君の代わりに泣いてるんだ
結城家のインターフォンを押そうとしてやめた。紙袋を扉に引っ掛けて帰ろうとしていた時に、玄関のドアが開いて、結城の母が出てきた。
「あら、行き違いやわ。中に入って待っとき」
「いえ、これ返しに来ただけです」
結城の母は、帰ろうとする僕を引きとめた。
「そんなん言わんと、じきに戻ってくるし。お好み焼き作る約束もしてたしな」
「いや、でも」
「今日は駅裏のバッティングセンターに行ってるんよ。野球が好きやったお父さんの月命日やから」
「お父さんの……」
「聞いてへんかった? あの子が小さい頃に、車の事故で亡くなっとるんよ」
結城が泣きそうな表情をしていた意味がようやくわかった。思わず僕は走り出していた。
汗だくで肩で息をしながら、網の向こうにいる結城に声をかける。
「ごめん」
「なんで謝んのん」
コインを入れた結城は、何度も豪快に空振りをしていた。バットに当たってもゴロばかりだ。
「知らなかったんだ。結城のお父さんがその」
結城は鼻で笑った。
「同情してんの?」
「いや……」
「心外やなぁ。佐倉くんは相手に父親がおらんとわかった途端に、謝んのか」
「違う。そんなんじゃ……」
ファールチップで、目の前にボールが飛んできてビクリとする。
「偉そうに説教するなと言うたその口で、和解したわけでもない相手に、いとも簡単にごめんと言う。それが同情やなくてなんやのん」
結城は気合の入ったフルスイングをした。
「バカにすんのもええ加減にせぇや」
最後にヒットを飛ばした結城は外に出てきた。僕とすれ違うが目を合わせない。
「相手をいたわるフリをして、相手を見下して……そんなんが一番腹立つねん」
結城は自販機で買った水を豪快に飲んだ。
「そんなに私は可哀想な奴なんか? ケンカしてた相手に無条件で謝ってしまえるほど」
僕は何も言えなかった。
「ほな、とっておきの話を聞かせたるわ。昔々、バカな少女がピアノを買ってと駄々をこねました。帰り道、玉突き事故に巻き込まれて、父親だけが死にました」
結城は消え入りそうな声で言った。
ゴミ箱に投げ入れたペットボトルがはずれて転がる。
「少女にはピアノの才能はありませんでした。父親は何の為に……死んだのでしょうか」
結城は無理に笑みを浮かべた。
「しみったれた話は嫌いやねん。悲しい話は腹の足しにもならん。どうせ泣くなら、おもろい話で涙がちょちょぎれるほど、わろたほうがええやろ。同じアホなら笑わな損そんって言うし」
しばらくの間、沈黙が続いた。
「ここは阿波踊りの踊らな損そんやってつっこむ所やろ。特訓の成果は無いに等しいな」
ペットボトルを拾いなおして、ゴミ箱に捨てると、結城は出て行く。
結城はズンズン歩いて、公園に入った。
飛んでいく鳩を見て、結城は笑みを浮かべているのに、泣いているようにしか見えなかった。
「もういいよ」
僕は結城の手を掴んでいた。
「事故が起きたのは結城のせいじゃない。誰が悪いわけでもない。自分のせいで父親が死んだみたいなこと、二度と言うな。無理して笑うなよ」
「強がりやないよ。しんどうて仕方がなかったとき、お笑い番組で久しぶりに笑って、楽になったんはほんまやし。笑える人間には明日が来るって信じとるから、泣くより笑いたいだけなんやで」
「かもしれないけど。もう我慢するなよ。悲しい時は……泣けよ」
「……なんでそっちが泣いてんの」
肩を揺らして泣いている僕を、不思議そうに結城が見ている。
「勝手に同情して泣くって、みっともないにもほどがあるわ」
「そうだよ。みっともないよ。でも、結城が泣かないから、代わりに泣いてるんだ。それぐらい大目にみろよ!」
「なんで逆ギレやねん! アホか」
「知るかっ! 僕だって、人の為に泣くなんて初めてなんだよ。泣きたいんだからしょうがないだろっ!」
「意味がわからん」
「僕もわかんないよっ!」
「ほんまアホやな。アホは嫌いやないけどな」
いつの間にか結城も泣いていた。
僕たちは恥ずかしいぐらいグチャグチャに泣き続けた。
「久しぶりやな、人前でこんなに泣いたんは。どうしてくれよう、こないに泣かして」
僕の頬にキスをして、結城はにっこり笑った。
「責任とりや、自分」
その日から僕と結城は、彼氏と彼女になった。
関西人になるための地獄の特訓が、本当は第十弾まであることを知ったのは、その後のことだ。後の祭りというやつである。




