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~閑話~ ロベルトの旅立ち

「きみがロベルト君?」



 声がしたほうに目をやると、そこには二人の男の子がいました。

 ニコニコと僕に笑顔を向けている子と、何を考えているのか分からない無表情な子。

 どちらも赤茶髪をした僕と同じくらいの年の子たちでした。



「何か用ですか?」



 口から出た言葉は僕の予想を上回って、冷たいものになってしまいました。

 理由は簡単です。

 こんな寒い日に。

 屋敷からとても離れた村はずれになんて来たくなかったのに、姉上が強引に連れてきたからです。

 僕は今、とてもムカムカしているのです。


 貴族は平民を守るための存在であれと家庭教師のロザンナ先生からは言われていましたが、ノブレスオブリージュだかなんだか知りませんが、今の僕には彼らの相手をすることすら嫌でした。



「僕はテオ。今日、ロベルト君に会えるのをとても楽しみにしてたんだっ!」


「オレ、スイ」



 この平民の子たちは、どうやら僕が今日ここに来るのを知っていたようです。

 たしか、姉上は僕に紹介したい子たちがいると言っていましたが、この子たちがそうなのでしょうか。


 でも、僕は『子ども』と関わり合いたくありません。

 どうせ、みんな僕の事が嫌いになるからです。

 もう誰も信用したくありません。



「ねえ、僕たち今、剣の練習をしているんだけど、ロベルト君も一緒にやらない? みんな、あっちでね……」



 テオという男の子がしゃべっている途中でしたが、僕は座っていた丸太から降りて、テオとスイに背を向けました。

 認めたくはありませんが、僕は怖いと思ったのです。


 公爵家である僕のほうが地位が上なのにです。僕のほうが偉いのにです。僕は怖いのです。

 姉上以外の誰かと話をするのが……。



「あっ! ロベルト君! そっちは危ないよっ!」



 とにかくこの子たちの傍から離れたくて、僕は姉上やさっき迎えに来てくれたアリーという人がいる場所とは逆の方向へ歩きました。

 何故か、あの人の傍には行きたくなかったのです。

 後ろからテオとスイが追いかけてくる足音が聞こえてきたので、僕は速足で人気のないほうへと向かいました。


 アリー……さん。

 信じたくはないという思いを振り切るように、僕はどんどん前へ進みました。

 さきほどアリーさんという人を初めて見た時、僕は何故かあの人と初めて出会った時と同じ感覚になったのです。


 ジュリアス殿下。僕の目標とする人。僕がなりたいと思う人。

 なのに、平民の、髪の色も瞳の色も違うアリーさんがジュリアス殿下と重なるなんて、僕には許しがたいことでした。



「ロベルト君っ! そっちは雪が積もってて危ないよっ!」



 テオの声で僕はハッとしました。

 目の前に広がるのは白と茶色の世界。

 絵本の中では見たことがありますが、こんな綺麗に地面に敷き詰められた雪を見るのは初めてでした。


 ここは、僕の知らない場所。

 白い雪の間からは太い幹が伸びて、絵本に出てくる木のお化けみたいに、枝を大きく広げ今にも僕に襲ってきそうでした。



「あ、あねうえ……っ!」



 僕の口から出た名前は、ここに来るまで、ずっとずっと嫌いだった人の名前でした。

 見た目が全くの別人になってしまった姉上。


 2年前、一緒に暮らしていた時よりも、痩せて、背が高くなっていました。

 白銀の長髪を後ろに紐で束ね、紫色のキラキラした瞳で冷ややかに僕を見つめる姿は、まるで氷の国の王子様のようで。


 姉上は女の人なのに、僕はかっこいいと思ってしまいました。

 僕にとてもやさしい姉上。ここに突然来た僕とずっと一緒にいてくれました。

 一緒にいて安心すると思ってしまいました。



「姉上っ!!!!」



 僕はパニックになって、姉上のもとに帰りたくて、走り出しました。

 今まで全く気にならなかったのに、急に足が重くなったことに、そこで僕は初めて気づきました。

 ザクッザクッと一歩一歩踏み出すごとに、足が雪の中に埋もれていきます。


 怖いっ! 一人は怖いっ! 姉上っ!



 ドスッ!!



「ふあっ!!」



 顔面に冷たい何かがぶつかって、僕は目をつぶってしゃがみ込みました。

 ほっぺたにツーッと冷たいものが流れ、手ですくってみると、それは真っ白な雪でした。



「あっ! スイっ! ダメだよ!」


「ゆき、なげる」



 そう言ってスイという男の子が手に雪で固めたボールを持って、僕に投げてきました



 ドスッ! ドスッ!



 こんな村はずれで、しかも平民なんかから、なんで僕はこのようなひどい仕打ちをされなきゃいけないのだろうと思いました。

 だから、僕もスイに向かって雪を投げました。

 でも……



「このっ! このっ! ふあっ!!!」



 僕の投げた雪は全然飛ばなくて、手袋の上から握った雪は、手を広げた途端に、ボロボロと崩れていきます。

 それは、まるで粉々になった僕とシャルルの友情のようでした。

 僕には固く丸い雪玉を作ることが出来ないのです。僕には固い友情を作ることが出来なかったのです。



「ほら、ロベルト君。これ使って?」


「……え?」



 いつの間にかテオが僕の横に並んでいました。

 その手には、スイの持っている雪の玉と同じものがありました。

 テオの手は手袋をしてなくて、少し赤くなっています。



「冷たくないのですか……?」


「ん? 冷たくないよっ! ずっと触っていると冷たくなってくるけど、最初のうちは冷たくないんだよっ!」



 そう言って僕の右手に雪玉を置いてくれました。

 でも分厚い手袋が邪魔をして上手く掴めません。

 僕が投げられずにいると、テオが僕の左手を掴み、手袋を外してくれました。



「触ってみて? そんなに冷たくないよ?」



 僕は手袋をとった手で、右手にのっかっている雪に触ってみました。

 冷たい……? いや、冷たくありませんでした。むしろ、気持ちいいと思いました。

 僕のほうが雪よりあったかくて、冷たさを感じませんでした。

 これなら、僕にも触れそうです。



「投げてみて、ロベルト君。ほらっ、スイも待ってるよ」



 テオにそういわれて、スイのほうを見てみると、両手を広げて手を振っています。

 投げろということでしょうか。

 僕はさっきの仕返しだと思って、思いっきり左手で投げました。



 でも、スイのところまで飛んでいかず、だいぶ前のほうでボテっと落ちてしまいました。



「ほら、ロベルト君も雪玉自分で作って! もう作れるはずだよっ!」


 横ではテオが既に雪玉を数個作っていました。

 僕も負けじと左手で雪をすくい、手袋をした右手を下にして、雪をかためて雪玉を作りました。


 そして……



「えいっ!!」



 今度は少しスイに近づいて雪を投げました。



「うわっ!!」



 スイの顔面にあたった雪は、パッと四方八方に散って粉々になりました。

 当てられたスイのほうは尻餅をついて地面に座っています。

 ヤッタ! と思ったのもつかの間、



「ふわっ!!」



 突然、後頭部に何かが当たりました。

 後ろを振り返ってみると、テオがにやにやしながら雪玉を両手に持っています。


 テオは僕の味方じゃなかったのでしょうか。

 怒りが胸の奥から沸き上がってきました。



「ほらっ! ロベルト! 雪玉作って!」



 言われなくても僕はもう雪玉を作っていました。



「わぁっ!!」



 雪玉を二つ作り終えたところで、テオに投げようとしたら、その前にテオが尻餅をついて雪まみれになって倒れていました。

 後ろを振り返ってみると、スイが手に雪玉を持って笑っていました。



「ロベルト、はやくなげろ」



 そう言われて僕は、スイに雪玉を投げました。



「ちがう! テオになげる!」



 逃げるスイに僕は雪玉を投げ命中させ、今度はテオが僕に雪玉を投げ、僕も負けじとテオに雪玉を投げました。

 誰が味方で誰が敵でもありませんでした。

 そうこうしているうちに、さっきまで全然冷たくなかったはずの雪が、掴んではいられないくらい冷たく感じ始めて、ようやく僕たちは姉上のいるところへ戻ったのでした。




〇 〇 〇



 王都へ帰る日の朝。

 領地にはジェーン以外に使用人がいないので、自分の事は自分でしなければいけません。

 なぜ、僕の従者は王都に帰ってしまったのでしょうか。

 こちらに迎えに来る馬車には乗っているはずなので、あとで理由をきいてみることにしましょう。



「ロベルト、終わった? って、その刀は……?」



 荷造りをしている途中で、姉上から声をかけられました。

 僕の腰に三本も刀が下げられていたことに驚いているようです。

 僕はこれをシャルルとカミーユにあげることを伝えました。

 正直、2人がこれを受け取ってくれるかは分かりません。

 


「大丈夫なの? カミーユとは……」



 あまりにも心配そうな顔で言うので、僕は笑顔で答えました。



「はいっ! 僕を誰だと思っているのですか?

 シェルトネーゼ家の長男。ロベルト・エトヴァ・シェルトネーゼですよ?

 いざという時は、家を潰すと脅せばいいのですっ!」



 姉上はびっくりした顔をしていましたが、すぐにっこりと笑ってくれて、僕を抱きしめてくれました。



「辛かったらいつでも帰っておいで」


「はい……、でも」


「でも……?」



 僕の言葉に姉上の体が離れていって、僕の顔をのぞき込みました。

 姉上は僕をきっと心配しているのです。

 僕には分かるんです。


 だから、僕はちゃんと姉上に言ってあげるのです。

 これから僕がしようとしていることを。



「僕は、僕を諦めません!

 僕はシャルルとカミーユとも友達になることを諦めません!

 僕は僕のやりたいことを諦めません! 僕が正しいと思ったことを諦めません!」


「……ロベルト」



 泣かないと決めていたのに、鼻の奥がツンとしたと思ったら、視界が急にぼやけて、姉上の姿が歪んでしまいました。



「僕は怖いです! みんなとシャルルとカミーユと会うのが怖いです!

 お父様、お母様、ユリアが僕から離れていくのが怖いです!

 でも、僕は諦めません! 僕は絶対に諦めません!

 怖いけど、みんなと仲良くするのを諦めませんっ!」



 あふれて零れ落ちた涙を姉上は撫でるように指ですくい取って、僕の額にキスをしてくれました。

 額へのキスは無償の愛であるとお父様、お母様はおっしゃっていました。

 姉上から初めてもらう無償の愛。


 もう一度強く抱きしめられて、僕はもうこれ以上涙を我慢することができなくなってしまい、姉上の肩に目をこすりつけてしまいました。



「そうだよ。諦めなくていいんだよ。最後まで諦めないで、ロベルト。

 私は諦めないと決めたロベルトを誇りに思うよ」



「はいっ」



 王都へ帰る僕を、マルタナ村のみんなが見送りに来てくれました。

 姉上はみんなの前では「帰ってこなくていい」と言っていましたが、僕はもう知っているんです。

 人の本当の気持ちなんて分からない。でも、相手の気持ちになって考えれば分かってしまうのです。


 僕はこのマルタナ村でたくさんの人に出会い、そしてテオとスイという友達が出来ました。

 そして、僕とずっと一緒にいた、一番大切な友達に出会えました。

 これからもずっと友達です。


 王都の屋敷に帰ると、お父様とお母様とユリア、そして使用人のみんなが出迎えてくれました。

 僕はお母様にシャルルとカミーユに手紙を書くを言ったら、紙とペン、そして捨てたはずのシャルルからの手紙をくれました。


 ゴミ箱に捨てられていた手紙を、お母様は僕に内緒で拾って取って置いてくれたというのです。

 これは僕の大事な宝物です。


 僕はこれを捨ててしまって後悔しました。

 もう、二度と、二度とこの手紙を捨てません。


 何があっても。



実を言うとこの物語を書いている間、私は常に『強くなれる理由を知った』から始まる歌詞の曲をBGMにしています。(まさかの裏切り)(手のひらを太陽には?)


どうも、ぽぽろです。

そういえば、ずっと以前に『ガイの外伝』を書きたいと言っていたことを覚えていらっしゃる方……いますでしょうか。

3話ほど『ガイの外伝』というのがありますが、あれではなく王都に行ってからの話なのですが……

だいぶ後になりそうです(ぇ)


そして、もしかしたらなのですが、マルタナ村の様子を書いた短編を書こうかなと思っております。

富士見ファン〇ジア文庫でいう、外伝ですね。

私は初めて買った文庫本がフルメタル・パニック〇でした。


なので、本編がありーの、外伝ありーの、がラノベであると勝手に思っていまして、本編はギャグ3割シリアス7割。外伝は、ほとんどギャグ。

フルメタル○パニック!は外伝のほうが好きで、何度も何度も読んでいました。


なので、外伝に対する思いがとても強いのです。


外伝はだいたい3ページぐらいで終わる話で複数話書こうと思っております。

もしよろしければ、そちらも見ていただければ嬉しいです。(まだ1文字も書いていませんが)


2章の続きはまたタイトルに載っけたりしますので、是非チェックしてくださいね!

私的には受験シーズンが過ぎたあとぐらいを予定しています。


では、また次話でお会いしましょう。


ぽぽろ

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