8, ”旅人”の会合
お久しぶりです
ここは、この街のとある酒場、Bar, HERMES。
少し入り組んだ路地の奥にある、知る人ぞ知る飲み屋。
-カラン、カラン-
ドアベルにしては少し重めの音が鳴り、来店者を告げる。人のいないカウンターの奥でキュッキュッ、とグラスを磨いていたマスター 如月 怜は、ちらりと視線をやり、いらっしゃいと声をかける。
こつり、と靴音を響かせ、訪問者はマスターの目の前のカウンターに腰を掛ける。顔はフードを真深くかぶっていてみえないが、フードから零れる長い髪と体型からして女だろう。腰をかけた彼女はフードをかぶったまま、マスターを見た。
「マスター、あなたのおすすめをもらえるかしら?」
声に艶をのせて響いた声に、マスターは目を見開き目の前の女をまじまじと見た。そして、ふっと笑いをこぼし、拭いていたグラスをゆっくり置いて言った。
「もちろん、ノンアルコールでよろしいですか、”アンジェロ”?」
アンジェロと呼ばれた彼女はマスターの言葉に笑みを浮かべた。
そして、
次の瞬間、こらえきれなかった笑い声をあげた。
「ふっ、ふふ、、!
ああ、だめだ、おかしっ!なに?怜さんの敬語とか、似合わな過ぎる、、!」
くくっ、とツボにはまったようにいつまでも笑い続ける彼女にマスターはちっと小さく舌を打った。
「ったく、せっかく合わせてやったんだから、笑うことはないだろ。…相変わらずだな、お前は。」
「くっ、!そう、いう、りっ、っ怜さんもあんまり変わってないでしょ?っふ、ふふふ!」
笑いをのせ、途切れ途切れに言葉を放つ彼女にマスターはあきれた声を出す。
「おいおい、いくらなんでも笑いすぎだろ。いい加減やめろ。」
あー、笑った、笑った。と、彼女は目尻の涙をぬぐい、彼へ向き直った。カウンターに頬杖をつき、しみじみと声を出す。
「本当、久しぶりね。それにしても変わらない。ここも、この街も相変わらずだわ…。」
彼女の声にマスターはカクテルを作りながら、応える。
「変わっていて、ほしかったのか?」
「…ええ、そうかもね、変わっていてほしかったのかも。」
その言葉の後、”アンジェロ”はゆったりと首を横に振った。先ほどもらった、ノンアルコールカクテルを一口含み、視線を上げたその表情は、さっきまでとは打って変わって真剣なものであった。
「でも、…。もう、もうすぐ、変わってしまう。」
マスターは表情を変え、声をおとした。
「…はじまるのか。」
「はじまるわ。もう、前兆は起こり始めている。」
彼女の言葉にマスターは言うのを迷うようにおずおずと言葉を紡いだ。
「…、その前兆に、お前は含まれているのか?
お前が、いや、”アンジェロ”が帰ってきた、っていうのは…。」
少しだけ、目を見開いた彼女はやさしく微笑んだ。
「…少なくとも、”彼ら”にとっては前兆となり得るかもしれない。本当なら、”アンジェロ”は帰ってこないはずだったもの。」
カクテルの残りをグイッと飲み干して彼女は言葉を続ける。
「でも、これで最低限の準備は出来るはず。そうでしょ?怜さん。」
「ああ、少なくとも”俺たち”にとっては、そうだな。」
彼の言葉に一つ頷くと、ごちそうさま、と代金を置いて席を立つ。
そして、彼女はドアを開ける前に一度止まり、振り返った。
「本当、はね、なんとなく分かってたの。”偶然はなく、全ては必然である”ってやつね。
さて、怜さん、この情報をまわしてくれる?
”アンジェロが帰ってきた”、とね。」
如月 怜
HERMESのマスター。
アンジェロ (Angelo)
HERMESを訪れた女性。年齢不詳。
フードを目深くかぶり、顔はよく見えない。