3-13
あの後、調査に私も組み込まれた。といっても、囮役としてだけれど。
状況からすると私が標的じゃないかって意見があった。ある程度犯人の目星はついているそうだけど、尻尾を出さなくて困っているらしい。状況証拠じゃ他国への強制送還の根拠としては弱い。
だから懲罰房で仮眠を取る羽目になった。窮屈な思いをしながらかれこれ四日はいるわ。
同好会の見学はうまく行ったのかしら。義兄とヤンならそつなくこなすだろうから、集客だけが心配ね。
壁の染で絵柄を想像してたらカチャリと音がした。扉を触ると開いている。見張りの魔術師はどこにもいない。私自身は犯人を知らされていないからこのまま行動するだけ。警戒されても困るから普段通りの警備体制。
きっと今回の見張りが犯人だとは思うけれども、交代の声とか聞こえなかった。結構用意周到なタイプだとは思うわよ。
魔術の残滓は階段のところまで続いている。きっと私をおびきだしたいんでしょう。囮だからあえて思惑に乗って地下の使われてない部屋まで進んだ。
暗くて何も見えない。罠だと分かる状況。様子を伺おうと入り口でとどまっていたら、室内に炎が放たれた。
瞬時に人影が照らされてその炎に巻き込まれそう。とっさに身体が動く。自分が危害を加えられることは考えても他人が巻き添えになることまでは頭に無かった。
「っ『ブルーウォール』!」
慌てて水の魔術で中の人を保護する。それでも壁際まで吹っ飛んでいった。炎の威力が強すぎて衝撃を殺しきれなかった。
制御の魔道具が多くて私も本調子ではない。
その人物に駆け寄ったら扉が閉まる音がして真っ暗闇になる。
すぐに何個も光の玉を浮かべて辺りが見えやすいようにする。目に頼ってる魔術師にとって暗がりは一番不利な条件。そこまでちゃんと分かっているからやっぱり内部犯なのは確定したわ。
目が慣れる前に二度目の業火。
倒れた魔術師を庇ってもう一度水の攻撃魔術で応戦する。結界の魔道具はつけてないし、自分で張ったら動けないから救護に支障が出るわ。
そんな風に思っていたら、殺気を感じて私はすぐに風の魔術でその人を引き剥がした。
フードが外れた相手は目元を隠す対人用のマスクを身に付けている。誰かはっきりしない。『剣』の人間ってことだけは確か。隠してある録音用の魔道具を起動させる。
「何が目的よ」
答えるつもりはないと思うけど、きっと応援が来るはずだから時間を引き伸ばすために問いかける。
相手はしばらく黙って不意にマスクを取った。ウェーブがかった長髪が相手の肩に落ちる。
『ライトボール』に照らされたのは嘘つきの顔だった。
「マリー……あんた、なに考えてるの」
前髪を整える嘘つきは薄く笑ってローブを脱いだ。『剣』の制服に巻いてあったサラシを無言で解いている。
気配は私と嘘つきの二人だけ。炎の魔術や扉は魔道具で操作したもの、かしら。
私を排除するため? それにしては何かおかしいわ。誘き寄せるにしても私が庇わなければ嘘つきはあの炎で死んでいた。仲間もいないんじゃ、やっていることの意味が分からない。
『スフィアウェポン』で短剣を形作る嘘つきは目を細めた。
襲ってくるかと身構えていたけど覇気はない。
「色彩さん。貴女は前世を信じますか?」
いきなり意味不明な事を話しかけられて怪訝に思った。
「自分として生まれる前の人生。それが、あるとしたらどうしますか?」
「だったら何なの」
「多くの人は前世を信じません。甦るはずの無い記憶ですもの、でも私は思い出したのです」
やっぱり理解できない。
そんなもの、あったとしても自分の物じゃないわよ。
嘘つきはどこか疲れた顔で語りかけてくる。
「再び巡り合えた僥倖と、再度あの方と私を分かつ絶対的な溝。同じ時を生きる夢は叶ったというのに。なぜ、私は女に生まれたのか。なぜ、運命は私を嘲笑ったか。ヘンリアに看取られた身は、自由を得たというに――私はお側にいるだけでは我慢できなくなりました」
既視感のある言い回しで嘘つきは一歩前に出る。
いつもの嘘つきじゃない。だって、この人はいつも私に悪意があった。でも、今の嘘つきの気持ちは凪いでいる。
「……マリヨンが憎んだのは君ではありませんよ。あの方と共にあることの出来ない自分を憎んだのです」
自嘲じみた言葉。自分の事のはずなのに、距離を感じる物言い。
やっぱり嘘つきは変になっている。呪術の影響かどうか確かめた方がいいわ。
「あんたが呪術書をばらまいたの?」
「綴ったのはただの自伝ですが、君の認識ならば恐らくそうでしょう」
「すぐ認めるのね。いつもの細工は知らんぷりの癖に」
「申し訳ありません」
謝られて余計に困惑する。穢れの気配は感じられない。そうしている間にも外が騒がしくなっている。きっと応援が到着したのでしょう。もう少し供述を引き出したいところね。
「偉大なる母とか銀輝の月神云々もあんたが書いたの?」
その言葉に嘘つきは衝撃を受けたらしくて目を見開いた。
「君は純血アヴィと同じなのですか? いや、しかし彼等のような加護は見受けられませんね」
「アヴィなんて知らないわよ」
「ならば、黄金の太陽に連なる神代リヴィでしょうか」
アヴィだかリヴィだかも知らないけど、嘘つきが口を滑らせそうだから否定しない。
とりあえず、呪術だと自覚していた、という自白にはなるかしら。
そろそろ中に人が入ってくるわね。嘘つきにも分かったのか動揺を抑えて深呼吸した。
「そろそろ時間ですか。君が何者であれ……どうか、迷える彼を頼みます」
嘘つきは短剣を逆手に持った。
音と光が一気に雪崩れ込むのと同時に、その短剣が嘘つきに振り下ろされる。
明らかに自害をする気だった。
でも、私は体が動かない。動かせない。
まるであの時みたいで。母様の姿が重なる。私の愛した母様が、目の前で。それを笑うあの人がまた語りかけてくるようで。
『可哀想、化け物を愛するなんて』
その先を思い出す直前に強風が通りすぎた。
「っ確保完了! 直ちに自害防止用の拘束具を持ってこい!」
エダの隊長の檄と直後に手を引かれた感触でようやく現実に戻る。
記憶の中の血だまりも鉄さびの臭いも無い。どこにも無い。嘘つきも死んでない。
後ろを振り向こうとすると強く抱き締めてられて少しだけ痛い。ああ、碎けたピアスの欠片が肩に落ちる。一つ分じゃない。もう少し多いわ。
「無事で良かった……」
低い声が降りてくる。私の事を案じるとう……いいえ、義兄の声。
その声を聞くと泣きそうになる。そんな資格は無いのに、それでも縋りたくなる。
色んな気持ちを飲み込んで手を外す。大分落ち着いてるし魔道具のお陰で暴走もない。
振り向いたらフィロガの方が辛い顔をしている。
「大袈裟よ」
「危険な目に合わせたくない」
「『剣』の魔術師なら無理でしょ」
極力冷たく言い捨てると苦笑される。気持ちを悟られたくなくて状況を確認すると、ファンの人が嘘つきを鞭で口ごと拘束した。
ぶれないこの人に私は引いた。
フィロガの前で本性を出してるけど、良いのかしら。
その場の収拾がついたら私と義兄は解放された。
関わっていない魔術師には私が単独で実績を上げたと説明された。事実は全然違うのだけど、エダの隊長達には隠したいことがあるらしいわよ。
そしてようやく帰ることができた。久しぶりの我が家に体から力が抜けかけた。今回は相当負担だったわ。
キッチンでお湯を沸かしているフィロガが顔を出した。
「……何か飲む?」
「紅茶」
天馬のぬいぐるみを撫でながら答える。この子がいるとだいぶ落ち着くのよね。
飲むと体が温まる。
フィロガはそれ以上を声をかけてこないで本を読み始める。私もスケッチブックを取り出して絵を描く。何枚も何枚も。ずっと記憶に残っているものの一部。絶対に消えないし消せない私の罪。だから私はきっと許されない。
でも、今はまだここに居させて。せめて、フィロガが居るまでは。そう願いながら描き続けた。
木炭が切れて手持ちぶさたになる。集中力も切れた。そういえば、同好会はどうなったのか聞いていなかったわね。
「ねえ、あんたとヤンの発表はどうだったのよ」
「あー、ヴァレンティン署長とヴィクトルが来たよ。俺の時は接待になって、ヤンの時は姉弟喧嘩で荒れたかな」
結構な大惨事だった。
『剣』署長と出禁のあいつが来たらそれは事故以外の何物でもない。見学会は失敗したも同然よ。
「ほとんど収穫無しね」
「いや……一人ずっと来てた学園生は入る気らしいよ」
話を聞くと、どの回でもすぐ発言していた子が前向きらしい。
「さて、と。最後の回に行くけどリリーはどうする?」
「最後って……ああ、メアのことね。どんな内容か知らないんだけど」
「実践形式だってさ。『剣』以外の魔術師は手合わせしたことないし、それでいいかって本人がほざいてたよ」
微妙にいい笑顔のフィロガはやる気に満ちあふれている。良からぬことを企んでる顔ね。
ふと思い出して声をかける。
「ねぇ、そういえばあんたとメアって付き合ってるなんて噂が立ってるわよ」
「……ふーん。そうか、そんな噂が」
「メアは違うって即答してたけど」
きっとメアには恋心、無いわよね。でも義兄はどうかしら。その表情からはうまく読み取れない。ただ、楽しそうにしているのが印象的ではあったわ。
***
魔術師向けの演習場に集まる人達を眺めて私はため息をついた。
「人が多すぎるわよ」
「皆、彼女の実力とリスリヴォールの魔術を体感したいんだろう」
取り仕切ってるヤンが頷く。
その隣でディートリヒは頭を抱えていた。
「つーかよ……なんで運営側の半数が挑戦者になってるんだよ」
ええ、私もそれは疑問だったわ。
ちょうど隊長の「引き分け!」の声が響く。演習場は一部が溶岩状になっていて、石から作られた投擲用のナイフが散らばっている。
そこに涼しい顔をしたメア、片膝を付いてるラインハルト、今にも倒れそうなベルがいる。
「あいつ無茶苦茶だな」
「ベルは楽しんでるわよ」
「そっちは見りゃ分かる。ハルが本気で斬りかかってただろ」
ぼそっと「流血沙汰はやめてくれ」と呟いてるのを流した。魔族の吸魔を考えたらそうね。メアを煽るだけよね。
地ならしされた演習場に目を向ける。
次が最後、フィロガと特別枠でエダの隊長。『剣』の魔術師は遠慮してもらってたらしいけど、義兄のごり押しで通ったんですって。
何やってるのよあいつら。
エダの隊長が駿足でメアを捉えて剣を交える。速さだけなら互角。他は競り負けてる感じがするわ。
本来ならフィロガが魔術で応戦する役割のはずだけど、あいつは攻撃魔術を使えない。ずっとエダの隊長が作った隙を狙ってメアに接近している。
そこに突如響いた声。
「メアはエロいのが苦手!」
気が逸れたメアに二人が切り込んで、決着がついた。
客席を見たら傭兵の人をバーナードが取り押さえてる。揉めているようだけど雰囲気は穏やかだから大したことはないでしょう。
グラウンドは勝った二人が笑顔。
そして立ち上がったメアとエダの隊長が握手をする。お互いに力を込めているから、仲が悪そう。
次にフィロガと握手をしたメアは、義兄に引っ張られて体勢を崩した。
びっくりして倒れそうになるメアを抱き止めたあいつの……気のせいじゃなければ顔がメアの頬に。
静まり返る会場と、みるみる茹でダコの様に赤くなってビンタをしようとするメアと、それを躱して満足そうなフィロガ。
怒号と悲鳴と一部興奮している声が響く。近くにいたサリアさんが高速でメモを取っているのを横目に私はため息をついた。




