第1話 人生とは何か、友との再会
私は焼酎のグラスをテーブルに置いた。氷がカランと音を立てる。「人生ってさ、いったい何なんだろうな」「なんや、急に哲学者みたいな顔して」向かいの席で笑ったのは、中学からの付き合いの弘樹だった。変わらない関西弁。気を遣わず話せる、数少ない友人の一人。「せっかく飲んでるのに、辛気臭い顔すんなや。こっちは枝豆の塩加減にも感動してんねんぞ」「……わりぃ、わりぃ」私は苦笑いしながら、手刀を切って軽く頭を下げた。薄暗い居酒屋の天井から吊られた裸電球が、グラスの底で小さく揺れていた。「子どもに、聞かれてさ」「子ども?」「うん。うちの息子に、『お父さん、どうして人は生きるの?』って」弘樹が箸を止めた。唐揚げを持ったまま、じっとこちらを見る。「……それは、えらい質問やな」「な? なあ?」「でも、その答えは一つやろ。『分かるまで生きてみること』や」「……それ、ええな」「俺が言うたんちゃう。ええ坊さんがいてな。たまにYouTubeで説法聞いてんねん」「はは、坊さんな」「お前、鬱やろ?」「……観てわかる?」「長い付き合いや。夜、枕、濡らしてる顔やで」私は黙って笑った。笑いながら、胸の奥が少し痛んだ。「……でもな。あの言葉に、ちょっとだけ救われた気がした」弘樹は焼酎をあおってから、ぽつりと言った。「子どもって、容赦ないよな」その晩、帰りの電車の中で、私は窓の外をぼんやりと眺めていた。街の灯りが、雨に滲んで光っていた。ガラスに映る自分の顔が、どこか他人のように見えた。「人はなぜ生きるのか」それは、子どもからの問いだった。けれど本当は、自分自身への問いだった。家に着くと、息子はもう寝ていた。小さな背中を見つめながら、私は布団の端にしゃがみ込んだ。「……なあ、お父さんもわからへんねん。でもな、答えを見つけるために、生きてるんかもしれへんな」そうつぶやいて、子どもの頭をそっと撫でた。仕事での失敗や人間関係のもつれに押しつぶされそうになり、昴は家に帰るとただ無言でうつむいたままだった。薄暗いリビングで、妻・恵はそんな彼を静かに見つめていた。「昴……疲れてるのね。無理しなくていいのよ」恵の声は柔らかく、それでいて真っ直ぐだった。昴は小さくため息をつき、重い言葉を絞り出した。「俺は……何をやってもうまくいかなくて、どうしていいかわからないんだ」恵はそっと彼の背中に手を置き、寄り添う。「そんな日もあるわ。でもね、あなたが苦しい時は、私がここにいる。いつでもあなたの味方よ」その言葉に昴は、少しずつ肩の力が抜けていくのを感じた。二人は言葉少なに、静かな夜を共に過ごした。恵はやさしく笑いながら言った。