本能の一撃
それは、柴犬が興奮したとき無意識に繰り出す前脚の一撃。
――柴パンチ。
小石丸の右手が、まさにその軌道を描いた。
コカトリスはすでに傷のあった腹に強烈な打撃をくらって、毒の唾液をたれ流しながら苦しんでいる。
「みんな死ぬ、良くない!!」
小石丸は、もう一撃。
コカトリスの腹に加える。
殴った拳が、毒で焼けるように痛い。鼻も曲がりそうなほど息苦しい。
コカトリスは尾の一撃で、毒に苦しむ小石丸を払おうとする。
しかし彼はそれをなんとか避けた。
「――コカトリスと素手で渡り合ってる、だって?」
カトルの霞む目では、小石丸の動きは追いきれなかった。
だが、着実にコカトリスがダメージを負っているのだけは分かる。
小石丸はなおも攻撃を続けていた。
「グォオオオオオオオ!!!」
コカトリスは巨体を揺らし、咆哮する。
毒の息はあたりに停滞し、毒の濃いところと薄いところを作っていた。
毒の息の臭いが苦手な小石丸は、臭いの薄い場所を求めて走り回っている。
それが結果的に、毒のダメージを最小限に抑えていた。
『がんばれ』
誰が最初に言ったか。
遠巻きに戦いを見ていたコボルトの声が、小石丸の耳に届く。
「頼む、勝ってくれ」
人間の声も、それに重なる。
互いに何を言っているかは分からない。
なのに、小石丸を応援する気持ちが一致していた。
コカトリスは周囲の木々のせいで素早く動けず、たまに足を滑らせながらも走り回る小石丸を捉えきれないでいた。
小石丸は、少し吸ってしまった毒のせいで肺が痛い。喉が詰まって呼吸もしづらかった。
それでも、繰り出し続ける小石丸の拳が、コカトリスの身体に何度も突き刺さる。
人の何倍もある巨体が、一人の“人間”に翻弄されている姿は、異様であった。
「あれは、人間の動きじゃない。まるで神話の――」
カトルの呟きと、ほぼ同時だった。
自分の身長よりも高く飛び上がった小石丸の拳が、コカトリスのこめかみに突き刺さる。
「グルオオオオオオ」
コカトリスの声が、もう力を失っていた。
轟音とともに、その巨体がついに倒れた。
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『コカトリスは、いろんな動物が混じってますが、空を飛べますし基本は鳥の魔物です』
キュウが、兄であるコボルト戦士に布を巻きつけながら口を開く。
倒したコカトリスは口から大量の毒を吐き出していたので近づけず、放置したままその場から離れた。
逃げ出したコボルトや男たちもいつしか集まり、ケガ人の傷の手当てが始まった。
『鳥は飛ぶために体が軽くなくてはいけないので、骨も脆いです。だから打撃には弱いのですが、でも――』
傷にボロ布を巻く手を止めずキュウは言葉を続ける。
『あの巨体です。普通の人間の打撃ならコカトリスの筋肉に阻まれて体の芯にまで届かず、ダメージを与えられないはず……なのですが、貴方は本当に人間ですか?』
不思議そうに小石丸を見るキュウに、小石丸はきょとんとしている。
それもそのはず。小石丸は話していることの半分も理解できていない。
「おれ、人間。神が人間にした」
これでも、小石丸にとっては難しい言葉を話した方である。
「神が人間にした……? そりゃ俺たちみんなそうだろうけど」
無事だった男の一人が小石丸の言葉に笑った。
確かに、どう聞いても敬虔な神の信徒にしか聞こえない言葉である。
カトルとコボルト戦士は、ダメージと毒のせいで動けない。
彼らを見守っていたキュウが手を止めて小石丸に向き直り、不思議そうに口を開く。
『戦闘力も人間離れしてましたが、なぜ人間のあなたが我々コボルトと会話ができるんでしょうか』
キュウの疑問も最もだった。
もちろん小石丸にも分からない。
コカトリスとは言葉が通じなさそうだったが、コボルトと会話が通じるのは元が犬だからだろうか。
「カトル、起きろ!! 死ぬなっ!!!!!」
男たちの叫びが、周囲の木々にこだまする。
毒をまともに全身に浴びてしまったカトルは、徐々に呼吸が弱くなっていた。
触れた瞬間即死するほどの威力はなかったものの、周囲の木々を簡単に枯らすほどの猛毒だ。
それをまともに浴びたカトルは、男たちの呼びかけにもまともに応えられなくなっていた。
カトルの瞳が、少しずつ光を失いつつあった。
ふと。兄の手当てを終えたキュウが、小さく吠える。
それに気付いた老コボルトが、少しの逡巡ののち頷いた。
キュウは小石丸に何かを決意した目を向け、躊躇いがちに口を開いた。
『――彼を治す方法があります。僕らの村に来ていただく覚悟はありますか?』
コカトリスが襲った彼らの村。西の方に位置し、そう遠くないという。
『私たちを襲った人間の皆さんは正直怖いですが、あの勇敢な人間とあなたの二人だけなら……』
カトルの名を呼ぶ男たちを、横目で見たあと少し俯いて、キュウは口を開く。
『彼を助けたいなら、僕の友達“アルラウネ”ちゃんを――探してもらえませんか』
「たすける? たすけられる?」
まだ言葉を得たばかりで使いこなせない小石丸にも『助ける』という言葉だけは分かる。
肉をくれたカトルを、彼は助けたかった。
陽を探さなくては、という気持ちもある。
だが、目の前で人が死ぬのはもっと嫌だった。
『はい、アルラウネちゃんなら助けられると思います。時間がないので急ぎましょう』
キュウの言葉に、小石丸はゆっくり頷いた。




