ACT2
加奈子の行動は、すべてが衝動に支配されている。
美術展で初めて加奈子の作品を目にしたわたしがしたことは、まず、加奈子をぶん殴るというものだった。
「このばか女!」
加奈子の描いた絵は、三池という池にたたずむ少年の絵であった。
青ざめた顔は苦悶の表情を浮かべ、カッと見開かれた瞳は、まっすぐにこちらを見ている。
うっすらと開かれた少年の口が、今にも悲鳴を吐きそうである。
わたしは背筋が寒くなるのを感じ目をそらした。
あの少年だ。
―― わたしが通りすがりに見たあの幽霊―――
彼の苦しみの感覚が、わたしの中に流れ込んで染み渡った、あの一瞬を思いだし、わたしはその場に座り込んだ。
吐き気がする。
加奈子は頬をさすりながらいう。
「あのままにしてはおけへんやろ」
「正義感?」
わたしは嘲笑った。
「なんでいつも目をそらすんや?それじゃあなんも見てないんと一緒やろ?」
なにも見ていないといわれ、わたしは激しい怒りに刈られた。
「見たくてみてるんじゃないわ!」
わたしは怒鳴ると立ち上がり、足早に美術館を出た。
そして巷でこの絵が噂になった。
若き画家、火川加奈子の新作「悔」
発端は、美術展を見に来た人々の一言であった。
「これは、以前、行方不明者となった少年ではないか?」
あるとき、テレビのインタビューでキャスターが加奈子に聞いた。
「あれは行方不明の少年に似てるとの噂がありますよねぇ?そうなんですか?」
加奈子は頷き、いった。
「ちょっと知り合いだったんや。あの子。よくは知らないけど、あれは彼の好きだった場所」
わたしはちょうど別の番組をみていて、そのインタビューは見なかった。
しかし、少年の家族は見ていた。
彼らは絵のことを知っていた。インタビューをみたのはそのせいかはしらないが、とにかく見ていた。
両親は、少年の行きそうな場所はくまなく探したはずだったが、自分たちがまだ探していない場所があったことを知ったのである。
だれにでも秘密にしているお気に入りの場所がある。死を望んだ者が秘密の場所を選んだとして何の不思議があろうか。
あの絵は、彼の両親にとって、自分たちの知らなかった子供の秘密に等しかったのである。
そして、彼らは、あの池の捜索を警察に要請した。
そんなばかげた話しというかも知れない。しかし、わらをも掴みたい人間というものは、微かな希望にでもすがり付こうとするものだ。
警察が渋る中、行方不明者であった彼の家族は、自費で捜索隊を組識し、三池をさらったのである。
そして、彼は見つかった。
池の底で。




