留学生
11歳になり学年がまた一つ上がって二月ほど経った時に留学生は来た。
「枢木学園から来た倉敷 弥助です、よろしくお願いします。」
訛りが混じりながらも自己紹介をするのは、留学生の1人だ。
私たちのクラスに来たのは2人でその1人目が倉敷 弥助だった。姿を確認した時に『あ、闘技大会の時の』と思った。
知り合いと言うには関係がなさすぎるが、まさか顔を知る人が来るとは思わなかった。
「聖ルジアンナの…エミリー・ラタトシア…よろしく…。」
もう1人の自己紹介はかなり静かだった。
なるほど、無口なようだ。
エミリーちゃんは小柄で肌が少し浅黒く、髪は金髪のツインテール。ギュッとスカートの裾を握って、下を向いている。
たぶん、この子はコミュ症。
「エミリーちゃん、お人形さんみたいだねぇ。」
前の席のイルマくんが私に声をかけてくる。
確かに顔立ちは整っているし小柄で可愛らしい。
エミリーちゃんは雫と雨香くんの近くに座った。
弥助くんは、私の隣の席だった。
「なんや縁があるなぁ、三ヶ森 綾子さん。」
弥助くんは、へらりと笑いながら私に話しかけてくる。
「縁があるっていっても、会ったのは2回目のはずだけど?倉敷 弥助くん。」
私が微笑を浮かべなら返すと「それもそうや」とニヤリと笑った。
「2人は知り合い?」
「闘技大会で会ってな、まあ顔見知り程度の関係性やで。」
イルマくんの問いに弥助くんが答える。
「なるほどね、おれはイルマって言うんだ。」
イルマくんが切り出して2人は「よろしく」と握手をする。そこから会話が始まっていった。
このまま仲良くなっていけば、イルマくんに友達が出来て良いと思います。
昼休みになり、次の時間が剣術の時間だということで私は移動をしている。雫と雨香くんは授業の準備の手伝いとして先に行っていて、私は今絶賛1人だ。
練習場へ向かっている途中で、キョロキョロとしているエミリーちゃんを見つけた。
「エミリーちゃん、どうしたの?」
エミリーちゃんは私のことを見つけると、相変わらず下を向いてもじもじとした。
「場所…わからない。」
彼女は控えめに呟く。聞き逃さないようにと神経をかなり耳に集中させた。
一緒に行こう、と私が笑顔で声をかけるとエミリーちゃんは無表情でコクリと頷いた。
「それにしても、日本語上手だね。」
私がそう言うと、エミリーちゃんはコクリと首を傾ける。
「日本語…?」
「あ、いや、何でもない。」
前世と世界観が似ていてすっかり忘れていた。
この世界の言語は全て共通。従って言語に名前はない。
たまに、この世界が前世とは違うものなんだってことを忘れてしまうことがある。こんなにも違うというのに。
「えっと…名前、わからない…ごめん。」
エミリーちゃんが申し訳なさそうに眉を下げる。
「あ、私のことは綾子って呼んで。」
「…綾子、よろしく。」
彼女は小さく笑みを浮かべる。
それから射止めるような鋭い視線に切り替わり、一つの質問を投げかけてくる。
「綾子…強いの?」
以前の弥助のときと同じような感覚に再び陥る。
背筋がぞくりとした。
捕食されるような、そんな感覚。
「どうだろう、学年じゃ3番目だから。」
私がその感覚を振り払うように明るく笑いながら告げると、途端に興味を無くしたように「そう…。」と一言つぶやいた。
「私より、強い人…見つけなきゃ。」
ニヤリと笑って楽しそうにエミリーちゃんは歩く。
それがなんだか異様に不気味だった。
「今日の授業は、まず初めに留学生の実力を見てもらう。」
蒼梧先生の言葉でみんながざわりとする。
みんな確かに留学生の剣技を楽しみにしてはいたのだが、最初から目の当たりにするとは思わなかったのだ。
「倉敷の相手は…イルマ、やってくれるか?」
「えー、おれ?ていうか模擬戦なんて聞いてないよ。」
イルマくんはご指名されて、嫌そうに立ち上がり剣を握った。
「エミリーの相手は…。」
蒼梧先生とバチリと目が合う。
先生はニヤリと笑みを浮かべた。
「綾子、頼んだ。」
ああ、やっぱり…と思いつつも返事をして立ちあがる。
エミリーちゃんと目があった、鋭い視線を注がれる。先ほどの捕食されるような感覚が戻ってくる、ああ、ホントに嫌。
「じゃあ、先に倉敷とイルマは前に出てくれ。みんなもしっかりと目に焼き付けろよ、同い年にしてはかなりハイレベルな戦いが見れるだろう。」
イルマくんと弥助くんが対峙する。
お互い構えるものは練習用の剣なので殺傷性は無い。
「はじめっ!」
先生の合図で先に動き出したのはイルマくんだった。
ザッととてつもないスピードで間合いを詰めて剣を振る。弥助くんはそれを何事も無いように受け止めた。
身体強化の魔法か。無詠唱でしかも一瞬で自身にかけることが出来る、それは相当の技量が無いと無理だ。
「ちんけな剣筋やんな。」
弥助くんがつまらなそうに呟くと、イルマくんの剣を弾いて後ろに少し下がり、そこからぴょんと空中に飛んで前方にくるりと回りながら剣を振り下ろした。
イルマくんはそれを受け止めるが、弥助くんの方が力が強いのか…ぐっと苦しそうな表情をしている。
今の弥助くんの技は明らかに「九龍朧流」の奥義だった。完璧な剣技なうえに無詠唱。弥助くんの剣に対しての技術の高さが伺える。
流石、夕霧さんの弟弟子ということか。いや、それよりも夕霧さんが関西の天才だと謳われていたが、弥助くんも十分すぎるほどに天才では無いだろうか。
「こんなもんじゃ、ないよっ!」
イルマくんも負けじと押し返して隙を作るが、詠唱するほどの時間もなく奥義が使えない。
やはり、こういうときに無詠唱でないと厳しい部分があるのだ。詠唱出来るほどの間合いや隙があれば別だが。
イルマくんは、自身に再び身体強化の魔法をかけて素早く弥助くんの背後へ回る。
「はぁ、そんなん予測できるわ。」
余裕そうに素早く弥助くんは振り向くが、そこにイルマくんはいない。
「光の精よ、時のチカラを我に与えよ。」
「!?逆かっ!」
気づいたときには遅い、イルマくんは裏に回った瞬間に再び元の位置に戻ったのだ。
そうして振り返ったときには背後にいるという仕組み。弥助くんが先を読んで行動するだろう、と予測してそれを逆手に取ったイルマくんの戦略勝ちだ。
しかし、弥助くんの取り巻く空気からして、彼も無詠唱で奥義を出そうとしているようだ。
「そこやっ!」
「光速の剣!」
イルマくんの剣は弥助くんの喉元に、弥助くんの剣はイルマ心臓あたりに。
どうみても相討ちの形だった。
イルマくんは奥義によって自身のスピードを最大まで強化したことによって、喉元に剣を持って来ることができた。
また、弥助くんも無詠唱なのか、もしくは詠唱のいらない奥義なのか、元々持っていた方とは逆の手で、更にそう持ち変えるのには難しい状態で剣を胸元まで持って来ていた。
肉眼で瞬時に100%理解するには難しい程、一瞬の出来事だった。
「そこまでっ!この勝負は引き分けだな。」
先生の声と共に、2人は剣を下ろす。
「驚いたわ、あんたやるなぁ。」
「キミもね、次は勝つよ。」
2人はニッと笑いあった。
「じゃあ次、綾子とエミリー。」
ああ、嫌だ。本当に嫌だ。
対峙したエミリーちゃんの目が怖い。
私が構えると、エミリーちゃんも剣を構える。エミリーちゃんの剣は短剣だった。
そしてまるで忍者のような、暗殺者のような構え方をする。あまり身近にはいないな。
「はじめっ!」
先生の合図と共にエミリーちゃんは向かってくる。身体強化か?移動速度が早い。いや、あの構え方からすればそれが普通なのかもしれないが。
目が合う、ぎらりと獲物を狩るように射抜かれる。
「はっ!」
エミリーちゃんが目の前まで来たところで剣を振ってくる、それを私も剣で防ぐが短剣の方が扱いやすいのか第二撃、三撃と攻撃の速度が速い。
『神道綾瀬流、春風』
相手の剣を弾いて少しできた隙をみて、私は無詠唱で奥義を使う。
神道綾瀬流の奥義を2つや3つは無詠唱で扱えるようになった。やはり、無詠唱となると出来るようになるまで時間がかかる。
バッと低姿勢を取り、そこから素早く剣を相手の喉元へ突き上げる。それはエミリーちゃんの頬を掠めた。彼女は避けて私の後方へと移動する。
まるで獣のような低姿勢でエミリーちゃんは構えている。いや、構えているという表現は正しいのだろうか?
「ゔぉおおおっ!」
獣が雄叫びをあげるかのように彼女は私に向かってくる。あれか?戦闘になると人が変わるタイプなのか?
奥義を使うには時間が足りない、剣を振るだけでは間合いがわからない。
「おるぁっ!」
「ぎゃっ!!!」
入った!
残った手段を行使して、私は蹴りを一発お見舞いする。そのまま、横にぶんっとエミリーちゃんは吹っ飛んだ。
「ゔぅ…。」
呻きながらも彼女は立ち上がろうとする。
私はすかさずエミリーちゃんの元まで移動し、喉元に剣を突き立てる。
「私の勝ち、ね。」
私がそう告げると、瞳から闘争心が失われる。
「私の…負け…。」
エミリーちゃんが敗北を言葉にしたところで、私たちの試合に対して拍手が起こった。私が剣を下ろすと、エミリーちゃんは立ち上がる。
「みんなも見習うようにな、それじゃあ練習に入ろう!準備してくれ。」
先生の一言でみんなが返事をして動き出す。
私も動こうとしたところでガシッと腕を掴まれた。急なことに私はビクリとする。
「いっ…たい!」
ギリギリと腕を掴む力が強まる。エミリーちゃんを見るとニタリと不気味に笑っていた。
「見つけた。」
その顔がなんの感情も灯さないような真顔に変わる。
「次は喰べるから。」
そう呟いてエミリーちゃんは私の横を通り過ぎ、まるで何もなかったかのように周りに溶け込んま。
ただ、私の腕には彼女の手のあとが残っていた。




