その4(完)
今回で完結いたします。
アステルは、森に人間の姿が見えてから、ほとんど食事もとらずに、そして、体を休めることも無く、不眠不休で、あることをやっていたのだ。
…………それは、森に入ってきた人間たちが誰であるかを突き止め、森の破壊(人間の側からの言い方では開発)を止めさせるための工作。
森に一人でいるアステルの仕事は、実はホワイトハッカーだった。
以前勤めていた会社を辞めた時、一人でもできる仕事を探してその仕事にたどり着き、ある機関の一員となって、活動をしていたのだった。
アステルは自らの技術の限りを尽くして、彼らがある開発会社の人間であること、そしてこの森をリゾート開発する計画があることを突き止めた。
アステルはその会社のコンピュータに侵入し、政治家との不正な裏取引の記録を見つけ出し、内部告発を装いその件を世間に公表した。間もなく開発会社の株価は暴落し、リゾート開発の計画は頓挫し、工事は中止となった。
けれど。
アステルには分かっていたのだった。
自分の存在があの開発会社を引き寄せたのだと。
アステルは、たまに生活に必要なものを買い出しに、森を出て町へ行っていた。町では、アステルがあの森に棲んでいるらしいということは噂になったかもしれない。人の出入りがあるということで、森が開発会社の興味を引いたのだ、という可能性は大いにありうる。
そして、クマのコークの見た開発会社の人間は、パソコンらしきものを使っていたという。おそらく、携帯の電波が入り、インターネットが使えることにも気づき、その利便性に目をつけここを開発しようと森を切り崩したのだろうとアステルは察した。
アステルの所属する機関がこの森に電波が届くようにしたのだった。アステルがここにいるから。
そう、自分がここにいるから。そのせいでみんなの大切な森が壊されてしまった。
そして、アステルは機関からも退職勧告を受けていた。
ホワイトハッカーは自分の利益のために動いてはならない。たとえそれが、不正を暴くことにつながったとしても。
機関から見ればアステルが自分の住む森を守ったようにしか見えなかったのだ。
アステルは仕事も失った。携帯の電波も届かないようにされてしまうだろう。ここにいても、生活していくための収入を得ることができない。何より、自分がいることで、森のみんなに迷惑をかけてしまった。これからも自分の存在が、みんなを危ない目に合わせるきっかけとなるかもしれない。もうここにいることはできない。
「アステル!」「アステル!行かないで!」みんなは口々に叫んだ。
そんなみんなにアステルは言った。
「みんな…………本当に今まで、ありがとう。本当に、本当に…………。でも、僕はみんなにいつまでもここで幸せに暮らしてもらいたい。そのためにはいかなくちゃいけないんだよ。…………みんなの事は忘れない。いつまでも」そして、続けて言った。
「僕がオンボロ橋を渡ってしまったら、あの橋を落としておくれ。この森にはあの橋を渡った向こうからしか入れない。もし、また人間が入り込んでくるとしたら向こう側からだ。それに向こう半分の森はもう、すむことはできない」
アステルはみんなの大切な森を小さくしてしまったことに胸を痛めた。
「さようなら」アステルはそういうと皆に背を向け、オンボロ橋をゆらゆらわたり、向こうの森にたどり着き、やがて見えなくなってしまった。
取り残された、森のみんなはしばらく呆然とそこにたたずんでいた。
そして一番先にコマドリのウッコが歌い始めた。歌いながらウッコはドングリを探し、見つけた一つをくわえ、ドングリ池に投げ込み、言った。
「アステルが、いつまでも元気でいられますように!」
ウッコは生涯で一度きりの願い事を使ってしまった。
続けて、キツネのオーキがドングリを探し、見つけると池に投げ込みながら
「アステルの体の具合がよくなりますように!」
そしてリスのイリイが
「アステルにたくさん友達ができますように!」
クマのコークが
「アステルが幸せでいられますように」
ヘビのクッヘは
「アステルが一生食べ物に困りませんように!」
アライグマのアーライは
「アステルが自分の気持ちを失くしませんように!」
皆自分の一生に一度のお願い事を使い果たしてしまった。
でも、大丈夫。みんなにはアステルのお願い事があるから。みんなをアステルが守ってくれるから。
皆はオンボロ橋のたもとに行き、綱を切り、アステルに言われた通り橋を落とした。
森のみんなは、半分になってしまった傷ついたこの森で、それでもかけがえのない大切なこの森で、生きていかねばならないから。
やがて日が暮れて、半分になってしまった逆さ虹の森にも、また夜がやってきた。
そしてその後、逆さ虹の森に人間が足を踏み入れることはなかった。
※逆さ虹の再現に保証はできません
お読みくださってありがとうございました。(^.^)(-.-)(__)




