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3-2

 年明けの最初の夜勤が回ってきた。協会の門番をしていると、ずっと起きないといけないから辛い。だから、今は眠気を覚ます為に関係ないことを考えている。


 ここのところ、次の絵をどう表現しようか悩んでいた。男性の雄々しさを描くって私は苦手だから。それで、あの蜥蜴達を捌いて閃いたわ。

 今度は手の集合体を使ってみたらテーマに合いそう。背景は原生林にしようか、草原にしようかまだ決めていない。でも、方向性は決まったから緑とか桃色とか、そういう色の魔力石を取り寄せている。


 そうやってしばらく空想しながら景色を眺めてたら、私の付けているブレスレットの一つが光り出す。

 誰かが我が家に不法侵入した警告ね。それを見た隣の魔術師がすぐに声をかけてきた。


「確認したほうがいい」

「そうします。報告は後で」


 無言で頷かれたから協会都市の外側に出て転移する。

 長距離の転移は景色が歪むのがはっきりと分かる。縦に輪郭や色が引き延ばされるの。凝視すると気持ち悪くなりそうな感覚に陥る。


 少しだけ目を閉じると、森と見慣れた扉。近づくと鍵が壊されている。

 警戒しつつそっと開いたらすぐに犯人は見つかった。


 水がたっぷりと入った桶を運んでいるのは、どう見てもメアだった。

 悪意ある協会への侵入者では無くて安心したわ。脱力しながらリビングに入って声を掛ける。


「あんたどうしたの」

「リリー、フィロガが倒れた」


 そう言いつつメアはソファの側に桶を置いた。ひじ掛けの部分から見慣れた黒髪が覗いている。


「時々倒れるから気にしない方がいいわよ」


 不安がっているメアにそう話しかける。

 義兄は特定の傾向を持つ女性相手に気絶することが多い。メアだって何度も目の前で倒れられて気に病んでいるしょう。でもフィロガの問題であって、メアはとばっちりなだけ。


 当然納得しきれないメアは「しかし」と続けようとした。でも、それよりも先に言うべきことがあるはずで。


「ところで、なんで鍵が壊れてるのか聞かせてちょうだい」


 無理にメアが家に押し行ったとしたら、やっぱりそれは問題。ここでの異変は協会に知らせないと駄目なのよ。理由によってはメアを『剣』にやっぱり突き出さないといけない。

 メアはじっと私の顔、じゃなくてその隣、何もない空中を見てから目を合わせた。


「その、キドナ達が教えてくれて」

「何を?」

「メアは帰る気だった。だから、家から出て少し歩いてたら。キドナが引き留めてきて。必死に家の方向を指して、戻そうとした」

「つまり、精霊達にフィロガが倒れたって教えられて戻ったって事ね。どんな風に倒れてたの?」

「食器を片付けている最中、と思われる。打ち身は見当たらなかった」


 顔を合わせた時は倒れてなかった、と。机に置かれた不格好な布袋をチラリと見る。食器の破片が入っているんでしょう。義兄は見た感じ手を切ったり頭を打ったりとかはしていなさそう。

 そして私は別の理由に思い至って納得した。たぶん、イザベラの事を考えてしまったんでしょう。


「その精霊達にお礼を言っといて」


 本当の理由を伝える気はないから、今はただメアの話を事実だと肯定した。動きが鈍るメアは、濡れたタオルを絞ってフィロガの額に乗せている。義兄の方はうんともすんとも言わない。

 じっと見つめてくるメアはどこか探りをいれているみたい。なんだか、逆に不思議がられているわね。


「嘘とは、思わないのか」

「あたしには見えないけれどもメアには見えているんでしょ」

「そう、だけれども。見えないのに、信じるのが」


 訝しむメアは、きっとみんなに精霊の事を否定され続けたのね。聞いてくれる人も少なかったのかもしれない。でも、見えることが全てじゃないのよ。もう、色々な物が見えなくなってしまった私はそう思うわ。


「魔力の感じ方も色々なんだから、個人差があるんじゃないかと思うわよ」

「それ……」

「助かったわ、ありがとう」


 微妙な顔になったメアにはそれだけ伝えてフィロガを眺める。ソファじゃ寝心地は悪いでしょうし、メアにお願いして二人で義兄を部屋に運び入れる。

 室内は落ち着いた感じの色合い。ベルの部屋と家具の色とか似ている。どっちが先に真似たのか、余計な事を考えた私はすぐに忘れて部屋を出る。不運に見舞われたメアを労おうと思って、紅茶を淹れた。


「メアはいい」

「飲んでちょうだい。夜はあたし、飲めないのよ」

「……では」


 ちびりちびりと飲み進めるメアを横目に、私は私でどう『剣』に伝えるか考える。

 精霊云々を抜かすとなると。メアが用事を思い出して玄関口から声を掛けたけど返事が無くて訝しんだ。それが一番角の立たない言い訳かしら。

 メアには導師の部屋に穴を開けた前科があるから、押し入ったことに呆れられるかもしれないけど納得はされるでしょうね。泥をかぶってもらうしかないわ。


 窓辺に置いてあるぬいぐるみの一つを撫でつつ頭で纏めていると、メアの視線が気になってそっちを向いた。


「どうしたの?」

「その、ぬいぐるみは」

「ああ、これ。あたしが作ったのよ」


 今持ってるのは、四つ足の獣に蛇の尻尾が付いた魔物。実物は見たことが無くて想像でしかないけれど、なかなか面白い姿をしている。

 次に手を取ったのは上半身が魚と下半身が人間のぬいぐるみ。色合いだけパステルにしてみたら案外、良い感じになった。


「普通の動物は」

「いるわよ、あたしの部屋に。ここには面白い見た目の奴らを飾ってるの」


 フィロガの趣味だとあまり可愛すぎるぬいぐるみは嫌かと思って。だから色物を置いているわ。それでも時々「どうしよう」って目で見られているわよ、このぬいぐるみ達は。

 椅子を引いてメアが立ち上がった。あまり長居はしたくなかったのかしら。

 メアを見送りカップを片付けているところで、階段の軋む音がした。義兄が起きたらしい。眠そうに頭を押さえつつひょっこり顔を出したフィロガは、窓の外と私を見比べて不可解な顔になる。


「リリー? 夜勤は?」

「あんたぶっ倒れたらしいわね。メアが発見してくれたわよ」

「え、待って。どういうこと」

「用事を思い出して声を掛けたけど、返事が無くて押し入ったんですって。その時に鍵を壊したから、あたしに警告が来たのよ」


 心の奥が冷や水を浴びたような気分になる。それを無視してフィロガに嘘をついた。

 少しして義兄は気まずそうにため息をついて「修理代、どうしよう」とかほざく。助けてもらったら、確かに請求はしづらいわね。そう思いながらぼんやりするフィロガを観察する。

 メアと目の動きが似ている。でも、義兄は心のどこかで拒否しているから認識できないんでしょう。

 私は指摘する気が無いから、話を切り上げて持ち場に戻ることにしたわ。


「『剣』には報告しておくわよ。抜け出しているし」

「え、ああうん。ヴァレンティン署長、怒らないかな」

「面倒な契約をしたわね、あんた」

「格安の物件は協会都市内にはなかなか無くて厳しいんだよね」


 苦笑いでため息をつくフィロガを無視して片付けだけ続ける。

 魔術師の居住施設は基本的に協会の所有扱い。ここは国境沿いで普通は誰も使いたがらないから安めなのよ。


「始末書は明日提出予定ですって伝言頼んでいい?」

「いいわよ。どうせあたしも報告書を書かないとだから、提出も一緒にするわ」


 本当は夜勤明けを休みにしていたんだけど仕方ないわ。そして眠気と戦いながら協会の側までまた転移した。



 ***



 翌日、午前中はしっかり寝てお昼過ぎになってから書類を書いたわ。誰も居ないと集中できるからすぐに終わった。


 フィロガの分を回収しにあいつの研究室の扉を叩く。

「はーい」と元気のある声で開けたのはサリアさん。義兄とラインハルトは何かしらの議論でもしていたのか、机を挟んで書類やらペンやらを持っていた。


「はい、リリーさん。これお願いします!」


 先に始末書の件を伝えていたのか、スムーズにサリアさんが書類を手渡してきた。今の私は非番で上司の身内って立場だからわざわざサリアさんは呼び方を変えた。そういう細かい所を気にする辺りがラインハルトと似てるって思う。そう、思って。自分がどう感じているか自覚したくなくて言葉少なに会釈だけして踵を返す。


 廊下を歩きながら気持ちを落ち着かせようと別の事を考えた。

 同好会の見学会の資料、まだ全然方向性を決めてなくて手つかずなのよね。私の研究はそこまでみんなの興味を引くものじゃないから、内容を羅列するだけじゃ来た人が困るし。

 難しい問題に唸っていたら肩を叩かれて振り返った。


「リリー、壁に向かって歩いているのは」


 昨日の今日でメアと出会ったわ。相変わらず声を掛けられるまで気配が感じられない。白いマントの間からあの赤い皮鎧が見える。あまり協会でこの格好をしているのは見ないのだけど、仕事中って事かしら。


「ちょっと考え事をしてたのよ」

「前は、見たほうがいい」

「そうね、気を付けるわ」


 気分が元に戻った私はどうしてここにいるのか聞いてみたわ。そうしたら、メアは「野暮用で」と分かりやすく答えを濁した。聞いちゃいけない事だったらしい。なんだか困っているような空気だから気にはなるけれども。


 そのまま別れて『理』の塔から出てお店を覗いてみたけど、やっぱりリクエスト通りの本は来ない。奥さんは豪胆に振舞っていたけど、普段より気落ちしていてた。みんな色々な事情があるから深くは突っ込まない。私だって聞かれたくない事はたくさんあるから自然とそうなってしまうだけかもしれないけれども。


 気晴らしにまた何か作ろうかしら。

 頭を空っぽにして没頭できれば少しはましかもしれない。そう思って布屋に向かおうとしたら、唐突な轟音が響いた。巡回中の『剣』の魔術師が音の発生源へ駆け出していく。非番だし防護用のローブを着ていないから一般人の誘導くらいしかできないけど、私も走った。


 土煙が上がっているところで打ち合いの音が響く。

 すぐに視界が晴れたのは、誰かが風の魔術で煙を巻き上げたから。その中心には何故かメア。そして両手に短剣を持って誰かと戦ってたわ。

 相手は見知らぬ男性だった。防具は身に着けていない。その人はメアの追撃を寸前で避けて逆に膝蹴りを喰らわせていたわ。明らかにメアが顔をしかめたから、効いている一撃なのは分かった。


 でも、メアもやられっぱなしではなかったわ。そのまま剣でメアの首を狙おうとした男の人を魔術で弾いて瞬時に肘で顎を強打したわ。それでちょっとだけふらついた男の人を押し倒して短剣を首に突きつけた。


 魔術師が誰も止めなかったのは、この戦いが数秒で決着がついたから。二人が速すぎて見るだけで精いっぱいだったのよ。


 そしてメアが何か話をした後、男性の表情から殺気が唐突に消えた。

 じゅ、っという微かな音がしてその人が手に持っていた筒を地面に転がす。爆発物のようなもの、かしら。


 ようやく介入が出来そうになったところで待機していた魔術師達が二人を取り囲んだわ。

 私はそっちには合流しないで一般市民に被害が来ないよう張っていた結界を解いた。一体何がどうなっているのかは分からない。二人が揃って『剣』の連中に連れていかれるのを見送って、現場検証をしている人達に声を掛けた。


「何があったんですか」


 相手は知らない人だけど、私にぎこちない笑みを向けてきた。


「それがこっちも、良く把握できてなくて……男が襲い掛かって来たそうなんですが、教官はもう問題ないからとしか言わず」


 メアの言い分で余計に意味が分からなくなったわ。襲われたのに、それでいいの?

 誰も全容を把握していない以上、もう明日になってから詳細を聞こうと思って私はそのまま帰ったわ。

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