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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
煩悩の犬は追えども去らず

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契約と実力の町

「じゃあ行くぞ、親父」

「おおおお、カトル。父さんは寂しいぞおおおお」


 翌朝、家の前でオレンジ髪にオレンジ髭の男――セドリックが、出立の準備を終えたカトルを強く抱きしめながら、髭を涙に濡らしていた。


 ハチは、黒いフード付きの外套と布で口元と耳を隠し、ライカは、巨大な麦わら帽子をかぶっている。


 二人とも人型なのが幸いして、人間に見えるようになった。


 小石丸は、セドリックからもらった黒い外套を羽織っていた。


「これ、あたし達からの選別」


 と、トレーズが右手を差し出す。


「――銀貨三枚も!? 姉さん大丈夫か??」


「冒険者契約を結んでくれる商会を見つけるのだって簡単じゃない。物価の高いケアンテリアでも銀貨三枚なら贅沢しなけりゃ一か月はもつでしょ」


 農民のカトルにとって、銀貨三枚は大金である。彼はそれを大事そうに抱えると、トレーズとセドリックを交互に見つめた。


「カシム殿にはコカトリスも倒してもらったんだ。その討伐報酬にしては少ないくらいだ」


 セドリックは、抱きしめたままだったカトルを離し、笑いかける。

 彼は小石丸に向き直ると、頭を下げた。


「カシム殿。我々もヨー殿の消息は調べてみます。息子をよろしく頼みます」

「うん。よろしく!」


 朝ご飯もたらふく食べて、ご機嫌な小石丸が頷く。


「カシム! この銀貨三枚は一番強いお前が持っててくれ」


 カトルはそう言って、袋に仕舞った銀貨三枚を小石丸に渡す。


 小石丸は小首を傾げると、おもむろに銀貨の匂いを嗅いで顔をしかめる。


「ねえ、大丈夫なのかい?」


 トレーズの疑問に、カトルは自信満々に頷いた。


「魔物に盗賊、旅は危険が多いからな。強いリーダーが路銀を持つのは基本だろ」


 この言葉に、ハチも無言で頷く。


『強いリーダーなのよ!』


 ライカは誇らしげに、胸を張っていた。


 トレーズだけが、心配そうに見つめていたが、やがて笑顔で小石丸の肩を叩いた。


「頼んだよ!」


 トレーズの言葉に小石丸がわんっと答える。


 だが、この銀貨三枚が、柴犬である小石丸が持つ初めての現金であることを、誰も知らなかった。


「――じゃあな、父さん、姉さん。行ってくる!!」


 髭を濡らした村長(セドリック)その娘(トレーズ)が見えなくなるまで手を振っていた。


「まあ、ゆっくり歩いて一日くらいで着くから。気楽に行くぞ」


 カトルは目元を拭って、一行に笑いかける。


「うん! お散歩!!」

「散歩じゃないけどな」


 微笑むみんなを見て、小石丸も嬉しそうに笑った。


 ――だが。

 この世界の人間は知らなかったのだ。


 柴犬という犬種の恐ろしさを。







「ぜぇ、ぜぇ、すまんカシム……少し休ませてくれ」


 カトルの言葉に、ハチも息を切らしながら「わふっ」とほぼ悲鳴のような、同意の鳴き声をあげる。


 だが、小石丸はほとんど止まってくれなかった。


 二度ばかりの小休憩を挟んでほぼ全力で走り続け、十二時間を見ていた道程を、なんと五時間で走破してしまった。


 町は石壁で囲まれていて、門番は立っているが出入りは自由なようで、多くの人間たちが往来していた。


「もう……一歩も動けん…………」

『オレも……無理だ…………』


 カトルとハチは門の中に入るなり、道のわきに座り込んでしまった。


『ひ、人がいっぱいなのよ……町、怖いのよ……』


 門を入った瞬間、それまでとは全く違った景色が広がっていた。

 広い道の左右に商店が立ち並び、何人もの呼び込みの人間たちが競うように大声を張り上げている。


 道の突きあたりには、ひと際巨大で絢爛な建物が見えた。


 その奥には幾つかの塔。


 歴史のありそうな古い建物と新しい建物がいくつも並んでいて、壮観だった。


「すごい! カトル、ハチ、ライカ、行こう!!」


 目がキラキラと輝く小石丸に、誰もついて行けなかった。


「……ま、待ってくれ。少し息を…………」

『同じく…………』

『人間多すぎて、少し酔っちゃったのよ……待ってなのよ御前様』


 なんとか声を上げる三人に対して、小石丸の目には楽しそうな街並みしか映ってなかった。


 彼は振り返ることなく、走り出してしまった。


「なんて体力なんだ………ハチ、あとで匂いで追えるか?」


『カシム様の匂いなら、大丈夫だ』


 カトルには「わんわん」としか聞こえないものの、雰囲気と首の動きで同意の意図を察したカトルは、力が抜けてその場に倒れた。


「まあカシムなら強いし、一人にしても心配はないだろ……」


 カトルは言葉とは裏腹に不安を覚えつつも、遠くなる小石丸の背中を見送った。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「串焼き、高級子羊の串焼きだよ!!」

「パン、焼き立てパンはいかが。歯のいらない柔らかさだよ!!」

「果物はいかが。氷室で冷やしてたから新鮮そのものだよ!!」


 いくつもの露店に、涎を流しながら見惚れる小石丸は、串焼きの店の前に立つ。


 理由は単純。

 一番いい匂いがしていたから。


 店主にも聞こえるほどの音量で、腹が「ぐぅ」と鳴る。


「ははは。兄さん串焼き買うかい? 今朝捌いたばかりの肉だから新鮮で旨いよ」

「食べる!!」

「よし、銅貨一枚ね」


 右手を出す店主に、“お手”で返す小石丸。


「おいおい兄さん冗談きついぜ。金だよ金」


 店主は小石丸に銅貨を一枚見せる。

 小石丸の食欲を司る脳の領域がフル稼働して、奇跡的に答えを導き出した。


 ――そういえば村を出るとき、似たようなキラキラしたものを渡された!


 彼は懐から、カトルに渡された銀貨を一枚取り出す。


「お金、これ?」

「そうだが、これ銀貨じゃないか」

「え、お肉食べれない?」

「いやいや、全然足りるさ! 何本欲しいんだい?」

「何本……? いっぱい!!」


 店主は満面の笑顔で、銀貨一枚を懐に入れると――銀貨一枚分、二十本の串焼きを紙袋に入れて小石丸に手渡す。


 そして、さらにもう一本手に持って、直接差し出す。


「たくさん買ってくれたからな、一本おまけだ」


「ありがとう!!!」


 両手に抱えるほどの肉である。

 キラキラと明るい星が飛んでいるのを幻視するほどの満面の笑みで、小石丸はお礼を言ってその場をあとにした。


 風下からそのやり取りを見ていた人間がいたことに、小石丸は気付かなかった。


 肉を買って満足顔の小石丸は、無意識に人気のない道に入り込んでいた。


「なあ、兄ちゃん。俺たちにも分けてくれよ」

「え、お肉?」


 どうやら男たちに囲まれている。


 反射的に肉を隠した小石丸は、彼らを眺める。


「おなかすいた?」

「ああ、ペコペコだ」


 いま肉は二十一本もある。


 三本あげても、まだいっぱい残る。


「じゃあ、あげる!」


 小石丸は男たちに一本ずつ手渡すとその場を去ろうとした。


「おい、なめてんのか。全部置いてけ。ついでに金目のもんもな!!」


 一人の男が小石丸の肩を掴む。


 不運だったとしか言い様がない。


 小石丸が、ちょうど口に入れようとした肉が、口元からポロリと落ちた。


 もともと犬である小石丸は、気にせず拾って食べようとしたが男はなんとその肉を踏み潰した。


「なあ聞いてるのか兄ちゃん。死にたくなかったら全部置いてけ――」


 暴漢が殴りかかってくる。


 だが、小石丸の相手ではなかった。


「……お肉、踏んだ!!」


 左手に肉の袋を抱えたまま、殴りかかって来た男の腹に右手で一発。


 男は一撃で崩れ落ちた。


 残りの二人も小石丸の強さを察しナイフを構えて振りかざしてきた。


 だが男たちは、ハチの動きに比べれば遅すぎるし、コカトリスに比べたら非力すぎた。


 小石丸は難なく躱し、顎と脇腹に一撃ずつ“柴パンチ”を繰り出す。


 コカトリスを素手で殴り倒す小石丸の突きが、男たちに突き刺さった。


 暴漢たちは全員一撃で気絶。小石丸はもう彼らを見ていなかった。


 彼は、踏まれた肉を悲しそうに見つめると、新しい串焼きを手に歩き出す。


 路地裏の陰で、硬い靴が石を鳴らした。


「――これは、使えるかもしれません」


 町にある大聖堂の鐘が、正午を告げるために十二回鳴った。


 小石丸はその美しい音色に耳を澄ませながら、串焼きを豪快に頬張る。


「……あの、すみません」


 少女のような声が、小石丸を引き止める。


「お肉、あげないよ!」


 とっさに肉を隠す小石丸に、声の主は言った。


「お肉は大丈夫です。それより――」


 声の主は、路地裏から姿を現す。


 少年とも少女とも見える、顔の整った子どもだった。


 子どもは不自然なほど綺麗な笑顔で、小石丸に右手を差し出す。


「そのお金、私に投資しませんか?」


 子どもの瞳が一瞬揺れたのを、小石丸は気付かなかった。


 お金という言葉を覚えた小石丸は、迷わずに懐の袋に手をかけたのだった。

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