第五回『異世界探偵』
謎があるなら解決すればいいじゃない。
異世界探偵。
それは異世界で起こるあらゆる事件に対し、異世界的思考によって解決する存在。
それは常に優秀でなければならない。
異世界探偵を名乗るからには、冤罪を作ってはいけない。
常に完璧でなければいけない。
どんな事件にも具体的証拠に基づいた解決を。
♤
六時。
彼女は目を覚ます。
カーテンを開け、仄かに明るい空を見上げる。
部屋一面に光が差し込む。
広い部屋が明るく照らされる。二十畳ほどある部屋にはダブルベッドがドンと置かれ、隅には高価な棚やクローゼットが並べられる。
窓を開けて一言、
「事件のにおい」
肌から伝わるある気配。
彼女は事件が起こることを肌で感じ取っていた。
彼女の目覚めを感じ、メイドがすぐさま駆けつける。
まだ若く、桃髪を頭の左右でお団子にしている女性。
「おはようございます。マリーお嬢様」
「おはよう。アンリエット」
メイドの挨拶に彼女も返す。
マリーと呼ばれた彼女はしばらく窓から見える雪景色を見た後、
「紅茶を」
「承知しました」
メイドのアンリエットに紅茶の用意を頼み、鏡の前で着替えを始める。
彼女が身を包んだ衣装はドレス。
だがマリーはドレスの裾や袖をハサミで切り始めた。
床につくほど長かった裾は膝下まで短くなり、手を覆い隠すほどだった袖はバッサリと切り取られ、腕とぴったりに合うように縫い合わす。
最後に白い薔薇を口にくわえる。
扉をノックし、もう一人のメイドが入ってくる。
三十代ほどで、海のように青い髪を背中まで垂らしている女性。
「ノア。今日は三つ編みでお願い」
「かしこまりました」
マリーは高価な椅子に腰掛け、その背後にメイドのノアが立つ。
その様子は机に置かれた姫鏡台から一望できる。
ノアは慣れた手つきでマリーの髪を三つ編みにしていく。
「その服装、今日も事件ですか」
「ええ。昨日は雪崩で事件場所となった雪解け旅館には行けませんでしたので。今日こそは何が起ころうとも駆けつけましょう」
「付き添いは誰になさいますか」
「アンリエットにしますわ」
ノアは驚き、三つ編みにする手が止まる。
「しかし彼女はメイド教育を終えたばかり。マリーお嬢様の従者としての実践は昨日が初めてです」
二日目で事件の付き添いは無理難題である。
なぜならマリーの要求は無理難題であることが多いからだ。
それはあえて口にしないが、マリーは自分の傲慢さを理解している。
その上で言う。
「問題ありません。役に立たなければ捨ててしまえばいいじゃない」
彼女の台詞にノアは反論をやめた。
「そ、そうでございますか」
「少し誇張しただけよ。この世界に役に立たない者はいませんよ」
ノアは彼女の言葉の真意が分からず、反応に困る。
が、マリーは常に堂々としていた。
「マリーお嬢様。三つ編みが出来上がりました」
マリーは鏡で自分の髪型を確認する。
透き通るような茶髪が見事な三つ編みになり、マリーは少女のように微笑んだ。
「綺麗な三つ編みですね。さすがノアですわ」
ノアは恐縮ながらお辞儀する。
「それでは食卓へ向かいましょう」
マリーとノアは食卓へ向かう。
既に卓上にはパンやお菓子が置かれている。だが紅茶の姿はない。
アンリエットがおそるおそる口を開く。
「マリーお嬢様。紅茶が不足しており、ご用意できませんでした」
「代わりのものは?」
「いえ、これから何か用意しようかと思いまして……」
マリーは言葉には出さなかったものの、落胆を感じさせる。
「紅茶がないなら珈琲を出せばいいじゃない」
何か用意を、と抽象的なアンリエットに対し、マリーはすぐに代替案を提示した。
「すぐご用意しますので」
焦燥に駆られながら、調理場へと走る。
アンリエットが去ったのを確認すると、ノアが呟く。
「マリーお嬢様ですか。紅茶の不足の原因は」
「力量を量っただけです。どれほど臨機応変な対応が可能か見たかったんです」
ノアはこれまで何度も同じような光景を見てきた。
マリーが出すこの難題は、ただ一人を除いて初回で成功した者はいない。
そもそもこの屋敷には貯蓄が余るほどある。不足するなどという思考が浮かばないのも無理はない。
「珈琲を飲んだら事件現場に行ってくるよ」
「今回はどこで事件が起きているんですか」
「雪解け旅館から少し離れたスキー場。そこで命が奪われました」
マリーはその方角を見ていた。
神妙な面持ちをしている。
「珈琲が出来上がりました」
やがてアンリエットは珈琲を運んでくる。
「ありがとう」
珈琲を受け取ると、添えられていたパンやお菓子とともに嗜む。
ノアはマリーの背後を陣取り、アンリエットはノアの横へ並ぶ。
それに対し、ノアは叱責した。
「あなたはまだ新入りですよ。マリーお嬢様の背後に立てるはずないではありません」
ノアはマリーが生まれた頃から仕えているメイドであるため、信頼を得ている。
だが仕えてからまだ二日目のアンリエットは一切の信頼を得ていない。
「あなたが立つとすればマリーお嬢様の前です」
「も、申し訳ございません」
アンリエットは足早にマリーの正面に移動する。
マリーはアンリエットに対して怒りや呆れを見せず、それどころか視界に入れずに食事を嗜み続けた。
アンリエットはマリーにどう思われているか分からず、内心恐怖していた。
しかしマリーは穏やかに微笑む。
まるで一面緑咲き誇る離宮で花を愛でるように、落ち着いていた。
「さて、食事も終えたところですし、事件現場へ向かいましょう」
二人の視線が向けられている状況にアンリエットは困惑していた。
「も……もしかして私が付き添いをさせていただけるのでしょうか」
「もちろんです。あなたに全面的なバックアップを任せます」
「あ、ありがとうございます」
感謝を述べたものの、表情はひきつっていた。
ただでさえメイド教育で習った基礎的なマナーを間違えたにもかかわらず、慣れない現場に付き添いすることになった。
不安だけが募る。
「では行きましょう。アンリエット」
「は、はい」
すぐに行こうとするマリー。
だがアンリエットは一歩を踏み出せないでいた。
「不安ですか」
「ええ」
「そういう時は胸を張りなさい。胸を張り、堂々と歩けば、自ずと自信がついてきます。不思議ですよね。また不安になったらこの言葉を思い浮かべなさい。
不安があるならかき消せばいいじゃない、って」
マリーの助言に従ってみる。
胸を張り、堂々と歩いたところで……。
期待していなかった。
だが効果は予想以上だった。
不思議と自信で満ち溢れ、不安は霧散する。
「アンリエット、これを持っていきなさい」
ノアがアタッシュケースを渡す。
「開けるタイミングは自分で決めなさい。ここにはその時あなたが望んでいる物があるから」
アタッシュケースはとても軽い。
まるで空みたいに。
アタッシュケースを持ち、マリーのもとへ。
「もう行けますね」
「はい。行きましょう」
アンリエットはマリーの前を歩く。
屋敷の外に出て、少し遅れてマリーが来るのを待つ。
「場所は雪解け旅館併設のスキー場です」
「承知いたしました」
アンリエットは一度手を振り、袖の内側から緑色の魔法クレヨンを取り出す。
クレヨンで地面に円陣を描く。
円陣が光り、その上に風が凝縮される。集まった風は時間をかけてある形状に固まっていく。
「『銀風鳥』」
風は鳥の形状に。
今にも羽ばたきそうな勢いだ。
「マリーお嬢様。出発の用意ができました」
「あらそう」
五メートルはある風鳥の背中には座席が形成されている。
マリーは風の鳥に後ろ向きに乗り、アンリエットが乗り込む。
「では出発いたします。飛べ」
アンリエットの合図とともに、鳥は羽を大きく広げる。羽の振りに合わせ、天高く舞い上がる。
そして、羽をしまうとともに勢いよく滑空する。
風圧はアンリエットの風魔法により、ささやき風程度に収められる。
マリーの髪は振り子のように揺れるだけ。
「いい風ですわね」
髪を耳にかけながら、地上を見下ろす。
「すぐに事件を解決してしまいましょう」
風に揺られ、探偵は事件現場へ向かう。
♡
七時半。
スキー場に鳥が降る。
雪解け旅館から徒歩十分の場所にあるスキー場。
スキー場には雪解け旅館同様の雪降らしのシステムがあり、雪が降る。
広大な敷地を有し、リフトやゴンドラ、ロープウェイなどがあり、スキーコースは子供用、初心者用、中級者用、上級者用、超難関コースがある。
中央には食堂や温泉が備わっている大きな建物がある。
まだスキー客の姿はあまり見かけられない。
だが中央施設には白を基調とした制服と黒を基調にした制服が六人ほど集っていた。
「おや、ギルド警察に魔法警察。やはり私の勘は当たっていましたか」
異世界を代表する二つの警察組織。
マリーは彼らのもとへ向かう。
「おはよう警察方。私はマリー=ド=ジャンヌ。異世界探偵です」
彼女を一見した警察の反応は様々だった。
これまで彼女は多くの事件を解決してきた。それを彼らは知っている。
そのため事件解決が早まると思い、浮き足立つ者。
探偵の中でも極めて有名である彼女を見て喜ぶ者。
だが、ここに一人。
彼女を睨みつける者。
魔法警察。
ネオプテレ魔法警部補。
「あなたが噂の異世界探偵ですか」
「ええ。あなたは?」
「私はネオプテレ。あなたの助力がなくとも事件を解決に導きます」
敵対心だろうか。
少なくともネオプテレはマリーに対して好印象は抱いていない。
マリーはおしとやかに見つめ返す。
「そうですか。しかし私はこの事件を解決したいのです。事件の詳細を教えていただけませんか」
「ネオプテレ魔法警部補。マリーさんに手伝ってもらった方がいいのでは」
「駄目だ」
一人がネオプテレに進言する。
ネオプテレは頑なに首を縦には振らない。
彼女に同調し、ギルド警察の一人が同じくマリーに睨みを利かせる。
というのも、過去にある探偵が魔法警察やギルド警察に対して事件解決の挑戦状を送り、勝負したことがあった。だがその事件は探偵が起こしたものであり、それが発覚したのが数年後だった。
その事件によって警察側には疑念の目が向けられる。
以来、警察内部にも探偵を信用できないものは多くいた。
マリーはこれまで数々の功績を残しているが、それでも嫌悪感を抱く者は少なからずいる。
「では分かりました。こちらは自力で調べますので」
マリーは決して怒らない。
朝焼けを背景に、彼女は優しく微笑む。
「アンリエット、行きますわよ」
マリーとアンリエットは警察のもとから離れる。
マリーの背中をネオプテレは睨みつける。
♡
九時。
マリーとアンリエットは中央施設の一階、食堂で紅茶を飲みながら集めた情報を整理していた。
既に聞き込みを済ませ、ひそかに警察の一人から情報を聞き出していた。
「遺体発見時刻は昨日の十三時。場所は森の中。二十メートル上には十人乗りのゴンドラが通っている。発見されたのは一時間おきに行われる巡回。
死亡時刻は昨日の十一時半。遺体は全身に打撲を負っていたことから、ゴンドラから転落したと考えられる」
マリーは添えられたパンをちぎり、紅茶につけ、口に入れる。
事件とパンを咀嚼する。
「殺された男は大手魔法道具会社の社長天羽祈凛。恨まれているとすればライバル企業か。
遺体発見場所から考えると、スキー場に移動している。確かに天羽は一昨日の五十時にスキー場から旅館に帰り、昨日の七時に旅館を出てスキー場に向かっている。だがスキー場に着いてから姿は目撃されていない」
マリーは再びパンをちぎり、紅茶に浸し、口に入れる。
「容疑者と思われるのは、十一時半までにゴンドラに乗った三人の人物」
「少ないですね。このスキー場は人気ではないのですか」
「ここは完全予約制であり、一日に最大百人しか予約できません。そのため広々とスキー場を使えます。おかげで事件が起こった際には容疑者は絞れるので都合がいいです」
マリーはパンを食べきり、バターがほんのり溶けた紅茶を嗜む。
「入手した情報はこれで以上ですね。さて、ここからどう詰めていきましょう」
紅茶が尽きる。
しかし彼女の策は尽きない。
ハンカチで口を拭うと、そっと立ち上がった。
「容疑者三人に話を聞きましょう。しかしその前に、」
マリーは食堂で休憩をとっていた魔法警察の一人を見る。
彼のもとに行き、斜め横の席に座る。
アンリエットは二人の間に立つ。
「先ほどは状況提供ありがとうございました。ココン魔法巡査」
狐色の髪の青年。
頭には狐耳を、腰には尻尾を生やしており、狐の獣人である。
彼は笑顔でマリーを迎える。
「いえ。事件がいち早く解決することを願うばかりですから」
「ちなみに、ネオプテレ魔法警部補は探偵を嫌っているんですか」
単刀直入な質問に、アンリエットはまばたきを繰り返して動揺する。
「いやー、ネオプテレ魔法警部補は基本単独任務ばかりですので知らないんですよ」
「なるほど。ではなぜ今回の事件に駆り出されたんですか」
「実は昨日、雪解け旅館でも事件が起こってたらしいんですよ。ブラックマーケット絡みだったらしく、こちらもその可能性があるため、武闘派の彼女が派遣されました。それに彼女はブラックマーケットに潜入任務をしていたので、適任だったのでしょう」
マリーは昨日も事件の気配を感じていた。
それは事件が解決されるまで続く。
「なるほど。そちらの犯人とこちらの事件の犯人が同じという可能性はありませんか?」
「いえ、雪解け旅館での事件の犯人にはアリバイがあり、同一人物による犯行とは考えにくいですね」
「そちらの事件について、詳細はありますか」
「いえ、少しだけしか聞いていないので詳しくは知りません」
「良ければ調べていただくことは可能ですか」
「構いませんよ。時間はかかりますが、調べてきます」
「ありがとうございます」
マリーはココンにお辞儀をする。
席を立ち、食堂の出口に向かう。
「どこへ向かうのですか」
「容疑者三人に話を聞きに行きます。アンリエット、居場所の特定をお願いします」
「はい。分かりました」
♡
アンリエットは自分の家系に代々伝わる魔法を習得していた。
それは自分の瞳を複製し、自分を基点に半径百メートル以内の物体に貼り付けるというもの。数に限りはなく、また貼り付けた瞳を複製し、貼り付けた瞳を基点に複製した瞳を五十メートル以内の物体に貼り付けることができる。それ以降は魔力が続く限り延々と瞳のコピー&ペーストが可能である。
だが弱点もある。例えば動く物体に瞳を貼り付け、制限距離を離れた場合、瞳は強制消失する。その際他の瞳も全て消えてしまう。また、瞳が衝撃などを受けた際にも消失する。
アンリエットはその魔法『母なる目』を駆使し、容疑者三人の居場所を突き止めた。
三人のもとへ行き、話を聞くことに。
一人目。
牛若戰。
彼女は剣聖の都出身の剣士であり、その腕前は一級品である。
ゴンドラ乗り場のカメラ映像には、十時にゴンドラに乗り込む映像が記録されている。
「あなたはなぜロープウェイやリフトを使わなかったのですか」
「距離的に一番近かったから、ですよ」
「そうですね。あなたは九時半にスキー場に入場し、中央施設でスキーウェアに着替え、スキー板を持ってゴンドラに乗った。中央施設から最も近いのはゴンドラです」
マリーはこのスキー場の地図を頭に思い浮かべながら話す。
「ちなみに、あなたはスキーは初めてですか」
「いえ、もう五度目になります、よ」
「スキーには大分慣れてきたんですか」
「まあそう、ですよ」
マリーは牛若の瞳をじっと見つめる。
牛若は目をそらすことなく、瞳には瞳を返す。
「嘘はついていないようですね」
マリーは視線を逸らし、だがすぐに視線を合わせ、話を続ける。
「ですがその場合、あなたはゴンドラではなくロープウェイに乗るべきだったのではないですか」
「どういうこと、ですか」
「中央施設から最も近いのはゴンドラです。しかしそのゴンドラから最も近いのは子供用コースと初心者用コース。中級者コースまでは五分ほど歩く必要が出てきます」
スキー場は中央施設を中心に扇状に広がっている。
右端から子供用、初心者用、中級者用、上級者用、そして左端が最難関コース。
ゴンドラは子供用と初心者用にのみあり、中級者用以上にはロープウェイやリフトがある。
「なぜあなたはゴンドラに乗ったんですか。近かったから、という理由だけですか」
「そう、ですよ」
「その後滑ったのはどこのコースですか」
「初心者用コース、です。最初は肩慣らしのために簡単な場所を滑っておきたかった、ですよ」
牛若は極めて冷静に、自分のペースを乱すことなく話し続けた。
マリーは一言一言に耳を集中させ、聞いていた。
「ではゴンドラに乗っている際、何か気づいたことはありますか」
「音の反響が気になった、かな」
「反響ですか?」
「ゴンドラに乗って一歩目の音に違和感を感じたから歩いて、みた。その後も反響が若干気持ち悪かった、です」
「反響ですか」
マリーは脳内でゴンドラを想定し、頭の中で牛若が歩くのを想像する。
その際、彼女が違和感を抱くとすればどこにどのような異常があった場合か。
「分かりました。ご協力ありがとうございます」
二人目。
有栖御火。
彼は魔法名家出身であり、優れた魔法の才能を持っている。
ゴンドラ乗り場の映像には、十時半にゴンドラに乗り込む姿が映っている。
背中には大きめのリュックを背負っている。
「あなたはリュックを背負っていた。そのリュックを背負ったままスキーは楽しめますか」
「今日の目的はスキーをすることにはありません。あくまでも下見に来ただけです」
男は目を閉じ、マリーの言葉を待つ。
「なるほど。だからあなたはスキー場に滞在する時間が短かったわけですか」
「ええ」
「ご家族と旅行ですか」
「ええ、妹と今度旅行に行くんですよ。それなのについつい買いすぎてしまって……。じゃなくて、他に聞きたいことはありますか」
有栖は一瞬感情的になって話を進めていったが、すぐに冷静さを取り戻し、本題に戻る。
「あのリュックには何が入っていたんですか」
「折り畳み式バイクが入っているんですよ」
「折り畳み式ですか……」
マリーは眉間に皺を寄せる。
有栖の言う折り畳み式バイクは存在しないわけではない。
「飛行魔法は使えないのですか」
「使えますが、普段はバイクで移動しています。いつ何が起こるか分からないので、魔力は極力温存したいんですよ」
マリーは頷く。
「ちなみに、ゴンドラに乗っている際違和感は感じましたか?」
有栖は質問を受け、返答に間を空ける。
「そういえば、足場がかなり音を立てていました。気になったことといえばそれくらいですかね」
三人目。
霜凪除冬。
対氷雪魔法の名門家の長男。
ゴンドラ乗り場には、十一時に乗り込む映像が記録されている。
彼のもとに行く前に、マリーはアンリエットに問う。
「これまでの情報をもとに推理してみなさい」
「わ、私がですか……。分かりました」
一度驚きはしたものの、すぐに指示に従い、じっくりと頭で考えて推理を始めた。
その際、決してアタッシュケースは離さない。
五分ほど経ってからだろうか。
アンリエットは推理を披露する。
「これまで聞いた二人は犯人ではないでしょう。まず一人目の牛若戰は遺体を持ち運んでいる様子はなかった。たとえ透明化魔法で遺体を透明にしていても、それっぽい行動は出てしまいますから。
次に有栖御火ですが、彼は遺体を詰めれるほど大きなリュックを持っていた。しかし中身は本当に折り畳み式バイクでしょう。
つまり犯人はこれから話を聞く三人目の容疑者でしょう」
アンリエットの推理が終わる。
マリーは口に微笑を浮かべる。
「あなた、なかなか優秀なのね。気に入ったわ」
マリーは立ち上がり、スキーを楽しむ人たちを見上げる。
「でも九十点ね。有栖のリュックに入っているのは妹にプレゼントする大量のお土産でしょうから」
「……え?」
「彼、妹について話をする時瞳孔が開いていたもの。おそらく妹に心酔しており、それを知られたくなかったから嘘をついたんでしょう」
アンリエットは有栖との会話を思い返し、確かに思い当たる節があった。
「確かにそうでした」
「そしてこれから話を聞きに行く霜凪除冬ですが、彼も犯人ではないと思いますよ」
「──えっ!?」
アンリエットは今日一番の衝撃を受けた。
もしマリーが言っていることが正しいとすれば……
「どういうことですか」
「少し待ってて。多分もうすぐ彼が来る」
案の定、
と言えば良いだろうか。
ココン魔法巡査がマリーのもとに駆け寄る。
「情報は調べあげた?」
「はい。ここに」
ココン魔法巡査はメモリーチップを渡す。
「アンリエット」
「はい」
アンリエットは収納魔法により格納していた魔法携帯端末を取り出す。
それをマリーに渡す。
マリーは慣れた手つきでメモリーチップを端末に差し込み、情報を引き出す。
画面には項目立ててまとめられた事件資料が載っている。
「雪解け旅館の犯人はアイアス。ブラックマーケットの顧客ね。固定魔法により犯行を行った。……なるほど。変装魔法で容姿を変えていた。……これは。だが変装魔法の魔法チケットは二枚のみブラックマーケットから仕入れたか。持続時間は一日」
幾つか気になる情報を見つけ、瞳を見開く。
極めつけは、
「死亡時刻が全く一緒。まるで自分には犯行が不可能だと言っているみたいじゃない」
マリーは徐々に謎が解けつつあった。
「しかし実際に無理ですよ。犯行日はずっと旅館にいたらしいですから」
「もしこの事件の犯人だった場合、また旅館の事件を再調査する必要が出るのではないですか」
ココンは矛盾点を指摘し、アンリエットは小言を挟む。
「大丈夫。これを読み進めていけば、全ての謎は──」
マリーは事件資料を読み進めていた。
「そういえば霜凪さんは?」
「既に十二時ですので、中央施設の屋上で待っていると思いますよ」
「そうですか」
マリーは嘆息する。
突如、紫の閃光がマリーに襲いかかる。すぐにアンリエットが気付き、閃光とマリーの間に入り、正面に光属性魔法を反射する魔力壁を展開する。
「まだまだだね」
壁に当たった紫光は来た道をそのまま跳ね返る。だが全て跳ね返ってはおらず、一部が壁を貫通してマリーの携帯端末を破壊した。
「……っ!?」
一同に緊張が走る。
光が進んだ方向を見て、ココンは戸惑い、アンリエットは睨み、マリーは無表情で見つめる。
「──ネオプテレ魔法警部補」
ココンは襲撃者がネオプテレだと分かり、動揺する。
「なんのつもりですか」
「本気で私たちとやり合うつもりか。その場合、こちらも全力を出させてもらう」
「君じゃ無理だよ。光魔法で覆った石ころにも気付かなかったんだから」
ネオプテレは勝ち誇った表情を浮かべる。
アンリエットはわずかながらに睨みを弱める。
「それに、私があなたを襲ったのには正当な理由がある」
「正当ですか」
「つい先ほど、霜凪除冬が脇腹をナイフで刺された。場所は中央施設の屋上。客の話を聞いてみれば、お前ら二人が屋上に誘き出したそうじゃないか」
間違ってはいない。
事情を聞くため、霜凪を屋上へ誘った。
だが襲ってはいない。
「マリー=ド=ジャンヌ。あなたの身柄を拘束させてもらう」
アンリエットは力ずくで止めに入ろうとする。
が、マリーは止める。
「アンリエット、戦っても無駄よ」
「しかし……」
「大丈夫。事件が解決すればすぐに釈放されるわ」
「あなたがいなければ……」
「私がいなくとも問題ない。だってあなたが解くんだから」
マリーは抵抗せず、ネオプテレに手を差し出した。
ネオプテレは容赦なく手錠をかける。
「頑張ってくださいね。アンリエット」
去り際、マリーはそっと囁く。
◇
マリーは捕らえられた。
アンリエットは不安や悲しみに暮れ、頭を抱えていた。
従者として、付き従うべき存在を守れなかった。
自分の実力不足に対し、反吐が出る。
今後が不安だった。
何をすれば良いか。
自分が事件を解決しなければマリーは釈放されない。
不安が胸を支配する。
心が闇に追いやられる。
「ああ……もう、私には無理だよ」
諦めかけた。
全部を捨てかけた。
だが……
アンリエットはマリーの言葉を思い出す。
──不安があるならかき消せばいいじゃない。
アンリエットは堂々と胸を張り、その場を右往左往する。ココンはその状況をいぶかしげに見つめていた。
「やらなきゃ。私はマリーお嬢様のメイドなんだから。託された使命に忠義を」
アンリエットは立ち直る。
アンリエットはこれまでの情報を、マリーの考察を基点に整理する。
犯人は旅館で殺人事件を起こしたアイアス。だがココンの話ではアリバイがある。
アイアスが使える魔法は固定魔法。
変装魔法の魔法チケットをブラックマーケットから仕入れていたが、二枚のみ。持続時間は一日。
「…………うーん。分かりませんね」
食堂で座り、情報を整理するが、謎は容易に解けない。
向かいで座るココンも同じく謎に悩んでいた。
「一旦ゴンドラに向かいましょう」
アンリエットとココンはゴンドラに向かった。
十人載りのゴンドラ。扉は二つ。
ゴンドラが下から上に到達するまでの時間はおよそ六分。
遺体があったのは三分地点の場所。
「気になるのは死亡時刻に誰もゴンドラに乗っていなかったこと。遺体から睡眠薬、もしくはそういった類いの魔法は検出されましたか」
「いえ、それが……支給された魔法警察の道具が全て故障しており、調査ができなかったんです」
「故障……? それも全てですか!?」
つまり魔法が使用されたかどうかは分からない。
「今から支給するとしてもどれくらいかかりますか」
「それに関してですが……どうやら雪解け旅館とスキー場を囲む巨大な吹雪の結界が形成されており、外に出ることも、中に入ることも難しいかと。武闘派が来てくれれば壊せるかもしれませんが、それほど余裕がないのも事実です」
ココンは現状の最悪さを伝えた。
アンリエットは青ざめていく。
まるで事件現場がトリックを遠ざけようとしている。
「んーっん……」
思考する。
熟考する。
されど進まず。
再度マリーの推理を思い出す。
「そういえばアイアスは固定魔法を使えたんですよね。もし人も固定できるのだとすれば、ずっと前からゴンドラの下に固定していたのではないでしょうか」
「しかし雪解け旅館の映像を確認したところ、アイアスはスキー場には一度も向かっておらず、常に旅館にいました」
「変装魔法の魔法チケットがあるって言ってましたよね。あれで変装したのでは」
「しかしチケットは二枚。また効力も一日です。
アイアスは別人に変装した状態で二日も過ごしています。そうなれば三枚目が必要になります」
アンリエットの推理がことごとく潰されていく。
手詰まりだ。
再度マリーの言葉を思い出す。
彼女のメイドとして一つの挙動も、一つの発言も見逃さなかった。
それらを鮮明に思い出す。
「そういえば資料を読んでいた時、読み進めていけば答えが分かるかも……って言っていた。つまりこれだけの情報では解決には足りない」
アンリエットは思考する。
どのピースがあれば謎は解ける。
「一昨日の夜から昨日の朝にかけてのゴンドラの映像を確認しましょう」
アンリエットはそこに答えがあると見た。
が、
「それが……、ゴンドラ乗り口のカメラは営業時間終了の五十時には停止するため、確認できるのは営業開始の六時からです」
「……なるほど」
「お役に立てず、すみません」
ココンは自分の力の不甲斐なさに謝る。
だがアンリエットはほぼほぼ確信していた。
「その時間にアイアスはゴンドラ下に被害者の天羽を固定した」
だが証拠がない。
魔法を使っていたとすれば、魔法警察の道具で計測することができる。
「なんでこんな時に道具が……」
アンリエットは一瞬、脳裏に電流が走ったような感覚に襲われる。
ひらめきに近い。
「なんだ……?」
アンリエットは何かに気付きかけていた。
事件に重要な手がかりに。
「……そうか」
◇
スキー場最難関コース。
そこの中継地点には小屋がある。
だが今日は誰も最難関コースを滑っておらず、よくて上級者コースを滑っている者はいるが、最難関コースを滑れるほどの腕前はない。
小屋には二人。
一人は両手を後ろ手に拘束され、柱に手錠と縛られている女性──マリー。
一人は魔法警察魔法警部補ネオプテレ。
「逮捕、にしては違和感だらけですわね」
マリーは冷静に告げる。
「ところでネオプテレさん、あなた、共犯でしょ」
「……はっ?」
突然の言葉にネオプテレはキョトンとする。
「まず違和感を持ったのは、あなたが異常に私を敵対視していること。過去にあんな事件もあったのだしそれが原因なのかしらって思っていたけれど、あなたの発言を聞いているとそうでもなさそうだったわ」
「そう?」
「だから色々と調べてみたら、案の定だった。そもそもなぜ犯人がブラックマーケットの顧客であったこと。また彼がブラックマーケットから魔法チケットを仕入れたことがなぜ分かったか。情報提供者がいたからです」
「へえ」
ネオプテレは口出しせず、マリーの話を聞く。
「資料は破壊されて確認できませんでしたが、おそらくあなたですよね。その情報提供者っていうのは」
ネオプテレは口角をつり上げる。
マリーがどこまで知っているかを理解し、口を開く。
「隠しても面倒ね。私はブラックマーケットに潜入任務を行っていた。だから私が情報提供者」
「それを言ってしまえばあなたの敗北が決まりますよ」
「どうしてかしら」
「あなたは嘘をついている」
マリーは自信満々に告げる。
ネオプテレは一瞬硬直するが、腰に手を持っていき、マリーから距離をとる。
「まず、犯人はアイアスである。アイアスは固定魔法によって天羽をゴンドラの下にくっつけた。おそらく営業時間外に行ったのでしょう」
「おかしいわね。天羽は営業時間外に旅館の外に出ていない」
「ただ、一つの条件を覆せばそれは可能になる」
「…………」
ネオプテレは口を閉じ、次の台詞を待つ。
「では、犯行手順を紹介しましょう。まずアイアスは天羽が帰宅後、部屋に侵入して天羽を眠らせました。大方、壁に本を固定して足場にし、窓を壊して侵入したのでしょう。壊した窓は固定魔法で修復すれば元通りですから。
次に窓から旅館を飛び出し、雪の下を通って旅館外にある防犯カメラを避けて通り、スキー場に行った。ゴンドラに行き、下に天羽を固定した。天羽が目覚めても良いように口を固定魔法で閉じれば叫ばれません。ただあれに乗った客の何人かがゴンドラの下で哀れな抵抗をする天羽の音を聞いています。
そして十一時半、旅館で殺人事件を起こすと同時に固定魔法を解除した」
事件の大方の推理が終わった。
マリーは、ここから、というように微笑む。
「だが矛盾が生じる。天羽は七時に旅館を出てスキー場に向かっている」
「矛盾だね」
「でも、たった一つの事象をひっくり返せば全てのピースが当てはまる」
ネオプテレは息を飲む。
「変装魔法の魔法チケットは三つ以上存在した。そうであれば目撃された天羽も、その後突然失踪した天羽にも説明がつく。最初からいなかったのですから」
マリーは確信をもって告げる。
「つまりあなたは、アイアスの共犯者である」
ネオプテレはしばらくマリーを凝視する。
いや、見ている方向にマリーはいるが、虚空を見ているような瞳。
数秒経って、唇が揺れる。
「──正解だ。私は共犯者だ」
「あなたがわざわざ駆けつけてきたのは、その事件との矛盾をついてアイアスを釈放させるためなのでしょう。共犯といっても事後解決ということですね。アイアスが捕まらなければあなたが動くことはなかったはずです」
ココンが提供した事件資料を全て読まれる前に破壊し、謎を解かせまいとした。
だがマリーは些細な言動にも気を配り、真実を晒した。
「そこまで分かりましたか」
全てを見透かされ、ネオプテレは感心を通り越して恐怖していた。
「さすがは世界一と謳われるだけありますね」
「世界一ではありませんよ。"異"世界一です」
マリーは異世界探偵。
異世界の名探偵。
ネオプテレは全てのヴェールを剥がされた。
「完敗だ」
「そうですね」
ネオプテレはすぐにマリーの拘束を解かなかった。
それが何を意味するのか、マリーも勘づいていた。
ネオプテレはストップウォッチを取り出す。
画面に刻まれた時間は五秒、四秒、三秒と減っていっている。
「……そうですか」
ゼロになった瞬間、小屋にも微かに音が届くほどの爆発が響く。
「ゴンドラでも爆発したんでしょう」
「あなたを消せばあとはメイドに頼るだけ。あのメイドが事件を解決するとは思えない」
「しかしメイドが私を助けに来るはずですよ」
「生憎この小屋は魔法封じの結界で閉ざしている。居場所は掴めない」
「逆に掴めやすいのでは。アンリエットの魔法ではそのような異変はすぐに気付くでしょう。それともあなたは、私のメイドは個人をピンポイントで特定するような魔法だけしか使えないと思ったんですか」
マリーは自分の状況を分かっていながら、ネオプテレに強気な姿勢を見せる。
「だったらあの世で祈りなよ。どうか助けてくださいと」
ネオプテレは屋敷に火を放つ。
「この小屋は防火性。魔法によって完璧にコーティングされている。燃えているのはあくまでも一部の家具。でもさ、窓を閉め、煙が充満すれば、生き残る確率はないんじゃないかな」
たとえ火が迫らなくとも、煙を吸い続ければ命はない。
「さよなら異世界探偵。あなたといた時間は切ないものだったよ」
ネオプテレは扉から外に出る。
振り返り、魔法チケットを取り出す。
それはアイアスが作成した魔法チケットであり、固定魔法を使用できる。
だが魔法チケットは使用せず、懐にしまう。
ネオプテレは飛行魔法で中央施設までひとっ飛び。
中央施設では、居合わせた警察によって客の避難が行われていた。
アンリエットを探すが、どこにも見当たらない。
ココンのもとに向かう
「あのメイドは?」
「ゴンドラに行きました」
「ゴンドラ……?」
ゴンドラは爆破された。つまりアンリエットは爆発に巻き込まれて死んだ可能性が高い
「それは残念だったな」
♧
アンリエットは最難関コースの頂上にいた。
背中にはアタッシュケースを背負う。
煙をあげる小屋が見えるが、中間地点にあるため距離がある。
アンリエットはゴーグルを装着し、スキー板が足にはまっていることを確認し、走行する。
「マリーお嬢様。すぐに行きます」
最難関コースは歪だった。
ジャンプ台や凸凹道、平均台や浮遊リング、それらを難なくこなし、隼の速度で滑走する。
最難関コースを駆け抜け、小屋が近づく。
「小屋には魔法に対する結界が存在している。だったら加速と同時に斧でぶっ壊せば良い」
小屋にぶつかると同時、勢いよく斧を振り下ろす。
斧の一撃は小屋に拳一つ分の風穴を空けた。
だがそれだけ。
「アンリエットですね」
声がする。
覗き込むと、煙だらけで視界は悪いが、わずかに柱に寄りかかるマリーが見える。
「マリーお嬢様。今助けます」
「その前に聞かせていただけますか。あなたがジャンヌ家でメイドになろうと思ったきっかけを」
「今ですか!?」
「はい」
焦るアンリエットに対し、マリーは煙の中でも一切動じていなかった。
アンリエットは仕方なく話し始める。
「私は人と話すことが苦手でした。なので友達もできず、ずっと一人だったのです。そのため毎日勉強ばかりしていました。
ある日、私はルイーズ家に話を持ちかけられ、メイドの教育の見学に行きました。確か十年ほど前で、私はまだ七歳でした」
ジャンヌ家のメイド教育は、六歳から十二歳で才能のある子を引き抜くというもの。
「体験で実践してみましたが、話すという部分でどうしても上手くいかなかったのです。既に一人前のメイドは立派な方たちばかりで、憧れでした。でも私には無理だと思いました。諦めようと、そう思い、帰ろうとした時──」
彼女は現れた。
「諦めるなら挑戦すれば良いじゃない」
そう、彼女は言った。
「話をするのって楽しいのよ。私の雑談を聞いてくれる」
アンリエットは彼女の雑談に付き合った。
それからメイド教育に通うようになり、時々その少女と会った。
アンリエットが十歳になった頃、彼女は現れなくなった。
彼女も本格的にお嬢様として勉強をしなければいけなくなったからだ。
「私はあなたがいたからメイドになれた。全部、あなたのおかげ」
壁一枚を通して、アンリエットはマリーに伝えた。
自分の原点を。
煙でマリーの表情は分からない。
「アンリエット、あなた、アタッシュケースを受け取っていたでしょ。その中身を使いなさい」
「は、はい」
アンリエットはアタッシュケースを開ける。
中には刃渡り三十三センチの小刀が入っていた。刃には魔法式らしきものが書かれている。
「これは……?」
「うちには未来予知ができる優秀なメイドがいます。彼女がアタッシュケースをくれる時は決まって私に窮地が訪れる」
マリーはあるメイドのこと思い浮かべる。
「現状から察するに、彼女が渡したのは魔法封じの結界を破る術式が刻まれた武器でしょう。それを小屋に突き刺しなさい」
アンリエットは言われた通り小屋に小刀を突き刺した。
ガラスが割れるような音とともに、魔法封じの結界は崩壊する。
「さて、では出ましょうか」
マリーの手錠は解けていた。
小屋に立ち込めていた煙も消え、火も収まっていた。
「マリーお嬢様、いったい何を……!?」
「秘密です」
マリーは小悪魔っぽく笑う。
「さあ捕まえましょう。共犯者を」
「ネオプテレ魔法警部補ですね」
「……っ。さすがですね。あなたは」
♧
中央施設。
そこに風で作られた鳥が降りてきていた。
背には二人の女性が乗っている。
ネオプテレは背中にいるマリーを見て、表情がひきつる。
「仕方ない」
ネオプテレは中央施設を囲むように地面を隆起させる。
「お嬢様。おそらく向こうは本気で戦うつもりです」
「アンリエット、任せました」
風鳥はネオプテレに向かって突撃を仕掛ける。ネオプテレは拳銃を取り出し、鳥に向けて放つ。
拳銃からは紫の閃光がレーザーのように放たれる。
鳥と閃光は衝突し、弾ける雪が視界を塞ぐ。
ネオプテレはすぐさま周囲を風魔法で吹き飛ばすが、どこにも見当たらない。
「どこだ」
「ここです」
真上、アンリエットが斧を振り下ろす。
ネオプテレは腕を金属で覆い、斧を受け止める。
攻防が続く。
金属音が響き、空気を揺らす。
互いに一瞬を見逃せない死闘。
アンリエットは足場の雪を燃やし、お互いの足が濡れる。
直ぐ様電気魔法を放つ。
が、ネオプテレは対電気魔法で足を覆い、電気を防いだ。
間隙。
刹那、ネオプテレが後ろに飛ぶ。
追いかけるようにアンリエットも前方に飛ぶ。
誘われた。
ネオプテレは相手の視界を歪ませてあたかも後ろに飛んだように見せた。
上手く距離を掴めず、アンリエットの斧は空振り。
横から斧に激しい衝撃が走り、破壊。
ネオプテレが迫る。
アンリエットは両腕で顔を防ぐが、拳が腹に直撃。
嗚咽。
膝をつく。
続けてアンリエットの頭を掴む。
が、その手を阻まれる。
手首を掴まれ、逆に曲げられる。
「マリー……」
すぐ側にマリーが立っていた。
「『革命の刃』」
まるで首を斬られたような激痛がネオプテレを襲う。あまりの痛みに首を押さえてしゃがみこみ、悶え苦しむ。
マリーは手錠を取り出し、ネオプテレの腕につける。
「あなたたち魔法警察が愛用する魔法封じの手錠。あなたが隠し持っていた全ての武器はアンリエットとの戦いの最中にくすねておいたので、もうあなたに勝ち目はありませんよ」
完全なる詰み。
マリーは余裕綽々と勝利を告げた。
♧
事件は終わる。
ネオプテレはココン魔法巡査によって連行される。
マリーとアンリエットは雪原に立ち、スキー場を眺める。
「事件解決お疲れ様です」
「メイドでありながら、お嬢様に助けられました」
「良いじゃない。常に一方向の救いよりも、双方向の救いの方が素敵で」
マリーは降る雪を指先で拾う。
「アンリエット、これからもあなたは私のメイドでいてくださいね」
「はい。もちろんです」
雪が降る中、二人は誓う。
その手を伸ばし、掴める距離へ。




