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【サイドA】3-7

※一部お色気注意報あります。軽めの描写に留めました。

 隣を歩くキアラの顔色を窺いながら、『剣』へ向かう。目が据わってる彼女にはもう慣れた。


 まず、整理しよう。

 リリーを捕縛する決定は上層部から出ている。だから、部外者の私が異を唱える事はできない。

 そしてキアラは仕事として割りきってリリーを積極的に縛り上げた張本人。

 しかし、初めからキドナ達が気まずそうにしているので、本人の気持ちには反している。だから、普段より調子が出ない。


 それならば私が代わりにリリーから事情を聴いた方がよいと思ったのだけれども、また余計なことをしたようでへこんだ。

 黙々とそんなことを考えてたら彼女にギロリと睨み付けられた。


「いい加減、魔王様に負担を掛けないでください」

「別に、メアは」

「その容姿は完全にアウトなんです! 黒髪ロングとか!」


 なぜ私は調査と全く関係ない点で罵られているのだろうか。


 一方的に険悪な空気のままヴァレンティンと面会した。

 報告をするキアラの言葉を聞く彼も罪悪感のようなものを抱えているらしい。皆、態度に出さないところがすごい。


「つまるところ、リリーは直接関与しているわけではない、ということか」

「現状はそのようです。題名だけ確認しましたが彼女の筆跡ではないでしょう。フィロガ室長ならば読めば気付くはずです」


 そこまで分かっているならばもう無罪でよいのでは。そう思うも二人はまだ何か懸念点があるのかリリーを白だとも思ってなさそう。


「メアは、彼女を信じていいと思う」

「リーメア・スレイ。君の調査はあくまでもあの件に関してのみだ。発言権も同じく」


 遠回しに別の事で彼女を疑っている彼等に、深入りするなというジア達の忠告を思い出す。

 分かっている。自分の手には余る。本来ならば潔く割りきるべきということも。しかし、リリーを見ていると他人事に思えなくて。


「今日はもう帰ってください。ここからは私達の仕事です」


 言われた通りに部屋を出る。夜空には星がぼんやりと浮かんでいる。地面の光がなければもっとたくさん見られただろう。


 まばらな人通りを静かに歩いた。

 巡回中の『剣』の魔術師は通りすぎる私を気にしない。しかし、なぜか既にフィロガと夜に会っている話が出回っている。恋愛に勘違いされて遺憾だけれど、『理』の研究室では他人の目があり魔族の話などできない。


 彼はまだあの魔術を拒否している。あまり時間をかけると吸魔が頻発して問題になってしまうのに。私の調査が終わるまでは導師達にも話したくない、と押し切られた。


 あの晩の様子や彼の言動から、淫魔型か悪魔型か、あるいは両方になりえるとは推測できた。

 吸血型ならば既に血を欲するはずだから違う。睡魔型は吸魔で問題行動を起こさずそもそも露見しない事がほとんど。そして、彼には食人型の兆候はない。だからまだ悠長でいられる。


 考え事を切り上げて目的地である彼の事務所の扉をノックする。鍵が開いた音だけが小さく聞こえる。『癒』から帰されたらしい。


 明かりも灯さず月明りだけの薄暗い室内。フィロガは窓際にいてこちらに背を向けている。

 近付いても動きはない。しん、と音がなく張り詰めた空気で居心地が非常に悪い。


「今日は、大変で疲れた、と思う」


 会話を試みたところ、フィロガは微かに動く。しかし、無言のまま時間が経った。


 反応を貰えなかったため「お邪魔した」と帰ろうと思った。呪術書に巻き込まれて心中穏やかでないのかもしれない。話す気も起きないならば、邪魔者はいない方がいい。


 そこではじめて、フィロガは言葉を発した。


「メアは……仲間から大切なものを傷付けられたら、どうする?」


 不思議な問いかけに足を止める。呼び方は数日前から戻ったのでそこではなく。

 私にとって仲間と呼べる存在は家族だけ。彼等が仲たがいするならば、きっとやむを得ない事情の結果。


「理由による、かと。仕方がないことも、ある」


 振り向いた私はそう答えた。

 ゆっくりとこちらを向く金色の目と合う。感情が揺れているのか、魔力によって椅子の一つが壊れる。一歩ずつ近づく彼の表情は険しい。


「許せるか?」

「事情があれば」

「納得できなくても?」

「メアには分からない事もきっとある、から」


 気圧されつつ目の前のフィロガを見上げる。

 感情の削ぎ落とされた顔で睥睨する彼は、『魔王』の名に相応しい迫力がある。


「つくづくムカつく女だな」


 そう吐き捨てて私を床に突き落とした。唐突で脈絡がない。そして首に手を掛けたためすぐに体当たりで逃れる。

 吸魔で錯乱しているのは疑いようもない。


 考える暇はない。眼鏡が吹き飛び噎せる彼が体勢を建て直す前に仰向けに転がし馬乗りになる。

 そして次の行動に出られる前に吸魔抑制剤を口移しで流し込んだ。


 この薬が吸血型以外に効くかどうか確認できていない。一か八かの賭け。

 動きが一瞬止まった。女性恐怖症がぶりかえしたのだろうか。それでも耐えてもらうしかない。邪魔されないように腕を抑えつけよとした。


 が、しかし。


 私は不覚にも固まった。

 舌が、何故こんな、上手で。予想外の行動に頭が真っ白になる。

 何度か床を叩いて抵抗したら彼の手が緩んで自由になった。


 目はもう紫色に戻っている。私を見つめ返すフィロガは口を震わせていた。


「俺……ごめ、こんな、つもりじゃ」


 傷ついたように首を振る彼から離れる。己の行動を受け入れられないのは当然の事だから。


「吸魔衝動を自力で抑えるのは難しい」

「違う、そうじゃ、違う」

「フィロガ、落ち着いて」

「ちが、違う。俺は」


 まだ混乱していて私の言葉が聞こえていないよう。うわごとを繰り返して怯える彼を見て自分の体が動かなくなる。


 ――ああ、なんて嬲りやすそうな玩具なのかしら。


 厄介なことに『私』が愉悦を抱いて出てきてしまった。


「一体何が違うというのでしょうか」


 自覚はできないけれども、微笑みながら聞き返しているのだろう。声が笑っている。

 虚ろだった彼の瞳に理性の光が戻った。そして弱く睨んできた。

 そんな彼をあざ笑うためか『私』は近づいて彼の唇を指でなぞる。


「ふふ、貴方は、自分に恐怖しているのでしょう? 女性を壊したいという欲望をなぜ抑えつけてしまうの? 抑えたところで無駄なのに」


 知らない間に『私』は勝手に彼を同類認定していた。フィロガは力なく目を閉じた。否定すればいいのに黙っている。

 ついていけない。首を傾ける『私』はそんな私の困惑さえ楽しんでいる。

 痛い沈黙が続く。しばらくしてか細い声がした。


「エディを裏切りたくない」


 彼は苦しそうにそう零した。少なくとも先程までの発言を鑑みるに、おおむね『私』の推測は当たっている、らしい。

 嬉しくない発見と同時に『私』が引っ込んだ。


 どう、対処すれば収拾がつくのか。とにかくフォローする以外に思い浮かばない。さっと床に降りて正座する。


「今のは、その、私は、昔、淫魔型の男に吸魔され……その男性を、殺して。殺した時に、とても気分が良くなってしまいまして。今でも時々、男性を八つ裂きにしたいと感じる瞬間がございまして」


 自分の過去の所業を伝えてみる。似たような感情を持っている相手ならばやらかしの傷も浅くなるのでは、と考えて話した。正確には『私』の気持ちだけれども。

 反応は怖くてみれない。精霊達の行動も含めて知りたくない。


「どうも、貴方に対してそう感じることがあるようで、ですから、さっきのあれは狂人の戯れ言と切り捨てていただけますと貴方も私も幸いかと」


 深々と頭を下げて目を閉じた。

 ああ、この姿勢でジアから説教をされたことが懐かしいなどと現実逃避するほどには自分の心を抉っている。


 言葉が何も返ってこない。痺れる足を我慢していると彼の動く気配を感じた。


「で、ですのでっ!?」


 続きは足を小突かれて止まった。痺れで涙がでてきそうになり、姿勢を崩す。今度はふくらはぎの辺りを踏まれて悶絶した。呻き声を上げると、半泣き顔のフィロガと目が合う。


「こんの悪女、淫乱女! やっぱり殺す気だったんだな!」


 暴言も甚だしい。

 私はフィロガの命など必要ない。そう弁明しようとして口を開き、矛盾だらけの言動で混乱させるだけか、とやめる。

 さっきよりも元気になったので他の事には目を瞑ろう。


 私が痺れと戦っている間にフィロガはソファになだれ込んだ。頭を抱えてうずくまる仕草が非常に子どもっぽい。


「何だよこの女。やっぱり害悪でしかないじゃん」

「……メア自身、否定できない」

「はぁっ!? 自覚あるならどうにかしろよ!」

「もうした。その上で、ああなる時がある」


 そう告げると、フィロガは頭をかきむしって「開き直るなよ」と困った声を出した。


「申し訳ない」

「本当だよ馬鹿。馬鹿の阿呆なんだな、メアは」


 私を一瞥する裸眼の彼。なんだか年下のような錯覚を受ける。

 ため息を吐いたあと、彼はソファに座り直した。まだ耳が赤い以外は取り繕える程度に回復している。


「本当にごめん。怪我はない?」

「それは平気。ところで、その、何故あんな行動に」


 掘り下げるか迷ったけれども、吸魔が絡んでいるなら聞かなければいけない。

 フィロガはうつむき加減になる。


「リリーが、自白剤を使われるから気が気じゃなくて」

「じはく、ざい?」


 なぜそうなった。

 いえ、容疑者なら取り調べくらいはありえる。しかし、彼らに制約魔術を行使すればいいだけのはず。危ない力技に訴える意味が分からない。

 言い淀む彼は「機密なんだけど」と憂い顔。


「パミラ部長がリリーを魔族じゃないかって疑っていて。魔族には効かない種類があるらしいよ」


 冷や汗が背中を伝う。パミラはアザティラタを持っていた。あれはそういう用途にも使える。

 リリーの窮地には私も一枚嚙んでいる。


「俺のせいかもしれないって苛々していたらメアが来て……八つ当たりだったんだ、ほとんど」


 ある意味八つ当たりではなく正しい対応の気もする。それは言葉にせず続きを促した。


「それで目の前の女が消えればいいとか考えた。メアは気付け薬でも飲ませてたんだろうけど、余計に苛ついて。だったら、辱めればすっきりするかと思って」

「そ、そうか」

「途中からそんな気分は吹き飛んだ」


 証言だけだと淫魔型にも思えるし、悪魔型にも思える。やはり鑑別は難しい。

 沈黙した彼に私は聞くか迷う。確実に女慣れしている仕草だったのだけど、どこで身に付けたのか。いや、個人的な恋愛遍歴はとりあえず脇に置いて、吸魔の対策をするべき。


「フィロガ、やはり魔術を使う方がいいとメアは思う」


 顔をしかめながらもゆっくりと彼は頷いた。


「そう、だね。吸魔の危険性を思い知った」


 フィロガは「ただし」と言葉を区切る。


「あの紋様、緩い主従関係の証としての用途もあるって書いてあったよね。それなら、主側は俺にしたい」

「理由は」

「悪いけど、まだ完全には信用できないから、かな。わがままだとは分かっているけど、契約を切るタイミングは俺が握っていたい」


 吸魔のタイミングで契約を解除される恐れがあるのでしばし迷ったが、彼の精一杯の譲歩ということで受け入れる。


 適当な杯と二つの刃物を用意してもらう。杯は紋様の上に置き、私とフィロガは杯の中へ血を注ぐ。

 匂いにくらっとしたけれども、フィロガの血は正直非常にまずそう。これから、この血をお互い一口ずつ飲まなければいけないのに……飲み込めるのか、怪しい。


 紋様にフィロガが触れて魔力を通す。次に、私が触れて同じようにする。二人とも魔術師だからここまではすんなりと出来た。

 最後は呪文。といっても、自分の名前を認識させるだけだから簡単。


『フィロガ・ユーリッドの名において汝を受け入れし』

『同じく、シェリーメア・イザクトレイの名において受け入れし』


 紋様の赤い光が杯へと消えたので、これを互いに飲めば終わり。

 先にフィロガに飲んでもらわなければと見上げると、絶妙に、残念な眼差しを向けられていた。


 疑問に思うもまだ魔術は終わっていない。

 黙々と彼は一口だけ飲む。当然ながらまずそうな顔をしている。そして次は私の番。


 深呼吸して中身を口に含んだ。

 腐りはじめた果実の甘さと酸っぱさ、そして青臭い苦みが同居するえもいえぬ味わい。どうにか飲み込んだあと耐えきれずフィロガに懇願した。


「み、水欲しい」

「血を飲むのが好きなんじゃないの?」

「いいから水!」


 必死さが伝わったようですぐにもらえた。水で洗ってもまだ口内に残っている。


「この味、きっと悪魔型の気がする」

「型で味違うの?」

「普通はそこまで変わらないけど、悪魔型だけダントツでまずいことが多い」


 彼にも淫魔型か悪魔型の可能性が高いとは伝えてあったので、その顔に驚きはない。

 しかし、表情に出てない呆れが伝わってくる。精霊達を目視するのとは違い、直感的に理解できる。これが感情を読めるということか。不思議な気持ちになっていたら、その呆れた感情が酷くなった。


「どうかしたのか」

「いや、さっきの名前」

「名前?」


 何か問題があっただろうか。

 考え込んでいると、フィロガは「潜入捜査、もうやめたら」と仕事を全否定してきた。


「この紋様は契約魔術と同じで偽名でも自分が認識してる名前なら問題ない、って書かれてたけど……シェリーメアって、本名だよね?」

「あ」


 意気込みすぎて口走ったらしい。

 なんて事だ、私はとんでもない過ちを犯してしまった。


「いつもは隠してる。調べたら許さない」

「……本気の殺る気が伝わってくるんだけれど」

「メアにとっては、死活問題」


 ならば言うな、という反論は分かる。しかし、ここだけは譲れない。彼に伝手があるはずはないのだけど、万が一ということも。

 うっすらと霜が降りた床を無情に見つめつつ、またしばらくの沈黙が辺りを包んだ。

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