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3-7

 雨が降れば演習、中止にならないかしら。現実逃避をしながら晴れた空を睨み付けた。協会都市内は結界に囲まれているから、雨が降ろうが槍が降ろうが影響しないんだけど。

 せっかく取り寄せてた魔力石が届いたって連絡が入ったのに。全然楽しくない。


 この前と同じように整列してたら、今度は二人組での訓練になった。

 相手は前回も一緒だった同僚。お題は相手に嫌がらせをして隙を突くとか……人間関係に皹を入れる気かしら、あの講師。


「相手の心を折る、って難しいよね~」

「勝手知ったる人間ならそうね」

「んん、例えば、この、『破壊の魔女』め、とか、そんな感じかなぁ」

「あたしは気にしてないから無意味よ」

「だよねー」


 その名前をこいつにいわれても全く響かない。周りだってただの悪口大会かふざけ合いよ。傭兵の人が遠い目をしているから、狙いとは違うっぽいし、もう止めたらって思う。

 すぐに片手を挙げて「こっち見て」と傭兵の人が言った。


「戦いの中で相手の意欲とか士気を削ぐって大事だろー、混乱したところを畳み掛けてバッサリとかさ。だから相手の気にしてる部分、つまり図星を突いて動揺を誘ってほしいんだよ、俺としては」


 挑発行為が戦闘面で大切って意味は私も理解できるわ。でも、それを仲間同士でやったら下手したら恨まれる。だからみんな酷いことは口にしていない。


「分かった。内容変更、俺が挑発するからみんな耐えろよー」

「却下だ、申請内容と違う」

「人に合わせて臨機応変に変えるのは駄目?」

「公衆の面前で辱しめるなど言語道断だ」


 部隊長のストップに困った顔の傭兵の人が、ぱっと閃いた顔に変わった。


「なら、メア呼んできていい? あいつ、魔術で音を消せるからさ」


 明らかに部隊長が険しい顔つきに変わった。


「リーメア・スレイはここに入る資格などない」

「ん? でも、メアにも魔術講習頼んだんじゃないの?」

「不測の事態に備えて人員配置を変えるつもりだ」


 きつめの口調でいる部隊長は、ちょっと前までの義兄の態度と被るわね。メアの事を危険視したままなんでしょう。一般隊員も半数くらいは渋い顔をしている。今でも私の知らないところで色々とやらかしているのかしら。


「そっかー、メアを警戒してんのか。ならこっそりあいつの弱点教えるからさ、駄目?」


 傭兵の人はあっさりとメアを売りつけてた。やっぱりメアからしたら敵よね、こいつ。

 そして部隊長は吟味するように黙った。交渉材料が良かったってことね。メア、このままだと本当に協会から追い出されるわよ、大丈夫かしら。


「リーザ殿としては彼女が窮地に追いやられても構わない、と」

「え、だって指名手配受けるくらいだよ。殺されても仕方ないじゃん」


 あっけらかんとメアが死んでもいいとか言い出されて部隊長が引いている。ええ、頭おかしいわよね、この人。それでも提案が魅力的だったのか、部隊長は今回だけ認めてメアを呼びに行ったわ。


 待っている間、私達はぎこちない空気で個人練習をしてた。どうせなら身体強化でも練習しようって話になって、同僚と剣戟をしてみる。あっちは強化された短剣で切り込んだ。刀身で受け止めようとしたけど、強化がやっぱりできないから真っ二つよ。


 その残骸を拾おうとしたら傭兵の人が手に持っていた。いつの間に来たのかしら、早く行ってほしいんだけど。


「二人とも下手だなー」

「だってリーザと違って本職じゃないし」

「いや、トラヴィスはやる気の問題じゃん」


 傭兵の人と同僚はお互いに軽口を言い合っている。この前も『剣』の一部とつるんでるのに出くわしたし、結構人付き合いは得意なタイプなのかもしれないわね。淡々とそんなことを思っていたら、傭兵の人が私を見る。


「ねーちゃんの方は……まあ、頑張れ」

「それはどうも」


 額面通りに受け取って訓練もどきを再開する。傭兵の人の視線が鬱陶しくて身が入らない。何なの、本当にこの人って。

 しばらくして部隊長がメアを連れて戻ってきた。借りてきた猫のように大人しかったけど、傭兵の人相手にはジト目を向けた。


「……リーザ。メアは、とても、忙しい」

「また今度おごるから!」

「いらない……代わりに、ミシェルの所に同行」

「えっ、あれやんの俺。いや、俺はいいけど、メア気持ち悪がってたじゃん」

「嫌とか言ってられない」


 交渉中の二人も微妙な空気を醸し出すせいで気が重い。話が纏まって、傭兵の人は半笑いを改めた。


「待たせたな! じゃあ再開するぞー」


 そうやって順番に傭兵の人と一対一になった。

 残りの人達はさっきと同じように個人練習よ。わざわざ他人が見る必要は無いって部隊長の意向。

 そして私達二人の番が来た。先に同僚が傭兵の人の相手をしてるから、私は強化の練習を続けた。部隊長がチラ見して「刀身を腕の延長線と捉えるんだ」とかアドバイスをくれるけど、できない。


 終わった同僚に肩を叩かれてため息を吐いた。

 疲れた目をしたメアが淡々と魔術を掛け直す。メアの指定した範囲から出なければ私とこの人以外には声が聞こえないらしい。本当にメアが便利屋的な使われ方をしているのが可哀想。この苦労が報われればいいわね、と心の中で労う。傭兵の人が非常識なのよ、魔術師にとってかなり負担なことを強いて。

 笑顔のままの傭兵の人が先に前回の演習のことを謝ってくる。


「あー、えっとこの前はごめん。今回もごめん、俺、頑張って挑発するから耐えて」

「訓練ならいいです」


 プライベートなら顔を合わせたくないけど、今は一応仕事中だもの。

 そして、話もそこそこに傭兵の人がいきなり切り出す。


「ねーちゃんってなんで隠してるの?」


 いきなりすぎてどういう意味なのか理解できない。黙って続きを待っていると、器用に声だけ嘲る調子に変わった。


「確かに珍しいよな、その見た目って」

「何を言っているんですか」


 私は問いかけた。言われた内容が衝撃だったから確認せずにはいられなかった。

 傭兵の人は笑顔で私を指差した。


「まるで老婆みたいな髪色だろ。その目も不気味」


 ……視界に映る毛先は普段通り薄茶色なのに、そう指摘したって事は、この人には『色移り』が効いていないってことになる。どうして、と警戒心を強めたら傭兵の人は真顔になった。


「つーか、全然本気になってないよな。さっきの剣術だって、真面目にやってればもう少しは出来るよな。できないふりしてるだけで。そういう態度は透けて見えるから嫌われてるんじゃない?」


 そう考えている人だって当然いるのは分かっている。在学中にもたまにちらほら聞こえた。狩猟をしている時はむしろ慣れた手つきで刃物を扱えるのに、対戦時だけ別人のように下手になるなんておかしいって。訓練すればどうにかなるはずって、見当違いもいい所だって私は思うわ。

 あまり挑発に乗ってないって感じたのか、傭兵の人は目をすがめて続ける。


「それとも、怖いの? 人って簡単に死ぬもんな、ねーちゃんからしたら。なら納得。だって化け物なんだから、加減が必要だもんな、人間相手には」


 化け物。そう口にした傭兵の人は肩を竦めた。


「人間のふりして生きるのやめたら。結局は相容れないんだよ、弱っちい人間とはさ」

「……魔術の威力が化け物じみてるってことを言いたいのかしら」

「え、違うけど。そんなのただの表面の話だろ。もっと根本的な意味で化け物ってこと。そう言われるのは気にしてるんだなー、分かりやすっ」


 嘲笑にも見える顔。演技なのは理解している、けど。けど、声だけがふっと浮かぶ。


『あら、化け物がどうしてここに?』


 純粋な疑問って感じの、温度のない高い声。周りが血の海なのに全然そんなのどうでもよさげな態度。ああ、あの時の情景まで思い出してるわ。着ている白い小袿の裾が赤黒く汚れてるのも、転がってる物にも無頓着なあの人は、私を見てそう言った。


『早く死んでちょうだい。貴方がいたらカオルが生まれないじゃない』


 そう首をかしげるあの人。そのどうでもいい声は鮮明に覚えてる。本当に、どうでもいい人。それなのに、どうしてヒルマの声は忘れたの。忘れたくないってこんなにも思ってるのに、どうして。私からヒルマを取らないで。

 そう強く思ったところで、激しく揺すられて我に返った。


「リリー!」


 少しして名前を呼ばれたことに気が付いた。

 そしてメアに抱き止められてたって理解するのに時間がかかった。

 括ってたはずの自分の髪が解けてる。まばたきを何度かしたら、ようやく現状の把握ができるようになってきた。


 身に付けていた魔道具が悉く壊れてた。ついでに『色移り』も維持できなくなって術が解けてる。


 いつになく真剣な顔だったメアは、私が見つめ返すと安堵の息を吐いた。部隊長が昏倒している。他の連中は青ざめてたり慌ただしく被害状況を確認したりしてるわ。演習場の結界が壊れかけてるからよ……メアがいなかったら、壊れてた。


「え……っと、ごめん、ねーちゃん」


 傭兵の人の声がしたけど見る気力もない。いえ、ほぼ全員の顔が見られないわ。

 何も考えないように呼吸をして、少しだけ落ち着いたところでメアが離れて傭兵の人を無言で引きずっていく。傭兵の人はそのままおとなしく私の視界から消えていった。


 誰かに呼ばれたらしくて隊長とバーナードが走ってきたわ。


「リリー、怪我はないかい」


 心配そうに覗き込んでくるバーナード。隊長がいくつか魔道具を握らせてくる。全部、魔力の制御用ね。


 大人しく身に付けて無言でいると、控え室まで連れていかれてベンチに座らされた。隊長が部屋から出ていって、バーナードだけが壁際にいる。

 私はただ地面を見つめる。周りの反応は考えたくない。


「あの教官に何か言われても気にしない方がいいよ」


 そうバーナードは言うけど、私が勝手に思い出しただけ。傭兵の人は悪意からじゃなくて、ただ単に訓練のためにわざと言っただけ。貶した言葉は全然本心じゃなかった。

 私が気にしなければいい話だったのに。


「悪いのはあたしよ」

「人のせいにしても、言葉にしなければ誰も咎めないよ」

「そんなの、よくないわ」

「やっぱり純粋だね、リリーは」


 的はずれなことを言い出すバーナードを見上げる。


「あたしは純粋でも何でもないわよ」


 私のほんの一面しか知らないから。だから、そう判断してるのよ。

 全然納得いかない私の気持ちを見透かしたのか、彼が「怒らないでほしいんだけど」と隣に座る。

 人ひとり分の微妙な距離を取った彼は話しはじめた。


「君って、デーンに似てるんだ。ペットのライオンで、とても賢い友達だよ。デーンと遊ぶ時は気が楽なんだ。面倒なこと、考えなくて済むから」


 私とその飼いライオンがどう似ているのかしら。言葉を待って隣を向くと、バーナードは前を向いたまま懐かしそうに目を細めてた。


「今でこそ魔術師協会にいるけど、元は商人にって奉公に出されててさ。でも、付き合いのあるお客さん達がどうしても好きになれなくて。だから、商人になるのは止めたんだ」


 バーナードがどこかの商会の跡取りだった、って噂は出回ってる。本人は別に隠してない、祝賀会の服装の用意を何人かが頼み込んでたから。

 でも、そういった身の上話を本人から直接聞いたことはなかったのよね、今まで。聞かないでも支障なんてないもの。


「リリーもデーンと同じように澄んだ目をしてるよ。だから最初はそれで友達になりたかったんだ」

「それ以上の話はどうでもいいわよ」

「はは、調子が戻ってきたかい?」


 話が変な方向へスライドしそうだから牽制したら、彼は表情をいつもの笑顔に戻してた。


「……今の君は、本当に白百合の精霊みたいで綺麗だよ」


 本心で言ってるのは伝わってる。

 でも、私は無言で『色移り』を掛け直す。私にとっては見たくもない色だから。


 中断した演習がどうなったかは聞かされずに私はそのまま『癒』での検査に回された。メアに眠らされた部隊長も運び込まれてる。


 ディートリヒが検査結果を見ながら眉間に皺を寄せている。少しだけ、魔力の汚染が検出でもされたのかしら。フィロガのせいにされそうな気がしているわ、冤罪なんだけど。


「とりあえず、今日はもう帰れってよ。カオリャン隊長からの伝言な」


 言われた通りに帰ろうとすると、去り際にディートリヒが声を掛けた。


「なあ、フィロガに変わったことないか?」

「変わったって、何がよ」

「いや……前より切れやすくなってるというか、余裕が無いというか。なんか、生き急いでねーか、あいつ」


 その疑問に私は振り返らないまま「知らない」って嘘を吐いた。そんなの、ディートリヒが知る必要は無いもの。どうにもならないなら知らない方がいいわ。

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