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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
煩悩の犬は追えども去らず

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誰が一人欠けても

「薬効の確認をしたい」


 意識を取り戻した老薬師は、ナイフを取り出し自分の指に切りつける。

 そして、蒼命花の葉を分からない程度にほんの少し切り取って、血の流れる傷口にこすりつけた。


 瞬間。

 魔法のように、傷が消えてしまった。


「これは本物だ。いや、それどころか、噂以上の効能かもしれん。瞬時に傷を治す薬草など見たことがない」


 コロと老薬師は、改めて蒼命花を袋から丁寧に取り出し、本数を数える。


「……全部で十三本。恐らくだが――この国始まって以来の本数になるぞ」


「き、金貨三百九十枚……」


 コロが瞬時に計算し、手元の紙に何やら書き始める。


「……だが、この規模だとワシの店舗じゃ捌ききれんぞ?」


 老薬師の言葉に、コロは文字を書く手を止め、頷く。


「ええ、厳しいですよね。というかすでに信用の落ちたパッツィ商会としてもこの規模の取引は不可能です」


「ならどうする?」


 コロに向かって、カトルが訊く。


「ジョーヌ商会のジョーヌ伯父に助けてもらいます」

「ジョーヌ商会……ああ、俺たちにこの町のことを教えてくれた初老の」

「ええ。母の兄なんですが、ボクに良くしてくれていて……ジョーヌ商会も老舗ですし、あの伯父なら助けてくれるはずです」


 コロは話しながら、文字を書く手を再開する。


「ジョーヌ伯父への手数料と、パッツィ商会の取り分を差し引いて――よし」


 書き上げた紙を何度も確認し、コロはカトルに向けて差し出す。


「これは契約書です。これだけ大規模な取引になるとすぐには換金できないと思うので、先に契約だけ交わしておきましょう」

「契約書? 俺たちはどれくらい貰えるんだ?」

「諸々の経費が掛かるので――売り上げの二割でいかがですか。軽く見積もっても金貨八十枚程になるかと」


「き、金貨八十枚…………」


 一昨日まで、ひと月に銀貨一枚稼ぐのが精一杯だった農民のカトルである。

 金貨一枚でも見たこともない大金なのに、それが八十枚。

 約六十年分の年収を、たったの二日で。

 町に立派な家が持てる金額でもあり、カトル達農民が一生かかっても稼げない金額であった。


「それで、契約の代表者は――カシムさんでいいんですか?」


 コロの問いに、小石丸は首を傾げる。


「ああ、代表者――つまり、俺たちのパーティーのボスはどうする?」


「おれ、違う。主人は陽くん」


 カトルの補足に、小石丸が答える。


「ヨーさん。姓はありますか?」


「……今井?」


「それでは、“ヨー・イマイ”さん名義で売り上げの二割、金貨約八十枚の契約を結びましょう」


 コロは、小石丸に向けて右手を差し出す。


 小石丸はそれに対して、元気にお手を返すのだった。


「待て、ワシのところにも直接卸してくれ。とりあえず一本を金貨三十枚、即金で買うぞ」


 握手ができず困惑しているコロに向け、老薬師が慌てた様子で金貨を机の上に並べる。


「もちろんです。いいですよね?」


 コロの言葉に、小石丸は笑顔で頷く。


「はい、確かに金貨三十枚。では、この金貨は全て……カシムさん達に差し上げます」


「……いいのか?」


「ええ。これだけの希少品を持ってきてくれた皆様への契約金ということで」


 この他にちゃんと利益の二割渡しますからね、とコロは笑った。


「さあ、冒険者の皆さんが命がけで手に入れてくれた商品です。少しでも高く売りますよ!」


 コロの言葉に、老薬師も興奮冷めやらぬ様子で頷く。


「久しぶりの大きな取引、商業都市に住むものとして血が騒ぐ」


「ジョーヌ伯父とともに全力で手伝ってもらいますからね? 忙しくなりますよ?」


「ああ、任せろ。ワシはお前の爺さんと父さん、両方に世話になったからな」


 コロと老薬師は顔を見合わせて、心の底から楽しそうに笑った。

 もう頭の中ではお金の計算がなされているのであろう二人は、精悍な商人の顔つきをしていた。


「……なあ、俺にも手伝えることはあるか?」


 カトルは反射的に訊いていた。

 蒼命花はライカの知識でもたらされ、小石丸とハチの嗅覚で見つけられたものだ。

 彼も何か役に立ちたかった。

 しかし、コロはゆっくりと首を横に振る。


「皆さんは求めた以上の成果をあげてくれました。ここからは僕達――商人の戦いです。皆さんは休んでいてください」


 執務机についたコロは、楽しそうに紙に文字を書き始める。


 カトルは手に乗った金貨を眺める。

 黄金色に輝くそれは、今まで持ったどの硬貨よりもずっしりとした重さを、右手に伝えていた。


「今回もライカがいなかったらオウルベアに殺されていた。俺は――弱いな」


 カトルの独白に、コロが不思議そうに見つめる。


「……オウルベアに襲われて生きてただけ、すごいと思いますけどね」


「カトル、すごい。熊倒した」


 コロの言葉に、小石丸も続く。


「カトル、いなかったら、おれなにも分からない。武器、使えない。カトル、すごい」


「そうですよ。カシムさんだけだったら、きっと町にも入れてませんよ?」


 カトルは、珍しく長く喋った小石丸に驚きつつ、コロの言葉に笑って頷く。


 強さは簡単には身につかない。こればかりは鍛錬するしかない。

 そしてなにより、ライカや小石丸、ハチのお陰だとしても、オウルベアに与えた一撃の感触は今も手に残っているのだ。


「……なあ、カシム。とりあえず金貨三十枚手に入った。明日にでも魔女のところに行ってみるか」


「うん! 陽くん、探す!」


 カトルは小石丸に金貨を渡そうとして、やめる。


「お前に渡すと、また行き倒れの子どもみたいな商人に全部渡してしまいそうだから、俺が持ってるな」


「――よーし、それはボクへの挑戦と受け取りましたよ。パッツィ商会の本気見せてやりますよ」


 からかうように言うカトルに、おどけたように乗るコロ。


 老商人や小石丸、ハチや狸寝入りしていたライカまで含めて、場の空気が笑いに包まれた。


 カトルは思う。


 町に来て、なけなしの銀貨を施した相手が、たまたま商会の人間で。


 蒼命花を見つけたのは、ライカの知識。

 探し当てたのは、小石丸とハチの鼻。

 そして価値を“金”に変えるのは、コロの手。


 誰が一人欠けても、ここには辿り着かなかった。

 

 そして。

 その中心に当たり前みたいに立っているのが――カシムだ。


(こいつがいなかったら、俺は今も畑の土しか見ていなかった)


 カトルは、掌の金貨の重みを握りしめて立ち上がる。


「なあ、カシム。金貨は集まった。明日――魔女のところへ行こう」

「うん! 陽くん、探す!」


 小石丸は、迷いなく笑う。


 コカトリスを倒し、オウルベアにさえ物怖じせず向かっていく。

 人間どころか魔物(コボルト)すらも助け、植物(アルラウネ)にも好かれ、商人や暴漢にすら無償で施す、子どもの様に純粋な大男。


 これだけの男が尊敬する“ヨー・イマイ”はどれほどの人物なのだろう。


「じゃあ、明日はちゃんと起きろよ」

「うん!」


 ボロボロの商会の部屋に、笑い声が満ちた。


 笑顔の中心にカシムがいる。


 それだけで、明日は怖くなかった。

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