隠れ攻略対象
「わ〜、とっても楽しかった! ありがとう!」
望愛がにぱーっと笑みを浮かべながら言う。
放課後、私たちが自主練習をしているところに望愛が遊びにきた。いや、遊びに来たと言うのは語弊がある。彼女は鍛錬を積みにきたのだ。
「あたしたちも魔法科の人と練習出来るのはかなり良い経験になるから助かるよ、ありがとう。」
雫もニコリと笑みを浮かべて望愛に言葉をかけた。
望愛はそれを受けてさらに嬉しそうにする。
とは言っても、望愛は攻撃魔法があまり使えない。
だから、私たちは彼女の防御を崩すことに徹していた。
しかし、相変わらず彼女の防御魔法は完璧だった。おそらく、サポート魔法に関して望愛は中等部の実力ではない。
「そう言ってくれると、すっごく嬉しくなる! 無理に押しかけちゃってないかな〜てちょっとだけ不安だったんだ〜。」
望愛は控えめに小さく笑いながらも、眉を下げて話した。
「また、いつでも遊びにおいでよ。望愛なら大歓迎さ。」
イルマくんがニコリと笑いかけると、望愛はやった〜! とぴょんぴょんと飛び跳ねた。
おお、このモードのイルマくんに特に何の感情も抱かないのはかなり珍しいな。望愛、逸材だわ。
「望愛、迎えに来たぞ。」
遠くから男性がこちらへ歩いてくる。
スラリと背が高く茶色の長い髪を緩く一つに束ねている。顔立ちは整っているが、人相は良いとは言えなかった。
何より、中等部であるこの場所に圧倒的に似合わない。
みんなは侵入者かと身構えた。
反して、私は彼の存在を知っているため動じることはない。
「あ、憂くん!」
望愛が男性の名前を呼んでから手をブンブンと振る。その様子を見て、みんなは警戒を緩めた。
その男性は、隠れ攻略対象である望愛と契約を交わした使い魔の土乃憂だった。
使い魔、と言っていいの分からないほどに彼の正体は規格外であるわけだが。
「あのね、えっと、う〜んと……私の保護者の憂くん!」
「保護者……で良いのか?」
土乃憂は不思議そうに首を傾げた。
望愛は彼の正体について明かすつもりがないのか、それとも彼を何と呼べば良いのかよく分かっていないように思える。
「別に迎えなんて良いのに、もう子どもじゃないもん。」
望愛はぷくりと頬を膨らませ、土乃憂はその様子を愛おしそうに見つめている。
「俺にとっては、まだまだ子どもさ。」
土乃憂は望愛の頭をぽんぽんと撫でて、それからこちらに目を向けた。
「望愛に付き合ってくれてありがとう。良ければまた一緒に遊んでやってくれ。」
「遊んでないよ! 鍛錬してたの!」
遊んでいた、という言葉に望愛は過剰に反応して反論をする。それを何でもないことのように土乃憂は笑いながら流していた。
あぁ、きっとこれが2人のいつも通りなんだろう。
「さぁ、帰るぞ。」
「……うん、みんなバイバ〜イ!」
望愛は私たちにぶんぶんと手を振って、土乃憂と共にこの場を後にした。
「なーんか変な感じだったね、憂さん。」
イルマくんが不思議そうに首を傾げながら言う。何が変なのかどうか、詳しいことはまだわかっていないようだ。
感じ取っていたのは雫も雨香くんもだった。私は正体を分かっているが、勝手に言ってしまうのは良くないので押し黙っていた。
「ま、いっか! おれたちも帰ろ!」
特段深く気にすることもなく、私たちも帰路を辿るのだった。
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「はぁ……またか、弥助。」
「は? 何がや。」
夕霧の顰め面をしながら弥助に低い声で唸った。
弥助は苛立つように言葉を返す。
「鳳来への留学の件だ。いいか、私はもう枢木を卒業してしまった。枢木に潜り込んでいる組織のメンバーは限りなく少ない……それだと言うのにお前はまた任務を放棄して自身の好き勝手をするのか?」
夕霧は弥助の記入した書類をじっと眺めながら叱責するように言う。
弥助は何でもないことのように鼻で笑った。
「特にわしは咎められたことはないで。それは、わしが鳳来に行くことを組織が疎ましく思ってないってことやろ? それに以前も言ったはずや、あんたの部下じゃないって。」
「……もういい、お前に何を言っても無駄だと言うことは昔から十分わかっている。」
今回の夕霧の諦めはとても早かった。
ここからが本題だ、というように真剣な顔つきになる。
「今回の留学で誰かを引き込め。」
「誰かって?」
「そうだな……三ヶ森か華京院か……あの魔族とのハーフの剣士でも良い、戦力になりそうだ。まあ、とにかく組織の力になりそうなやつなら誰でも良い、それがお前がこの留学を実現するための条件だ。」
弥助は夕霧の言葉にムッと口を尖らせた。
なぜ自分が彼女の言いなりにならなければいけないのか、指図される筋合いはない、と。
「何で条件を提示されなあかんねん。」
「良いか、これは組織としての意向だ。私ではなく上からの命令だ……わかるな?」
弥助は夕霧の言葉にゴクリと唾を飲んで、それからゆっくりと頷いた。
遂に来たのだ、上から命令を下される日が。
「それで、その"上"ってのは誰なん?」
「……夕陽さまだ、もしかしたら夕陽さまも更に上から命じられたのかもしれないがな。」
夕陽さま……緋ノ谷夕陽のことだ。
ついに彼の名を聞けるところまで来たわけだ、と弥助は胸を躍らせる。
「上からの命令って言うんなら、しゃーないな。」
「理解が早くて助かるよ。」
夕霧は伝えることだけ伝えると、立ち上がり弥助から離れていった。弥助は1人で心の中に闘志を燃やしたのだった。
同時刻、別の場所で心躍らせる者が別にいた。
「遂にまた会えるね、綾子。」
留学の書類を手にして唇に弧を描く少女は、今度こそ喰ってやると心の中に高揚感を宿し、舌なめずりをした。
あと10話かからず中等部は終わる…はずです。




