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ぶっきらぼうで優しい歌

 放課後、練習していると、結城は僕の鞄を漁り始めた。


「勝手に見んなよ」


 CDを手に取った結城が言った。


「斉藤和義か。一番好きな曲はどれなん」

「持ってきた中では『空に星が綺麗』かな」


 結城は歌詞カードをじっと見ている。


「弾けたりするん」

「まぁ一応」


 ピアノ用にアレンジして即興で弾いてみせる。


「なんやいつもより、楽しそうに弾いてるな」

「そりゃミスっても怒られないし」


 結城はピアノに合わせて鼻歌を口ずさんだ。透き通って心地良い声だった。


「この歌、ええな。私も好きやわ。ぶっきらぼうで、優しいところが。なんや最後のところで泣きそうになるわ」


 結城の頬に涙が流れた。


「ちゃうで。これは目にゴミが入っただけやから。ちょっと顔洗って来るわ」


 結城が音楽室を出ようとした瞬間、ちょうど扉が開いた。廊下に山田が立っている。


「お前ら、付き合ってんの?」


 僕も結城も何も答えなかった。


「結城さん、ちょっと話が」


 強引に結城の手を取って、山田がずんずんと歩いて行ってしまった。


 僕は何もできなかった。当たり前だ。結城とはなんでもない。僕に何か言う権利も義務もない。


 むしろ練習を邪魔する奴がいなくなって、練習に集中できる。清々しいぐらいだ。なのに課題曲がうまく弾けなくて、何度も演奏が止まる。


 もう帰ろうかと思い始めていた時に、ようやく結城が音楽室に戻ってきた。


 結城がニヤニヤしている。


「どうなったか聞かへんのん」

「別に、関係無いし」


 言葉とは裏腹に、また演奏をミスっていた。


「ものごっつい動揺してるやん」


 すべてお見通しのようだ。


「誰かさんのせいで、ずっとDVDを徹夜で見てたから、疲れてるだけですけど」

「へぇー、誰かさんて誰やろな」


 結城は、すっとぼけた表情をしている。


「あんな、昔、人のこといじめ倒してた奴がな、いけしゃーしゃーと好きですとか言うてくるわけ。しかも人の胸ばーっかり見ながらとか、ないわー。幽霊とか怖ないけど、これは怖いわー。とんだ怪談話やわ」


 ドン引きされている山田の姿を思い浮かべると、なんとも哀れだった。


「ずーっと気にしてたんがアホくさなってな。明日から普通に方言でしゃべったるわ。そういう意味では感謝せなあかんな」


 結城は山田がいたであろう方向に、拝むような真似をしている。


「ミスせぇへんようになったね。なんでやろ」

「うるさいな。邪魔するなら帰れよ」


 しばらく演奏を聴いていた結城が言った。


「萩原光って知らへん?」

「……知ってるけど」

「ええよな、あの人の演奏。佐倉くんもファンだったりするのん」


 僕はムッとした表情をしてしまった。


「……別に」

「佐倉くんの弾き方が似とるから、てっきりファンなんやと思てたわ」


「父親だったからな」

「だった?」

「女作って出て行った。佐倉は母の苗字だよ」


 結城は僕の顔をまじまじと見た。顔が近い。シャンプーの甘い香りがする。


「言われてみれば、顔も似てるな」


 演奏をミスると、結城がクスリと笑う。


「佐倉くんはこんなに真面目でウブやのに、お父さんは、えらいはっちゃけてるんやな」

「不倫して家族を捨てるとか、ただのろくでなしだよ」


 下校時間を知らせるチャイムが鳴る。僕は楽譜を片付けて席を立った。


「やっとわかったわ。佐倉くんって、時々ものすごい嫌そうな顔しながら弾いてる時あるけど、お父さんのこと思い出してたんやな」


 結城が後をついてくる。苛立ちのせいか、僕は早歩きになっていた。


「もし当てつけのためにピアノで見返すつもりやったら、やめといたほうがええよ」

「結城には関係ないだろ」


「関係あるよ。あんなに上手に弾けるのに、それを復讐に使うとかもったいない」

「あいつが言ったんだ。コンクールで入賞できないような奴は、恥ずかしいから息子と名乗るなって」


「離婚しても、お父さんには変わりないやろ」

「あいつはもう、僕の父親なんかじゃない。あいつが僕を捨てたんだ」


 結城は小走りで必死についてくる。


「そんなにお父さんと離れんのがイヤなら、今すぐお父さんのところに行って、なんで捨てたん、なんでそばにいてくれへんのって、素直にそう言えばええだけやないの」


 僕は足を止めて、結城を睨みつけた。


「うるさい! ガキにできることなんて、たかが知れてるんだよ。何も知らないくせに偉そうに説教するな!」


 言った瞬間、しまったと思ったが遅かった。殴られるのかと身構えた。だが何もされなかった。今にも泣きそうな表情で僕を見ていた。


「何にもわかってへんのはそっちやろ。どんだけ甘えたぁても、相手がおらんかったらでけへんのや。そんな当たり前のこともわからんどあほうには、なんも言うことないわ!」


 立ち去る結城の背中を、僕はただ見つめていた。




 リビングに積み上げられているDVDを見て、妹の楓が言った。


「もう呪いは解けたの?」


 何も答えずに、僕は部屋に行った。


 ベッドに寝っ転がり、楽譜を見ていたが、ふいに結城に言われた言葉を思い出し、思わず楽譜を壁に投げようとしてやめた。


 ばかばかしい。あんなやつの言うことなんて、気にする必要はない。

 そう思えば思うほど、頭の中でぐるぐると結城の言葉が駆け巡る。


 結城の泣きそうな顔が目にこびりついている。結局、眠れないまま朝だ。


 今日は祝日だ。いつもなら昼過ぎまで二度寝をしているぐらいなのに。この気持ちを整理しないと眠れないのかもしれない。


 バラしたいならバラせばいい。

 リビングに降りた僕は、DVDを紙袋に突っ込むと家を出た。




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