【サイドA】3-3
※同好会見学会初日辺りの話です。
ため息混じりにとぼとぼと歩く。
午前中、ずっと部隊長に睨まれながら『剣』の書類を確認していた。
ホラティオに発行されたという魔道具許可証の実態が全く掴めていない。捕縛された当初、彼の手元には無かった。そして、名簿をつぶさに調べたところ、ページが一部欠落しているというとんでもないことが発覚した。
その事実から導き出される推測はいくつかある。その中の一つに、リリーの過失か隠蔽という可能性が含まれていてまた非常に嫌な流れ。部隊長はやや疑いを強めている……私は違うと思っているけど肯定も否定もできない状況だった。
リリーが私に向けた魔術も不信感を生む原因だった。
発動したらまず即死するような魔術を人に放ってしまう時点でどうなんだ、と。当初は過剰防衛という意見の方が多かったのに、否定的な方向に傾きかけている。
考えを中断した。まだちょっとした疑念というレベルの話で、彼女自身が頑張れば挽回できる。
それよりも、今は個人的な問題が迫っている。
目の前には『癒』の部長室。のろのろと手を動かしてノックした。
「失礼、します」
「どうぞ!」
声を掛けて入るとパミラが笑顔で歓迎する。
呼び出された建前は怪我の確認。
「約束の時間ぴったりですね、今、お茶を沸かしますから待っててください」
るんるんとした様子で紅茶を淹れる彼女を観察しながら、落ち着きなく手を動かしている私。落ち着けるわけがない。
パミラは首を傾げながら「匂いが気になりますか?」と見当違いの言葉をかけてくる。
「これ、ブレンドなんです。知人が栽培しているのを融通してもらってて。美味しいですよ」
そう説明して注いだ紅茶をパミラは一口飲んだ。
毒味のつもりだろうか。別にそんな意味で落ち着かないわけではない。緊張しながらお茶を飲んだ。白砂糖よりもややすっきりとした草の香りのする甘さ。
いや、しかし。私はこの味を知っている気がする。
どこで口にしたのか。頭の中で思い出そうとすると、パミラが世間話を振ってくる。
「お口に合いますか」
「ほどほど美味しい」
「これ、アザディラタって植物の花びらなんですよ」
前言撤回しよう、美味しいけどそれはまずい。吹き出しそうになったお茶を飲み込んで、とっさに精霊達の動向からパミラの本心を探った。
レイアが本人と同じように笑顔だから悪意ではないらしい。し、しかし……その植物は麻薬の用途で使うことがほとんど。
ギクシャクした私にパミラは「ああ、これは違うんですよ」と諭す。
「麻薬成分はアザディラタの実に含まれるんです。花弁と葉は甘味になっても、毒性はほぼありません」
彼女の言葉に反応しないようにしながらティーカップを戻す。お茶菓子をつまみながら、パミラはほのぼのと会話を進める。
「魔族の人達にはこの植物が麻薬として作用しないんですよね。常識がひっくり返りますよ」
「そう、かもしれない」
「やはり、どこかしら体の構造に違いがあるんでしょうか。でも、リーメアさんの体は普通に人間と同じですよね」
「だと、思います」
『癒』で丸裸にされた経験がある以上、その点も言い逃れはできない。体の構造は人間と同じ。違ってたらわざわざ同胞を見分けるのに苦労しない。あらゆる点で、常識を超えてしまうのが魔族への覚醒という現象。
ティーカップの隣にあるお茶菓子を一口食んだ。これにもアザディラタの花の塩漬けが入ってる。どうやって話を終わらせようかと頭がぐるぐるしている私を優しい顔で見守るパミラ。その目は優しくて、悲しい。
「人間だったら、貴女の傷は致命傷でした。あんな無茶をしたら、命がいくつあっても足りませんよ」
穏やかな声で更に罪悪感が募っていった。
なじられるよりも辛い。彼女は心底、私を案じてそう言ってる。
そんな優しい拷問に耐えつつ無言のままお茶を飲み切ったら、彼女は薄青色の封筒を目の前に置いた。
「これを届けてもらえないでしょうか」
「誰にでしょうか」
本当は分かっている。しかし、私は最後までしらを切りとおさなければならない。パミラは苦笑してすぐ手紙をしまった。
「そう、ですよね。私がリーメアさんでも、そうします」
「意味が分かりませんが」
私の態度諸々を無視したパミラは空のカップに紅茶を注いだ。
「……最初は、麻薬に溺れたのかと思ったんです。だから、必死にやめさせようとして全部処分したんです」
空気になろうと思った。
聞かない方がいい話に発展している。何故なら私はウィティウムの魔族で、彼女は協会の魔導師だから。味方にも敵にもなりうるような間柄なのに、事情を聞いたらお互いに線引きできなくなる。
ポットを置いたパミラが目を閉じた。
「そしたら、吸魔とやらが出て……気づいたら、彼は居なくなってて」
私は表情筋を殺して無反応になる。
パミラは穏やかな笑みの裏側で心は泣いている。待ってた人ともう会えないと分かったら、誰だってそうでしょう。そんな事実を突き付けたくはなかったのに、私の認識が甘かった。
「ろくでなしの魔族と会ったことがある、という事ですか」
「いいえ。違いますよ。あの時はお互いに、辛い現実から逃避してしまったんです。私も、ナディスも、あの子の死を受け入れられなかった、だからどちらにしろ無理だったんです」
言葉が見つからない私に、パミラが「困らせましたね、ごめんなさい」と席を立つ。二杯目の紅茶を飲み終えたあたりで、彼女が問診票を持ってきて今度こそ診察になった。
それから解放されたのは昼過ぎ。もう心はズタボロ状態で半分周囲を見ていなかった。
私が泥棒猫だという事自体は協会に来る前から知っていた。
その上でお互いに本気にならないよう、割り切った関係で行くつもりだった。それなのに、私はだんだん辛くなって……駄目押しはパミラを見たからだけど、そうでなくとも遠からず別れていた。『私』が本気になりそうだったから。
気を紛らわせるために、捜査資料でも見返すか。
リスリヴォールの魔術を歌ってまた歩き出した。私を認識できなくなるように。大多数は『理』の塔に入り込んだ私を無視して歩いていく。途中、何人かは立ち止まったけど、私とは分からなかった。
そして部屋にたどり着いたところで、不審な挙動をしている魔術師に会った。
人目を避けるようにして動くのは『飾』の第三部門で働くソニアだ。魔道具のテスター依頼か。いや、それならば部下に持っていかせるだろう。『飾』の室長はみな忙しいはずだから。
周囲を警戒したまま彼女は私が使っている部屋を通り過ぎ、更に上へと続く階段へと足を踏み入れる。
そこには教員達が使う資料室しかないのだけど……とにかく、おかしな挙動をしている彼女を追跡して、部屋に入ってからしばらく経ったのち、消音と遮光を施して滑り込む。
図書館のように本棚が並んだ資料室。薄暗く埃臭いこの場所には『理』の本分である魔術研究だけでなく、歴代室長達の趣味全開の書籍も置いてあった。
私が翻訳した魔導書も恐らくそうなるだろうと遠い目をしながら足を進める。
小さな話し声に私は立ち止まる。
「どうしましょう。ここら辺が潮時なのかもしれません」
かなりボソボソと小さな声のソニア。潮時、とは。
さっきの挙動といい、後ろ暗いことでもあるのか。会話を聞くためにそっと魔術を使って音を拾う。
「潮時って、ソニアんは抜け出せるの?」
「いいえ、しかし……我々の活動が明らかになれば、どうなるか」
もう一人の声も、また聞き覚えがある。いや、ここが教員の為の部屋なのだから当たり前か。
相手は、サリアだ。
神妙さが混じったひそひそ声で彼女は続けた。
「その逆境すら、我々の糧でしょ」
「そう、なのですが」
「今更逃がれるなんて、無理じゃない?」
そう話す彼女達に、私は危機感を抱いた。まさか、彼女達もあの件に関わっているのか。完全に取りこぼしている。生唾を飲んだ私は被害の程度を考える。ソニアはあの部門ではかなりの出世株。当然、あちら側の存在だった場合被害が大きい。一方のサリアは付属学園との伝手もある。外部とのやり取りがこちらよりも緩いはずだから、やはりまずい。
現場を押さえたという名目で飛び込むか。或いは確固たる証拠をつかむまで泳がせておくか。
「……どちらにしろ、同胞たちに伝えるべきでしょう」
「それは同意するよ。待ってね、今から連絡する」
ああしかし、これ以上、事態が悪化するのを見過ごすわけにはいかない。今でも破れかぶれ状態だ、仲間に知らされたらもう挽回はできないだろう。
後の事は残りの協力者達に任せて、私は二人を止める為にサリアの手を掴んだ。
「何を、している」
あっけにとられた二人は咄嗟に動いて資料と思しきものを隠蔽しようとした。風を動かしてその資料を奪う。叫んだサリアを無視して紙を見ると……私は、息をのんでまじまじと見つめてしまった。
それは線画だった。リリーのような写実性の高い物ではなく、ややデフォルメされた絵。
男性が二人でベッドで抱き合っている。
何故に。意識が飛んだ私は、すぐに現実に戻ってきた。
危惧した方向と何かが違う気がする。まだ散らばっている用紙にも同じように絵が描いてあるのだろうか。いや、文字が見える。また風を使って巻き上げると、サリアが必死に奪い返そうとしてきたから一瞬だけ眠らせてしまってから読んだ。
端的に言ってしまえば、その文章は致している最中の描写だった。ああ、ちょうどこの絵と合わせると情景が浮かんでくるような。先ほどまでの悩みが吹き飛んで冷静になった私は表情を変えないようにサリア達に目を合わせた。
光を失った虚無の目が二対。
サリアは怯えながら手を組んでおり、その隣でソニアが呆然としている。
あまりにも異様な状況に軽く私はパニックになった。彼女達には悪いことは……勝手にここに入った以外の悪いことはしていないにも関わらず、これでは私が加害者になってしまう。
これ以上信用を落とすような事があれば調査にも響く。
私は努めて普段通りのように「偏見はない」と告げた。
「趣味はそれぞれ」
「……っそれは」
「人に迷惑を掛けなければ、悪い事じゃない」
少なくとも、文章の筆跡はサリアのそれだった。そして絵のサインはソニアの名前。つまり、これは彼女等の創作物ということになる。人によっては憤慨する行為だけれど、私は気にしない。現実のもっとえぐい輩を知る私には全然問題ない。
「っメ……」
「悪かった。こういう秘密を暴きたかったわけではない」
「メアさ……」
返した紙を握り締めたサリアが小さく「ありがとう」と呟いた。
そして隣のソニアに抱き着いてあやすように背中を叩いている。やがて彼女の目に生気が戻り、静かに涙が滑り落ちていく。
とりあえずは少し回復したようだった。しかし、もう一押ししておくか。
「読み物としてならそれなりに面白い」
「褒めてくれるの!?」
「ソネットのような語り口調が綺麗」
「そうその作品はそこに力を入れてて!」
サリアはよほど嬉しかったのか、はしゃいだ様子で目をキラキラさせる。
「ソニア。この絵は、質感の描写が丁寧で、主役を際立たせる為にあえて小物をぼかしているのが分かる」
「そこを、拾って」
「よかったねソニアん!」
これで廃人を作らずに済んだ。良かった。
興奮冷めやらない二人が落ち着いたころに、私は改めて謝罪した。
サリアはつきものが落ちたかのように晴れやかな表情で応える。
「メアちゃん、でいいのかな」
「問題ない」
「メアちゃんは、表現がどうのこうのって調査で来たわけじゃないって認識でいいの?」
「それは全然関係ない」
サリア達は私の調査内容を言論統制の為と考えてしまったらしい。それならばウィティウムの出る幕ではない。しかし、知らなければそう考えてしまってもおかしくはない。調査内容は依然として示していないから。
私の言葉にソニアが嬉しさと恥ずかしさの入り混じる笑みで絵に視線を落とした。
「てっきり、クラリッサ署長が言葉狩りを始めたのかと」
「彼女は自由主義寄りだからそれはない」
あまりにもクラリッサが不憫なのでそう付け加えた。
彼女は言葉こそきついけれど半分くらいは演技だ。むしろ守る時は問題児でも全力で守っている。
腑に落ちていなそうな二人を見るに、やはり不憫に思う。
「ところで、この絵は――」
「えっとぉ、そのー、まあ、ふふ」
話題を変えようとした私の問いに、サリアは曖昧にはぐらかした。
ただの好奇心で聞いただけ。どこかの人達に似ている気がしたのと、書類の下に『箱推し倶楽部』という単語が見えただけ。
「部長の最推しはフィロディー」
「やだ、ソニアん。そっちはフィロハルでしょ」
私は何も見なかったし、何も聞かなかったことにする。
そこからは何故このような活動をするに至ったのかという話に移った。
「最初は、息抜きのつもりでね、勉強してる時に色々な物を擬人化してたんだ。記憶に残りやすいよう、ストーリー仕立てにしたりとか」
「確かに、その方法で覚える人もいるとは聞いたことがある」
「そうそう。それで、卒業して『飾』に就職したんだけど私の魔力が道具作りに致命的って、後で分かってさ。『理』に転属してから、また頑張ろうって思ったんだ。でも、うまくいかないんだよね。同期だった『飾』の友人は離れてくし、あのあんちくしょうは女遊びが激しいから、余計ぼろぼろになって」
「それは聞いたことがある。その、ラインハルトの噂は」
「でしょー、一応手を出す人は同じ遊び人気質って限定しているらしいけど」
サリアは朗らかだけれど、それを言ってしまうと彼の恋人である目の前の貴女は一体。突っ込みどころはあるけれども、ここで突っ込むと話が逸れていきそう。
「それで、病んだ時にふと思ったんだ。『こんなに苦しめてくれるあやつを弄んだら楽しいかな』って」
朗らかながら不穏な単語が混じっている。
そもそも、何故それならば付き合っているのだろうか。別れたほうが良い人に出会えるのでは……一切それを考えていないのか、サリアは話を続けた。
「それで最初はあやつが愚弄される話を書いてたんだ。そうしたらさ、たまたまソニアんに見つかっちゃって」
「あれは、本当に素晴らしい物でした……」
「で、ソニアんとはそこからやり取りをするようになって。私は私で楽しくなってそのままいろんな人のあれこれを書いてたんだよ。ちょうど、その頃に同好会が発足してさ。だからこっちも秘密裏に立ち上げてみちゃった」
書いてはいなかったけれども、『箱推し』というのはつまり。私はまた何も気づかなかったことにして話をまとめた。
「それで、広まった、という事か」
「そうそう。口コミでね。ああ、もちろん本人達には公表厳禁って条件で」
「現在、十数名の会員がいます」
「いやー、水面下で活動するのは大変だよね、ソニアん」
大丈夫なのだろうか。
当人達の気分が悪くなるのは当たり前なので、そこは差し引いても。私は少し心配になった。
やはり、これは見つかれば大問題になる可能性が高い。実在の人間を馬鹿にしているという誤解をされることもあり得る。
「今後、別の調査でたまたま見つかる可能性は、ある。その時、どう切り抜けるか……考えは」
二人とも元に戻ったようなので、そう指摘する。
目に見えて二人は落ち込んだ。
「分かってる。リスキーなのは分かってる」
「現にメアさんにはばれてしまったわけだから」
「でもっ、でも! 私の人生は萌えで支えられているんだよ!? 現実のハルじゃ萌えられない!」
「それはもはや別れたほうがよいのでは」
思わず問いかけた私にサリアは真顔で返す。
「メアちゃん、違うんだよ。萌えと愛憎は、違うんだよ」
あまりにも心のこもったトーンで私はただ頷くしかできない。しかし、愛情だけではなく憎悪もあるなら余計に混乱するのでは。そう聞こうとしたらサリアは「はっ」とした顔で口を押えた。
「萌え……愛憎……理想と現実の狭間……!!」
「ああ、新作が降りてきたんですね!」
「実像と虚像のギャップからの主従逆転!」
そう叫んだサリアは紙の余白に単語を書いて満足した顔になったのち、「こういう事なんだよ」といった。何が、こういう事なのだろう。
「苦難は全て妄想の糧、そして明るく前を向く為に!」
「創作の醍醐味は現実でひび割れた心を潤す!」
「ソニアん」
「部長」
「「天才か」」
ハイタッチをする二人の息がぴったりな事だけは、理解できた。
「やっぱり、足を洗うなんて無理」
「もっと巧妙に隠すか、ぼかした描写にするか、ですね」
建設的と言えるのか分からない議論が始まり、私はこの二人についてはもうよいかと踵を返す。
気付くべきだった。私達の後ろに、キアラが鞭を片手に仁王立ちをしていた。
「『死神』と、それとサリアとソニアですか。まさか、ここが繋がっていたとは」
ギラリと目を光らせるキアラが床に鞭を打つ。その迫力に怯えながら、何故ここに、と私は心の中で投げかけた。




