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「いっ、いったああぁぁぁぁっーーーーーいっ!!!」
「お嬢様、あと10秒キープです」
一般教養、もとい伯父様の『お仕事の』手伝いが終わった後は、ジェーンによる柔軟体操の指導である。
午後に控えている武術の特訓の前に、体を柔らかくして、怪我のリスクを下げようというわけ。
伯父様の考えたプランだけど、さすがとしか言いようがないわ。
ちなみに、初めから木刀とはいえ、剣を使うのは危ないから、基本的な武術からってことになった。
柔道や空手みたいなものかしら?
なんというか、抜け目がない。
私が剣術を習いたいっていう我儘を飲み、且つそれ以上のものを用意し、自分の利益にもなるようにする。
さす伯父だわ。
「次は30秒左に傾けましょう。はい、1から数えますよ?」
いーち、にー、さーん、しーと数を数えていくが、私はもはや虫の息。
さてここで、何故ジェーンが私に柔軟の指導なんかをしているのかというと……。
実をいうとジェーンは公爵家で働く前まで、旅芸人の踊り子として全国を周っていたらしいのだ。
踊りが得意ということで、柔軟に関してはプロ。
姿勢がよかったり、動きに無駄がないなとは密かに思っていたけど、なるほどそういう訳だったのか。
身元は確かなんだろうけど、私の専属侍女にするにあたり、お父様もよく許したなと思う。
記憶は曖昧なんだけど、どうやら私が駄々をこねてジェーンを侍女にしたらしい。
まだ家族でこの領地にいた頃、旅芸人でこの村に来たジェーンに、私が一目ぼれしたそうだ。
伯父様はその時のことをよく覚えていて、街に買い物にきていたジェーンを目ざとく見つけた私は、ジェーンに抱き着いたままコアラのように離れなかったという。
ジェーンもジェーンで舞台の練習中に怪我をして、これ以上旅を続けるのは難しく、転職先を探していたようだ。
そんな時、タイミングよく(悪く?)私に捕まった訳である。
そんなこんなで、今私は股割りをしている。
地べたに座り、ぱかっと両足を開脚をしているが、それ以前にお腹の肉が邪魔で前に傾かない。
ジェーンは今にも息の根が止まりそうな私の背中を後ろから、これでもかってぐらいグイグイ押している。
ぐ、ぐるじぃ……。
「お嬢様、素質はあります。このままいけば、来月には180度、足を広げることができるでしょう」
ほ、褒めてくれているのは嬉しいけど、もう限界だよ……!
柔軟しかしていないのに、私の全身は汗まみれだ。
午後は武術の特訓だけど、私耐えられるのかしら……。
遠い目をしつつ、私はジェーンに背中をさらに押され、危うく意識を飛ばすところだったのであった。
〇 〇 〇
秋の日差しは暖かいが、時折吹く風がひやり冷たい。
訓練初日にもってこいの秋晴れである。
この一週間で雑草をむしり、伸び放題だった木の枝を整え、なんとかお客様をお迎えできるまでにしたお庭に、武術の先生をお招きしていた。
私のとなりにはエマニエル伯父様、後ろ斜めにジェーンが控えている。
そして対面には仁王立ちで腕を組み、筋骨隆々の上腕を惜しみなく袖から出している、黄金の髪をなびかせた男がいた。
逆光で顔が良く見えないけど、なんかライオンみたい。
つ、強そう……。
「言いにくいんだけどよ……、その嬢ちゃんには、特に訓練はいらねえんじゃねーかな?」
表情は伺えないが、少し戸惑いの色を浮かべたハスキーボイスが頭上から降ってきた。
声にはハリがあり、若い感じがする。
しかも、今、私のことをお嬢ちゃんって言った?
す、すごい! 何、この人!
エマニエル伯父様は私のことを、従者の男の子だって先に話しているはずなのに!
もしかして、人を見ただけで性別が分かっちゃったり、強さが分かっちゃったりするの!?
訓練がいらないってことは、戦ったことはないけれど、私って実をいうと強かったりするのかな??




