第10話 語り継がれる命の灯火
ある日のことだった。「……ええから、わしがメインやない言うてるやろ。ほんまに、真言宗に法話求めるて……まあ、そやけど出るだけ出るわ」和尚は、いつになく渋い顔をしていた。地域の寺院が持ち回りで出仕するという「法話を聞く会」に、今回たまたま出番が回ってきたらしい。「真言宗いうたらな、祈祷と修法が本筋や。そやから、しゃべるより焚く方が得意やねん」と苦笑しながらも、和尚は僧衣を整え、会場の寺へと向かった。昴も、その日だけは後方の席でひっそりと見守っていた。会場に集まった老若男女の前に立った和尚は、案の定、最初はもじもじと頭を掻きながらこう言った。「えー……法話いうたら、ちょっと恥ずかしい話ですけどね。ほんまは護摩焚かせてくれたら、そっちの方が得意なんです。けどまあ、今日はちょっとだけ、命の話をしようと思います」そして、和尚は話し始めた。「命というのは、まず“宿る”ところから始まります」「お母さんの胎内に宿って、この世に生まれてくる。これを“宿命”と書きます」「そしてその命は、死に向かって進んでいく。それが“運命”です」「けれど、ただ運ばれて死ぬだけでは人生がもったいない」「だから命を“使う”んです。誰かのために、世のために、自分ができることをして生きる。これが“使命”です」和尚はふっと目を閉じ、語りかけるように続けた。「命を全うして、尽きたとき、それを“寿命”と言う。でも不思議ですよね、死ぬことを“寿”って祝うんやから」「それはきっと、その人が命をちゃんと使って生き抜いたからやないかな」昴は、静かにその言葉を聞いていた。護摩の炎ではないが、和尚のことばが、そこにいた一人ひとりの心の中に、小さな火を灯していくのを感じた。法話の終わりに、和尚は照れくさそうに言った。「まあ、真言宗の坊主にしては、よう喋った方やと思うわ。こんなん二度とせんかもしれへんけど、今日来てくれた皆さんに、少しでも何かが届いたんなら、わしも本望です」その言葉に、昴はふと、自分の中に芽生えた「何か」を感じた。命の意味。自分の使命。そして、誰かのために灯す祈り。この日、昴は改めて感じた。和尚の護摩の火だけでなく言葉にも、人の人生を変える力があるのだと。数ヶ月後。小さな町の結婚式場で、昴は一枚のメモも持たず、マイクの前に立っていた。新郎は、弟のような存在。苦しみの中で昴が手を差し伸べた相手だった。そして、今日その新郎から「ぜひスピーチを」と頼まれたのだった。緊張しながら、昴は会場を見渡し、語り始める。「結婚というのは、命と命を合わせることやと、思います。だから今日は、命の話をさせてください」会場が静まり返る。「私たちは、まず命を“宿します”。この世に生まれ、そこにいること自体が、もう“宿命”です。それから命は、“運命”として流れていきます。でも、ただ生きるだけじゃ、人生って味気ないですよね」少し笑いが起きる。「だから、命は“使う”んです。誰かのために、何かのために、自分の思いをこめて使う。それが“使命”です。お二人が今日、互いに手を取り合うことは、命を共に使うという“約束”でもあります」新婦の目に、うっすらと涙がにじむ。「命を使い終えると、人は死にます。でもその時、私たちは“寿ぐ”と言います。“ありがとう、一緒に生きてくれて”という意味を込めて」昴はふっと優しい笑みを浮かべた。「どうか今日ここから、命を一緒に使いながら生きてください。そして、最後に“ありがとう”と互いに言い合えるような、そんな一生を」拍手が起こった。そしてその瞬間、昴は心の中で静かに思った。これは、あの日、和尚さんにもらった“火”。それを、自分の言葉で誰かに渡せた。自分の使命は、確かにここに生きていると。