エピローグ
「では本日の聖女学を始める。名無しの聖女様の予習はしてきたか?」
教室で教壇に立つ教師が、並んで座った生徒たちを見回した。
「名無しの聖女様は最後の聖女様であり、一番伝記が多い方でもある。みんな、思いつくことを言ってみろ」
顔を見合わせた生徒たちは、我先にと手を挙げて発言を始めた。
「私たちに、考えることや工夫することを教えました」
「ニセ聖女を追い出した!」
「おいしい料理をたくさん教えてくれたって、ママが言ってた」
「いろんな分野が発展したって」
教師は満足そうに頷き、軽く手を叩いた。教室が徐々に静まっていく。
「名無しの聖女様は、最後まで自身の名を親しい者にしか教えなかった。夫となった方は南の国の第三王子で、王子は最初に聖女様に正体を隠して近づいたため、聖女様がそれを知ったときには大変お怒りになられた」
「ものすごいお空になったって」
「そうだ。空はこの世のすべての色を混ぜたような不気味なものになり、風が止まり海から波の音も聞こえず、無音になった。いつもお優しい聖女様の静かなお怒りが伝わってくるものだった」
教師は目を閉じた。いまはおじいちゃんと呼ばれる歳になったが、幼少の日見たあの空はいつでも思い出せる。それほどのインパクトだった。
「聖女様のお許しを受けた第三王子は、本来の名を捨て、聖女様に告げたデリクという名を正式に名乗った。聖女様はデリク様に愛され、結婚なさった。どこの国にも属さず、船で三国を平等に回られた。これも初めてのことで、聖女様の柔軟さがよくわかる話となっている」
「せんせー、聖女様はせんもんてき?なことはよく知らなかったって聞きました」
「そうだ。名無しの聖女様以前は、なにかひとつのことに大変お詳しい聖女様が来ておられた。名無しの聖女様は様々なことを教えてくださったが、詳しいことはよく知らなかった。我々は結果までの工程を研究し、模倣するばかりの停滞から脱した」
教師は壁にかけられた時計に目をやって、開いた教科書のページをもう一度確認した。
「女神様は、聖女様に幸福であるようにと祝福を与え、聖女様は幸せに暮らしたそうだ。では教科書58ページを開いて。聖女様の軌跡を最初から勉強するぞ」
これにて完結です。デリクの本名を考えていたんですが、出すところがありませんでした…。
最後までお付き合いありがとうございました!




