第2話 山寺の僧と「問い」の人生
翌朝、私はふと思い立って、ある寺を訪ねることにした。昔、祖母に連れられて何度か訪れた、山の中腹にある小さな寺だった。その日、私は珍しく早起きしていた。陽が差し込む前の静かな朝。息子が寝室で寝息を立てている音が、かえって心を落ち着かせた。なぜだか急に、祖母と行ったあの寺のことを思い出した。山裾の道を抜け、杉林を通った先にあった、小さな寺。あの頃は、ただ蝉の鳴き声とうすら寒い石畳の感触しか記憶に残っていなかった。今、あの場所に行きたいと思った。理由はわからなかった。ただ「呼ばれているような気がした」のだ。車を走らせ、小一時間ほどで山の入り口に着いた。舗装の甘い細道を登っていくと、見覚えのある山門が現れる。苔むした瓦屋根と、白く乾いた石の階段。「……ここやな」鳥の声が降るように響いている。静かで、けれどどこか生きているような空間だった。境内に入ると、竹箒の音が聞こえてきた。音の主は、一人の僧だった。年の頃は六十前後、白髪まじりの頭を丸め、作務衣の袖を捲っている。「おはようございます」と声をかけると、僧はにこやかに顔を上げた。「おや、よう来なすったなぁ。いい朝やな」「すみません、突然。昔、祖母に連れられて来たことがありまして……ふと思い出して」「そうか、よう思い出してくれはったなぁ。ご縁やな」その言葉に、なぜか胸が少し熱くなった。「どうぞ、中でお茶でも」僧はほうきを壁に立てかけ、私を本堂の脇にある庫裡へ案内した。畳に座ると、静かな香の香りが鼻をくすぐった。それは、どこか懐かしく、子どもの頃に戻るような感覚だった。「あの、和尚さん」私が口を開いたのは、ほうじ茶を一口飲んだあとだった。「人は……どうして生きてるんでしょうね」僧は笑った。「お、来ましたな。その質問」「来ましたって……そんなによくあるんですか?」「ありますとも。ワシも五十年聞かれてきたけどな、まだ“完璧な答え”は見つからんわ」「じゃあ……どうやって答えるんです?」僧は茶碗を持ち上げ、ゆっくりと回しながら言った。「人はな、答えを得るために生きるんやない。“問い”を持ったまま生きていくんや。答えが出る日が来るかもわからんし、来んかもしれん。けどな、問いを抱えながら生きてる人間は、強いし、優しい」私は黙って、うなずいた。「大事なのは、“問いを投げ捨てないこと”やなぁ。生きるってのは、“問いと一緒に歩くこと”かもしれんな」その言葉が、私の心にすっと染み込んだ。答えを探すことが、すでに生きることと重なっている。「なんで生きるんやろう」それを問いながらも、私はこうして生きている。それだけで、ほんの少し救われたような気がした。それが分かるまで生きてみるか。「……また来ていいですか?」「もちろん。むしろ、時々来なはれ。ここはそういう場所やから」私は深く頭を下げ、山を降りた。帰りの空は、昨日より少しだけ明るく見えた。




