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第八回『ダンジョン攻略軍』

 ただ自由に生きたかった。


 ダンジョン攻略軍。

 多くの冒険者が手を組み、ダンジョンに挑む。

 多くの死者を出し、それでもダンジョン攻略のために戦い続ける。

 彼らはいつまでも戦い続ける。

 全てのダンジョンが攻略されるか、全滅する時まで。



 ♤



 七時。

 男はギルド本部に招集され、あくびをしながら呼び出した張本人の前に座った。

 そこは特別な応接の際にのみ使われる部屋。

 男の前に座っているのは、ギルド幹部の一人、フィフティーン・テラコッタ。


 ギルド幹部の多くは冒険者上がりだ。その中でも珍しく、ただのギルド職員から幹部になった男。


 ギルド幹部はギルド内で権力を持つ。

 また多くが優れた冒険者上がり。

 そのため、多くの冒険者が敬意を払って接する相手。


 だが男は一切の敬意を払わず、それどころか見下すような視線を送っていた。


「今日は招集に応じてくれて感謝す──」


「で、わざわざ俺を呼んだ理由はなんだ。大した理由じゃなきゃ殺すぞ」


 平然と、悪びれることなくそんなことを口にした。

 机に足をのせ、早く本題へ入れと睨む。


 テラコッタは男の圧に脅え、汗をかく。


「どうしても攻略してほしいダンジョンがある」


「俺への依頼はダンジョン攻略ってやつか。当然報酬は高くつくよな」


「報酬については後ほど伝える」


「まだ決まってないのか。だったらやらねえぜ。やってほしけりゃ今すぐ決めろ。でなきゃ断る」


 男は強気な態度を崩さない。


「わ、分かった。では第三十三区画で発見された〈渓谷の黄金郷〉の管理権を譲ろう」


「確か亜攻略状態のダンジョンだな」


 亜攻略状態。

 いつでも攻略できるが、核を破壊せず、存続させている状態。

 基本的にそのダンジョンの仕組みの大半を解明しており、モンスターの湧き潰しや決まった場所に出現するモンスターを自動で倒す装置を設置し、モンスターの脅威を限りなく排除した状態。


「ああ。ギルドで管理していたが、そこの管理権を譲る」


「なるほどな。確かにあそこは無限の金脈がある。全て採掘しても新たに金脈が湧いてくる。だがそんな場所を俺みたいな奴にくれるのか」


「実際はまだ検討中だ。だから報酬の明確化は避けたかった。もしこのダンジョンを渡せなければ、別の何かを報酬にすることになるからだ」


 テラコッタは険しい表情を浮かべつつも、男が後に言うことを予想し、内心微笑んでいた。

 が──


「まあ実際それでも良いがな」


「え!?」


 テラコッタは目を丸くする。


「そんな驚くことでもねえだろ。俺は今第六十区画を拠点に活動してんだ。第三十三区画なんて遠いし、そこを管理するために人員を割くのも手間だ」


 男はテラコッタの動揺を見てあることを確信した。


「ってかやっぱりか。既にそこを俺の報酬にすることは決まってんだろ」


「……っ!」


「渋られているからこそ、俺がそこに価値があると思い、寄越せと言ってくるシナリオは叶わなかったな。ただ俺を優位に立たせたいのか知らねえけどよ、お前は演技が下手なんだよ。それじゃ気持ち良くなんねえな」


 男はため息を吐く。


「今回の依頼はパスだ。それに金脈じゃねえが、無限に湧く金になる物をこっちは手に入れてんだ。いらねえよ」


 テラコッタは下を向き、必死に言葉を探す。

 その間にも男は立ち上がり、扉に向かった。


「……分かった」


「あ?」


「お前の要求は理解している。現在ギルドが身柄を拘束しているお前の仲間を解放する」


「やっとか」


 男は笑みを浮かべ、振り返る。

 だがテラコッタは顔を汗だくにしていた。

 目には悔しさを浮かべている。


「それで良いぜ。じゃあ引き受けてやるよ。てめえの依頼とやらを」


 その後テラコッタは依頼内容を伝え、話を終えると男は去っていった。

 男と入れ違いに、女性職員が部屋に入る。


「その様子だと、結局仲間の解放になってしまったのですね」


「あ、ああ……」


 テラコッタは申し訳なさそうに吐息を漏らす。


「まあ仕方ありませんよ。でも彼に任せても良かったのでしょうか」


「確かにあの男はこの世界で最も危険な人物の一人だ。時折手のつけられない事件も引き起こす。だがそれ以上に彼の戦略と軍の強さは圧倒的だ。あらゆる世界に存在するパーティーの中でも、十大パーティーの一つにも数えられるくらいだ」


「十大パーティー……!?」


「全世界最強と言われる、あの勇者パーティーと並ぶ強さを持っているということだ」


「強さも持ち、残虐性も持っている。とても危険な人物ですね」


「それが、首鏖(すおう)(かさね)。嫌な男だ」



 ♤



 十時。

 そこは亜攻略状態の〈白銀舞い散る山脈地帯〉。

 ダンジョン管理者は殺され、モンスターが生まれる百以上の場所は全てあらゆる手段で湧き潰しされた。


 広大な山脈に首鏖はいた。

 そこは首鏖が率いるパーティーが拠点としていた。


 奈落盗賊団。

 構成員は一万五千人を超え、有象無象のモンスターが生息するダンジョン領域において勝利を続けるパーティー。

 ダンジョン領域は第百区画に近づくにつれてモンスターの強さが増し、現状第六十区画でまともに張り合える数少ないパーティーの一つ。


(かしら)、例のダンジョンまで線路繋げましたぜ」


 首鏖のもとへ、一人の盗賊がやって来て言った。


「水の方はどうだ?」


「例の装置も完成しました。これで大量の水が用意できやす」


「良いなぁ。最高じゃねえか。じゃあ早速攻略するか」


 首鏖は口角を上げ、腰に提げた剣に手を当てる。


「今から行くんですか! 予定では十五時からだと……」


「今日はもう一つ行きてえからな。あとスピードの出る車も用意しておけ」


「ふ、二つも攻略するんですかっ!?」


「そういう気分なんだよ。だからとっとと用意しろ。できなきゃ殺すぞー」


「わ、分かりました」


 首鏖の言ったことに盗賊は驚いたが、すぐさま用意しに走り出した。


 やがて首鏖は背後に気配を感じ、振り返る。

 気づかれたことに気づき、その気配の正体は木の後ろから姿を見せる。


「さすが襲、気付かれちゃった」


 その正体は少女だった。

 まだ十歳ほどの容姿だ。声も幼い。

 全身は透き通ったような真っ白い肌で、白く単調な服を身に纏っている。


「あたりめえだ。俺がお前から放たれる異様さに気付かないはずないだろ」


「だね」


 少女は首鏖の側へ近づく。

 首鏖は拒まず、少女は首鏖の手を握る。


「今日は〈蟻が喰らう地下帝国〉を攻略後、もう一つのダンジョンを攻略しに行く。そこでお前と一緒に偵察を行う。分かったな」


「ドーナツ」


「あ?」


「ドーナツ食べたい」


「…………、ほらよ」


 首鏖は羽毛だらけの服の内側にしまっていた小袋を取り出し、そこから冷えたチョコレートドーナツを取り出した。

 少女は受け取ってすぐに口に入れた。


「じゃあやる」


 その一言だけ放ち、ドーナツをモグモグした。




 首鏖は少女と山を歩き続け、ある場所へ着く。

 そこには一万人を超える冒険者が列車の近くに集まっていた。

 列車は二階建てや三階建ての部分があり、また車体には砲弾を受けても傷一つ負わない頑丈さな金属が使われていた。

 列車には改造された跡があり、重火器や特殊な装置などが取りつけられていた。


「頭、あと十五分ほどで出発できます」


 列車を囲む盗賊の一人が代表として首鏖のもとへ駆け寄った。


「そうか。じゃあ俺は先に列車に乗っとくぜ」


「分かりました」


 お辞儀する盗賊を横目に、首鏖は少女とともに列車へ乗り込んだ。


 列車内は幾つもの席が連結部分から見て平行に並べられ、その内の一つに首鏖と少女は腰かけた。


「この列車って元々ダンジョンだったんだよね」


「ああ。だから一応このダンジョンも亜攻略状態だな。まあ核は見つかんなかったからダンジョンかどうか確信はないが」


「湧き潰しはしたの?」


「いや、このダンジョンは自動でモンスターが湧くようなダンジョンじゃなかった。まあその代わりこのダンジョンにいたモンスター全部強くて苦戦したがな」


「襲も苦戦するんだ」


「ここは事前偵察なしだったからな」


「珍しいね。襲はいつも私と一緒に偵察するのに」


「このダンジョンが移動型だったというのもあるが、たまには事前情報なしで戦うのも良いだろ」


「私は戦わないし分かんないかな」


「…………」


 首鏖が黙っていると、扉がノックされ、盗賊が入ってくる。


「発車準備完了しました。間もなく出発します」


 そう言い、すぐに盗賊は別の車両へ乗り換えた。

 この列車には一万人ほどが乗ることができる。

 拡張魔法などを駆使し、列車内の収容人数を増やし、一万二千人が乗っている。

 残りの三千人は山脈で警備や巡回を行う。


「出発いたします」


 アナウンスが流れ、列車は敷かれた線路の上を走り始めた。

 徐々に加速し、線路上にいたモンスターは勢いで吹き飛ばし、走行する。


「試運転はしたの?」


 列車の揺れに慣れないのか、少女は問う。


「必要ねえだろ。どうせ上手くいく」


「心配……」


 少女は首鏖の腕をぎゅっと掴む。

 時折訪れる揺れに身体が前後し、首鏖にもたれ掛かる。


 三十分ほどして、目的地に到達した。


「はぁ。生きた心地がしなかった……」


「降りるぞ」


 首鏖と少女は手を繋ぎ、列車から降りる。

 列車の周辺は広大な砂地が広がっており、ある場所に穴を見つけた。


 首鏖は穴に近づき、覗く。

 穴の中には幾つもの道が続き、枝分かれしているようだった。


「これだな。〈蟻が喰らう地下帝国〉の入り口は」


「はい。過去にあのダンジョンを潜った冒険者によれば、ダンジョンは地下へ道が続き、あの場所以外に地上へ続く道は確認した限りなかったと」


 同じく穴の側にいた盗賊の一人が言う。


「じゃあ早速水攻めだ。用意できているな」


「はい」


 複数の盗賊が巨大な正方形の箱を六つ運ぶ。車輪はついているものの、大の男が数人で押してようやく動く。

 巨大な箱は全て高さ六メートル、横幅は六メートルほどあった。

 箱には巨大なホースが取りつけられ、そのホースの先端を穴に垂らす。


「襲、これは何?」


「無限に水が湧く箱だ」


「無限に水が?」


「ああ。ダンジョンには少なからず無限に何かが湧くっていう物がいくつかある。金脈だったり、モンスターだったり、時に水だったり。

 その無限を生むためには仕組みがあるが、この箱に入ってるのは無限の水が湧く結晶だ。だが無限といってもからくりはある。この結晶はダンジョンの遥か地下から魔力の供給が行われ、それにより無限に水が湧く。だからこの箱にはその結晶と魔力を蓄積した結晶を入れておく。蓄積した魔力の分だけ水は湧くってことだ」


「足りるの?」


「足りる。無限の水の結晶は少ない魔力で大量の水を作ってくれる代物だ。それに魔力結晶も箱いっぱいに入れてある。まあ足りるだろ」


 その間にも、盗賊はホースから水を放出し、ダンジョン内に送り込んでいる。


「一応モンスターが這い上がってくることも警戒しておけ。それとモンスターが穴を掘って逃げるかもしれない。電気魔法が使える奴は定期的に水に電気を送り込め」


 首鏖指示のもと、着々とダンジョン水没計画が進行する。

 地下へ続く入り口を千人の冒険者が囲み、周囲から湧いてくるモンスターへ三千人が警戒し、残りの冒険者は列車周辺に待機していた。


「上手くいくの?」


「安心しろ。上手くいく」


 六つの箱から水が送り込まれる。

 しばらく水を注いでいると、地面が隆起し、そこから蟻型のモンスターが湧いてきた。


「おいおい、遅い起床じゃねえか」


 首鏖は腰に下げた剣を抜かず、静観の姿勢を見せる。

 他の盗賊は予定通りの襲撃に迅速な対応を見せた。

 隆起した穴を囲むように陣形を作り、出てきたばかりのモンスターへ速攻を仕掛ける。


「第六十区画にしては珍しく雑魚だな。まあ地下にわざわざ攻め込んでやるほどの馬鹿を期待したのが間違いだ」


「でもこれほどの地下を埋め尽くすほどの水を用意できるとも思わないでしょ」


「想像不足だな」


 首鏖はダンジョンを鼻で笑う。


 しばらくして地上へ出てくるモンスターが途切れ途切れになると、首鏖は別の方角を見る。


「どうせまだ時間はかかるか。俺たちはもう一つのダンジョンへ行くぞ」


「有効活用だね」


 首鏖は少女とともにもう一つのダンジョンへ行こうとしていた。

 ちょうど近くを盗賊が一人通りかかった。


「おいお前、確か列車の予備の操縦士だったな。車は運転できるな」


「あ、はい。できます」


 緑と黄色の二色に染まった髪、目の下には赤いハートのシールが貼られ、髪を後ろで二つに束ねている少女。


「車は適当な奴に用意させた。その車で今からあるダンジョンに行くから運転しろ」


「わ、分かりましたけど、護衛はどうしますか。さすがに第六十区画で少数行動は危険ですし……」


「問題ない。車にはステルス機能がついてる」


「とはいえ……」


 うじうじする盗賊へ首鏖は鋭い視線を向ける。

 まるで命を刈り取るような視線。


「分かりました。すぐに運転します」


 そう言って盗賊は車が積まれた車両へ走っていった。

 首鏖はため息をこぼす。


「盗賊ってのは度胸がなきゃやってられないんだけどな。うちにはまだあんな腰抜けがいたとは」


「彼女の運転不安なんだけど」


「問題ねえ。上手くいく」


 そう言いきった首鏖を少女はじっと見る。


「なんか(かさね)って毎回言い切るよね。失敗するかもしれないのに、何で言い切るの?」


 首鏖は少女の質問に一度笑う。


「決まってんだろ。俺が頭に思い描いたことは上手くいくようになってんだよ」


「何で?」


「俺の思いつくことは誰にも思いつかねえ。たとえ思いついたとしても、実行しようとすれば善意が待ったをかける。悪党ましましの俺の策は、正義を利用する。だから上手くいくんだよ」


 少女は頷く。


「確かに今回の策も残虐だね。勇者パーティーなら正々堂々と地下へ潜って戦ってただろうし」


「冒険に美学は必要ない。醜くても勝たなきゃ無意味だ」


 首鏖には自分なりの考え方がある。

 少女は首鏖の思考の一部を覗けた気がした。


 やがて車に乗ってきた盗賊が現れる。


「頭、乗ってください」


 首鏖と少女が後部座席に乗り込むと、やがてアクセルを踏んで車は発進した。


 彼らが今乗る車は異世界産の四人乗りの車。

 装甲は龍の鱗を使用し、動力には魔力器官を採用している。

 魔力タンクに蓄積された魔力を使って走行し、足りなくなれば運転手の魔力を使用することも可能。

 様々なシステムが組み込まれ、ステルス機能や索敵機能、ブースト機能や迎撃機能などが組み込まれていた。


 時折モンスターが襲ってくるが、運転席に座る彼女はキーボードを踊るようにタップし、ブースト機能を上手く使ってモンスターを回避しつつ迎撃機能でモンスターを撃ち抜いた。


「慣れているな。運転は得意なのか」


「はい。実は子供の頃からよく父にバイクに乗せてもらっていたので、そのおかげで運転技術はかなりあるんですよ」


「そうか。お前、名は?」


「エアハです」


「覚えておこう」


 エアハの表情には満面の笑みが浮かぶ。


「私、頑張って走っちゃいます」


 エアハは一段階アクセルを踏み、とんでもない加速でダンジョンを目指した。


 車内で首鏖と少女は話すことなく、首鏖は目的地のダンジョンの大まかな全体図と情報を魔法端末で見ていた。

 それはダンジョン攻略を依頼したテラコッタから渡された物で、これから攻略するダンジョンの情報が記載されている。

 出現するモンスターや大体の地図、トラップの有無などが載っている。


 しばらくして、目的のダンジョンまでついた。


「じゃあステルス機能で隠れとけ」


「分かりました」


 首鏖と少女が降りると、車はステルス機能により透明化した。


 首鏖と少女は広大な森の前に立つ。

 森の内部からは禍々しい雰囲気が放たれている。


「ちゃんと手を繋いでおけよ」


「もちろん」


 首鏖と少女の手が重なる。


「『影側(シャドウサイド)』」


 その魔法は、触れている人物の影になることができる魔法。

 決して不可視になる魔法ではない。

 あくまでも影になる、ということしかできない。

 しかし首鏖と少女は現在、誰からも視認されることはない。


「さあ行こうか。ダンジョンへ」


 首鏖と少女は手を繋ぎ、森へ入っていく。

 決して誰にその姿を見られることもなく。


 森へ入るなり、少女は呟く。


「足下、地雷が仕掛けてある。二十メートル感覚で、円形に」


 少女は特殊な潜在能力を持っている。

 彼女が有する潜在能力は『超マッピング』。

 空気の揺れ、木の葉の落ち方、音の反響、何となくの違和感など、あらゆる情報からダンジョンの構造を把握することができる。

 彼女の場合、その能力が圧倒的に優れており、トラップや隠し通路はもちろん、土の材質や木の種類まで、あらゆることを察知できる。


「事前情報によれば森にトラップはない」


 首鏖は少し考える。


「事前情報の通りなら簡単に落とせたが、もしかしたらちょっとだけ面倒なことになってるかもな」


 首鏖もまたダンジョンの違和感を感じ取っていた。


 首鏖と少女は歩き続ける。

 森の中には巨人と精霊がおり、仲良く暮らしている。

 巨人や精霊には首鏖と少女は見えていない。


「このダンジョンでは巨人と精霊は一切の協力をしないはずだったが、今はそうじゃない」


「ここ最近、首鏖は第六十区画のいろんなダンジョンを攻略してるから、それを脅威に感じていろんなダンジョンが強化された……ってこと?」


「恐らくな。となると事前情報は足を引っ張る。念入りにマッピングするぞ」


「うん」


 森をくまなく歩き回り、トラップの位置や数、モンスターの配置などを確認した。


「なるほどな。で、次はあれか」


 森の中心には蜘蛛の巣でできた巨大な建造物があった。


「さて、一応見ておくか、それとも──」



 ♡



 二十三時。

 既に首鏖は〈蟻が喰らう地下帝国〉の入り口に戻ってきており、その時にはダンジョンの大半が埋まっていた。


「もうすぐ終わりか?」


 ダンジョン水没の作業をしていた盗賊へ首鏖は問う。


「はい。あと三十分ほどで終わるかと」


「そうか」


 首鏖は少女とともに立ち去り、列車へ向かった。

 だが道中でダンジョンの周辺を警戒している盗賊が見慣れない冒険者と揉めていた。


「ねえあれ」


「ああ。格好からして俺たちの仲間じゃねえな」


 奈落盗賊団の構成員は全員腕に紫色のハンカチを巻いている。

 だが揉めている冒険者はつけていなかった。

 首鏖は近づく。


「なんだお前ら」


 首鏖は数十人組の冒険者へ睨みながら話しかけた。


「なんだじゃないだろ。あんなダンジョンの落とし方は最低すぎる。モンスターだって生きてんだよ。だったら正々堂々と戦ってやれよ」


 一人が声を大にして言った。

 首鏖は耳をほじり、退屈そうにため息をこぼす。


「正面から戦えよ。俺たちは冒険者なんだから」


 その言葉に首鏖は眉間にシワを寄せる。

 内心苛立っていた。


「勇者パーティーなら正々堂々と乗り込んだんだろうが、俺たちは勇者でも聖人でもない。盗賊だ。だったら好きなようにするだけだ」


「最低だな。冒険者やめちまえ」


「言っておくが俺たちは冒険者じゃねえ。盗賊だぜ」


 首鏖が剣を抜いた。


「お、おい……コイツらまさか、最近百人組のパーティーを襲って壊滅させたっていう……」

「まさか……奈落盗賊団!」


 それに気づき、冒険者らは恐怖に震える。


「今さら遅えよ。俺たちは自分たちのやり方を否定する連中は殺すって決めてんだよ」


「……はっ? た、ただの自己中じゃねえか」


 脅えつつもそう反論する冒険者。


「何言ってんだよ。お前らだって自分の理想を押しつけようとしただろ。誰もがお前らの考えるようにあらなきゃいけないっていうのは、さすがに狂ってんだろ。その考えこそ自己中だ」


「お、俺たちの考えは正義だからだ。だから悪のお前らに正義を示すんだよ」


 冒険者らは盗賊によって四方を囲まれていた。

 冒険者らは脅えつつも、戦うしかないと武器をとる。


「正義か悪か、か。つまらねえな」


 首鏖は笑ってしまうほどため息を吐いた。


「お前らは生まれつき人間は善か悪か考えたことはあるか」


「ないな」

「ね、ねえ」


 数名の冒険者は脅えつつも答える。

 それに首鏖は頭を抱えながら吹き出す。


「そんなんで正義を語ってんのか。ガキだな」


「じゃあどっちだよ。生まれつき善か悪か」


「決まってんだろ。生まれつき人間はその両方を持ってる」


「……は? どっちかじゃねえのかよ。ってか善も悪も持ってるって矛盾じゃねえか」


 首鏖の答えを聞いて冒険者は呆れる。


「どっちかに絞るから思考は鈍る。それに善も悪も持っているのは矛盾じゃない。むしろそれこそ人間の真理をよく表しているだろ」


「……は?」


「人の行動や感情には一切の矛盾はないのか。違うだろ。むしろ矛盾だらけだ。強くなるためには努力をしなきゃいけない。強くなりたいと思ってはいるものの、ダラダラと過ごしている。それでもいつかは強くなれると信じてる」


「それはそいつが馬鹿なだけだろ」


「だな。だが人間はそういった矛盾ばかりを抱えて生きている。だからこそ、人は善にもなるし悪にもなる。それは生まれつき、人がどちらも兼ね備えているからだ。だが稀に、そのどちらかしか持たない人間もいる。そういう奴は決まって行き過ぎた行動をする。だから周りは変な奴という。だって普通とは変わっているんだから」


 首鏖は剣を持ったまま冒険者へ歩み寄る。

 いよいよ戦闘になると思った冒険者は緊張した面持ちで武器を構え直した。


「一度くらいは会ったことがあるだろ。どんな目に遭っても文句を言わず、その状況でも他人のことばかりを気にする善人を。自分の欲望のためだけに行動し、罪を犯すことしか興味のない悪人を。そういう連中を変わった奴だと思ったのなら、お前らは善と悪の両方を持っている」


「…………」


「善とか悪とかを語るなら、それについてしっかりと考えるんだな。でなきゃ詭弁にもならない」


 首鏖の表情に笑みはなかった。

 まるで過去の怨念に焼かれる復讐者のよう。


「まあ、俺は両方持っている上で悪を優先した。だからお前たちは死ぬんだよ」


 剣を握る手に力がこもる。


「ってことで、話は終わりだ」


 首鏖は躊躇いなく剣を振るい、冒険者の首を叩き落とした。

 一瞬の硬直の後、冒険者が一斉に攻撃を仕掛けた。

 だが──


 三分と持たずして、数十人の冒険者は首鏖一人の手によって殺された。


「つまらない相手だったな」


「頭、この冒険者の持ち物、貰っても良いですか」


「好きにしろ」


 首鏖が列車に乗り込む背後で、盗賊らは死亡した冒険者の持ち物を漁っていた。

 列車に二人きりの首鏖と少女。


 首鏖は列車の窓からダンジョンを見ていた。


「さっさと終われよ。次がメインディッシュなんだから」


 水に埋まるダンジョンを眺めながら、首鏖は淡々と呟く。

 そこに水攻めされるモンスターへの感情は一切なく、ただ私欲が満たされることへの感情だけを感じる。


 首鏖の横顔を少女はじっと眺めた。




 しばらくして、ダンジョン水没の知らせが首鏖に届いた。


「終わったな。じゃあ水源は再び列車に繋ぎ、全員乗り込んだらこのまま西にあるダンジョンを目指す」


「列車でですか!? 線路はまだ敷いていません」


「問題ないだろ。確かこの列車には道なき道ですら走る魔法システムが搭載されてただろ」


「はい。しかしあのシステムは扱うのが難しく、使いこなせるものがいないのが現状です。そのため線路を敷かなければ走行は……」


 盗賊が申し訳なさそうに呟く横で、首鏖はある盗賊へ眼を向けた。


「エアハ、お前ならできるか」


 首鏖からの問いをすぐに答えられず、エアハは悩む。


「いや、聞くまでもなかったな。やれ」


「……え!?」


「お前ならできる。そう俺は感じた。だから運転は任せる」


 エアハの内心には戸惑いもあった。

 自分で運転できるかどうか、列車に乗る一万人以上の命がかかっているから。

 だがそれ以上にエアハの心に芽吹いていたのは、運転したいという欲求だった。


「分かりました。私が運転します」


 エアハはまだ十六歳。

 彼女の運転に不安のある者は多かった。

 だがこれまで奈落盗賊団に所属していた者は、首鏖という人物の眼の良さを知っている。

 視力ではなく、人を見る眼があると。

 不安感は完全にはぬぐえないものの、任せるしかなかった。


「全員乗り込め。出発する」


 首鏖の掛け声により、全員が列車に乗り込んだ。

 エアハは操縦室へ行き、そこへ首鏖は少女とともに乗り込む。

 既に操縦室にいた操縦士は不安そうにエアハを見る。


「や、やり方は一応知ってるよね」


「はい」


「で、でもやり方を知っているだけで……」


「例のシステムを使うのは初めてです」


 エアハは列車の操縦の訓練は何度かしている。だが線路が敷かれていない道でも走ることができる幻獣システム『天馬(ペガサス)』を使用するのは初めてだ。


「では、出発します」


天馬(ペガサス)』の操縦は十年以上列車の操縦士を務めたことのある操縦士でも難しい。

 決して簡単に習得できる技術ではない。

 しかしエアハは今やろうとしている。


天馬(ペガサス)』の難しい点は幾つもある。

 このシステムはそもそも地面を走るのではなく空を走る。

 この際、全六十両に浮遊状態が付与される。その後の走行は列車を纏う風を操ることで操縦が可能となる。

 風を操るということは非常に難易度が高く、少しでもミスれば車両が一つ横転し、それが連鎖的に繋がる車両の横転を招いてしまう。

 安定させた状態を保つには常に風の状態を確認しなければならない。


 エアハは線路を走り、徐々にある程度の速度まで加速させる。やがてエアハは幻獣システム『天馬(ペガサス)』を発動させる。

 列車を覆う風、列車は風に乗って空中を走行し始めた。


 順調な滑り出し。

 各車両の風の出力や風向きを確認しつつ、目的のダンジョンまで直進する。


 が、索敵システムが列車の周辺にモンスターを捉えた。


「前方に鳥型のモンスターが百匹ほど、群れを成してこっちへ飛んできます」


 エアハは索敵に映ったモンスターを捉え、静かに絶望する。


 列車の周囲を纏う風の出力を上げればモンスターをかわすことなく、突撃して一掃できる。

 だが出力を上げれば列車を安定させることは難しくなり、そもそも空中でモンスターをかわそうとカーブすることは難易度が高く横転の可能性が高い。

 どちらを選ぶにしても高難易度。


 首鏖は黙って見守る。


「大丈夫かな……」


 少女は不安げに見るが、首鏖は一切の言葉を掛けない。


 しばらくして、エアハは覚悟を決める。


「風の出力を上げ、突っ切ります」


 エアハは風の出力を上げた。

 竜巻ほどの旋風が列車を覆い、モンスターの群れへ飛び込む。

 時折安定感をなくした車両が幾つか現れる。それらをコンマ一秒以内に察知し、すぐに細やかな風力調整を加える。

 その手つきは繊細で、それでいて力強さがあった。


 やがてモンスターの群れへ激突する。モンスターは旋風に切り刻まれ、生き残った少ない群れは離散する。

 衝突の際にもバランスを一切崩さず、安定感を貫いて目的地まで到着した。

 ゆっくりと降下し、ダンジョン前に着地した。

 ブレーキをかけ、穏やかに列車は止まった。


「さすがだな。エアハ」


 操縦を終えたエアハは、操縦席に倒れ込んだ。

 決して短いとは言えない走行の時間、全精神を操縦に集中させた。

 既に集中力は失せ、眠っていた。


「エアハがここまで運んでくれたんだ。あとはダンジョンを攻略して祝杯を上げるぞ」


 間もなくダンジョン攻略が始まる。

 攻略するダンジョンは──


 〈蜘蛛の煉獄〉



 ♡



 三十時。

 首鏖は作戦を伝え終え、また攻略準備を終えていた。

 あとは出陣を開始するだけ。

 目標は目の前にある。


 〈蜘蛛の煉獄〉


 そこがテラコッタより攻略を依頼されたダンジョンである。

 そのダンジョンはこれまで多くの冒険者が攻略に躍り出たが、未だ攻略されていない不抜のダンジョン。

 何度か大規模なパーティーが攻略に動いたものの、最深部まではたどり着かなかった。


 しかし首鏖は攻略を確信している。

 彼は己の絶対性を過信し、自負している。


「全軍、これよりダンジョン攻略を開始する。言っておくが、俺たちは盗賊だ。容赦はするな。全て奪え」


 彼の鼓舞に全員が欲を浮かび上がらせる。


「さあ暴れるぞ。全ての命を奪い取るまで」


 ダンジョン攻略が開始する。



 ◇



 〈蜘蛛の煉獄〉

 蜘蛛の糸でできた巨大な建造物を広大な森が囲んでいる。

 広大な森には巨人と精霊が共生し、連携をとって迎撃を行う。


 既に精霊は森の外に大量の人の気配を感じ、ダンジョンは今戦闘態勢に入っていた。

 冒険者の攻勢が始まることは完全に察知されていた。


 どこから来るか。

 全モンスターが警戒する中、北から悲鳴が上がる。

 巨人と精霊は悲鳴がした先を見る。


 立ち上る黒煙。

 森には火が放たれていた。


「……はっ!?」


 既に広範囲に広がっていた炎。

 燃える木には幾つもの矢が刺さっている。


 燃える木々の中から逃げ出した精霊へ、別の精霊が状況説明を求めて近づく。


「何があったのですか」


「突然空から大量の火矢が飛んできました。水属性の魔法を使える精霊が火を消していますが、火矢の数は恐らく二千を超えており、その上火矢は現在も放たれ続けています。このままでは森が全焼してしまいます」


 精霊の住み着く木は精霊の属性ごとに恩恵があった。

 水属性の精霊が住み着く木やその周辺の木は燃えにくいはずだった。だがその木には十を超える火矢が刺さり、また周囲の木々が燃えることで燃焼していた。


「このままじゃ森が燃やされます。外から火矢を放たれ続ければ全滅してしまいます」


「そうだね。みんなに呼び掛けて森の外に出るしかない」


 精霊を統率するのは上位精霊のドリュアス。

 彼女は森にいる全ての精霊とコミュニケーションをとれる。

 それにより、現状を理解した。


「なるほど。森の外にはそれぞれ人間が待機しているのですね。北にはおよそ五千、東と南にはおよそ三千ずつ、西にはいないですか」


 ドリュアスは敵の狙いを考える。


(火矢の攻撃が行われているのは北だけ。囲んでいる人間の様子から、弓矢を持っているのは北にいる冒険者のみ。気になるのは北に置かれたあの長い列車。あの中にも人が隠れていたようですが、およそ千。つまり敵の主力は北……)


 精霊の中には感知能力を持った精霊もおり、列車内に隠れている盗賊の数も把握していた。


「分かりました。北に巨人を集め、精霊とともに森の外へ向かわせましょう」


 北へ巨人が集められる。

 それ以外の場所に巨人が手薄となった。


(このまま北を攻め落とし、敵の主力を潰す)


 その隙を見透かしたように、南から三千を超える盗賊が侵攻を開始した。


(そう来たか。だが森の中での戦闘なら巨人が上だ)


 森の中で巨人が盗賊とぶつかる。

 盗賊は十人一つの班を組み、一体の巨人と戦闘を行っていた。

 それでも巨人には一人につき精霊が一体ついており、身体能力の向上などが付与されている。


 十対一でも、巨人が勝る。

 だが熟練した盗賊であれば巨人に勝つ場もあった。


「勝負は一進一退。だが──」


 森には防衛システムとして、通常サイズの蜘蛛が自動発生する。

 蜘蛛の数は無制限。大量に溢れた蜘蛛が盗賊へ飛びつく。

 蜘蛛の毒は時に神経麻痺や死をもたらす。


 蜘蛛にトラップにより、盗賊が巨人に押され始める。


(南は問題ない。気になるのは北だが……)


 ドリュアスは北にいる精霊の視界を見る。


 北では巨人が森から飛び出し、広野に待機している盗賊の群れへ突っ込んでいた。

 巨人は横に広がり、そばには精霊が浮かんでいる。

 盗賊の後ろ、首鏖は巨人を見て微笑む。


「まだだ」


 首鏖はボソッと呟く。

 巨人が近づく中、盗賊は動かずに武器を構える。

 遠距離系の武器を持つ者もいるが、攻撃を仕掛けない。


 まるで誘っている。

 火矢を放つ部隊も巨人を狙わず、ひたすら森へ打ち続けている。


 巨人は皆全身に鎧を身につけ、それぞれ巨大な武器を持っている。

 巨大な武器は間もなく盗賊が待ち構えているエリアに突入する。

 間際──


「今だ」


 首鏖が呟く。

 ドリュアスは違和感を感じたが、巨人は止まらない。

 間もなく、巨人の足下に赤い魔法陣が出現する。


「魔法による地雷トラップだ」


 地面には幾つもの地雷魔法が仕掛けられていた。


 赤い発光とともに地雷魔法が起動し、巨人を爆炎が包み込む。

 百近くの巨人が地雷魔法を受けてしまった。


「さあ、返り討ちにしてやれ」


 燃える巨人へ容赦なく盗賊は集団で攻撃を仕掛ける。

 爆発により身体機能を低下させた巨人は盗賊の反撃に対処できず、次々と倒されていく。

 中には反撃し、盗賊を倒す巨人もいたが、そういう巨人に対しては容赦なく火矢が浴びせられる。

 爆発により鎧が砕けた隙間に矢が刺さり、巨人は倒れていく。


 火矢は既に森ではなく巨人へと焦点を変えた。

 既に前線にいた百近くの巨人は壊滅。その後方から迫っていた四百近くの巨人も倒れる仲間を見て恐怖を覚えていた。


(まずい。一旦北の巨人を全て撤退させる)


 ドリュアスは精霊に伝達し、巨人を森の中へ退避させた。


「賢い判断だな。おかげで巨人を殲滅し損ねた」


 首鏖は森へ逃げていく巨人を見据える。

 既に北側の森は二分の一以上が燃えており、黒煙に包まれていた。


「じゃあ特攻するぞ」


 首鏖の言葉に脅える者は数名いたが、その言葉が導く作戦を遂行するため盗賊は動き出した。


「さあさあ、まだまだ戦えるよな」





 〈蜘蛛の煉獄〉の蜘蛛の巣内部。

 ダンジョン管理者であり、蜘蛛型モンスターであるアラーニェは、蜘蛛姫の小町とともに手動トラップの発動やダンジョンの修繕を管理者室で行っていた。

 小町はキーボードのようなものに指を打ちつけ、必死に作業を遂行しつつも、不安を感じていた。


「大丈夫かな」


「問題ない。このダンジョンは決して落とさせない」


 アラーニェも必死に作業を進める。


 そんな最中、蜘蛛の巣に揺れが伝播する。


「何の揺れだ!?」


「まさかもうここへ冒険者が……」


「いや、さすがに速すぎる。そんなはずは……」


 そんなはずがないと願いつつも、アラーニェが妙な胸騒ぎがしていた。


「ここ最近、第六十区画のダンジョンが次々と攻略されている。もしかしたらこのパーティーが……」


 アラーニェの脳裏には敗北が過る。


「いや、絶対に落とさせない。何としてでも守り抜く」


 アラーニェへ通信が入る。

 それはドリュアスから。


「蜘蛛の巣は現在、炎上しています」


「…………はっ!?」


 ドリュアスからの連絡に、アラーニェは言葉につまる。


「ま、待て。それはつまり冒険者が森を突破し、蜘蛛の巣までたどり着いたということか」


「はい」


「そんなわけ……。一体どこからだ」


「北から……燃えた森の中を車で飛び込み、蜘蛛の巣まで突撃したようです」


「…………はっ!?」


 アラーニェは上手く話が呑み込めず、動揺が収まらない。

 すぐに蜘蛛の巣に設置された無数の目で状況を確認する。


 映し出された映像。

 蜘蛛の巣には高さ六メートル、長さ三十メートルの黒鉄の箱がぶつかっていた。


「これは森の外に止められていた列車の一部か。この列車の背後からは現在も尚暴風が吹き荒れているところを見ると、突風で押し進めた車両で燃える森を突っ切り、蜘蛛の巣へ突撃させたか」


 蜘蛛の巣へぶつかっている車両は三つ。

 蜘蛛の巣へぶつかっても尚車両は壊れておらず、むしろ蜘蛛の巣に穴が空いた。

 蜘蛛の巣は蜘蛛の糸で作られているが、決して柔ではない。剣で斬ろうと断ち切れないほど頑丈な糸が使われている。

 とはいえ、絶対に壊れないわけではない。突風を受けた車両がぶつかれば壊れてしまう。


 各車両からは百人ほどの盗賊が飛び出し、蜘蛛の巣へ油を撒くとともに火属性の魔法を放つ。


「火攻めか……」


 そこの蜘蛛の糸は頑丈さを持つとともに、燃えにくさも兼ね備えていた。

 だが欠陥はある。

 蜘蛛の巣全体にそのような糸が使われているわけではなく、蜘蛛の巣の上部には比較的劣る糸が使われている。

 燃えにくいという性質はなく、そこへ火を放たれれば当然燃える。


「まるでこのダンジョンの穴を知っている。そこを的確に突いてきてる」


 アラーニェは苦悶する。


 首鏖は少女とともにダンジョンを偵察し、このダンジョンを把握していた。

 どこにどのような弱点があるのか。

 それを知った上で、ダンジョンを攻略する策を実行している。


「そういえば盗賊たちは一度も森に仕掛けた地雷を踏んでいない。ダンジョンリニューアルして初めての冒険者だぞ。トラップの存在を知っているはずがない」


 アラーニェはダンジョン内に裏切り者がいるという可能性も視野に入れた。

 だがあり得ない。

 モンスターが人間に覆ることは決してない。


「くそっ……」


 アラーニェが苦しむ中、首鏖の策は終わらない。


「だがまだ燃やされただけ。わざわざ突撃しに来た三百人ちょっとの冒険者をまずは狩る」


 森にいる巨人が列車が突撃した場所へ集まる。

 三百人ちょっとの盗賊を二百人の巨人が囲む。

 また蜘蛛の巣内部からアラクネゴブリンのドレがアラクネゴブリンやその他蜘蛛系モンスターを三百ほど率いて現れた。


 囲まれる盗賊たち。

 その中から羽毛だらけの服を身に纏った男が剣を抜き、前に出る。


「数があれば倒せると思ってんのか」


 彼、首鏖は多くのモンスターに囲まれても一切怯まず、堂々としていた。


「この数相手に生き残るつもりか」


 アラクネゴブリンのドレが煽る。

 首鏖は笑みをこぼす。


「無策で敵の本拠地に突っ込むわけねえだろ」


「策があってもお前らは全員死ぬ。終われ」


 ドレが突撃するとともに、モンスターが一斉に盗賊へ襲いかかる。


「見えてねえな。お前らは何も見えてねえ」


 首鏖が手を上げる。

 ドレは違和感を感じつつも、突撃した。

 刹那、ドレは煙を上げ続ける列車を見る。

 蜘蛛の巣に突撃した三つの車両。それらは全て煙を上げている。


 違和感の正体。

 やがて煙の中から音がするとともに、ドレは気づいた。

 鳴り響く重火器の音。

 たくさんの砲撃が巨人や蜘蛛系モンスターに火花を散らす。


「そうか……あの列車には……」


 気づくのが遅かった。

 列車には幾つもの重火器が積まれ、モンスターの接近とともに放たれた。

 大砲や雷電砲、火龍砲などの攻撃を受けたモンスターは大ダメージを負う。

 そこへ容赦なく盗賊が追い討ちをかける。


「雑魚だな。これでも第六十区画を名乗ってんなら汚点だぜ」


 高らかに声を上げる首鏖。

 その後ろで、重火器が破壊された。


「あ?」


 振り返ると、巨大な剣が列車を押し潰していた。


「なるほど。どうやら雑魚だけじゃないみたいだな」


 すぐさま巨剣が盗賊へ牙を剥く。

 数十人の盗賊が切り刻まれながら宙に吹き飛ばされる。

 首鏖にも直撃する軌道だったが、素早い動きで巨剣を持つ巨人の背後に回り込んでいた首鏖が首を狙う。


「っ!」


 巨人は背後の首鏖に気付き、飛び上がった。


「はっ」


 首鏖は思わず笑みをこぼす。

 飛び上がった巨人はそのまま首鏖を踏み潰すように降下する。

 着地の衝撃で地面が割れ、特大の砂塵が舞い上がる。


 近くにいた三百人近くの盗賊は全滅する。

 巨人は足の裏を見るが、首鏖の亡骸はなかった。


「ドリュアス、奴は?」


 巨人は自分の真横を浮遊する光球へ問う。

 光球の正体は上位精霊ドリュアス。彼女は感知魔法で周囲を探る。


「リーゼ、後ろに」


 振り返った瞬間、光球に向かってナイフが投擲。

 即座に巨人が腕で庇い、腕の鎧によってナイフは音を立てて落ちる。


「悲しいな。おかげで仲間は全滅しちまったじゃねえか」


 首鏖は斜めに倒れた木の上に立ち、巨人を見る。


「お前は別格に強いな。この冒険者どもの大将か」


「良い目持ってんじゃん。やりがいがある」


「そうか。俺は容赦なくお前を殺す」


「お互い様だ。かかってこい」


 首鏖は手を振り、挑発する。

 巨人リーゼは剣を握り、疾走する。


 リーゼは全身に鎧を纏っている。

 首鏖は鎧の隙間へ目を向ける。


「人間でさえ鎧に隙間があるのに、さすがに巨人は隙間が大きい」


「隙間を的確に狙う隙など与えない」


 リーゼの速さは腕の振りで突風を吹かすほど。

 まともに渡り合うのは難しい。

 しかし首鏖の身につけている羽毛だらけの服は風に干渉できる。

 追い風を向かい風に変え、自身の素早さを増す。


 リーゼと首鏖は何度も剣をぶつける。

 互いの行動が致命傷を過らせる。

 互いに相手の動きを見抜き、寸前での行動で致命傷を回避する。

 戦いの中で、風を味方につける首鏖は加速する。


「速い……っ!」


 徐々にリーゼの鎧の隙間へ攻撃が届く。


「くっ」


 リーゼは徐々に首鏖を捉えられなくなっていた。


「ドリュアス、魔法を──」


 リーゼの顔の横を通る風。

 目を向けたリーゼが見たのは、真っ二つに切り裂かれた光球だった。


「ドリュアス……っ!?」


 ドリュアスはリーゼに強化系の魔法を付与していた。

 その全てが解除される。


「よくも……っ、殺したな」


 リーゼは憤怒する。

 怒りのままに剣を振るった。

 だがリーゼの攻撃は全て首鏖には当たらない。


「遅え」


 首鏖の剣には電撃が纏われる。

 剣から離れた電気が蝶のように小さな粒となってリーゼへ引き寄せられる。


「『雷蝶連槍』」


 粒をたどり、電撃がリーゼへ槍のように鋭くぶつかる。

 ──が、リーゼの鎧は対雷属性の魔法が付与されている。

 電撃は周囲に離散し、攻撃は届かなかった。


 リーゼは首鏖を捉えた。

 大技により空中で滞空状態の首鏖はすぐに風による超高速移動はできない。せいぜい高速移動程度だが、その速さをリーゼは逃さない。


 リーゼは大剣を振るう。

 首鏖は直撃を覚悟で剣の攻撃を待つ。

 だがリーゼは途端に剣を捨て、拳で首鏖を殴った。

 不意の攻撃に首鏖は回避できず、直撃した拳が首鏖を地面に叩きつけた。


「がっ……。こっちの策を読んだのかよ」


 首鏖はリーゼが剣を振るった際にカウンターを決めようとしていた。だが剣を捨てたことによりカウンターは発動できず、拳を受けてしまった。

 リーゼはカウンターを本能的に察知したのではなく、ドリュアスを殺した首鏖へ怒りの拳を叩きつけたかった。


 結果、首鏖は大ダメージを負った。


「ドリュアスの仇だ」


 リーゼは巨拳を首鏖へ振り下ろす。

 首鏖は木を盾にし、風による高速移動でなんとかかわすが、それでも完全に回避できず、再び吹き飛ばされてしまう。

 しかしそれは首鏖が意図的に受けた攻撃。その攻撃を受けることでリーゼと距離をとった。

 リーゼは急いで首鏖を追うが、


「なあ知ってるか。お前には今俺しか見えていないんだろうが、ダンジョン攻略ってのは一人でするもんじゃねえんだよ」


 首鏖はリーゼとの戦闘中、ある物体へ付与していた魔法を発動させていた。

 リーゼは不気味な音を聞き、空を見上げた。

 空から幾つもの黒鉄箱が落下していた。


「あれは……」


「列車だよ」


 首鏖は十の車両を切り離し、風魔法により浮かせ、その後蜘蛛の巣に向けて落下させた。


「潰すぜ。お前らのダンジョン」


 車両の背後から魔法により風が放出し、素早い速度で蜘蛛の巣に突っ込んだ。

 首鏖は落ちる位置を風魔法により操作し、全てを的確に蜘蛛の巣に落とした。


「まじか……っ!」


「もう終わりだ」


 列車へ気を取られている内に風による超高速移動を開始した首鏖。

 リーゼの鎧の隙間を的確に斬りつけ、リーゼの動きは鈍っていく。

 首鏖は剣に圧縮した空気を蓄積し、リーゼへ向け一点に放つ。


「『竜巻槍』」


 螺旋する風は鎧を貫き、リーゼの心臓に風穴を空けた。


「ぐはっ……」


 血を吐き出し、膝から倒れるリーゼ。

 そこへ容赦なく首鏖は追撃。

 圧縮された風が何度もリーゼを貫く。

 全身に風穴が空く。


「はっ。これでもまだ息はあるか」


 既に死んでいてもおかしくないほどの傷を受けた。それでも尚リーゼは息をしていた。


「今頃、森はもう東西まで燃え始めたんじゃねえか」


 首鏖の読み通り、北の森を燃やす火は既に東と西にも届いていた。


「さて、首を跳ね落とせばさすがに死ぬかな」


「まあ待てよ」


 首鏖は背後に気配を感じ、自分を囲むように風を展開した。

 背後から放たれた糸が風に巻かれて首鏖を囲む。

 首鏖は剣を振るい、糸を切り刻んだ。


「おっと、てめえは何だ」


「私の仲間を散々痛めつけてくれたみたいだな」


 首鏖の前には蜘蛛がいた。

 幼児と同じほどの大きさで、背中には火傷の跡がある。


「てめえがこのダンジョンのボスかな」


「そうだ」


「待てアラーニェ。まだ俺は……」


 全身に風穴を空けたリーゼが血をダラダラと滴しながら立ち上がる。


「もういいんだ。ここから先は私の出番だ」


「駄目だ。俺はこのダンジョンの守護者として……」


「役目は果たした。誇れ。ここから先は私が戦う」


「でも……」


「このダンジョンはもう滅ぶ。空を飛ぶ列車によって蜘蛛の巣内はもうめちゃくちゃだ。小町は死んで、ダンジョンの復旧も間に合わない。火も燃え広がる一方で、このままこのダンジョンは火に落ちる」


「…………っ」


 リーゼは苦悶の表情を浮かべる。

 それはアラーニェも一緒だ。

 二体のモンスターの表情を見て、首鏖は何とも思わない。


「よく俺の前で雑談ができるな。さすがに生意気が過ぎるぞ」


「お前がリーゼを痛めつけたんだな」


「誰だよそいつ。モンスターに名前なんていらねえだろ」


「殺す」


 アラーニェは全身から糸を放出し、糸が森中に張り巡らされる。

 糸を足場に、アラーニェは素早い身のこなしで首鏖に接近する。

 毒を纏った足が首鏖へ振るわれる。だが首鏖は風を使った高速移動で回避し、そのままアラーニェへ突撃して足を一本飛ばした。


「なるほどな。戦場からしばらく離れていたみたいだな。昔は強かったようだが、今のお前は昔の戦闘で鍛えられた肉体を活かしきれていない」


 首鏖の推察は当たっていた。

 アラーニェはある時期を境に戦闘を行うことは減っていた。


「残念だ」


 数分の戦闘でアラーニェの足は全て斬り飛ばされた。


「決着だ」


 アラーニェの心臓を剣が貫いた。

 既にリーゼは死を待つだけ。

 アラーニェも同じく死を待つだけとなった。


「さすがにこれ以上この中にいたら俺まで燃えちまうな」


 首鏖は二体のモンスターを見るが、既に動けそうになかった。


「じゃあな。バカども」


 そう言葉を残した首鏖は最後に手榴弾を投げた。

 風による高速移動で首鏖は森を抜ける。


 アラーニェとリーゼは最後の力を振り絞り、互いの体を寄せる。


「どうやら私たちは死ぬんだな……」


「ごめん……。俺が……守れなかった」


「良いんだ。お前はよく戦った。最後までこのダンジョンのために戦ってくれた。だから──」


 爆炎に彼らは包まれた。

 燃えるダンジョン。

 崩壊する。


 南へ下がった首鏖は、盗賊と交戦中の巨人へ刃を振るう。

 次々と巨人を倒し、盗賊の撤退を手伝う。

 やがて指揮する者を失ったダンジョンは統率を失い、ダンジョンは全て炎に包まれる。


 最後、燃えるダンジョンを盗賊は皆外から見ていた。


「まあまあの被害は出たが、ダンジョン攻略は完了したな」



 七時間三十二分。

 〈蜘蛛の煉獄〉崩壊。



 ♧



 五十時。

 盗賊は未だ燃え続けるダンジョンを見ていた。


「いつ消えるんですかね」


「まあ数日は燃え続けるかもな」


 列車の窓からダンジョンを眺めるエアハに、首鏖は適当に答えた。


「それまでここにいるんですか」


「そうだな。まあ列車には食料も積んであるし、寝床もある。問題ねえ」


「まあそうですね。鎮火したら核を破壊しにダンジョンへ入る感じですか」


「ダンジョンへ入りはするが、恐らく核はもう壊れているだろうな。ただ車両の回収や生きているモンスターがいないかを確認しに行く。それに何かしら価値のある物が眠っているかもしれないし、それらを探索する目的もあるな」


「へえ、そうですか」


 ダンジョンは燃え続ける。

 未だ揺れ動く火は、多くの生命の終焉を意味する。

 このダンジョンで生きた多くのモンスターが死んだ。


 首鏖は列車を降り、火をそばで見届けていた少女のもとへ行った。


「どうした? キャンプファイヤーに興味があるのか」


「私もダンジョンに暮らしていたからね。少しだけ感慨深いんだよ」


「そうだったな」


 少女は揺れ動く火をじっと見ている。


「命ってものを、私はずっと考えてる。多分あの日から」


 その日がいつなのか、首鏖はなんとなく理解している。


「命にはいろんな形がある。人だったり、モンスターだったり、でも死んだとしても幽霊になったり。だから私は未だ答えを出せていない」


 少女は首鏖を見る。


「襲にとって、生きるって何」


 その問いを、首鏖は静かに受け止めた。

 しばらくして首鏖は答える。


「俺は自由に生きたかった。だから、自分の中に芽生える悪がやりたいことなんだと思って今を生きている。だが、正義の誰かはこう言うんだ。自分のやりたいことは、決して悪とイコールじゃない。自分の中の悪を圧し殺して生きていくのも、それもまた生きるってことなんだと」


「それで?」


「だけど、結局人は矛盾から逃れられない。多分人はあらゆる面を持っている。それらは常に等しいわけじゃなく、矛盾する。だから、俺はどちらの面も持っている」


「それは思考の過程であって、結論じゃないよね」


「俺は……、俺は……」


 首鏖は考える。

 少女の問いに対し、考える。


「俺にとっての生きるは、結局悪だ」


「ふーん」


「当然だ。だからこそいつか、俺には裁きが下るだろう。それまで俺は戦い続ける」


「因果応報。でも世界はそんなに優しくないかもよ」


「そうだな。だったら世界はそれまでだったと見下すだけだ。世界は俺の思考よりも退屈だっただけの話」


「それが襲の思考の結果だね」


「だから、俺はこの先も俺のやり方で命を奪う」


 首鏖の答えに少女は頷く。


「私も協力する。いつか、襲が死ぬその時まで」


 二人は手を繋ぎ、揺らぐ火を眺める。

 命は揺らぐ。

 火と等しく。



 燃える火に揺られ、首鏖の影も揺れる。

 ただひとつ、火のそばにある影は揺れ続ける。

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