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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
犬も歩けば棒に当たる

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9/9

今井陽

 小石丸がカトル達と出会う少し前、今井陽は見渡す限りの草原を眺めて、呆然と立ち尽くしていた。


「魔王を倒せって異世界に転生させられたけど、ここはどこ……?」


 少し遠くに木立が見える。

 どうやら林になっているようだ。


 遠くに建物が見えたりもしなければ、道すらない。


 柵もなければ馬車の轍もない。


(きっと近くに人里はないんだ)


 小石丸はちゃんと無事だろうか。


 道端でボロボロになって、死にかけていた赤ん坊の柴犬。


 普段聞き分けのいい陽が、両親に許可も得ず病院に連れ込んだ。


「犬の赤ちゃん、死んじゃう」


 薄汚れてほとんど動かない犬を抱えた小学生の話を、獣医は真剣に聞いてくれた。


 獣医の真剣な目が少し怖かったことだけ覚えてる。


(――あれ?)


 陽は何かを思い出しそうになったものの、記憶に靄がかかったように、違和感は消えてゆく。


 柴犬の赤ん坊は空腹で小石を飲み込んで死にかけていた。


 獣医が石を吐き出させると、次第に元気になった。


 小石を食べるほど食いしん坊で、丸い赤ちゃん。


「君は小石丸だ!」


 この言葉に、小石丸が小さくわふっと答えたあの可愛さを、今でも陽ははっきりと覚えてる。


 小石丸のことを考えていたら、重大なことを思い出す。


(食料なんとかしなきゃ。小石を食べるわけにもいかないし)


 陽はまず水と食料を確保したいと周囲を見回す。


 人里も、川も見えない。

 耳を澄ませても、水音さえしない。


 ただただ、風が草を揺らす音だけが虚しく響いていた。


「最低でも水は確保したいけど、近くに川なんてあるんだろうか……」


 どこまでも続く草原をあてもなく歩きながら、陽は神の言葉を思い出す。


――君は、死んでしまった。殺されたんだ。


 犯人の顔は見ていない。

 なぜ自分が殺されたのか、まったく分からない。


 刺されたことさえ分からず、恐怖を感じる暇さえなかった。


 気付けば一面青い世界にいた。


――僕の世界の魔王を倒してほしい。


 陽は神の言葉に戸惑う。


――魔王と戦う代価に、ひとつ願いを叶えてあげるよ。


(魔王って言われても、僕なんか普通の成人男性にも勝てないでしょ)


 命のやりとりどころか、格闘技さえしたことがない。


 冷たい汗が、頬を伝う。


 平和な世で生きていた陽が、ファンタジー世界で生きていけるものだろうか。


 しかも一人で。


 陽は、生来おとなしい子供だった。


 仕事で忙しく、家を空けることが多い両親の負担になりたくなくて、勉強だけが友達だった。


(必要な能力……なにかある?)


 忙しくて家にいない両親を、寂しく思ったこともある。


 でも、小石丸が家に来てから世界が明るく広がった。


 どれだけ与えても餌を要求するし、いくら走り回っても遊べとじゃれてくる。


 小石丸のことを思うと自然と笑顔になる。


――願い事はどうする?


 陽の心は決まった。


 彼は目の前の少年神に、まっすぐ視線を向けて言った。


「小石丸を助けてください。絶対に死なないように面倒見てあげてください」


――それでいいの?


「はい。小石丸は僕の宝物なので」


――願いを他人に使うと、普通の人間のまま異世界に行くことになるよ?


「小石丸が一番大事だから」


 毎日散歩に連れ出せと、学校から帰るたびに周囲を走り回る姿が愛くるしかった。


 ご飯をあげるのも、散歩に連れて行くのも手のかかる弟ができたようで、本当に楽しかった。


 家に一人じゃないことが嬉しかった。


 だから。

 僕は死んでしまったけど、小石丸にだけは生きていてほしい。


――分かった。小石丸くんを助けよう。


 少年神は少しの間のあとに、ゆっくり頷いた。


――せめて異世界で困らないように“言語能力”だけはあげる。魔王も無理して倒そうとしなくていいから。だから。


――君も(・)僕の世界で“生きて”。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


(で、飛ばされたのがこの草原。人がいないから言語能力意味ないんだけど)


 陽は、もう一度あたりを見回した。


(なんだあれ……?)


 水たまりだ。

 草原のくぼみに、透明度の高い水がたまっている。


(他の地面は乾いてるのに、こんなところに水たまり)


 本当に透明で草すら浮いてない。美味しそうにすら見える。


(こんなところの水、どんな雑菌や寄生虫がいるか分からないもんな……)


 陽は、きれいな水に後ろ髪を引かれながらもその場を立ち去る。


 だが、彼は忘れていた。


 ここが異世界であることを。




 背中で、ぴちゃりと水音がした。


(え……?)


 振り返ると、さっきの水たまりが、足元から這い上がって来ていた。


「まさか、これって――スライム!?」


 手で払っても、走り回っても、スライムは足から這い上がってくる。


 すでに胸から首へと迫ってきた。


「――これは、まずい」


 首まで来たスライムを引きちぎろうとしても、水に飲まれるだけで手応えがない。


 ついに口元まで達したスライムに、呼吸を止める。


 しかし、鼻や口から無理やり侵入してくる。


(く……くるしい)


 地面をのた打ち回るが、何も変わらない。


 もがいた拍子に、瑞々しい葉っぱが生えていることに気付いた。


 まさかの草原で溺れかける陽は、何も考えずその草を――掴んだ。


「キイイィィヤアアアァァアアアア!!!!」


 周囲に、絹を裂くような叫び声が響き渡る。


 目の前が、強烈に光った気がした。


 口元を覆っていたスライムが急速に萎んで――消えた。


『なにするのさ、人間!!』


 陽は呆然としながら、自分が掴んでいる草を見た。


 草から女の子が生えていた。


 いや、逆か。


 女の子の頭から、きれいな葉っぱが生えていた。


「えっと、ごめんなさい。スライムに襲われて――ってスライム!!」


 スライムは完全に消えていた。


 草の少女は陽と目を合わせないまま、それでも憤慨した様子で言った。


『スライムなんか私の魔力で勝手に逃げるのよ』 「ま、魔力」

『そもそも。草原でスライムに殺されかける人間なんて、初めて見たのよ』


 草の少女は、呆れ顔で陽を見つめる。


「あははは……えっと君は人間、じゃないよね」


 陽の言葉に、少女は怒ったようにそっぽを向く。


『アタシを人間と間違えるなんて!! アタシは誇り高きアルラウネなのよ!!』


「あ、アルラウネ???」


『そうなのよ! 断りも無くいきなり葉っぱに触るなんて失礼千万! 憤懣やるかたないのよ!!』


 陽はアルラウネの頭の葉から手を離す。


『ふんっだ!!』


 彼女はそのまま地面に潜り、すぐに見えなくなる。


 陽はしばらく呆然としたまま、確かに異世界に来たんだなという変な実感を噛み締めていたのだった。

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