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三ヶ森 綾子、婚約者が出来る


あれから時が立ち、現在11月。

特段大きな出来事もなく日々過ぎていった。


そんなある日のことである。


「お父様、もう一回言ってもらえる?」

「綾子に婚約者が出来た。」

「よく聞こえなかったわ、もう一回言って貰えます?」

「だから、綾子にこんや「ごめんなさいっ!よく聞こえなかったわ!!どうも耳が悪くて!!!こんにゃくが何ですって!?」


私が物凄い剣幕でわざと聞き返すので、お父様が段々と弱々しくなっていく。


というか、もう泣きそうになっている。

見兼ねたお母様が「はぁ」とため息を吐いた。


「綾子、お父様を虐めるのはそこまでにしなさい。」

「だってお母様、婚約者だなんて…そんな…。」


私がしょんぼりとしていると、篤也お兄様がよしよしと頭を撫でてくれる。


「よく話し合った結果なの、勿論お互いの意見は尊重するわ。婚約破棄を2人が納得する形で申し出た場合には破棄するつもりよ。」

「それならすぐにでも!!!」


お母様が珍しく苛立たしい表情を浮かべる。

私はその珍しい事象にビクリとする。兄までも身体を強張らせていた。


「ワガママ言わないで頂戴。これも一族の取り決めなの。」


うちの体裁に関わるということか。


「わかったわ、お母様…。」


私が先程以上にしょぼんとすると、お母様が近づいきて私をきゅっと抱きしめる。


「ごめんなさい、勝手に決めてしまって。」


私は首を横にブンブンっと振る。


そうだ、私がこの家のために出来るのはそれくらいなのだ。今更、役目を放棄してどうする。三ヶ森家に生まれた以上婚約者が出来るなんてわかりきっていたこと。


「今日、婚約者が来る予定になっているんだ!きっと綾子は驚くぞ。」


なに、そんなに美形なの?むしろ逆なの?どんな意味で驚くの?

変な人だったらどうしよう…。


そう考えているところに訪問者が現れる。

ドアがガチャリと開き、そこから現れたのは海ちゃんだった。


「海ちゃん、どうしたの?今日は遊びに来る日だったっけ?」

「そうではない、重之…伝えていないのか?」


海ちゃんの後ろから現れたのはダンディーなおじさん。それは三ヶ森家の現当主である三ヶ森 陸善(りくよし)だった。


お父様のお兄様、つまり私のおじさん。


「いや、サプライズにしようと思って。」

「相変わらず、阿呆なやつだ。それでは、本題に入りにくいではないか。」


陸善おじさまは、深くため息をつきながら額に手を当てている。

私のお父様の阿呆加減に参っているらしい。

まあ確かにお父様は阿呆な時があるし抜けている時もあるけれど。


「まあまあ、ここはお若い2人に任せましょう。」


お母様が柔らかい口調で告げる。


「そうだなっ!」

「それでは、何も根本的な解決にはならんだろう…この夫婦は本当に私の調子を乱してくれる。」


お父様が意気揚々と明るく言葉を発するに対して、おじさまはとてつもなく暗い声音だった。


陸善おじさまは慎重すぎるのだろうか、それとも私のお父様が楽観的すぎるだけなのだろうか。

いや、言ってしまえばお母様の方が楽観的で、お父様はどちらかと言うとネガティブなのだが。


まあ、そんなことはどうでもいいのだ。


「ほらほら、陸善兄さん座って座って。美味しいお酒が手に入ってさ!綾子は海里くんとお部屋でお話してきなさい。」


お父様の言葉に私は返事をして、海ちゃんと共に部屋に向かった。

陸善おじさまは「そういう問題ではっ!」とまだ良く分からないことを言っている。


なんだろ、おじさまって堅い人なのかな。


「綾ちゃん、まだ気づかないの?」

「はぁ?なにが?」


あ、なんだかちょっと気を抜きすぎて刺々しい言い方になってしまった。


だけれど、ホントに何が?という感情しかない。

一体何に気づくの?

あ、もしかして婚約者のことか…その話をしていたんだもんね。


気づくって言われても、何のヒントも与えられてないのにわかるわけないじゃない。


「やっぱり綾ちゃんて鈍いなぁ…君の婚約者は僕だよ。」

「…はぁっ!?」


一瞬、思考が停止した。

いや確かに美形だけど!驚くけど!サプライズだけど!?


「ちょ、ちょーっと待って?どういうことなの、どうして海ちゃんが婚約者なの?だって、従兄弟だし。」

「従兄弟同士は結婚出来るよ。」

「い、いやそうだけど、だって…。」


だって、貴方は円香の婚約者になるはずじゃないかっ!!!


どうして、ゲームではこんなことはあり得ない。確かにこの時期、海ちゃんには婚約者が出来るけれど、しかしそれは私じゃない。


私はモブなのにっ!


「円香…円香は!?」

「どうして円香ちゃんが出てくるの?そりゃ、婚約者候補には上がってたけど。」


上がってたのに、ど う し て 私 な の!?


「僕が綾ちゃんが良いってワガママ言ったんだ。」

「ど、どうしてっ!そんなことっ!」


確かにこの世界とゲームとを一緒にしてはいけないのだろうけど、それにしても私が婚約者だなんて…イレギュラーにも程があるわ。


海ちゃんは私の手をそっと包み込んでくる。


「僕、綾ちゃんのこと幸せにするから。」


そんな甘いプロポーズを送られるけれど、私はコクリと頷くことはどうしても出来なかった。


なんの反応も示さない私に、海ちゃんはしょんぼりとする。


「そうだよね、急すぎるよね。僕は政略結婚にする気は無いんだ。だから綾ちゃんがどうしてもと言うなら破棄しても良い。」


海ちゃんは伏せ目がちだが真剣な声で私に告げる。それから、私の右手に優しくキスを落とした。


「でも、どうか僕に時間をくれない?綾ちゃんが僕と結婚しても良いと思えるまでの時間を。」


そう真剣な瞳で見つめられれば心も乱れる。目を合わせ続けることなんか困難で、私は目を泳がせてしまう。


「どうして…。」


私は一つの疑問を投げかける。


「結婚しろと命令されれば、私は拒否なんて出来ない…所詮、私の家は分家よ。本家に逆らうことは出来ない。こうして対等のような関係を築いたところで…。」


私は、三ヶ森のイヌ。

主人には忠実に従わなければならない。


「さっきも言ったけど、僕は政略結婚する気はないんだ。」


海ちゃんが優しく私に微笑みかける。


「綾ちゃんには、僕を好きになって欲しい。幸せな結婚をしたいんだ!僕にとっても、もちろん綾ちゃんにとっても。」


私は海ちゃんの顔を見ることが出来ず下を向く。


「僕は綾ちゃんのことが大好き。だからこそ、大切にしたい。」


私は首を横に振る。それからゆっくりと顔を上げて海ちゃんの顔を見る。


「私は、私は海ちゃんの気持ちには。」


応えられない、そう答えようとした時に海ちゃんの人差し指が私の唇を抑えてこの先の言葉を止める。


「言わないで…まだ、言わないで。僕は綾ちゃんのことを好きにさせてみせる。だから、僕たちがもう少し大きくなる時までその先の言葉は待って。」


海ちゃんが私の唇から指を離す。

その顔をとても儚く、悲しげだった。


きっとどれだけ時間が経とうとも、私が貴方を好きになることはない。


「わかった…でも海ちゃんも気が変わったならいつでも言って?」

「僕の気持ちは変わらないよ。」


海ちゃんと私の婚約の話はそれきり話題に上がらなかった。

あくまでもいつも通りに私たちは過ごそうと、どちらが言うわけでもなく決め込んだ。




「あんな若造がお嬢様を幸せになんて、大それたことを。」


ただただ、緋堂だけはこの事実に好意的では無かった。


「緋堂、そろそろ貴方が執事であることを自覚すべきよ。」


緋堂は少し自覚が足りなすぎる、今の言葉が本家の方々に知られたら一体どうするのだろう。


執事ごときが、と一瞬で首が飛ぶ。

物理的な意味で。


「十分、弁えておりますよ。まあ、そんなバカみたいな事態にはなりませんから。」


なぜか緋堂は自信あり気に不敵に笑う。


「少なくとも私に害が生まれるのよ。私がしっかり教育してないとかなんとかで。」

「…それは良くないですね、少々控えます。」


緋堂はどこまでも私を大切にしてくれる。


執事にとって当たり前な出来事だが、私や私の家族以外はどうでもいいような態度を見せるくせに、私達に害が及ぶと判断した瞬間に手の平を返すのだ。


「そもそも、私がそんなヘマをすると思いますか?お嬢様じゃないんですから。」

「あら、今なにかとても失礼な言葉が聞こえんだけど。」


私が本から目を離してちらりと緋堂を見ると、彼はわざとらしくニコリと笑った。

無言とは肯定である。


私は黙って拳を握ったのだが、後々の仕返しを考えたら怖くなったので殴るのはやめた。


「だけど、婚約がなくなったら私は独り身なのかしらね。」

「まあ、お嬢様を引き取ってくれる物好きな人がいなければ。」


無言で本から視線をそらさず顔色一つ変えない状態で、私は緋堂の手の甲をつねるという所業に出た。

緋堂は私がまるで態度に出さなかった為に反応に遅れてその餌食となった。


しかし緋堂は、痛い!と訴えることはしなかった。


「…ほんっとに憎たらしいわね。」

「お褒めいただきありがとうございます。」


痛みによって歪んだ顔で尚も嫌味を放つ。

しかしその手には赤い跡が残り、逆の手で甲をさすっているので痛かったのだと思う。


「もし、そんなことになったら緋堂が引き取ってくれるのかしら。」


私が意地悪のつもりで言い放ったのに、緋堂は真面目な顔で私の頬に手を添える。

そして近い距離でジッと私を見てくる。


不覚にも端正な顔と距離によってドキドキしてしまう。

緋堂は口の端を釣り上げて意地悪を返すようにニヤリと笑う。


「その時は、デロッデロに甘やかしてあげますよ。」


妖艶な雰囲気に飲まれて、本当に不覚にも顔が赤くなるのを感じる。

ひ、緋堂ごときにッ!!!


緋堂は、フッと笑いながら離れて私が飲み終わったために空になったティーカップを持って部屋から出ていった。


何とも言えない悔しさと恥ずかしさと、よくわからない感情がぐるぐると混ざり合って、私はキャパオーバーで放心状態になるしかなかった。


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