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3-6

 演習場に整列しながら、私は壇上の傭兵の人を見上げる。全員揃ったところで手を上げて「注目ー」と声を掛けてヘラヘラとしている。


「じゃ、始めるぞー」


 非常に軽い口調なのは置いておくとして。色々な道具を用意しているから、講師としてはやる気はあるらしい。


 今日の演習内容はまだ知らない。受けた魔術師はみな口止めをされているらしくて、前に確認しても隊長も教えてはくれなかった。

 ついでにその時に私の手元にある書類だけ日にちがおかしかったのが発覚したのよ。だから作った嘘つきへの苦情も上げた。ついに忍ぶ気が無くなったわ、あの女は。


 なるべく苛つく事は忘れて続きを待っていたら、傭兵の人は私達を見渡してため息をついた。


「魔術師対策をしている連中とやりあうための講習、って話だけど。現状必要なのはそっちじゃない」


 いきなり依頼内容と違うことを話しているのか、監視役の部隊長が目を眇めている。メアの事があってから、講習には部隊長が付き添いになったのよ。大変よね、上の人も仕事が増えて。


「あ、別に教えないとかそういう訳じゃないぞ。段階がまだ達してないって意味。前衛の奴らとは違って、足りてない奴が多いってこと」


 にこりと笑って壇上から飛び降りる傭兵の人。


「えー、見せた方が早いか。な、ねーちゃん、ちょっとデモンストレーション付き合ってくんない?」


 誰の事を言っているのか分からない。あの人は私に目を合わせている気がするけど、気のせいで済ませたい。そうしたら、隣にいる同僚に小突かれた。


「リリー、あの講師、君のこと見ているけど」

「知らないわよ。あんたじゃないの?」

「いや、ねーちゃんって。この列、男ばっかじゃん」


 やっぱり頭おかしい人なのね、きっと。無視しようとしたけど、近づいてきて目の前でお願いされた。


「なー、この通り!」

「他の人の方がいいと思います」

「そこを何とか!」


 話が進まないのもみんな困るから、諦めて前に出た。この前みたいなぶっ飛んだ呼び方はしてないからまだ我慢はできる。でも、あまり近づきたくはないのよ、私としては。

 頭のおかしい人は短剣を引き抜いて笑顔で私に指示した。


「じゃ、火とか殺傷目的の魔術は危ないから使わないでほしいんだけど、他はなんでもいい。使ってくれ」


 メアとやりあうことが出来るから、ある程度危険な魔術だろうと対応できそうだけれど。これは訓練だものね、素直に頷いた。


「そんじゃ、合図は部隊長さんよろしく」


 そこから傭兵の人の軽々しい表情がガラリと変わる。

 笑ってはいるけど、その笑顔は強敵を目の前にした獰猛な戦士の表情だった。朗らかさが瞬時に消えたからか、他の隊員たちは緊張感に包まれている。


 まずいわね。この人、私相手に本気でやりそうだわ。


 さっさと終わらせるためにも勝ち筋を考える。

 私も短剣を引き抜いておいたけど、これはブラフ。すぐにクロスボウに切り替えるつもりで投擲する予定。

 成り行きで審判にさせられた部隊長が周囲を見渡して手を上げる。


「……始め!」


 すぐに短剣を投げて水の魔術を使う。その間に、スフィアウェポンを用意した。

 頭がおかしい人は飛び跳ねるような動きで避ける。でも、水には見事に引っ掛かった。


 あとは凍らせて矢を当てれば問題ないわ。そう思ってクロスボウを構えた。

 でも、その前に水が弾ける。


 魔術の痕跡が微かにある。撃った矢は短剣で弾き返された。そんな気がしなかったけど魔術を使えたのか、魔道具なのか、判断はまだ付かない。

 とにかく状況を立て直すために距離を取ろうと後ろに跳んだ。


 その瞬間、何かが足元に絡みついた。細い、糸? 

 体勢を崩した私にボールが迫ってくる。とっさに腕で庇ったら、軽く跳ねて地面を転がっていった。


「実戦なら今ので死んだな、ねーちゃん」

「……何か引っ掛かっているんですが」

「あ、それ? 仕掛けといたトラップ。それと、あらかじめ魔術の阻害用に結界を張ってる。地面に埋めたんだ、魔道具をさ」


 はじめから仕組んでいたらしい。

 悪びれない傭兵の人がボールを回収して指の上で回す。


「まぁ、こういうこと。魔術師に勝つなんて、搦め手じゃないと俺らは無理って思ってるわけでさ。仕掛けに気付かれる前に制圧するってのがセオリー。厄介だからこそ、化かしあいになるって自覚した方がいいぞー、人間相手には」


 元の笑顔に戻った傭兵の人は私に手を伸ばした。その手を振り払って立ち上がる。


「油断していたのは、分かりました」

「あ、ああ、うん……怒ってる?」

「怒っていません。油断してたのはこっちです」

「あー、ごめんな、あの、ねーちゃんなら許してくれそうだなぁって」


 睨み付けて列に戻る。

 別に腹が立っている訳じゃないのよ、こいつには。埋まってる魔道具に気付けなかった自分にムカついているだけで。


 半笑いの傭兵の人が気を取り直して自分の下準備を説明している。


「まず人選からだな。やりたくなさそうな人間を当てた。気乗りしない状態のねーちゃんには悪かったけど、カモとしてはちょうど良くて。で、最初から足元を掬う気で誘導をしてこれでぼん! という感じな」


 糸とボールを回収した傭兵の人が思い出したように声を出した。


「ああ、ねーちゃんの短剣と弓矢はそこそこ良かったぞ。俺、ちょっぴりビビったから。本気で当ててやるって感じがしてさ。はったりも大事だからな!」


 そう笑顔で私のことを褒めてるけど、あれを演技と思った奴は、どれだけいるのか。私は本気で当てる気だったわよ。


「ということで、まずはどんな武器があるかを説明するぞ! 身の回り全てが武器になるからな」


 そこからはただの講習になった。勉強にはなったわよ、勉強には。


 そしてもやもやしたまま同好会の部屋に向かう。

 私が悪いんだけども、演習後に部隊長から直々に叱られたわ。訓練でもあそこまでやるのは危なすぎるって。


 でも、仕方なかった。結果としてただの訓練で終わったけど、糸で引っかからなかったら隠し持ってた短剣を投げられたかもしれない。

 そうしたら、私はきっと魔術で火あぶりにしてた。

 メアと違って自分の殺意に無自覚っぽいところが始末に負えない。やっぱり、頭がおかしい人だったわ。


 結局、いつもと同じ場所で始まったディートリヒの回。

 ベルが仕事で来れなくて私はちょっとだけ心細い。

 でもある意味、緊張しない人が集まったのは良かったわ。うちの隊長と同僚、それに『理』の知ってる人、年かさの『飾』の人達。学生の子がやけに増えているのは、きっとトリシャの話にあったように噂になっているからでしょう。


 たぶん、ディートリヒの講義を受けている子達だろうから、薬草魔術のあらましは知ってるはず。だからか、初めから突っ込んだ話になった。


「植物学上同じでも含まれる魔力に個体差がある草木があるな。それを魔草や魔樹と呼ぶんだけどよ。俺がやってる研究はその個体差の要因を調べることだ」

「生育者によっても変わるっていう、あの話ですね!」

「ああ、そうだぞ。クレシアスがいい例だな。花の色が変わるって分かりやすいもんだ。もちろん、見た目に出なくても成分が変わる魔草も多くある」


 前回も来ていた子が合の手を入れる。他の子達もわいわいしていて、ディートリヒが学生の子達の間で人気なんだって薄っすらと読み取れるわね。

 顔が怖いけど面倒見が良くて優しいから、それなりに付き合いがあれば自然とそうなるでしょう。


「で、だ。今回はこいつらを持ってきた」


 ディートリヒは床から数個植木鉢を引き上げてみんなに見せる。水仙の一種かしら、それとも、別の花かしら。でも、私の知ってる水仙は魔力が無いはずだけど、この水仙には魔力が含まれている。


「これは全部、植物学的には同じ花だ。そして食用にすると中毒になる」

「湿布に使うやつだな」

「あれ作るの大変ですよねー」


 隊長と同僚が頷きあっている。

 興味があるんだから来てるんだし、それなりに薬草魔術にも詳しいのかもしれないわね。特に、同僚は衛生兵的な役割の人だから。


「と、まあ薬効は知っての通りだな。だが、ここまでの鉢で育てた株は問題ないが、こっちの端っこ二個は薬用にはできねーんだ」


 そういって問題ない方を下にしまう。


「こいつらは、根の部分に強毒の成分が集まっている。逆に、葉っぱや花には毒がなくなってて、通常種と同じように考えたら痛い目に遭う」

「えっ、そんな種類あったんですか?」

「種類は同じだ。こいつらは同じ親株から育ててんだから。生育環境を変えると作用が変わる。魔草は極端だ。だから、薬草魔術が発達したって言われてる」


 同僚が驚いている隣で、『理』の魔術師が「ほう」とさらに興味を示す。


「ディートリヒ室長、その薬効が変わった要因は何なのか」

「今回変えたのは日照時間。しかし、それだけで変わるっつーのもまた不思議だろ」

「ふーむ……ちなみに、その二鉢はそれぞれどれほど日を当てたのか」


 この人らしい細かな質問を『理』の室長が始める頃、『飾』の数人がひそひそ話をしている。そしてその中の一人が「すみません」と声をかける。


「東大陸の似た花は魔草じゃなかった気がします」

「そうなのか!」

「確か、知人が購入してたんですけど」

「そいつを紹介してくれねーか。魔力のない個体がいるなら比較しやすいんだ」


 むしろ今日はディートリヒの研究が進んでいる感じよ。でも、彼の代わりに書記をしているラインハルトが書きながら顔を上げた。


「ディート、魔力を吸うタイプの草花だと管理が大変ですし、君の魔力を吸うかもしれませんが」

「あ。あー……じゃあ、切り花じゃねーと駄目か。もしくは乾燥済みか」


 魔術師であるがゆえの悩みね。

 魔草への影響を及ぼすだけの魔力を持ってるって、本末転倒な話。

 薬草魔術の限界とも言えるわ。そうなると、一般の植物学者との共同研究が必要だけど、そんな伝手がディートリヒや協会にあるかという壁にぶち当たるわ。


 でも、そう思ってたら予想してなかったところで解決策が出そうになった。


「母なら研究者を知っているかもしれない、か……」


 ヤンが無造作に水仙の葉っぱを刻んで解析器に掛けながら半分独り言。ヤンの行動にぎょっとした見学者達は知らなかったんでしょう。同好会に持ってくるサンプルは全てヤンが勝手に解析しても仕方ないことにはなってるのよ。でも、前の魔力石の爆発のことだってあるんだから、事前説明はしてほしいわよね。


 ディートリヒがちょっとだけ期待する目をヤンに向けた。

 ただ……渋い顔をした同僚が「大丈夫と思います?」と隊長と話している。腕を組んだ隊長はかなり難しい顔をしていてなんだか前途多難。


「なあ、ディートリヒよ」

「何ですか、カオリャン隊長」

「あー、あれだろ、お前のとこで土壌も作ってたよな。あれを手土産にすれば、話は聞いてくれる可能性がある」


 まず可能性からの段階ってところで望み薄な気がするのだけど。ディートリヒも「可能性、っすか」と既にあきらめの表情で頬を掻いた。


「利益第一だからな、あの人。ああ、でもヤンから頼めば、多少は考りょ」

「カオリャン隊長、私は面会禁止にされています」

「……お前、苦労してんな」

「特に苦労は。そもそも、生涯で数えるほどしか会ったことが無いので」


 全体的に空気が居たたまれないことになっている。ヤン自身はあっけらかんとして何とも思っていないけど、端からしたら育児放棄よ。事情を知らない学生の子達も変な気を遣いだしてるわ。

 どの家庭も円満ってばかりじゃないから、それも仕方ないとは思う。ベルでさえ、お父さんと喧嘩別れしてそのままらしいから。


「単に生物学上の母とい」

「あー、やめろ、そこまで言うな、兄貴が浮かばれないぞ」


 死んだ魚の目をした隊長が強引に話をぶち切った。

 終わるまで空気が戻らなかった……今度からもう少し話題にも気を遣わないと。参加者が可哀想なことになるわ。


 ヤンが義兄からちょっとだけ説教されているのを聞き流して私はまた図書館通い。

 全然進まない。話の持っていき方が出てこない。本当に、誰か変わってくれないかしら。


 時間まで粘ったけどまた纏まらなかった。

 しかも、ため息をついて歩いていたら傭兵の人が『剣』の男連中と歩いて談笑しているのを見かけたわ。昨日の今日で仲良くなったらしい。


「あ、ねーちゃん!」


 何の気もなしに通り過ぎようとしたら、気づかれた。

 この人、どうして私を『ねーちゃん』呼ばわりするのかしら。まだ最初よりはましだけど、馴れ馴れしすぎないかと思う。


「何してたの?」

「調べ物をしていただけです」


 話を切って帰ろうとしたら行く手を遮られた。なによ、この人。


「ちょっと待ってって。メシ一緒に行かないか? 今日のお詫びがてら」

「料理番だから無理です」

「だったら、明日とか明後日とかでもいいからさ、この通り」


 笑いながら拝むようにしてくる傭兵の人。本当にしつこいわね。ちょっと睨んでみたら、一緒にいた『剣』の魔術師達が慌てて引っ張っていった。


 本人は不思議そうだったけれども、初対面からちょっとどうかと思う事の連続よ。バーナードが嫌う理由が少し分かるわ。図々しさが目立って癇に障るのよ。


 ――私のことを大して知りもしない癖に。


 空に浮かぶ丸くなりかけた月を見上げて唇を噛んだ。

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