第一回『異世界ボディガード』
男は、死地にいた。
異世界ボディガード。
その職業は雇い主の命を、命懸けで守ること。雇い主を決して死なせてはいけない。
一度でも雇い主を守れなければ、異世界ボディガードの世界から追放される。
あらゆる危険を想定し、いつ異常事態が発生しても対処できる行動力と思考力が必要となる。
一呼吸が命取りになる職業を、男は選んだ。
早朝六時。
異世界ボディガード会社『ネオアイギス』。
出社する男の姿を取材班は捉えた。
今回取材する人物の名は加護 擁固。
一見特徴のない、黒髪の平凡な男。
スーツ姿にアタッシュケース、一見大事な取引を迎える銀行員かと思われる。
男は我々に気付くと、強ばった表情を変えず、軽く会釈をした。
今日は一日によろしくお願いします。
「こちらこそよろしくお願いします。あなた方の命もお守りします」
そう言うと、男は会社内に消えていった。
本来であれば、ボディガードの仕事の裏側は密着するべきではないのかもしれない。
ただでさえ命の危険に晒される職業。カメラを向けることで、真の裏側を隠し、十分な休息が取れないかもしれない。
だがこの男は、我々の取材を快く引き受けた。
彼の精神の支えは一体何なのか。
彼の気丈さの正体が何か。
我々はそれに迫っていければと願う。
六時半。
男は書類とにらめっこしていた。書類に書かれた一文字さえも見落とさないようにしている。
書類には今回の護衛対象について、護衛目的、護衛場所など、詳細が綴られている。
男は一文字も飛ばすことなく読み上げた。
圧倒的な集中力と忍耐力。読み終えた後、一瞬我々を見て戸惑った。密着班の存在を忘れるほど書類に没頭していたのだ。
加護は立ち上がり、椅子の背もたれに掛けていたスーツに腕を通す。
どこかへ行かれるんですか。
「一時間ほど調べたいことがあるので」
そう言うと、加護は一時間ほど姿を眩ました。
七時半。
加護が戻ってくる。
何を調べていたんですか。
「それは教えられません」
我々が加護に取材をしていると、『ネオアイギス』社長神守が現れる。
社長は我々に会釈をした後、男の肩に手を置く。
「今回の任務は書類に記載してある通り、水取と協力してもらう」
加護は眉をひそめる。
我々が真意を確かめようとした瞬間、扉が開き、スーツ姿の女性が現れた。
水のように流麗な黒髪を背中まで伸ばし、柔らかな笑みを浮かべている。
「おはようございます」
挨拶は清流のせせらぎのような美声で放たれ、我々取材班全員が虜にされた。
まるでマーメイドと海中を泳いでいるような至福の刹那が、脳内に快楽物質を溢れさせる。
が、彼女の目は途端に変化する。
加護を視野に入れた瞬間、奴隷商人が死んだ奴隷を見るような冷ややかな視線が男に浴びせられる。加護もまた、女を睨んだ。
我々はすぐに理解した。この二人は仲が悪いことを。
現場の空気は現場監督がぶちギレた時のように冷えきっていた。
「水取、今回の任務は君と加護のペアで行ってもらいます」
社長は険悪な空気の中でも一切の躊躇いなく、それでいて火に油を注ぐような事を言った。
まるで空間にヒビが入ったように時空が歪み、加護と水取が鬼の形相で向かい合う。
「あんたと一緒? 何で私があんたなんかと組まなきゃいけないのよ」
「俺だって嫌だよ。それでも任務だから仕方ないだろ」
「前回の任務もあんたと一緒だったけど、あんたいつも指示が適当すぎるのよ」
「丁寧に説明してたら間に合わないだろ」
「できる時にしてないから言ってるの」
「こっちが丁寧に説明してるのに理解してないだけじゃないのか」
加護と水取は互いに譲らない。
社長には見慣れた光景なのか、冷静に二人の間に立ち、
「今から作戦会議を行う。口論はここら辺でやめだ」
二人はバタリと口を閉ざした。
向かい合っていた二人は社長を挟むようにして立っている。
「今回の人選の目的は何ですか」
水取は敬意は払いつつ、問いかける。
「対火のスペシャリスト加護と対水のスペシャリスト水取。今回の任務では二人の能力が不可欠だった」
「なぜ必要だと言い切れるんですか?」
「今回の護衛対象を狙う人物がいるか調べたところ、一人だけ当てはまった。彼は火と水を使う魔法使い。迎え撃つにはお前ら二人が最適だったわけだ」
社長の意見に二人は賛同する。
「なるほど。護衛対象はギルド裁判局の裁判官。裁判官の護衛はこれで二度目ですね。狙っているのは彼の判決に不満を持った人物ですね」
「でもなんで護衛なんて頼むの? 狙われるの分かってるみたいじゃん」
「魔法占い師に占ってもらったところ、今日、命を狙われると言われたそうだ。本人は信じていなかったが、今朝、犯行予告が届いた」
「その魔法占い師、当たってるかもって感じなんだ」
「ってか資料くらい読め。その程度のことは全部資料に書いてある」
「読みたくてもあんたが文句を垂れ流したせいで読めなかったの」
資料に書いてあることばかり質問する水取に、加護はしびれを切らした。水取は加護に反論し、再び論争が加熱する。
「それよりも、今回の護衛は飛び入りの仕事だ。前日に用意するということができない」
「今朝、わざわざ犯行予告を出したんですよね。警備が厳重になると分かっていながら、大胆な相手ですね」
加護は先ほど目を通した資料に記載されていた内容を呟き、何も知らない水取の脳に補足した。
「相手はその上で我々を出し抜けると思っている」
「もし護衛対象の命を狙う人物がこの資料に記載されている通りだとしたら、厳しい戦いになりそうですね」
過去に、このような事件があった。
ボディガードをつけたギルド裁判局所属の裁判官が殺された。犯人の捜索は難航し、事件が解決するまでに長い時間が費やされた。
ギルド警察局と魔法警察が合同で捜査に当たったが、それでもすぐには犯人は見つからなかった。
結局、犯人は当日ボディガードを勤めていた人物だと結論が出た。
その時裁判官をしていたのが、今回の護衛対象だった。
裁藤司。
当時、彼は裁判官としての経歴は浅かった。もともと弁護士であったが、ギルド裁判局から推薦状を貰い、裁判官になった。
彼の裁判官としての経験に比べ、事件の注目度は大きかった。
そのため、彼が下した判決には賛否両論があった。
上位権力に屈したのではないか、犯人にお金を積まれたのではないか、判決が面倒くさかったのではないか、など、様々な憶測が飛び交う。
犯人となったボディガードは会社をクビになり、五年間収容された。
あれから五年の月日が流れ、そのボディガードは檻から解放された。彼の出所とともに、裁藤を狙う犯行予告が届いた。
「元『アイギス』社のボディガード、護藤保看。一流の魔法学校を卒業しており、そこでの成績はトップ10入りを果たしています」
「全てにおいて格上じゃないですか。『アイギス』ってうちら『ネオアイギス』の上位組織ですよね」
異世界ボディガード会社『アイギス』は、最初にできたボディガード会社だ。依頼が増え、経営が右肩上がりになった頃、子分会社となる『ネオアイギス』を創設。
その目的は、新人ボディガードの育成のためである。新人ボディガードはまず『ネオアイギス』に入社する。そこで優秀なものが『アイギス』に選抜される。
また、より専門性を高めるためでもある。つまり火属性や水属性など、一分野に超特化した人材の育成。稀に、その存在が『アイギス』の任務に貢献することがある。
また、『アイギス』で受けるべきではない依頼、または人手不足の際に『ネオアイギス』は必要となる。
「それに学生時代も常に魔法成績は優秀。今回の相手が本当に護藤保看であれば、我々はクライアントをお守りできるか分かりません」
水取は護藤保看に関する資料を見ながら弱音を口にする。加護は口には出さないものの、険しい表情を浮かべている。
水取と加護の学生時代の魔法成績は一般的だ。水取は水属性、加護は火属性が多少秀でていた程度。
「周辺の見張りを新人三人に任せる。私も最大限バックアップする。それが今回打てる最善手だ」
社長も顔をしかめている。
今回の任務の難易度が三人の雰囲気から見てとれる。
九時。
神守、加護、水取の三人はクライアントの自宅へ向かった。
三人は畳の間に案内され、ちゃぶ台を挟み、あぐらをかいている裁藤と向かい合う。
裁藤は五十代ほどだ。
「裁藤様。今日は我々が身辺警護をさせていただきます」
神守は丁寧な口調を装う。
裁藤は三人を見て、眉間にシワを寄せる。
「三人だけか」
「いえ、外にも数名待機させております」
裁藤が眉間に寄せているシワは消えない。
あぐらをかいている足は、イラついた感情をさらけ出すように激しく揺れている。
「私を守るのにたったそれだけだというのか」
裁藤の右手は机を激しく叩きつけた。
「裁藤様、落ち着いてください。少数ではありますが、それでも敵からの攻撃に対処できるベテラン二人を側に配置しておくので心配はいりません」
「私の命を狙ってるのが誰か分からないが、例えば相手が同じボディガードだったとしても守れるのか」
「相手が一人であるのなら、我々が勝ちます」
苛立つ裁藤を落ち着かせようと、神守は穏やかな口調で諭す。
裁藤は明らかに自分を狙う人物が誰かを理解しているような発言をするが、神守は核心には触れない。
「今日の予定を教えていただけますか」
十時、近くの森を散歩
十三時、先輩裁判官と食事
十五時、自宅の書斎で今日の裁判の資料に目を通す
二十時、家族で遊園地
三十時、裁判所へ行く
三十一時、裁判開始
四十時、帰宅
五十時、就寝
※異世界は一日六十時間。
「六十時間、一切の危険から我々がお守りいたします」
「私を死なせたら君たちにも処分は受けてもらうからな」
「はい。承知しております」
裁藤の傲慢な態度に、神守はただただ冷静に受け答えする。
神守のやや後ろに正座する水取は、汚物をみるような視線を裁藤に送っている。加護はそれに気づき、距離を詰めた。
足で水取の足をつつき、首を横に振る。
裁藤は出掛ける準備をすると言って部屋から去っていく。
直後、
「何でクライアントを睨んでんだよ」
「めっちゃ嫌な奴だったんだもん」
「子どもかお前は。一応こっちはお金を頂いて雇われてんだぞ」
「あんたはお金もらったら何でもするの」
「それは……。ってか建前くらいちゃんとしろよ」
加護と水取はクライアントの自宅にも関わらず、激しい言い合いを始めた。
「絶対あいつ確信犯だよ。そもそも誤審じゃなきゃわざわざ命を狙ったりしないって」
「逆恨みって可能性もあるだろ」
「絶対誤審だよ」
「二人とも、そこは重要ではありません。我々は人命を守るのが仕事です。クライアントの過去を憶測だけで語るのはやめなさい」
加護と水取の口論は神守の言葉で幕を閉じた。
「これから散歩をするそうです。森は死角が多い。気を引き締めてくださいね」
「「はい」」
十時。
裁藤は加護と水取に森を散歩する。
仄かに漏れる日の光が気持ち良く、心を温かくさせる──隙もなく、加護と水取は周囲の警戒に気を張っていた。
十三時。
ギルド街にあるレストランで先輩裁判官と食事をする裁藤。
レストランの客や周辺の建物を警戒するが、不審人物の姿は一切なかった。
十五時。
今日の裁判資料に目を通すため帰宅。その道中にも不審人物には出くわさない。
二十時。
裁藤は嫁と十歳の息子を連れ、遊園地を訪れていた。五時間ほど遊んでも、危険人物が接触する気配はない。
加護と水取は神守のもとへ集まる。
「おかしくないですか。犯行予告は自宅に出されてたんですよね。しかし自宅から尾行している様子も、自宅を監視している様子もない。森や遊園地、いつでも暗殺が仕掛けられそうですが、一切仕掛けてこない」
加護は違和感を感じていた。
裁藤を暗殺できるチャンスは何度もあった。その全てに不審者の気配がなく、動きも見られない。
「実はただの脅しなんじゃないんですか。魔法占い師の話があったから実際に犯行が行われると思っていただけでは?」
加護は憶測を披露する。
水取も同じ意見を抱いていた。
現場の緊張感は緩み始めていた。
「決めつけるのは早いですよ。これも敵の作戦かもしれませんから」
違和感を抱いていたのは神守も同じだ。だがその違和感から、今回の犯行予告は嘘であるとは断定できない。
三人が密かに話をしていると、裁藤の息子が近寄ってきた。
「ねえお兄さんお姉さん、今日はお父さんを守ってくれてありがとね」
子どもは純粋な笑顔で三人にお礼を言うと、すぐに母のもとまで戻っていった。
「まだ今日が終わったわけじゃないけどね」
「いいだろ。感謝は素直に受け取っておくべきだ」
こう見ていると、加護と水取のペアは息が合っているように思える。
我々取材班は二人の並びをカメラに収めておこう。そう思い、カメラを拡大した。
三十時。
裁藤は裁判を行うために裁判所へ向かう。
裁判所の入り口まで見送ったところで、
「中では厳重な警備が敷かれています。あなた方は外で待機していてください」
裁判所内を固める警備員に止められ、加護と水取は裁判所の入り口で待機する。
一方、取材班は二手に分かれ、一方は加護らを、もう一方は遠くで待機している神守に密着していた。そこで加護という人物について知るべく、神守に取材していた。
加護さんは何年前からここで仕事をしているんですか。
「三年です。水取も同じ時期に『ネオアイギス』へ入りました」
その時二人の仲はどうでしたか。
「最初から犬猿の仲って感じでしたよ。特に二人は同期ということだけあって、どっちが優秀な成績を収められるか競い合っていたみたいですけど」
我々が次の質問をしようとしたところ、神守はおもむろに口を開く。
「というのも、二人は元々私が通っていた大学の後輩なんですよ」
神守、加護、水取には意外な共通点があった。
「私は魔法格闘部のOBで、二人も魔法格闘部に所属していました」
どちらが強かったんですか。
「拮抗してましたね。加護は火属性に特化し、水取は水属性に特化している。属性相性では水取が勝つこともありますが、パワーで加護が上回ることもある。だからこそ、二人はお互いにライバル心を抱いているんだと思います」
加護と水取の関係性に我々は一段と興味が湧いた。
「同じ学年で二人に敵う相手はいませんでした。しかし二人とも素行が悪く、度々停学していましたね」
今では礼儀正しく見える加護だが、昔は素行不良だということが明らかになった。我々には信じがたかった。
「今では二人とも、まあ水取は多少ですが、人に優しくなりました」
二人の成長を側で見続けてきた神守は、成長ぶりを嬉しそうに語っていた。
自分の子はかわいいというように、自分が育てた後輩もかわいいのだろう。
二人にはどんなボディガードになってほしいですか。
「誇れる人になってほしいです。自分の行いを誰にでも誇ることができる、そんなカッコいいボディガードに。あの二人ならできると信じています」
一度は素行不良の道を進んだからこそ、二人は同じ過ちを繰り返さぬように進もうとしているのかもしれない。
三十一時。
裁判が始まった。
──が、突然裁判所は炎上する。
裁判所入り口で待機していた加護と水取は、炎上する裁判所を見上げる。
「……な!? どういうこと!?」
「分からねえけど……行くしかないだろ」
「加護、私にも耐火魔法を」
「了解」
加護は自身と水取に耐火魔法を付与する。加護がかけた耐火魔法〈炎離〉は、周囲の火を自分に触れない程度に遠ざけるというもの。
二人は迷わず炎の中に飛び込む。火は二人の触れない程度に離散する。
瞬間、特大の水球が二人を襲う。
「ちっ……、〈水晶化〉」
加護は下がり、水取が前に出る。目前まで迫る巨大な水球に手を伸ばし、魔法を発動させる。
〈水晶化〉
触れた水を固体へ変化させる魔法。
迫り来る水球は固体になり、壁や地面に伸びた水端が接合し、静止した。
が、すぐに水は液体に戻り、コップから溢れるように地面を浸す。
「俺の耐火魔法は水を浴びると効果を失う」
「でもこの水のおかげで消火はできたんじゃない」
裁判所は水浸しになったものの、裁判所についた火は消えつつある。
「火に……」
「水……」
この騒動の正体が誰か、二人は勘づいていた。
「裁判で受けた恨みは、その場所で晴らそうっていう魂胆か。護藤保看」
加護が見る炎の先。そこに男が立っていた。
背中には炎で作られた二重の輪っかが浮かび、水の上に着く足は沈んでいない。
「よく気付いたね。後輩ボディガード達」
護藤保看。
彼は加護と水取の敵対的な視線を浴びながら、平然としていた。
自分の有利を確信している余裕ぶりだ。
「裁藤はどうした。まさか殺したりしてないよな」
「殺していない。まだ謝罪をしてもらっていないからね。だけど、あいつの命は俺の手の中さ」
護藤が右手の人差し指を上に向ける。
人間大の水球が浮かび上がり、その中に人の姿があった。
「裁藤はここにいる」
「返していただけませんか」
「嫌だね。俺は、こいつに謝罪してほしいだけなんだ。その邪魔をするな」
丁寧に懇願する加護だったが、護藤は左手を加護に向けてかざす。
「ボンッ!!」
爆発。
突如、加護の上半身が爆発音とともに火炎に包まれる。上半身が炎に包まれたまま、瓦礫の上に地面に倒れた。
水取は加護に心配の言葉の一つもかけず、ひたすら護藤に注視する。
「良いのですか。あなたの相方、死んでしまいましたけど」
「死んでくれてせいせいする」
「そうですか。とか会話をしている間にもあなた、裁藤を包む水の支配権を奪うつもりでしたか」
水取は密かに水の遠隔操作に試みた。
水取の水の操作は、水に魔力を送ることにより可能になる。だが相手が魔力を込めている場合は別で、その場合は魔力の量によって支配権が変わる。当然魔力を込めている方が水を支配できる。
水取は三分の一以上の魔力を込めたが、支配できない。
相手の魔力総量が水取を大きく上回っているか、それともただ水に魔力を込めすぎているだけなのか。
加護に攻撃をするだけの余裕があるということは、裁藤を覆う水に込めた魔力量は護藤にとって多くはないのかもしれない。
だとすれば厄介。
「この水に込めた魔力の分だけ無駄遣いしたな。相手の魔力量をもう少し見極めろ」
水取は既に三分の一の魔力を無駄にしている。込める魔力量を増やせば水の支配権を奪えるかもしれないが、失敗すれば魔力は枯渇する。
「判断を誤るなよ。焦って思考を放棄すれば呆気なく敗北するだけだ」
「ああ、そうだな」
相手は格上。
水取は明確に理解した。
魔法戦に関しても、ボディガードとしても、護藤には敵わない。
「私一人じゃあなたに勝てない。でも、私は一人じゃないから」
突如、護藤に向けて火炎球が矢の如く放たれる。火炎球は当たる寸前で花火のように飛散する。
「不意打ちも駄目か」
「不意じゃないからね。君が対火属性に特化しているのは気付いているよ。死んでないことくらい見抜けないと思った?」
火炎を纏いながら起き上がる加護を見て、護藤は驚かなかった。
〈火羽織〉
火を纏う魔法。
火を纏いつつ、纏う部分に火炎耐性を施す。これによって火炎を無傷で纏うことができる。
「わー驚いた。死んだかと思たよー」
なぜか棒読みで水取は驚いたふりをする。
下手な演技に護藤と加護は苦笑する。
たとえ二人であっても、護藤を相手にすることは難しい。
だが二人の目に諦めた様子はない。勝利を渇望し、挑もうとしている。
「何をしようと無駄だ。俺には敵わない」
「それはどうかな」
加護は水取の隣まで距離を詰める。
「これをするのは何年ぶりかな」
「鈍ってないよな。感覚」
「鈍ってるに決まってるでしょ。もう何年も前に一回しただけなんだから」
「お互いあの初体験以降未経験か」
二人は徐々に距離を詰める。手を伸ばせば触れ合える距離まで近づいた。
「あんたと協力するのは嫌だけど」
「お前の力を頼るのは嫌だが」
二人の手は触れ合う。
「水火も辞さない」
瞬間、合唱。
「「──蜃気楼」」
魔法の使い方は一つではない。
魔法は本人が覚えているものしか発動できない。いたって普通のことで、当然のこと。
だがしかし、その普通を超える方法がある。
例えば加護と水取がしたように、手を繋ぎ魔力を共有することで、稀に一時的な魔法共有が可能となる。
現在、加護と水取の魔法は合わさった。
加熱された水が水蒸気に変化し、三人の視界を奪うほど拡散する。
「視界を封じたから俺に勝てると? 水蒸気の動きを頼りに、お前らの動きも把握できる」
護藤は冷静だった。
白く染まった視界であろうと、瞬時に対応策を見出だしていた。
「クライアントに迫る危険は全て排除する。それが俺たちボディガード」
「だからあんたにだって私たちは屈しない」
水蒸気に埋め尽くされた世界で、二人は叫ぶ。
「「行くよ。──燃える蜃気楼」」
二人は魔法を共有していた。
そのため、加護が鍛えた火属性魔法を水取も使用できた。
二人は同時にありったけの魔力を込めて火炎を放出する。火は水蒸気全体に燃え移り、直後、一面を火の海に変えた。
裁判所全体を覆う炎は一角獣の角のように火柱を上げる。
その後、神守が魔法消防局とともに現着。
裁判所に立ち込める炎は瞬く間に鎮火された。
護藤は腕や足に軽く火傷したが、軽傷だった。しかし火を防ぐのに魔力を使いきってしまった。
同じく、加護と水取も軽傷で済んだものの魔力は枯渇していた。
その後、加護と水取との格闘戦になり、護藤は敗北。すぐさま取り押さえられた。
裁藤を覆っていた水に込めた魔力も飛散する。幸いにも、覆っていた水が火炎から身を守った。役目を終えたかのように、水は裁藤のもとを離れる。
水取は護藤を拘束。
加護は裁藤のもとへ駆け寄る。
「裁藤様、お怪我はありませんか」
「まったく、危ない目に遭った。あの男は一生牢屋に入れておけ。あんな男、いるだけで迷惑なんだよ」
起き上がるやいなや、護藤に向けて罵詈雑言を浴びせる。
水取は舌打ちをし、裁藤のもとへ駆け寄ってビンタしようとしていた。
──が、裁藤の頬に衝撃が走る。
その主は水取ではない。加護だった。
水取は驚き、護藤もまた困惑していた。
「あんた、いい加減にしろよ」
加護の声には怒りが込められている。
「お前、何をしているか分かってるのかね」
「あなたこそ自分がしたことを正しく理解してください。あなたは、嘘の判決で人一人の人生を台無しにしたんですよ」
加護は五年前の裁判の話をしていた。裁藤が護藤に有罪判決を下した事件の話を。
「何を言っている。あの男は確かに有罪だった。それは状況証拠が述べている」
「それに関して今朝調べてもらったんですよ」
「調べる……? 何を?」
探り探り、慎重に発言する裁藤。
「例の事件の真相。あの日、誰が裁判官を殺したのか」
「そんなこと、たかがボディガードが調べられるはずないだろ」
「過去に、裁判官を護衛したことがあり、その縁で調べてもらったんです。そしたら驚きましたよ。あの裁判であなたは犯人から買収されていた」
全員に衝撃が走る。
法のもとに公平な裁判をするはずの裁判官が、犯人からお金を受け取り、判決をねじ曲げた。
「だからなんだ。ルールは強者が作っている。だから世界のルールは強者のためにできている。私は強者で、あいつが弱者だっただけだ」
裁藤は激昂する。
自分の悪事が露呈しても尚、強気な姿勢を崩さない。
「なぜ謝ることもできないんですか。誤ったなら謝ればいい。それだけじゃないですか」
「ふざけるな。私は何も間違っていない。間違っているのはお前だろ。守るはずの私に手を出したんだぞ」
加護はクライアントに手を出した。確かにそれは許されないことだ。ましてやその一部始終を我々は捉えている。言い逃れはできない。
「クビになっても構わない。それでも俺はあんたが許せない。裁判官は無罪の人を生まないよう慎重に判断すべきだ。罪を犯した者を裁くためにお前はいるんだから」
「違う。私が下した判決が全て正しい」
「いい加減あなたは黙るべきだ」
そう口火を切ったのはある裁判官だった。
彼女はかつて加護がボディガードを務めた裁判官。
「なぜ……あなたが……!?」
高等裁判官我身明日波。
加護から調査依頼を受け、密かに現場に駆けつけていた。
「裁藤、あなたは罪を犯しすぎたんだよ。護藤の件だけではない。あなたは何度も買収された。ギルド警察局は多くの証拠を掴んだ。よって、あなたには弾劾裁判への招待状が届いています」
弾劾裁判。
裁判官を辞めさせるか否か、それを決める裁判だ。
既に証拠はギルド警察局が掴み、辞職を免れる術は無に等しかった。
「ふざけるな。私がこれまで築き上げた地位を、全て奪うというのか」
「いいではありませんか。あなたが築いたものなど、最初からハリボテだったのですから」
裁藤が何を言おうと、これまでしたことを揉み消せるはずがない。既に露呈し、弾劾裁判への切符が発行された。
最後まで、裁藤は護藤に謝罪しなかった。
一人の人生を終わらせたことに罪の意識など一切感じていない。
むしろ自分を断罪することを懺悔しろとでも言わんばかりの横柄な態度をとり続けた。
事件は幕を閉じた。
クライアントの逮捕という形でボディガードの仕事が終わる。
ギルド警察局が護藤に手錠をかけた。
どんな理由があったとはいえ、裁藤へ手を出した時点で逮捕は免れない。
ギルド警察によって署まで同行させられる。
が、加護が引き止めた。
「お前、裁藤を殺すつもりはなかったんだろ」
「…………」
加護は違和感を感じていた。
加護と水取が霧を発生させ燃やした際、裁藤は水で覆われて守られていた。もしあの時、裁藤を覆う水を解除していれば魔力消費は抑えられた。
あの技を受けても魔力を残すことはできた。
「自分の身だけでなく、裁藤の身も守った。なぜだ」
だから加護は問いかける。
なぜ裁藤を助けたのか。
「無意識に守っちまったんだろうな。俺は、ボディガードだから」
護藤は悲しげに呟いた。
まだボディガードを続けたい、その意思があったのかもしれない。だがその意思は一つの判決によって壊された。
「戻ってきたらボディガードとしてうちに来い」
「無理だ。護衛対象を死なせた時点で、俺はボディガードとしての仕事を下りなければいけない」
異世界ボディガードの鉄則。
一度でも護衛対象を死なせれば即引退。二度と戻ってはこれない。
「加護、お前もこの仕事を選んだのなら覚悟を決めろ。守るべき命を守れ。それが、先輩ボディガードとして俺がお前に言ってやれる最後の言葉だ」
護藤は加護の提案には乗らなかった。
異世界ボディガードとしての鉄則に忠実に生きた。
ギルド警察によって、護藤は加護の前から消えていく。
去り行く彼の背中を、加護は黙って見つめていた。
加護と水取はギルド病院で治療を受けた後、『ネオアイギス』事務所へと戻ってきた。
事務所に待機していた神守が二人を笑顔で迎え入れる。
「お疲れ」
どんな形であれ、仕事を遂行した。
とはいえ、加護と水取の表情は晴れやかなものではなかった。
「神守さん。我々はクライアントを命懸けで守る。そういう仕事だと分かっていますが……、どんな人物でも守らなければいけないのでしょうか。例えば、犯罪者であっても」
「お金を積まれれば誰であろうと守る。けれど、守るに値しない人物もいるかもしれません」
「その時、神守さんはどうするんですか」
「守りますよ。それが私の選んだ仕事ですから。でもね、加護、どんな職業にも必要なのは臨機応変さです。ボディガードという職業に囚われて、本当に守るべき者を守れなければボディガード以前に人として負けたことになる。私はボディガードになってから数年をかけて自分の信念を定めました。
迷っても良い。──迷いこそ正しい道へ進もうとしてる証なのですから」
神守はボディガードとして様々な苦悩を重ねた。彼が教訓をもとに伝えた言葉は、加護にはどう届いたのだろうか。
「ありがとうございます。神守さん」
加護はまだ迷っている。
神守の言葉を借りるなら、正しい道へ進もうとしているのだ。
四十時。
加護は『ネオアイギス』を去る。
家までの道中、我々は最後の取材を行う。
あなたが異世界ボディガードに就いたのはなぜですか。
「親父は裁判官だった。だけど、今は病院で寝たきりになっている」
加護はうつ向きがちに語る。
握り締める手はぶるぶると震えている。
加護は学生時代、不良だったと神守は言った。その原因はここにあったのだろう。
「裁判中、何者かに襲われた。当時、俺は十歳だった。世界の不安定さと同時に、自分の力のなさを実感した」
加護は握り締める拳を胸に寄せ、
「勝手に親父に誓った。もし親父の意識が覚めたら、ボディガードを俺が務めると。今度こそ守ると」
過去に誓った思いを明かした。
幼い頃に抱いた失敗は、大人になっていくにつれての大きな壁となる。無意識の内にその失敗を乗り越えることを避ける。
だが彼は選んだ。その選択を掴んだまま、成長しようとしている。
彼の心のあり方は、その経験が支柱となっているのだと私たちは理解した。
「だからそれまで、ボディガードを辞めるわけにはいかない」
ボディガードは失敗すれば追放される。そうなれば加護の夢は叶わない。
加護が裁藤を殴った際、どれほどの覚悟があったのか、私たちは密かに理解した。
聞くまでもない。だが我々は聞いた。
あなたにとって、ボディガードとは。
「誓いです。いつか親父を守るまで、俺はボディガードを続けるつもりです」
父親に誓った約束を胸に、加護は前に踏み出した。
これからも、この先も、いつか父親を守れる日まで。
彼は誰かを守り続けるのだろう。
「──この職業が幸せでありますように」
囁くように、誰かが言った。




