日常の中の非日常 前編
グロ注意、シリアス注意!
「みんな、帰路には気をつけるように。」
蒼梧先生の言葉にみんなは「はい」と返事をした。
朝から学園では空気が張り詰めていた。
先生方はピリピリとしていて、生徒たちはある噂で持ちきり。過度な親の心配により学園を休む者はチラホラといた。
季節は2月中頃、あと一月程で春休みに突入しその次の月には学年も上がるというのでみんなワクワクしている頃の出来事だった。
学園の人々は噂好き、数日で落ち着くものの広まってしまえば収まるまで収集がつかない。私と海ちゃんの婚約も伝染病の如く広まり、そして数日で周知の事実と成り果てそれは収まった。あれはかなり大変すぎて精神的に辛かった、対応が。
「ほんま、えらい物騒なことになっとるな。」
弥助が神妙な顔つきで呟く。
彼とは日々を過ごす中で親しくなり呼び捨てで呼べる様な仲になった。
「一般の生徒が行方不明って、それもそれで大事件だけど…。」
イルマくんも眉を潜めて言葉を放った。
2月の始め頃、中等部の普通科の生徒が行方不明になった。その生徒は上流階級ではなく一般生徒で、金銭目当ての誘拐ではなさそうという見解ではあるが、その生徒は特待生になる程に優秀な生徒だった。
ただ、それほど大きな事件にもならず、一般の警察が事件解決に向かって動いていた矢先に起こったのが一昨日の事件だった。
「問題は先生がやられたことだね、それも一般でなく…魔法科の…。」
「先生がやられるなんて、それこそが大問題。」
雫、そして雨香くんが続けて言う。
一昨日見つかったのは無残な先生の死体だった。
しかし、死体といっても肉片や骨が落ちていてまるで食い散らされたようだったという。
大問題…それは先生が殺されてしまう程の強大な力を持つ者、あるいは魔物による犯行。
そこまでの存在が学園の近辺にいるということが大問題なのだ。
これにより、一般の警察から「虧月楼」へと事件は引き継がれた。
討伐隊は魔物の討伐もするが、こうした一般では対処しきれない問題について対応する仕事も並行して行っている。
そうして今朝見つかったのが、最初に誘拐された生徒の肉片だった。
二つの事件の関連性が確実になった瞬間である。発見した生徒はトラウマものだろう。
「でも、私達に何ができるわけでもないしね。」
ただの生徒に何が出来よう、用心して生活する他無いのだ。
視界の端にエミリーちゃんを見つける。
いつもは私達の輪に入るのに珍しく外を眺めていた。
「!?」
私は目を見開く。
一瞬…ニヤリと口元が笑った気がしたのだ。エミリーちゃんはたまに不思議な動作をする時がある。
正直、あまり得意ではない…それは初めに手合わせをしたあの日から。
「どうした、綾子。」
雫の問いかけに私は我に返る。
「ううん、なんでも無い。」
何だか、とても悪い予感がした。
それから1週間後、再び事件は起きた。
「3人目の犠牲者が出た。」
その事実に教室は騒然とする。
この学校ではこういう事件を生徒に秘密にすることは無い。流石に初等部の3年生までは言わないかもしれないが。
「仁科 実里先生が、今回の被害者だ。」
その名前を聞いて更に辺りはどよめく。
仁科先生は魔法科でもトップの実力を誇る先生で、ちょっとやそっとではやられることは無いような人だからだ。
この事実は確実に今回の事件の危険性を訴えていた。それでも開校するこの学園は中々にタフだと思う、いやこんな時に考えることじゃないけれど。
「もしも何か知っていることや目撃した者がいるのならば、正直に先生に言って欲しい。」
蒼梧先生はそう言い残して足早に教室を出て行った、この事件で先生たちは心底手を焼いているようだ。
外部への対応や生徒への配慮…まるで手が回っていないようにも思える。
生徒の不安が辺りに漂う。
流石に仁科先生がやられてしまったというのは私達にとってもダメージに変わりはないのだ。
今回も残っているのは肉片。
魔物が食べたのか、それならまだ納得がいくが。
まさか人が人を食べるだなんて…そんなことがあるのだろうか。
しかしこの事件、もしも人が犯したというのならどう説明する?バラバラにしているとして肉片を残す理由は?消えた遺体は一体どこにある?
人が起こしたと言うには、猟奇的で狂っているとしか言えないような事態だ。
「相当考え込んでる顔つきやけど、綾子も気づいたんか?この事件の異様さに。」
弥助が机に頬杖をつきながら言う。
彼も気づいているようだった。
いや弥助だけではなさそうだ。
いつも一緒にいる皆も周りより険しい顔をしているため、気づいているのかもしれない。
だが、所詮は11歳のまだまだ未熟な学生に一体何が出来よう。
それに私達が気づくことに「虧月楼」の人たちはもっと早く気づいていることだろう。
でも、私達で何か力になれないだろうか。
私達だって早く平穏な生活を送りたいのは事実である、だから何かに協力したいのだ。
「何か、出来ないかな。」
私の一言に、近くにいた弥助とイルマくんがニヤリと笑った。
私と弥助とイルマくん、雫、雨香くんの5人でまず第一の被害者である生徒の肉片の見つかった場所へ向かう。
案の定、「虧月楼」の人々はいなかった。
「酷い…。」
そこにはべっとりと血の痕が残っていた。
現場の状況をありのまま残しているために凄惨な状況だったことが一目でわかる。
ただ、剣士科の生徒として血には見慣れているためにそこで臆することはない。
「あまり居座っていると見つかるかも。」
雨香くんの一言で皆はそれもそうだと頷く。
「なら、複写と記憶を使ってこの状況を後で分析すれば良いよ。」
雫の一言に「おおっ!」と一同声を上げる。
記憶の魔法を使ってこの状況を少しの狂いも無く覚え、それを複写の魔法で紙か何かに転写する。そうすれば後々ここに来なくとも細かく分析できる。
「それならおれに任せて。」
この五人の中で1番魔法に長けているイルマくんがその役目を引き受けた。
素早く、記憶と複写の魔法を使い現場の状況を髪に収めることができた。
それを第二の犠牲者の現場でも行い、最後に仁科先生の現場に訪れた。
「結局、おれら素人が見てもよくわからないよ。」
確かによくわからないけれど、何かに違和感を感じる。再び記憶と複写を行うイルマくんを他所に私は、うん…と考え込みながらその現場を注意深く観察する。
そうすると違和感の正体に気づく。
「仁科先生のところだけ、血痕が少ない。」
あんなにあった血痕が仁科先生の現場だと他の二つより少し少ないのだ。
「仁科先生は…ここで喰われたわけじゃないのかも。」
雫の見解に私は再び考え込む。
仁科先生はここで致命傷を負ったが他の2人とは違って場所を移動している?
もしかしたら連れて行かれたのか、はたまた逃げたのか。
しかし辺りに他の血痕は無い、空でも飛んだと言うの…?
考え込んでいると、背後でザリッと砂を踏んだような音がした。
「君たち、ここは立ち入り禁止だということがわかっているのか?」
振り向くと、肩くらいまでの銀髪で右目に眼帯をしている女性が腕を組んで立っていた。
その視線は冷たく、私達を射抜く。
それは「虧月楼」のSクラスの中でも上位にあたる人物である、菊一文字 八花さんだった。
「ご、ごめんなさい、私達も役に立ちたくて。」
私がみんなの代表として謝罪をすると、その冷たい視線は私へと一点に注がれた。
「子どもがしゃしゃり出てくる場では無い、探偵ごっこのつもりならさっさとお家に帰ってやることだな。」
私以外が急いでその場を去って行く中、私は八花さんを見つめたまま動けなかった。
否、動かなかった。幼心からの反発だったのかもしれない。
「綾子、行くよ?」
イルマくんに声をかけられ、私は渋々動き出した。
「綾子?…!待て!」
何かを思い出したかのように八花さんは私を止める。
「篤也の妹か、道理で誰かに似ていると思った。」
「お兄様の…ご友人ですか?」
「ああ、一緒に仕事をしているんだ。そうか…こんな形で会うとは思わなかったが、会えて嬉しいよ。」
八花さんは先ほどまでの表情がウソのようににこやかになる。
「篤也がよく君のことを話すんだ、可愛い可愛いといつも言っているよ…まるでシスコンさまさまだ。」
はははっと八花さんは声を上げて笑う。
お兄様の妹というだけでここまで態度が変わるのはどういうことなのだ!?お兄様凄い!
「お兄様は、討伐隊ではどんな様子なのですか?」
うーん…と八花さんは考え込むがすぐにふふっと微笑を浮かべる。
「きっと君の見ている兄と変わらないよ、正義感が強くて仲間思いの優しい人さ。篤也に救われたものは多い、かくいう私もその1人さ。」
八花さんは私の頭を優しく撫でた。
ちょっとくすぐったくて肩を竦めると、また優しげに微笑みかけて来た。
「篤也の妹だからといって、この事件の捜査をさせることも、ましてや手伝わせることも出来ない。すまない。」
私は、首を横に振った。
そして八花さんの目を見つめる。
「八花さんの言うことは正論です、謝るのは私達の方です。」
「…早急にこの事件を解決してみせるよ。」
八花さんは、私の頭にぽんぽんと2度触れてから現場へ歩いて行った。
「あ、君は篤也のことをもっと誇ってもいいと思うぞ。」
言い忘れたようにクルリと振り返ってニカッと笑った表情で言われる。
私もそれに対してニカッと笑って返した。
「はい、自慢の兄です!」
そんな八花さんの顔は、数日後には悲しげな表情に変わってしまうことを私はまだ知らない。
サクサク進めるといいつつ、ここで話を挟むという。今後の展開に必要な話なのであと1,2話お付き合いください。
新キャラ登場多いしシリアス多めで申し訳ないです。
個人的に八花さんが好きです。




