえない!」


信じられない超常現象に腰を抜かしたのか、地面に寝そべったまま腹を抱えるハルドラに、ラドは近付いて電磁ワイヤーを突きつけた。


「気高く誇り高い想いの力の前には、貴方のような俗悪な方の思想など無力です。死者を冒涜した裁きを受けてもらいます。」


「ヒヒヒ、いやはや正直驚いたわい。まさか儂の能力リボルトの支配下から逃れただけでなく、生前の正気を取り戻してしまうとはの………。」


ハルドラは横たわっていた自らの上半身を起こして、電磁ワイヤーを突きつけているラドに向けて不敵な笑みを見せた。


「実に面白い見世物じゃったよ。最期に人間の教訓を学ばされるとはの。ヒヒヒ、愉快愉快。さて………十分踊れた事じゃし、もう儂の役目も終わりじゃな。」


「何を言って………。」


「ラドっ!」


唐突にウルが叫ぶ。その声で危険を察知したラドは、即座に後退してハルドラから距離を取る。するとハルドラの身体は瞬時に膨らみ、ラチア鉱山で戦ったエティーラの時と同じく、多量の血を噴出して倒れた。

ラドと入れ替わるようにして、ジンが前に歩み出てハルドラの容態を確認するも、ジンは軽く首を横に振った。


「あの時と同じだ。この老躯も、結局は捨て駒だったってことか。」


一体何の目的でこのような自爆をさせているのか、イヴァムの考えは読めなかった。しかし、今はその考察よりも、ラドにはやらなければならない事があった。


「ジンさん、大司祭様への報告はお願いしても良いでしょうか。」


了解ヤー。………君は、これからここを綺麗にするんだろう?」


「はい。ウルと、セリスさんも手伝ってもらえませんか?」


ウルとセリスは、無言で頷く。その返事を受け取った後、ノークを含めた四人で夜中までかけて墓地を綺麗にし、墓石に花を添えた。安らかに眠る人達が、これからもずっと笑っていられるように………。

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