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「幽霊事件を……解決?」
不審げに顔を歪ませる女性に、トオルは頷く。よく見れば、彼女は怯える子供をしっかりと押さえ背中に庇っていた。いい母親なのだろう。
だが今はそんな悠長なことを考えている場合では無い。自らの無実を証明できないのなら、待っているのは通報だ。
「僕達は、ここに調査をしに来たのです」
「調査? 何の?」
「……悪質な人間が発生させた、怪異について」
イヤホンから聞こえる佐一の言葉を繰り返し、トオルは女性に背を向ける。そうしたくてしたわけではない。ドローンが勝手に動き始めたのだ。
ドローンの操作は佐一が担当している。だがこんな状況になったならば尚更、トオル自身が操っていると思わせる必要があった。
「ついてきてください。声はこちらから発生しています」
「そんなことが分かるの?」
「はい。このドローンは特定の周波数の電波を拾うことができ、その発生源も突き止められるんです」
「ちょっと待って。じゃあさっき聞こえた声は別の場所から出てたってこと?」
「そうなります。素晴らしいご理解の早さですね」
最後の一言は、ついお人好しのトオルが付け加えたものだった。注意されるかと思って口元に手をやったが、佐一は黙したままだった。
ドローンはゆっくりと、ある一箇所を目指している。行き先は公園の入り口にあるアーチ。ところどころが錆びており、だいぶ陽が傾いてきた世界の中で物寂しげに佇んでいた。
「噂によると、ここでしたよね。『おててをちょうだい』という子供の声が聞こえるのは」
「え、ええ……」
「辺りを探してみましょう。電波もこの周辺から出ています。何か見つかるかもしれません」
発案者らしからぬ不器用な動きで、トオルはもたもたと探し始める。それを見兼ねたのか、すぐに女性と彼女の子供も手伝ってくれた。遠巻きに見ていた子供たちも近づいてきて、「おばけ見つかった?」「何探してんの?」と覗き込んでくる。
そして数分後、パッと男の子が身を起こし腕を突き上げた。
「見つけたー! なんか変なのあった!」
「おや、見せてみ……」
「お母さんに見せてみなさい!」
『圧強』
「あつ……ちょっと佐一さん。今雑談されると、うっかり繰り返しちゃうんでやめてくださいよ」
『はいはい。早くそれを見せてもらって』
なんとか女性を説得し、トオルは“なんか変なの”を譲ってもらうことに成功する。真っ黒なレンズのついた小型の機械。ドローンは、じっと空中に静止してトオルの手の中の機械を見つめていた。
『……トオル、男の子にどこでこれを拾ったか聞いてくれる?』
「ねえボク、これどこで拾ったの?」
「んーとね、アーチの下のほうにくっついてた!」
「あ、ほんとだ。ここに粘着テープがついてるね。アーチにもテープのついてた跡がある」
『……ふーん。じゃあ次。アーチの上のほうを見てみて』
「アーチの上のほう? なんでですか?」
『いいから早く』
言われた通り、トオルは背伸びをして複雑な模様が作られたアーチの上部を探ってみた。すると、ザラザラした錆の手触りの中、何やら四角く硬いものに行き当たる。
力を入れて引き剥がしてみる。多少の錆と一緒に回収したそれは、またしても小型の機械だった。
「何これ……」
『……トオル。ちょっと実験をしたいから、それをそこにいる女の人に持ってもらってくれる?』
「すいません、奥様。少しの間こちらの機械を持っていてくれませんか?」
「別にいいけど……何をするの?」
『次、トオルだけドローンの後について離れて』
「えーと、僕は少しここを離れますので、そのままでいてください」
「まさか逃げる気じゃないでしょうね」
「とんでもない! なんなら僕の腰を紐で括って……!」
『トオル、ドローンを追って』
「奥さんの視線が怖いんですよー……」
半分泣き言を言うトオルだが、容赦なくお母様方の輪から引き離される。数メートル離れた所で、ドローンはトオルの眼前へと降りてきた。
『じゃあ、トオル。ドローンに向かって何か話しかけてみてくれ』
「え? 話しかけるって何を?」
『なんでもいいよ。挨拶とかしたら?』
「挨拶? ご、ごきげんよう、とか?」
「きゃっ!?」
突然女性の悲鳴が上がった。慌てて振り返ると、恐々とした目でこちらを見る女性と視線が合う。
「何!? この機械、いきなり男の声で挨拶してきたんだけど……!」
「え!? もしかして犯人ですか!?」
「何言ってんの、アンタの声だったわよ!」
「いえ、僕のものじゃ……!」
『トオルの声だぜ。さっきの声が、あの小型スピーカーを通して女性に伝わったんだ』
「すいません、僕でした!」
「犯人が!?」
「違います! いや声の主は僕なんですけど、犯人ではないっていうか!」
若干混乱したものの、佐一のサポートもあってなんとか話を理解してもらうことができた。要約するとこうである。公園の入り口のアーチ下部には隠しカメラが仕込まれており、上部にはスピーカーが取り付けられていたのだ。
「つまり、子供の声がしたのは正真正銘人間の仕業だったってことね」
女性はしげしげとカメラを見つめて、首を傾げる。
「だけど、なんで犯人はこんなことを?」
「うーん、あくまで下衆の勘ぐりではあるのですが……このカメラって、ちょうど下から上を見るような形で取り付けられてましたよね」
「え、ええ」
「だからその……隠し撮り、とかじゃないでしょうか」
「はぁ!?」
「あ、僕じゃないです! 犯人は僕じゃない!」
「分かってるわよ! え、子供の声で怖がらせておいて立ち止まった所を下から撮影してたってこと!? 最低じゃない!」
「仰る通りです」
「とにかく犯人は見過ごせないわ。あなた、この件について調査をしに来たんでしょ? じゃあ犯人の目星ぐらいついてるんじゃない?」
「それが生憎……」
『ついてるぞ』
「ついてるんです」
「ついてるの!?」
イヤホン越しの会話というのはややこしいものである。しかしトオルの苦労などいざ知らず、佐一は平坦な口調で言う。
『ドローンに360°型カメラを仕込んでるんだ。一時間おきに古いものから削除されるものの、今の時間ならまだ公園に来てからの映像全てが記録されているはず。そこに犯人の顔が映っている可能性はある』
「えーと……このドローンにはカメラが搭載してあって、上手くいけば犯人が映っているかもしれないんです」
「でもスピーカーって遠隔でも使えるんでしょ? じゃあ、公園から離れた場所で操作してた可能性だってあるんじゃない?」
『どうだろ。俺はそうとは限らないんじゃないかと思う』
佐一は億劫そうにため息をついた。
『あの時公園にいた子供達は、みんなドローンにつられて集まっていた。保護者も然りだ。なら、誰もアーチにいないはずのタイミングでスピーカーを起動させたのは何故だと思う?』
「え? ……あ、ひょっとして動作テストのためとか?」
『その通り』
「ちょっと、何を思いついたの?」
「えーと」
尋ねられたトオルは、急いで頭で佐一の言葉を自分の言葉に組み立て直す。
「僕のドローンが声を拾った時、恐らく犯人はスピーカーがちゃんと動くかどうかのテストをしていたんです。僕達に注目が集まっている所を見計らって」
「なるほど?」
「そしてこの推測が正しければ、監視カメラに犯人の姿が映っているでしょう。スピーカーがちゃんと本番環境で適切に動作するかは、現場で検証するのが一番ですからね」
それから小声で佐一に「監視カメラの映像ってここで確認できませんか?」と聞いてみた。自分達の推理を立証する為には、今ここで見てみるのが一番だろうと判断したからだ。だが、予想に反しイヤホンの向こうからの返事は無かった。
「……佐一さん?」
佐一のいるはずの方向を振り返る。彼は、公衆トイレの裏に隠れている。突然声が聞こえなくなるとは何かあったのだろうか。
耳を澄ませてみる。
『……』
――イヤホンから聞こえてきたのは、くぐもった声。
「……!」
「ちょ、ちょっと、どこ行くの!?」
何が起こったかの結論を頭で出す前に、トオルは走り出していた。




