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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ

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運命の歯車

「二回戦、第一試合! 白炎のゾルバ対パピヨン伯爵家三男ヴァランタン・アズリット・ド・パピヨン!!」


 目を覚ましたカトルは選手用観覧席で、観客たちの静けさに驚いていた。


 舞台上には、綺麗な銀色の鎧を身に着けた細身の男が、頭を抱えながらゾルバの向かいに立っていた。


「最悪だ。戦場に出る前の箔付けと思って出場したけど、いきなりゾルバ……献金をケチり過ぎたか?」


 全身を鎧で覆った青年は、手に持っていた兜をかぶり、細剣おざなりに構える。

 明らかにやる気のない様子に、ゾルバは小さく息を吐いた。


「……まあ、鎧には金かけたし相手は素手。この最新のプレートメイルを素手で貫けるものなんか――」


「――では、両者構えて! 試合開始!!!」


「――いるわけない」


 ゴンッッ!!!!!


 会場内に、重い金属音が響く。

 ヴァランタンの鎧の上から、ゾルバの右拳が腹にめり込んでいた。


「よ、鎧の上から打撃……化け物か……」


 そのままヴァランタンは気絶する。


 ゾルバの右手が離れると、新品らしい銀色の鎧は大きく凹んでいた。


「先ほどの若者は、鎧無しでこの一撃を耐えたんだがな」


 ゾルバの独白は、誰にも届かず風に消えた。


 英雄のゾルバが勝ったというのに、拍手はまばらだった。


「“二回戦”はつまんねーな」

「どうせ献金でシードを買ったやつらだからな」


 異口同音に観客たちの声が聞こえる。


 この間に酒を買うもの、用を足しに行くものなど、席を立つものも多かった。


「献金でシード……?」


「ええ、嘆かわしいことですが」


 カトルの呟きに、後ろから答えが返ってくる。


「ほら、見てください。いま私が注目しているハチ選手が戦いますよ」


 言われてみれば、舞台上にハチがいた。顔を隠してはいるが、さすがにカトルには彼だと分かる。


「さあ、二回戦第三試合! 俊足の短刀使いハチ選手、対、ルー男爵家嫡男ジェローム・プー・ド・ルー!!」


 油断なく構えるハチに対して、ジェロームは全身に力が入りすぎていた。


「さあ、アイポロス商会に貢献著しいジェローム様に声援を!!」


 実況の声に、観客は沈黙で応える。


「聞きました? 献金の金額でシード権が与えられて、扱いも良くなるんです」


 さり気なくカトルの横に、ブロンドヘアの好青年が座る。


 彼は人好きのする笑顔を浮かべながら、カトルに話しかける。


「さあ、第三試合開始です!!」


 なぜか片腕で構えるハチに、ジェロームが両手で剣を振り下ろす。


 ハチは瞬時に避けて、足払いをかける。


 綺麗に転んだジェロームは、首元に木の短刀を突きつけられるまで、何が起きたか分かっていない様子だった。


「ま、参った」


 ハチに対して、観衆からわずかに称賛が上がる。


「……完全に見えてなかったな相手選手」

「ええ。シード選手はお金しかないですから」


 カトルの隣に座っている青年が、心底悔しそうに答える。


「えっと、あなたは?」


「失礼しました。私はトリスタン・シュナウザー。一応貴族ですが、貧乏男爵家なので一回戦から出場してます」


 トリスタンは、隣で水を飲むライカに笑顔を向けたあと、カトルに向き直る。

 ブロンドの好青年で、十代くらいに見える。

 皮鎧で急所を護ってはいるが、確かに他の貴族たちの様に重装備はしていなかった。


「このあとから三回戦が始まりますが、お金しか取り柄の無いシード同士の戦いを勝ち上がった人たちばかりなので、次も楽勝でしょう」


 いま闘技場の上では、ゾルバが重そうな鎧に身を包んだ男を一撃で沈めていた。


「さて、次は私の番です。次勝てばゾルバ様と戦えるので楽しみです」


 トリスタンは傍らに立てかけていた剣を腰に差し、舞台へと上がる。


「三回戦、第二試合! シュナウザー男爵家嫡男トリスタン・シュナウザー対、海の向こうから初出場!南の暗黒大陸よりの刺客、鬼人ホシクマ!」


 トリスタンの対戦相手は、二メートルを大きく超える巨漢で、皮膚が赤く、腕がトリスタンの腰と同じくらいの太さ。


「鬼人族? しかも暗黒大陸からの出場?」


 カトルの記憶では、南の暗黒大陸は魔王の居城があり、強靭な魔物が大量にいるため、人間は住んでいないはず。


「危険すぎて船の行き来もほぼなかったハズ……」


 すでに二回戦を勝ち進んだ選手のはずだが、カトルは気絶していたため、どんな戦い方をするのか見ていなかった。


 トリスタンは、自分より頭三個分は大きい鬼人を見上げながらも、恐れはないようで、油断なく見つめている。


「――すまない、人間。手加減はできない。どうか……死なんでくれ」


 鬼人ホシクマは、分厚い胸板に手を置くと、ゆっくりと頭を下げる。

 重低音で響いた言葉の内容に驚きながらも、トリスタンは笑顔で頷く。


「死んだらそれまでの人間だったってことです。それに――私が負ける前提で語らないでください」


「すまない。どうしてもゾルバ様に会わなけりゃならんのだ」


「暗黒大陸の鬼人がゾルバ様に?」


「ああ。だから勝たなきゃならん」


 ホシクマは、成人男性の身長くらいはあろうかという棍棒を構える。

 トリスタンも、表情を引き締めて腰の剣を抜いた。


「――では、試合開始!!!」


 開始の合図とともに、ホシクマが無造作に歩いてトリスタンに近づく。

 警戒心などは皆無なその歩みに面くらいながらも、油断なく円を描きながら横に回る。


 リーチの差は歴然、身長も高く得物も巨大なホシクマの方が断然有利である。

 しかし、懐に入ってしまえば素早く動くトリスタンを捉えられないはず。


 じりじりと二人の距離が詰まってゆく。


 そして、ホシクマが棍棒を振り上げた瞬間が合図だった。


 トリスタンは瞬時に横に飛び、棍棒を紙一重で避ける。

 あまりの威力に風圧だけで体勢を崩しそうになるが、かろうじて持ち直し、ホシクマの懐に潜りこむことに成功した。


「至近距離は小兵の間合いですよ!」


 動きを止めてしまえば、あとは素早い自分に分があるはずだ。

 彼はホシクマの足に向けて、刺突を繰り出した。


「……え?」


 だが、皮膚を少し傷つけた程度で剣は弾かれてしまう。


「な、なんて硬い皮膚だ――」


 動きを止めるまでは諦めずに攻撃を続けなければ。

 トリスタンが腕を振り上げもう一度刺突をしようとしたとき、頭上から重低音が降って来た。


「人間、すまない。歯を食いしばれ」


 避ける暇などはなかった。

 ホシクマが無造作に繰り出した蹴りが、トリスタンを吹き飛ばす。


 まるでボールでも蹴ったかのように吹き飛んだトリスタンに、会場がひとときの静寂に包まれる。


「……しょ、勝者ホシクマ!」


 かろうじて絞り出された審判の声に、ホシクマは深く礼をして舞台を降りた。

 トリスタンは、そのまま担架で運ばれたのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 闘技大会三回戦が始まったのと、ほぼ同時刻。


 王都グレートデーンの騎士団執務室で、ココ・デッドネトル・ボルゾイは憂鬱そうに窓の外を眺めていた。


「妹が攫われてから約十日。父さんはまだ身代金を払う決心をしてないのか……」


 妹のシエルを攫ったと、アルサシアン一家から連絡が来たのが八日前。

 要求金額の金貨千枚は、普通の子爵家なら払えない法外な金額である。


「でも、国に納める税すら着服して蓄財してる父さんなら払えない金額でもないでしょうに」


 領民に重税をかけ、それを隠して私腹を肥やす。

 そんな父が嫌いだった。

 母も酷い吝嗇家の父に愛想をつかして、家に帰らない日が多かった。


「女子供には手をかけないアルサシアン一家だから妹は無事だろうけど――捜索を急がせるか」


 『義賊』と呼ばれるアルサシアン一家だから、意図して圧政を敷くボルゾイ家を狙ったのだろうが、女子供には手を出さないと言われているだけに、彼の父ボルゾイ子爵も状況を甘く見ているようだった。


(シエル)が心配だ。父さんには任せておけない」


 私用で騎士団は動かせない。

 ケアンテリアの魔女を頼ってはどうかと助言をもらうこともあったが、そんな怪しげなものに頼る気も無い。

 父も信用ならないし、弟も城塞都市の闘技大会に出場中。


 何かいい手立てはないものか。


 思案に沈むココは、頭をはっきりさせるため、テーブルの湯飲みから冷めかけた紅茶をカップに注ぐ。


 そのとき、執務室の扉を叩く音が響く。


「――あの、副団長よろしいでしょうか」


 現れたのは、雑用係の新兵だった。


「副団長宛てに手紙が。差出人が……その……」


 なぜか言いよどむ新兵に、ココは怪訝な表情を見せる。


「どうした? 怪しい手紙か?」


「……いえ。差出人がマイ・ヨークとなってるんですが」


「ヨーク? ヨーク公爵にマイなどという子供がいたか?」


「いえ。あそこの一家は一族郎党子供に至るまで――殺されたはずです」


 そうだ。ヨーク公は一家全員殺されたはず。

 そちらの対処は騎士団でしなければならないが、問題は膨大な領地の跡継ぎがいなくなってしまったことで、父のボルゾイも含めた諸侯がヨーク家の領地を狙っていた。


「――とりあえず、手紙を読んでみるか」


 ココは、手紙の封を切った。


「ふむ。妹を助けたければ商業都市ケアンテリアに来られたし――か。父が金を払わないことに業を煮やしたアルサシアン一家の罠の可能性もあるが……」


 だが、他に手がかりがないのも事実。


「飛び込んでみるしかない、か」


 マイ・ヨークなる人物と面識はない。

 だが、父であるボルゾイ子爵を知っているものならば、あの吝嗇家の父が息子に金など持たせていないことは分かるはず。

 であれば、万が一この手紙が嘘を言っていない場合、後悔することになる。


「本当に名前通りヨーク公の血縁であれば、相続権の問題も解決する。罠であったとしても妹の手がかりくらいは掴んでみせる」


 ココは雑用の新兵に馬を取りに行かせ、自身は旅装を整える。

 馬を飛ばせばケアンテリアまで半日で行けるだろう。


「シエル待ってろ。兄が行く」


 彼は執務室を出ると、部下に幾つかの指示を出し、そのまま馬に跨って走り出す。


 


 様々な人間の思惑が絡み合い、世界は大きく動き始める。



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