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第二回『冒険者』

 自ら死地へ飛び込む男がいた。


 冒険者。

 その職業は、死神との社交ダンスのように、死と隣り合わせの世界だ。

 冒険者と一様に表しても、その仕事内容は人によって大きく異なる。


 ある者は山や海へ行き採集依頼をこなして金を稼ぎ、ある者は未開の領域へ調査を行い、そしてある者はモンスターと死闘を繰り広げる。




 八時。

 男が姿を現した。

 姿を現した場所は、ダンジョン領域である。


 ダンジョン領域。

 無限の広さを持つと言われている広大な領域。未だにそこの最果てにたどり着いた者はおらず、全容は未開のままだ。

 森や山、川や海、塔や迷宮、遺跡や城などが点在している。同時に、それらのあらゆる場所にはモンスターが彷徨いている。

 中心部に行くにつれてモンスターの強さは上がっていき、外縁部から第一区画、第二区画と定められ、現在まで六十六区画が開拓された。千里眼を持つ能力者がダンジョン領域を百の区画に分けたが、すぐに消息を絶った。


 一説では、ダンジョン領域で見てはいけないものを見た。またある説では、ダンジョン領域の呪いにかかった、など。

 様々な噂が飛び交う。

 黒い噂が絶えないダンジョン領域。危険ばかりがつきまとうダンジョン領域。


 そこで、男は凛然としていた。


 名はアバンチュール。

 金色の髪をワックスで塗り固めている。

 装備は鎧の丈夫さよりもデザイン性を優先している節があり、彼が着こなす服装はオシャレに見える。

 刀身が一メートルの刀を帯刀し、腰には小さなポーチが幾つか取り付けられている。


 あなたがダンジョンに足を踏み入れた理由はなんですか。


「モテてえからに決まってんだろ」


 予想外の回答に我々は困惑した。

 我々の思い込みであれば、もっと体裁を取り繕った回答がされる。

 強くなりたい、人々のためになりたい、など。

 確かにそれも本心ではあるだろうが、それらの本心のもっと深いところにある欲望。

 彼は欲望を正直に明かした。


「ほら見てみろ。今日だって身なりは最高に整えてきたんだぜ」


 モテてえからな、と謳い文句のように付け足す。

 持ち歩いている鏡で自分の顔を様々な角度から確認し、その度にキメポーズをする。


「人間、欲望には正直でいなきゃ」


 我々は不安だった。

 この人物に密着すべきかどうか。悩んだ挙げ句、この人物に密着を続行する。


 冒険者といっても仕事の内容は様々ですが、あなたはどのようなことをしているのですか。


「俺はダンジョンにロマンを求めてる。酒、女、ロマンよ」


 指を三本立て、その内の左端にもう片方の手を伸ばす。


「仕事内容は、冒険者としてはダンジョン探索だな。ダンジョンで起こる様々なギミックを調べる。最近だと十六区画。あそこに森があるんだが、森の三割が燃えると雨が降るようになってる。自動鎮火の機能があるんだ。他にもいろんなギミックがあって、そういうのを見つけるのが俺の本職かな」


 真面目に、自身が行っている仕事を答えた。

 これならば安心だと、我々は思い込んだ。


 が、


「きゃああ。アバンチュール様よ」

「今日もかっこいいわ。なんて男らしい佇まいなのでしょうか」

「横にいるのは記者かしら。アバンチュール様の魅力を全世界に伝えてくださるのね。素晴らしいわ」


 通りかかった三人組の女性がアバンチュールを見て興奮する。

 アバンチュールは我々取材班を気にすることなく、女性たちのもとへ駆け寄った。


「今晩どうだい。君たち三人にお相手を頼みたい」


 我々は密着を中止した。





 十時、密着を再開する。

 ダンジョン領域の前にはギルドが設立した城があり、周りに街が広がっている。

 可愛い女性店員がいる酒場を選び、休息をとる。


「さっきはすまなかったな。つい欲望を抑えることを忘れていた」


 いえ、あくまでもあなたの一日に密着するという企画ですので、どのようなことがあっても取材は続けます。


「そうかい。じゃあさっきは中止すべきじゃなかったな」


 はい、その通りです。


「プロフェッショナルを目指すならば、これだけは曲げねえっていう信念を持つべきだ。あんたはまだ経験が浅いが、今の内から心構えをしておけ。

 ははっ。冒険ってのは何が起こるか分からねえからな」


 男は盛大に酒樽の酒を飲み干した。

 口からこぼれた酒を腕で拭い、気持ち良さそうに吐息を漏らす。


「やっぱ酒はひとときの快感をくれる。最高の授け物だ」


 樽ごとお酒を飲んだのだから酔いそうな気もするが、アバンチュールは驚くことに顔を少し赤くするだけだった。

 立ち上がる足は酔いなど感じさせないほどピンッとしている。


「さて、ダンジョン行こうか」




 十一時。

 ダンジョン領域は広大である。第十区画にたどり着くだけでも十時間ほどかかる。

 そのため、ギルドが様々な交通手段を手配していた。

 ギルドは冒険者にとっての支えとなる。月会費を払うことでダンジョン領域に関する情報や、防具や武器などのお得な情報、ギルド系列店での割引などが受けられる。


 ダンジョン領域前にあるギルド城下町。

 そこに飛行場があった。


 ギルド飛行船でダンジョン領域まで行くのですか。


「いや、俺はギルドには所属してねえから民間飛行船で行くしかねえな」


 我々は驚いた。

 ギルドの会員になるのにそれほどの月会費を支払う必要はない。一日の食費分だ。

 冒険者にしてみれば、それだけで倍以上の得をする。情報も、割引も、あらゆる点で利益が生まれる。

 反対に、ギルド会員でなければ様々なサービスが受けれず、不便なこともある。ギルド飛行船に乗ることも叶わない。


 なぜギルドの会員にならないのですか。


「俺は何でも自分の手で掴みたいからな。ギルドには頼らねえ」


 これがアバンチュールなりの信念なのだろうか。

 我々は未だこの男の全容を掴めない。



 民間飛行船場に到着。

 アバンチュールは一つ一つ吟味することなく、飛行船のデザインがカッコいいという理由だけで命を預ける船を決めた。


「この飛行船は何時にどこまで行く」


 飛行船場のスタッフを呼び止める。


「十一時半に出発し、第二十区画まで向かいます。到着時刻は十三時予定です」


「じゃあ決まりだ。乗せてくれ」


「分かりました。ではこちらへ」


 スタッフに案内され、飛行船に乗り込む。

 ここから先、我々はモンスターが生息するダンジョン領域へと足を踏み入れる。

 そこで待つ危険を、我々は超えられるだろうか。





 十三時。

 何事もなく第二十区画に到着。

 着陸した場所はギルド師団が警備している飛行船場。

 民間飛行船は利益の一部を譲渡することで安全性を確保される。


「第二十区画といえば酒の名地。酒の原料となるものが無数にある。それに、ここのモンスターたちも酒好きなのが最高だよな」


 アバンチュールは左手に酒瓶を持ち、右手を帯刀している刀の柄に添える。


 第二十区画。

 酒好きであれば誰もが生きたい区画。

 空気中にはアルコールが漂い、酒に弱い冒険者はすぐに酔っぱらってしまう。

 当然、アバンチュールは平然としていた。


「ここへ来たからには──」


 我々は息を呑む。

 ダンジョン領域には危険がつきまとう。

 ここで冒険者はモンスターを倒したり、採集をすることでお金を稼ぐ。


 アバンチュールもそうすると思っていた。


 ウキッキッといった笑い声が響き、声の方には猿型モンスター『シュヒヒ』が円陣を組んで酒を飲んでいた。

 シュヒヒの握力は人の頭蓋骨にひびをいれるほど強靭。

 我々はいつ襲われてもいいように身構える。


 が、男は予想外の動きをした。

 大胆にも、森の中で酒を飲んで盛り上がっているシュヒヒの円陣に割り込み、肩を並べて談笑を始めた。


 我々は目を疑った。

 多くのモンスターは人を敵視し、視界に捉えた瞬間に命を奪いにやってくる。

 だが彼はモンスターと言葉を交わすわけでもなく、身振りとお酒でモンスターと親密になった。


 触れることさえ恐ろしいモンスターと肩を組み、顔を見合せ、笑い合う。


 我々の知る冒険者とは大きく異なる。


「またいつか飲もうぜ」


 一時間ほど宴を楽しみ、シュヒヒ達に別れを告げる。

 シュヒヒはウキウキでアバンチュールを見送る。


 モンスターと人がこれほど親密にしている。

 この男は一体……。



 森を歩き続けること三十分。

 男は鼻を鳴らしながら道を進む。

 その足は一切の迷いなく、ただ鼻であるにおいを辿っている。


「においが濃くなってきやがった。もう近くまで来てるぜ」


 アバンチュールは胸を膨らませる。

 森を抜け、広がっていた光景を見て男は歓喜する。


「来たぜ。酒の滝」


 森を抜けた先には滝があった。その滝は酒の香りを周囲一帯に放出し、近くにいるだけで泥酔するほど強烈だった。

 アバンチュールは準備体操をし、上半身裸になった。


 何をするつもりですか。


「滝行だ。前にここに来た時は瀕死状態になってできなかったからな。ようやく夢の滝行を──」


「きゃあああ。誰か、助けてえええ」


 アバンチュールは腕をブンブンと回し、今にも滝に飛び込もうとしていた。


 不意の叫び声。

 すぐ近くで女性の助けを求める声を聞き、アバンチュールは視線を滝から移す。


 脱いだばかりの服を羽織り、刀を握り締めて大地を疾走する。

 木々が揺られるのが遅れるほど素早い疾走。


 アバンチュールは目撃する。

 二メートルの狼に喰われそうになる少女を。

 間一髪、アバンチュールの刃が狼の首をはね飛ばす。


「……あ、あなたは!?」


「俺はアバンチュール。お怪我はありませんか」


 刀についた血を即座に払い、鞘に収める。

 地面に転がった少女にそっと手を差し出し、優しく言葉を掛ける。

 少女はアバンチュールの笑みに警戒心を解き、差し出された手を掴もうとした。


「君、名前は?」


「私はアデスであす」


「一人でここへ?」


「はい。少し欲しいものがあったので」


 少女は見た目で判断するならば十五歳ほどだ。幼く、ダンジョン領域に足を踏み入れるには危険すぎる。


「どうやってここへ来たんだい」


「飛行船にこっそり乗ってきた」


「ここがダンジョン領域だと分かっているのか。飛行船にこっそり乗り込むなんて、一昔前ならできるだろうけど……」


「でもここにしかない物が欲しかったんだ。どうしてもそれを父さんにプレゼントしたかった」


 少女は真っ直ぐにアバンチュールを見つめ、訴えかける。


「だからといって一人でここを探索するのは危険だ。俺も協力する」


「いいの!」


「もちろんだ。俺様を存分に頼れ」


 怒られると思っていた少女は予想外の対応に無邪気に喜び、アバンチュールを眩しい瞳で見つめる。

 アバンチュールは少し間を空け、微笑む。


「お兄さん()強いの?」


「最高到達領域は三十区画だぜ。ここら辺のモンスターなら一撃よ」


 アバンチュールが自信に満ちた表情で語るのを、アデスは期待の眼差しを向けた。


「この人なら……」


 誰にも聞こえないような声で呟く。


「ちなみに探している物はなんだ。ここに来たってことはやっぱり酒か」


「うん。私のお父さんは酒好きなんだ。特に十三番っていうお酒が大好きなの」


「十三番。確かアルコール度数が百を超える超危険な酒か。あの酒を飲めるって、父親は相当酒に強いみたいだな」


 十三番。

 お酒というにはあまりにも危険な存在。

 それを飲んだことで死亡した者は多々いる。


「さすがにあれは俺でも少し酔っちまう。いつかアデスのお父さんとも飲んでみたいな」


「はい。是非とも飲んであげてください。うちの父は酒に強い人に出会えず、いつも寂しそうですから。酒の強い人と飲むのが父の願いですよ」


 父のことを話す時、アデスは決まって顔を逸らす。


「アデスは願いとかあるのか」


「私はね──」


 一瞬、何気なく言おうとした言葉をアデスは飲み込んだ。


「私は、誰かとこうやってずっと話していたかった。誰かに触れたかった。誰かとぬくもりを感じ合って、心を共有したかった」


 叶わない、と思い込んでいるような口ぶりだった。

 それは遠い夢で終わると、彼女の瞳は訴えていた。


「アバンチュールの願いは何」


「俺は、この世にいる全ての女性に愛を告げたい」


「何それ。願いの規模が大きすぎない。でもなんでそんな願いを持つの」


「俺を産んでくれた母親に感謝しているんだよ。母親がいなかったら、俺は産まれることなんてできなかった。だからこの世の女性全員に愛を伝える」


 アバンチュールが嘘偽りなく心中を吐露していることを、彼の口ぶりから分かる。

 アデスはアバンチュールの願いを真摯に聞き届けた。


「頑張ってね。私は、いつでもあなたの願いを応援するから」





 十六時。

 アバンチュールは十三番の原料があると言われている洞窟へ、少女アデスの案内に従って向かっていた。

 道中、遭遇する多くの狼型モンスターをアバンチュールがはねのけつつ、洞窟内の森の奥まで進んだ。


「これは……」


 まるで周囲の木が近づくことを恐れているように、他の木が一切生えていない空間があった。ひらけた空間に一本だけ木が立っている。

 その木は闇を放つように、周囲に一切の光がない。闇に慣れた目でようやく見えるくらいに真っ黒だった。


「あの木になってる実が十三番の原料になるの」


光の精霊(ウィスプ)


 アバンチュールは精霊を呼び出した。

 小石ほどの光球が闇に包まれた一帯を仄かに照らす。


 照らされたことにより、木の枝に実がなっているのが見える。実もまた木と同様に漆黒で、闇より不穏な雰囲気を纏っている。

 実を枝から切り離すと、過激なアルコールのにおいが周囲に散布する。


「さすがは十三番の原料。においだけでも酔いそうだ」


 アバンチュールは実を小包に包み、アデスに手渡す。


「あとは一緒に街へ帰ろう」


「うん。お父さんに渡せたら……それはきっと嬉しいことだ」


 父に渡した時の反応を想像し、アデスはにこやかに微笑む。

 アデスの微笑をじっと見つめ、アバンチュールは考え事をしていた。


「お兄さん、どうしたの?」


「いや、なんでもない。じゃあ行こっか」


 手を繋ごうと差し出した手を引き、飛行場へ向かう。

 飛行場へ到着し、次の出発時刻を確認しようとスタッフのもとへ向かう。

 スタッフは慌ただしい様子で、飛行場を右往左往して走り回っていた。


「どうしたんだい」


「航路に巨大な龍が出現し、飛行船の出発が著しく遅れています」


「ここら一帯の通常モンスターであれば在中するギルド冒険者でも倒せるのでは」


「いえ、出現したモンスターは本来三十区画以降で目撃されます。在中する冒険者では討伐に苦戦が強いられ、ギルドへ援軍を要請していますが、到着はもうしばらく後になるかと」


 飛行場は異例の事態によって、出航の時刻が遅れていた。

 しばらく飛行船が遅延することを知り、アバンチュールは眉をしかめる。

 時折、視線は少女へ向けられる。


「…………」


 アバンチュールはずっと何か言いたげだった。

 胸に秘めたそれを言葉にはしない。


「しばらく帰れそうにない。どうしたものか」


 アバンチュールは空を見上げ、思い悩む。

 飛行場の周辺を歩き回り、暇を潰せる場所がないか探していた。

 と、そこで、


 突然目の前に一台のバスが止まった。

 喫茶店を意識したような模様をしている。


 アバンチュールは好奇心に背中を押され、バスに乗り込む。

 驚くことに、バスの中には広々とした空間が広がっていた。

 バスの大きさに比べ、圧倒的な広さを有している空間。

 百席以上の机と椅子が並べられ、腰かける人々がコーヒーやオムライスに食いつき、腹を満たしていた。


「拡張魔法か。これほどの拡張魔法を使えるとは相当な魔法使いが運営する喫茶店。なかなか巡り会えるものではないな」


 店員に案内され、空いている席へ案内される。

 飛行船が遅延していることもあってか、多くの客で賑わい、空いている席がカウンターだけだった。


 アバンチュールとアデスは顔を並べ、メニュー表を見る。


「アデス、何が食べたい」


「へえ、凄いね。でも先にトイレ行ってくる」


「気をつけてな」


 アデスは席を立ち、アバンチュールの背中から遠ざかっていく。

 アデスが戻るまでの間、アバンチュールはメニュー表を眺める。


「あんた、酒は好きかい」


 アバンチュールの隣に座っていた男が急に問いかける。


「え……?」


「俺は酒が大好きでよ。特に"十三番"って酒をよく飲むんだ」


「……ぁ」


 不意に、表情が歪んだ。


「だがこれを飲めるほど酒に強い奴ってなかなかいなくてよ」


「俺でよければ付き合いましょうか」


「あんた、酒強いのか」


「ええ、俺も自分より酒に強い人には会ったことがないので、少し楽しみです」


 お互いに酒に強い同士を見つけたことで、話は盛り上りをみせる。

 これまで相手のような存在が稀有だったこともあって、初対面でありながら意気投合する。


「おうよ。俺は魔法大学の教授をしてるんよ」


「どんな研究をしているんだ」


「ここ数年調べているのはFLOW現象かな」


「確かそれって、物事に超没入している状態でしょ」


「いや、そっちじゃない。ダンジョン領域で目撃されるFLOW現象っていうものがある」


 男は一瞬アバンチュールの隣の席へ目を向け、すぐに逸らす。


「ダンジョン領域でのFLOW現象はちと特殊でな、複雑な条件をクリアした時のみ発生するイレギュラー。一つ、その者が優れた魔法の才覚を持っていること。一つ、その者が現世に強い未練を残していること。そして、

 ──その者がダンジョンで殺されること」


 男はFLOW現象について説明する。

 アバンチュールは「なるほど」と呟き、しばらく沈黙した。


「FLOW現象。つまり浮遊霊となって、不老のまま、一生ダンジョン領域をさ迷い続ける」


「解放されることはないんですか」


「これまで話したことは仮説にすぎない。これから話すことも仮説だ」


 アバンチュールはFLOW現象に興味津々だった。情報を聞きたい気持ちが先行し、前のめりになっていることに本人も気づいていない。

 男は仮説だということを強調し、続きを話す。


「FLOW現象はダンジョン領域内でのみ起こり得る。故に、ダンジョン領域を抜ければ成仏すると考えられる」


 アバンチュールは淡々と話に耳を傾ける。表情にわずかな変化があるものの、真剣な表情だった。


「では成仏は簡単だと」


「だが、FLOW現象は特異なエネルギーを放出すると考えられ、それがより強力なモンスターを呼ぶ可能性がある」


 FLOW現象は幽体である。たとえモンスターが接近しようと、モンスターが触れることはできない。霊感が強ければ視認はできるが触れられない。

 モンスターに恐れることなく、ダンジョン領域の出口へ一直線に走れば成仏はできる。


「もしFLOW現象に陥った者がモンスターを恐れていれば、ダンジョン領域で永遠に生きることになる」


「永遠に……」


「友達でもできればいいが、FLOW現象は滅多に起こらない。たとえ生者と仲良くなっても、引き寄せられたモンスターによって殺される。──孤独の現象」


 FLOW現象に陥った者は一人になる。

 FLOW現象の作用は、まるで孤独へ誘うようなものばかりだった。


「勉強になりました。ありがとうございます」


 アバンチュールは席を立つ。


「では俺はそろそろ行きますね」


 アバンチュールは去り際に振り返り、


「最後に一つ聞いてもいいですか──」


 ある質問をした。

 男は長い間返答に迷った。

 答えが何かで迷ったのではない。答えるかどうかで迷った。

 結果、男は答えた。


 それを聞き、アバンチュールは覚悟を決めた。





 店を出たアバンチュール。

 入り口には少女アデスが座り込んでいる。


「私、人混みは嫌いだ」


「分かった。場所を移そう」


 アデスはなぜ店をすぐ出たのか。

 アバンチュールはその事について質問はしなかった。

 特別気にしていない、という装いでアデスの横を雑談しながら歩く。


 雑談の話題の中には、先ほど男から聞いたFLOW現象も混じっている。


「FLOW現象はダンジョン領域を抜ければ解除される。それは死ぬってことだ」


 向かった場所は森。

 方角的に、十九区画へ向かっているように思える。


 おもむろに、アデスは足を止める。


「アバンチュール、私、ここから先へは進めない」


 アデスは気付いた。

 これから向かう所は第十九区画、それよりももっと先。おそらくアバンチュールの狙いは……。


「駄目だよ。私はこの区画にとどまっていなきゃ。そうじゃないと……」


 震えた声で続きを言おうとするけれど、吐き出そうとした言葉は喉につっかえた。

 沈黙するアデスは顔を下げる。

 アバンチュールはしゃがみ、アデスの顔を覗き込む。


「俺を信じろ。俺は誰よりも強い冒険者なんだから」


 アデスは爪が食い込むほど拳を握り締める。

 その手にアバンチュールは両手を伸ばし、包み込むようにした。


「やめてよッ!」


 ──が、アデスは振り払う。

 その手はアバンチュールの手をすり抜けた。まるで存在している次元が違うかのように、二人は体は触れ合わない。


 我々は気付いた。

 アデスはFLOW現象によって幽体となっていることを。

 既に死んでいることを。


 アバンチュールはすり抜けたことに特別反応をすることはない。


「無理だよ。私が引き寄せるモンスターはイレギュラー過ぎるんだ。強さなんてランダムで、第四十区画のモンスターだって呼び寄せちゃうんだ」


 アバンチュールの最大到達領域は第三十区画。その域を十も超えるモンスター。

 強さの想像もつかないような領域のモンスターを相手にする危険性があることを、アデスはアバンチュールにはっきりと伝えた。

 アデスは傷つけたくない。自分に親切にしてくれたアバンチュールを大切に思うからこそ、自分から遠ざけたい。


 しかしアバンチュールはアデスのもとを離れない。


「関係ない。どんなモンスターが来ようと倒してやる。俺はアデスを守るよ」


「できない。今までだって、私を助けようとしてくれた人はいた。でもね、皆死ぬんだ。私が誘き寄せたモンスターによって」


 八方塞がりな自分の現状を嘆き、大声を出して自分の過去を思い出す際に生じるむず痒さを抑え込める。

 笑みを浮かべることはなく、浮かび上がるのは自分の過去に対しての悲痛な叫び。


 胸を押さえる。眉をしかめる。嗚咽を漏らす。


「私に関われば死ぬ。これ以上関わるのはやめて。あなたには……死んでほしくないから」


 アデスはアバンチュールの優しさに人一倍嬉しさを感じていた。長い孤独から解放され、楽しく話をした。

 一時的にだけれど、孤独は晴れた。


「アデス、お前の願いは何だ」


「────」


「あの時、本当はなんて言おうとしたんだ。確かにあの時話したことも本当なんだろ。でも、それ以上にアデスが望んでいるのは何だ」


 願いを話し合った時、アデスは最初に言おうとしたことを飲み込んだ。


「俺を信じろ。どんな願いであれ、俺は叶えてやる」


 アバンチュールは雰囲気でアデスの本懐を察していた。


 彼女が望み、それでも叶わなかったこと。

 彼女がした話と反応を整理すれば、自ずと見えてくる。


「俺はアデスを幸せにするために生まれてきたんだ。俺を信じて話してくれないか。たとえ俺が死んでも、FLOW現象でアデスの側に行くよ」


 アバンチュールはじっとアデスを見つめていた。

 ようやく、わずかだがアデスがアバンチュールを見た。一瞬視線を逸らすが、すぐに目を合わせる。


 信じていいのだろうか。

 そんな疑念が過る。

 だけど今は──


 おもむろに、アデスは口を開く。


「私は、生まれ変わりたい。新しい自分になりたい。だからアバンチュール、私をダンジョン領域の外まで連れてって」


「請け負った」


 アデスはアバンチュールを信じた。

 お互いに手を伸ばし、触れられない手を交錯させる。


「行こう。ダンジョン領域の外側へ」






 二十五時。

 第十六区画に到着。

 木々の深い森。近場には湖が見える。

 ここに至るまで多くのモンスターと遭遇したが、悉くをアバンチュールが打ち払った。


 アデスはモンスターに恐怖し、近づいてくると恐怖で動けない。

 モンスターを一切アデスに触れさせず、近づけずに刀で一刀両断。


 数時間戦い続け、疲弊は見せない。


「アバンチュール、平気?」


「問題ないぜ」


 だが、アバンチュールは恐れていた。

 飛行船が飛べない原因、それは突如出現した謎の龍によるもの。

 第三十区画に出現するとされるその龍が目の前に現れたら勝てるだろうか。


 不安は隠し、平然で蓋をする。


 だが、ダンジョン領域は残酷だ。

 優しさを持ち合わせてはいない。

 常に命を奪うために、多くの命を奪うために、ダンジョン領域は脅威を散らす。



『業火龍インフェルノドラゴン』

 体長は十メートル以上。

 吐き出す火炎は大地を火の海に変え、その翼で滑空する速度は火が森を埋め尽くすようだ。

 硬い鱗は凝縮した炎の固体であり、触れれば火傷は免れない。

 一度視界に捉えた獲物を喰らうまで、いつまでも追いかけ回す凶悪な龍。



 ──さあ、暴れなさい。


 ダンジョン領域がそう言った。


 アバンチュールの前に絶望が降る。

 無数の火球とともに。


 龍はすぐ側にあった湖に落下し、その周囲を同じ速度で落下するいくつもの火球は森を火の海に変える。

 龍が落下した湖は一瞬にして蒸発し、深いクレーターに変貌する。


「あ、あれは……」


 龍を目視し、アデスは脅える。

 今までモンスターと遭遇した際の脅え方とは明らかに違う。


「あれは……私を殺したモンスターだ」


 アデスは深い恐怖に駆られていた。

 アバンチュールは疑問に思う。アデスはなぜ第三十区画に生息するモンスターに殺されたのか。

 酒が欲しかったということから、第二十区画にしか行っていないことは明白だ。


 アデスは、生前にもモンスターを誘き寄せる体質だったのではないのか。

 原因はFLOW現象ではなく、アデス自身。

 アバンチュールの脳裏に仮説が浮かび上がる。


「うぅ……」


 アデスは突然苦しみ出し、腕や足、腹や顔、全身を抑え始めた。

 痛みを感じている部分には火傷の跡が現れ始める。


「アデス……!?」


 アバンチュールはアデスに駆け寄る。

 が、龍が向かってきていた。


 アバンチュールは自身が陥っている状況にこの上ない焦燥感を覚えていた。

 苦しむアデス、向かってくる龍、逃げ場を失くすように燃え盛る森。


 ダンジョン領域は考える時間を与えてくれはしない。


「くそっ……。なんで……なんでダンジョン領域はこんなにも無慈悲なんだよッ!」


 絶望が導く終焉。

 彼女の英雄にはなれない。

 そう告げるように、ダンジョン領域は巨大な壁をもたらす。


 業火龍は大きく翼を広げた。


「来るか……ッ!」


 業火龍は大地にヒビをいれ、次の瞬間、導火線に火がつくような速度で向かってくる。

 特別速いわけではない。だが遅いわけでもない。

 それが、逆にアバンチュールの思考を鈍らせる。


 瞬時の判断でもなく、十分な思考時間があるわけでもない。丁度境目、時間がありそうでない、時間がなさそうである。だからこそ判断が鈍る。


「『減炎(フレイムマイナス)』」


減炎(フレイムマイナス)

 受ける火属性量を減らす魔法。


「来い。打ち倒してやる」


 アバンチュールは刀に水を纏わせる。

 業火龍が間合いに入った刹那、首を切り落とす一撃をくらわせる。

 ──が、刃は鱗に防がれ、届かない。


 業火龍は全身を大きく捻り、アバンチュールを突き飛ばした。アバンチュールは木々を二、三個倒壊させて転がる。

 起き上がるが、全身に傷を負う。

 刀に纏った水は全て蒸発していた。


 アバンチュールは一度の攻防で歴然の差を思い知った。


「これが……第三十区画」


 業火龍の強さを実感し、絶望する。

 彼の目には、今にもアデスに迫ろうとする業火龍だ。


「約束を……守れよ。アバンチュール」


 己の名前を叫び、痛む全身を鼓舞する。

 幸いにも業火龍の速度は追いつけないわけではない。アバンチュールは加速魔法によって業火龍を追い越し、前に立ち塞がる。


「触れさせない。そこを退け、ドラゴン」


 身体中を押さえて座り込むアデスを守るように、業火龍と対峙する。


「俺の水魔法じゃお前を破れない。だけど俺は冒険者。このダンジョンのギミックを知っているからこそ、お前に勝てる」


 業火龍が迫ってくる。

 アバンチュールは刀を両手で強く握り締め、電気を纏わせる。

 業火龍の突進を真っ向から受け止める気だ。


「森の三割は燃えた。業火龍、お前の相手をするのがこの場所で良かった」


 業火龍は全身を大きく捻りながらアバンチュールに突撃した。アバンチュールは刀で受け止めるが、足が地面に食い込み、少しずつ押されている。

 回転する度に業火龍は火炎を纏い、燃え上がる。その温度はやがてアバンチュールの対火魔法を破るほどだ。


「じきに終わりだ。業火龍」


 業火龍の突撃を受け止めるアバンチュール。その頬に雫がポツリとこぼれる。

 皮切りに、ポツ、ポツと雨が降り始めた。たちまち業火龍の全身は冷えきり、炎は消えた。


「雨で濡れた今のお前なら、俺のありったけを込めて打ち倒せる」


 業火龍の突進の勢いは減っていく。

 体温が低下することで力も落ちているのだろう。


 アバンチュールは刀に纏わせた電気を増幅させる。


「『雷纏(ライデン)』」


 刀をさ迷う電気は天へ昇るほど膨れ上がり、業火龍の体を濡らす雨水を経由して痺れさせる。

 鱗の隙間に入り込んだ雨水が業火龍を苦しめる。


 業火龍は痺れて動けず、アバンチュールは後ろに数歩下がり、刀を振り上げた。

 膨れ上がった電気は天に道を作った。

 それはもはや雷だった。


「『神威(カムイ)』」


 膨大な電気を纏った刀は音を超え、振り下ろされる。

 天から降り注ぐ雷が束になり、業火龍一直線に落ちる。

 大地を揺らす雷鳴とともに、業火龍の鱗は粉砕され、地面に倒れ込んだ。


 アバンチュールは勝ったのだ。

 全身全霊で膨大な魔力を使い、倒した。


「アデス、龍は倒した」


 振り返る。

 アデスの身体に浮かび上がった火傷は消えた。


「倒したんだ。あの龍を」


「ああ。余裕だ……。この程度」


 強がり、まだまだ戦えると威勢を吐くアバンチュール。

 アデスは優しく見つめ、そっと笑いかける。


「さすがだね。私の英雄」


 肩を貸したくても届かない。

 傷を拭いたくても触れられない


 もどかしい。


「行こう。ダンジョンの外に」


 疲弊しつつも、二人はダンジョン領域の出口を目指す。






 四十四時。

 第一区画までたどり着いた頃には空は薄闇に包まれていた。

 アバンチュールは様々なダンジョンギミックを利用し、負傷している身でありながら、異例の速さで第一区画に到達。


 そろそろアデスとの別れが来る。

 第一区画の終わりはすぐそこに見えている。

 百メートルちょっとだ。そこを超えれば、アデスは成仏する。


 二人は向き合う。

 静かな時間が続く。


「アバンチュール、私は……」


 大地が大きく揺れる。

 地面には大きな亀裂が走り、砕けた鱗が姿を見せた。


 まるでダンジョン領域が味方しているかのように、まるでダンジョン領域が二人を殺そうとしているように。


「なんで……倒したはずだろ」


 ボロボロの身体で業火龍は現れた。

 片翼は動かず、動きも鈍い。けれど、執念は狂おしいほどにあった。


 業火龍の叫び声が草原に響き渡る。


「アデス、行け。あと少しで願いは果たされるんだろ」


 既に魔力は使い果たし、電気が身体に残り、手足は思うようには動かない。

 だがアデスと業火龍の間に立ち、アデスを守ろうとしている。


 アデスは戸惑う。

 まだしたい話があった。だが、こんな呆気ない形で終わる。

 ダンジョン領域を超えれば成仏する。

 だから──



 ──アデスは走り出した。



 業火龍は足を振り上げる。

 振り上げたからには振り下ろす。

 アバンチュールにはそれをかわすことは不可能だった。身体はもう限界を迎えている。


「アデス、生まれ変わったらまた会おう。いつか、どこかで……」


 龍足は振り下ろされた。

 舞い上がる土砂の中で、彼は──




 ♡♡♡♡



 死神はどんな姿をしているのだろう。

 死に行く命を散らしながら、そんなことを考えていた。


 この夜を背景に、踊ってみたいものだ。


 絶世の美女であれば尚更。

 雑談の一つや二つ、恋ばなの一つや二つ咲かせて、酒を酌み交わしたい。


 いつか、そんな日が来るだろうか。

 夢のような、そんな世界。


 死神に命を奪われ行く中で、そんなことを思った。


 そうだ。

 アデス、俺はお前を救えただろうか。

 救えたのなら……悔いはない。



 ♡♡♡♡




 けれど、世界には希望があった。


 目を覚ますと、龍が目の前で倒れていた。

 新たに加えられた外傷がどれか分からなかったが、何者かが業火龍を倒したのだろう。


 龍足が振るわれる寸前、背後から謎の接触を受け、前方に吹き飛ばされた。

 不意の出来事に正体を確認することはできなかった。

 アデスは幽体であり、触れることはできない。であれば誰が救ったのだろうか。

 誰が、龍を殺したというのだろうか。


 謎は謎のまま。


 身体を起こし、周囲を確認するが、目視できる存在はいない。

 一体何が起こったのか分からない。


 だが、地面に転がっていた黒い実を見つける。

 鼻に近づけるまでもなくアルコール臭が漏れ、疲弊した身体に酔いをもたらす。

 実は、やけに熱を持っていた。その実をポケットにしまう。


 後にギルド冒険者が駆けつけ、龍の遺体は処理された。






 五十五時。

 数時間の仮眠を経て、男は再びダンジョン領域の奥地へ向かっていた。

 第二十区画。あの少女との邂逅の場。


 森を進み、十三番という酒の原料がなる木が育つ洞窟へ向かった。

 光の精霊を頼りに進むと、ある男が待ち望んだ表情で待っていた。


「来たか。冒険者」


「数十時間ぶりですね」


 待っていた男とは、喫茶店で話しかけてきた男だった。

 FLOW現象について語った人物。


「まだ名前を聞いてなかったな。俺はアバンチュール」


「俺はアイデス」


 二人は固く握手を交わした。

 ただ喫茶店で一度会っただけの関係だが、二人は意気投合し、酒を酌み交わす。


 しばらく雑談を交わした。

 二人とも本題から逸らしているようだった。

 深く息を吐き、アバンチュールはポケットに手を入れる。


「アイデス、あなたの娘からプレゼントを預かってる。受け取るか」


 アバンチュールはポケットに手を入れたままアイデスの回答を待つ。


「いや、それは君が持っておきなさい。俺は結局、娘を見つけることができなかったから」


「そうか……」


 アバンチュールはポケットの中で掴んでいた物を離し、目の間に生える黒い木に目を移す。

 枝に実った実を二つ取り、一つをアイデスに渡す。


「酒には強いんだろ」


「勝負といこうか」


 二人は実にかじりつく。一つ、二つ、三つ、とアバンチュールとアイデスの戦いは続く。

 二人とも顔を真っ赤にし、地面に転がる。

 酒のにおいに満たされた空間で、二人は笑い合った。


「ありがとう。娘を助けてくれて」


「…………」


 最後、アバンチュールはどこかに呟く。


「ありがとう。アデス」






 五十七時。

 第一区画行きの飛行船。

 壁が一面ガラス張りの部屋で椅子に座って休憩する彼に、我々は最後の取材を試みていた。


 冒険者を目指したきっかけは何ですか。


「欲望のためだ」


 アバンチュールはその一言で口を閉じた。

 が、手すりに横たわらせていた腕を立て、頬に手を当てる。


「俺の欲望は愛だ。世界が愛で満ちたなら、そんな世界で俺は生きたい。ダンジョンの秘密を解明すれば、それも可能だと思った」


 確かに、ダンジョン領域には謎の部分が多くある。

 ダンジョン領域で起こる様々な現象、それらの原因は一体何か。

 それを解明すれば、ダンジョン領域が持つ様々な力を有効に利用できるのかもしれない。


「それは本当に理想で、幻想にすぎない。俺がダンジョンに潜るもう一つの理由は、カッコよくなりたかった。冒険をしている人たちは皆カッコよかった。俺もそうなりたいと思った」


 アバンチュールは求めていた。

 カッコよさを。


「言うなれば、モテたかった」


 目を逸らし、アバンチュールは答える。


「だが冒険というのは予定調和をぶっ壊すイベントだらけだ。いつだって思い通りにいかない。思いを通すことができない」


 冒険者をやめようと思ったことはあるんですか。


「いつだってそれの繰り返し。やめたいと思って、でも美人に会ってやる気が出て、嫌なことがあって病んで、美人に会ってやる気が出て。の繰り返し。そうやって俺はこれからも冒険者を続ける」


 終始、アバンチュールはポケットに手を入れたまま答える。


「ただ、今回は別だ。輪廻から脱したような、そんな気分だ」


 ポケットの中で握り締めたものを肌で感じながら、窓から見える景色を眺める。

 雲で覆われた空。白紙の空。そこに彼は何を描いているのだろうか。


 あなたにとって冒険者とは何ですか。


「ロマンだ。曖昧なものを求めて、明日からも冒険をする。それが、冒険者ってものだよ」


 最初は適当な人間だと思っていた。

 彼は心の中に一本の軸のようなものがあった。

 ぶれない信念があった。


 我々は彼に取材できたことを喜ばしく思う。

 彼がこれからも冒険者であれたなら。




「──この職業が幸せでありますように」


 囁くように、誰かが言った。

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