【サイドA】3-4
※3-6の後の話です。
一昨日のトリシャの暴走を何故止められなかったのか。
あの子のおしゃれへの情熱は怖い。年頃の娘ならそれくらい当然と友人は言ってたけど、自分ではなく人を着飾らせる方向に尽力するのはやめてほしい。数時間は着せ替え人形となるリリーが不憫だ。
そんなことを思い出していたら、ピシャリ、と鞭の音がして我に返る。
「遊んでる暇あるんですか?」
「……遊んでいたわけでは」
「集中してください」
仁王立ちで睨んでくるキアラに、私は視線だけ向けた。
『剣』の魔術師だけが使う魔道武器、『スフィアウェポン』を手にしている。普段は鉄の球体だけど、発動すると個人によって形状が変化する便利な武器。
しかし、キアラの武器は止めてほしい。先生が時々追い立ててくるのに鞭を使うから、刷り込まれた恐怖で勝手に反応してしまう。
今ここにはたくさんの書物が山積みになっている。キアラが片っ端から押収した物だ。扉を開けて入ってきたサリアとソニアがまた本を抱えてその山に積んだ。彼女達『箱推し倶楽部』の部員達の際どい書籍が所狭しと並べられている。
関係ないはずの私達が何故こんなことをしているのか。
それは、協会内で流通している怪しい本を見つける為だった。
内容はおかしいわけではない。老騎士が主君の愛娘に横恋慕するという、少々人を選びそうな筋書きの恋愛小説。作者不明のそれは物語としてはそこそこ面白いらしい。
問題はその本を読んだ魔術師達が一時的な記憶喪失に見舞われていること。健康状態や聞き取りの末に、ただの本ではなく呪術書を偽装したものではないか、と疑われている。
それでその調査にあたっていたキアラが私達を見つけた。
確かに、秘密裏に同人活動をしていれば怪しまれるのは仕方ない。しかも、本を作っているのだから彼女達の部員の中に犯人がいると思われても。
そんな本を作った覚えはないと主張したサリア達は自分と同志の疑いを晴らすために協力している。
しかしながら、彼女達が『剣』の仕事に関わるにはそれなりに手続きが必要なはずだった。片や室長、片や講師。自分の仕事に穴を空けるわけにはいかない。ところが、翌日には学園と『飾』に調査協力の通達がされていた。正式に『剣』の協力者として、今の彼女達はいるわけで。
席に戻り本を読むキアラを盗み見る。
意味が分からない。一晩でそんな状況を整えてしまう彼女は何者なのか。『魔王』なんて噂されているフィロガよりよほど怖い。
キドナの様子から私と敵対関係ではない、と分かるのだけが救いだった。
結局、今回押収した書籍からは何も発見されなかった。
疲労感がどっと押し寄せてくる。足を半ば引きずりながら『剣』の塔を出るとリーザが居た。無視したい私は目を逸らそうとした。しかし、目があってしまう。
「メアちょっといい?」
「時間はない」
「そこをなんとか! 昼飯おごるから!」
そう頼み込まれると妙に仕方ないな、という気分になるからリーザはすごい。
「……少しだけ」
「ありがと!」
ため息混じりで返事をしたら、ぱっとリーザの表情が輝いた。このじゃれつき方に懐かしさを覚えて何となく許してしまう。どこか弟に似ている。性格や態度は全然違うのにそう感じてしまうのは、寂しいからか。
大衆食堂に腰を落ち着けて料理を頼む。
リーザはやって来たステーキを秒で食べ終えてしまった。私はまだ半分もポタージュを飲んでいない。
「でさー、俺としては頑張ってたんだけど、なーんか、一部には不評なんだよ。心がけがまず第一だって俺は思うんだけど」
外部講師としての仕事が上手くいっていないのか落ち込んでいた。
私の場合はリリーに仕掛けたことで即クビになったから、それに比べたらよくやっている。
『剣』の魔術師達は元軍人やら元騎士見習いやら結構な割合で戦闘職だった人が多い。常に前線で戦う傭兵達とは物の見方が違うのは当たり前で、ともすれば、リーザのやり方は卑怯だと非難されるかもしれないのは確か。そう伝えると、リーザは口を尖らせた。
「敵が待ってくれる訳ないじゃん。殺しに来るやつとか、相当計画を練って事に当たるんだし」
そう反論するリーザを、私個人は悪いと思わない。戦いで油断したものから命を落とすのは世の常だから。今の協会は安全ではないから心構えはあっていいでしょう。
「それでさー、怒った連中に詫び入れに回ってるんだけど、『色彩の魔術師』には何も言うなって」
「リーザ、彼女を怒らせたのか」
「えーと、怒ってた。怒ってないって言ってたけど、絶対怒ってた」
私はこのピンポイントに藪を突く男に頭を抱えるしか無い。
理由は簡単だ。リリーの感情を逆なでた場合の被害が予想できないから。
あらゆる魔術を手足のように使いこなせる天才である彼女は、悪い方向に向かえば都市さえ壊滅させる恐れのある天災紛いの子だ。本気で切れた時の対処をできる魔術師が果たしているのか、という状況。
だから相性の悪い人とは仕事が被らないよう、カオリャンがいつも方々に頼み込んでいるのだけど……その苦労が水の泡になったらあまりにも可哀そう。
そう思いつつも私はリーザの様子を見る。
真っ直ぐな彼はリリーにもやはり謝罪したいのだとは、思う。しかし、それだけとは到底思えなかった。魔力を吸ったレイア達が恥じらいながらキラキラした目でうっとりとしている。ああ、こういう時はどう振舞えばいいのか未だに分からない。
「それで、リーザはどうしたいと」
「謝りたいけどきっかけが掴めなくってさ」
残りのレイアがリーザを突いて遊んでいる。そして彼はいじられ続けた手の甲を無意識にさすった。
「……相手がどう見ているか、それを考えた方がいい」
「メアも仲間外れにするの?」
「いえ、ただ、鬱陶しいタイプを彼女は好かない」
遠回しに相性が悪いと伝えたけど、そう受け取るかは彼次第。私が何か言ったところで自分の気持ちにとことん正直だから、なるようにしかならない。
リーザは「押して駄目なら引いてみろだな」と明後日の方向に考えを纏めていた。もう、私は何も言わずにポタージュを掬う。
これで相談は終わりらしく、追加のステーキを注文したリーザは世間話を始めた。
「あ、そうだ。メアって『魔王』って知ってる?」
「……知ってはいる、けど」
「この前、その『魔王』に会ってさ」
ポタージュをかき混ぜながら考える。これも、長引かせない方がいい話題だ。
「すげー怖い噂が出回ってるけど、噂ほど怖くはないあんちゃんだったよ」
「そうか」
「それでさ、個人訓練お願いされたんだけど、って、どうしたのメア」
私はスプーンの手を止めて言葉の続きを待つ。どんな話をしたんだ、と詰めたいけれども、それこそ藪の蛇を出すわけにもいかない。異常に鋭いリーザが余計な指摘をしてたらどうしよう。
リーザは首を傾げながらも続けた。挙動不審な私の態度には慣れているというか、彼と話すと高確率でこうなるから普通になってしまっただけ。
「俺、断ったんだよね。外部講師の仕事もまだ終わってないし。つーか、必要なのはそれこそいざとなったら敵を屠るって覚悟だけだよ。そう言ったらすごい微妙な顔されたけど」
「そ、そうか」
「不思議だよなー、なんで『剣』に居ないんだろ」
周りに話が聞こえないようそっと魔術で遮っていてよかった。戦闘狂から『魔王』としてのお墨付きをいただいたとか、そんな曲解をされそうだから。
どうにか話をやり過ごして彼と別れ、調査資料を精査しようと『理』の塔に向かう。
その道すがら、人気のない場所で声が聞こえた。
オフの時ならばわざわざ面倒に首を突っ込むようなことはしない。しかし、調査に関わりがあればどんな証拠でも求めいる現状。これが空振りだったとしてもとにかく必要な事と割り切って音と気配を魔術で消して近づく。
「悪い話ではないはずだ」
「お断りしますと、何度も伝えたはずです」
男女の声だった。そして、拒否した険のある声は、ベルのもの。相手の声は『飾』の部長の一人か。しかし、ベルの直属の上司ではない。
何があった。もう少しだけ近づいて彼等を目視できる場所まで移動する。作業着のままベルはかなり不快に感じている顔で部長をにらんでいた。部長の表情は至極穏やかで温度差が酷い。
「善意で言っているんだ。君の才能を腐らせるのはもったいない」
「転属はしません」
「しかし……君は、天才達と自分を比べて失望しているだろう? 君に向いているのは、こんなちゃちなアクセサリー作りじゃない」
ああ、なんて禁句を。ベルの魔力の制御が緩んで微かに熱を感じる。本当に怒っていたら、彼女は魔術を使わないようにするから、これは怒っている。
「私は自分の仕事に誇りを持っています。部長ともあろうかたが、そんな事も分からないと?」
「だからこそ、言いたくもなるんだ」
「話になりません。どうかお引き取りを」
すげなく断るベルに、部長はため息をついた。
「劣等感に苛まれるよりは、強みを伸ばしたほうが君にも有意義だろう。君のダガーは実用的かつ芸術性の高いものだと私は思っている」
「……そのお言葉だけいただきます」
「気が変われば、いつでも声をかけてくれたまえ」
「気が変われば、そうします」
名残惜しそうに遠ざかる部長を見送り、深呼吸して気を落ち着かせようとするベル。魔力が綺麗に収まって私がほっとしたところで、彼女の顔がくしゃりと歪む。その表情を見るだけで胸が痛い。本当は誰かに縋りたくても、彼女は打ち明けられないから。
だから、私は魔術を解いた。私の気配に気付いたのかベルが慌てて目を拭った。
「メア……居たのね」
「歩いていたら声が聞こえて」
「そう。魔術で気配を消してたの?」
ばつの悪そうな顔でうつむくベルは拗ねている。
「調査の為には仕方ない」
「そう。それなら、仕方ないわ」
キドナ達は怒った表情のままだから彼女は怒っている。何にかは、これでは分からない。私に対してか部長に対してか、あるいは自分に対してか、は。
お互いに何も言わないでいたら、ベルの目から涙が滑り落ちた。
「私、戻りたくないの。過去には戻りたくない。でも。でも、その気持ちが、揺らぎそうで。だから、ちょっとだけ利用させてちょうだい、ちょっと、だけ」
そう告げた彼女は私に抱きつきながら肩を震わせる。
「会いたい。会いたいのに、なんで駄目なの。なんで。なんで」
「ベル……」
「なんで。なんで。なんで。好きなのに。大好きなのに、なんで」
囁きのような小さな声でひたすらベルは繰り返す。私には背中をさするくらいしかできることはない。
やがて無言になった彼女はしばらくして私を離した。涙を拭ったらいつものベルに戻った。
「迷惑かけたわ、これはお詫びよ」
そういって錬成魔術で作った猫のチャームを私に握らせる。
「別にいらない」
「いいえ、受け取ってちょうだい。メアとは対等でいたいの。それに、魔術師なんだからこれの価値は分かるでしょう」
「……あまり協会で勝手をしない方がいい」
「売り物じゃないもの、誰にあげようが私の自由よ。それに、後ろ暗い意図なんてないんだから、堂々としていれば問題ないわ」
このチャームは立派な魔道具だ。だから、署長達への報告義務が生じている。それをも気にしないというのはさすがというか、大胆というか。ベルは苦笑して「私からも言うつもりだから」と答えた。
「ドミニオ部長からの勧誘が酷くって、ずっと悩んでいたのだけど、もう自分での対処は難しいって今回で分かったわ。だから、クラリッサ署長に相談するつもりよ」
「そう、か」
「ええ……変なことに巻き込んでごめんなさい」
「そんなことは無い。それと、ベル。あまりこういう所で二人きりにならない方がいい。人通りの少ない場所で万が一目撃されたら、そういう仲かと勘違いされるかもしれない」
「あら、私と部長が? それこそ、ナンセンスだわ」
困った顔になるベルに私は頷いた。本当は違う理由で気を付けてもらいたいけど、それを彼女に言ったらかなりの負担になる。だからすり替えた。
あの部長は、ただベルを部下にしたいだけじゃない。明らかに別の事を狙っているのがキドナ達の表情で読み取れてしまった。
彼女と別れてから、私はもう一度調査をし直そうと『飾』の塔へと進行方向を変えた。




