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光の方へ  作者: 常圓坊
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第3話 枯山水に見る「目に見えない流れ」

次の週末、私はふたたび山の寺を訪れた。何かに引き寄せられるように。いや、ただ誰かに会いたかったのかもしれない。あの僧口数は多くなかったが、語る言葉に「空白」があった。聞く者の中で、静かに考えが育つような余白。あの空気が、今の私には必要だった。山道の空気は前回よりもやわらかく、境内の竹林からは、新芽の青い匂いがした。本堂の横を通り、ふと目をやると、石庭があった。枯山水。白砂が幾筋も円を描き、石はまるで島のように静かに置かれている。人の手で整えられているのに、どこか自然の摂理の中にあるように見えた。「それな、好きなんや」後ろから声がした。振り返ると、またあの僧がいた。作務衣姿で、手には竹の熊手。「見てると落ち着きます。止まってるのに、なんか、流れてるような……」「ええこと言いはるなあ」僧は笑って庭に降りた。ゆっくりと、砂の上を均しはじめる。「水はない。けどな、“水が流れている”と思って眺めたときに、人は心を澄ますんや」「……想像の中の流れですか」「そうや。せやから、“見えへんもん”こそ大事なんや。人の心も、生きる意味も、目に見えるか?」「……見えませんね」「けど、それがあるから、人は歩ける」私は黙って、庭の石の間を流れる「目に見えない水」を感じようとした。今の自分も、枯山水の一部なのかもしれない。何も動いていないように見える。でも、きっと何かが流れている。「生きている限り、水は流れる。たとえ枯れて見えてもやな」僧の言葉に、胸がつまる。「ワシもな、若いときはよう分からんかった。人生なんて、止まってるように見える時期ばっかりや。けどな、それでも流れてる。“止まって見える時期こそ、いちばん深く沈んでる時”や」私の中に、何かが少しだけ解けた気がした。流れないように見えていた日々。同じ景色の繰り返しに見えていた日常。けれど、それもまた“生”の一部だったのだ。「……いつか、俺にも流れが見えるようになるでしょうか」「それは、“見ようとした時”に見えるもんや。そして、それが見えたとき、人は“変わる”んや」私は深く頭を下げた。感謝でもあり、祈りでもあり、自分の人生に対する小さな決意だった。何も変わらない日常。けれど、心の奥には何かが芽吹き始めていた。寺の庭にあった、枯山水の白砂のように。「止まって見えるものの中にも、水は流れている」そう、僧は言った。

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