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赤い死神の終の棲家  作者: 木の実あかし
第三章

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3-1

 じっと前を見据えてクロスボウを構える。待っていると巨大な蜥蜴が森から這い出す。矢で一撃を与えると、こっちに気付いて猛烈なスピードで突進してきた。


 私達は走った。バーナードが槍で突いたら傷から血がしたたる。

 でも、蜥蜴はまだ元気で怒り狂っているわ。だから彼が飛び退いた隙を見計らって牽制をかける。そこをもう一人の前衛が横から首に一撃を与える。頸椎は砕けたはずだから、あとは後衛の魔術で絶命するまで警戒するだけ。


 様子を見守って待つ。だんだんと足のバタつきがなくなっていく。ピクリともしなくなった蜥蜴にようやくみな一息ついた。やっぱり群れのボスは大きいわね。

 もう周囲には群れはいないでしょう。クロスボウを収納して持参した大きい袋を広げる。


 今、私達は国からの要請で魔物狩りをしていたところよ。魔術師協会に隣接している国の一つで、時々こういう依頼をしてくるの。この国は自然が多いためか、よく遠征先になる。


 後衛がバーナードに近づいて二の腕サイズの蜥蜴を持ち上げる。私の矢が刺さって目が焦げていた。炎を纏わりつかせていたから、きっと頭の中も焼け爛れている。今回はあまり炎で損傷させちゃいけなかったからひやっとした。


 そんな私の気持ちはさておいて、二人も袋を広げて楽しそうに話しているわ。 


「ふう、回収するのめんどいなー」

「仕方ないさ。ああ、小型のほうは背肉と前足を確保してほしいんだってさ」

「食べる気なんだー、この国だと」

「ストロングリザードは巨大化しただけの蜥蜴っていわれているくらいだから、まあ食べられるだろうね」


 そういいつつバーナードが魔術で前足と胴体を捌く。前衛の同僚の方は、ボスをじっと見ながら解体の手順を考えているんでしょう。あっちは食肉用じゃなくて協会への報酬。素材になる部分だけ取り出すのよ。ぼうっとしていられなから、私も短剣に持ちかえる。


 でも、数が多すぎるわ。百匹以上いるに違いない。

 げんなりしながら、ふと思い立って新しい一匹の首を切り捨てた。


「一匹くらい食べてみる?」

「いやもっと疑問を持とうよリリー」

「じゃあ、あんたにはあげないわ」


 後衛の制止を無視して背肉を焼く。血抜きは魔術で短縮したから味には響かないはず。香ばしい匂いにつられて前衛の同僚がこっちに来る。

 焼き加減もちょうどいいわ。無言で彼に差し出したら口に入れて満足そうに咀嚼している。


「やっぱり天使は天真爛漫だ」

「バーナード……悪いことは言わないって、ほら、他にも色んな人いるよ」

「何を言っているんだい、トラヴィス。命を大切にするその姿勢が素晴らしいじゃないか」


 閉口する後衛の同僚が一般的な感性だってことは私にも分かる。他の人も大多数そっちよりだから。そしてバーナードは食べないのよ、悪くは言わなくても。こういう時は無言で食べているもう一人の方が素直よ。

 休憩もほどほどにして国への提出用と持ち帰り用に分けて、残りは灰にする。


「そういえばさー、写し絵の魔道具って使えた?」

「うーん、使ってみたけどまだ全然はっきりと写せてないよ」


 わざわざバーナードが風の魔術じゃなくて槍で応戦していたのは試作の魔道具を使ってみるため。普段なら、前衛の同僚と一緒に首を狙うから。


 こういう遠征は疲れるけど楽しい。魔物は食用になる種類もいるから、時々つまみ食いをしている。

 はしたないかもしれないけど、そこは気にしたら駄目よ。


 諸々の手続きを済ませて協会に帰還した。

 気分が乗ったからシャワーついでに『色移り』の色を変えた。視界に映る毛先がいつもの薄茶から淡いピンクに変わる。目の色は少しだけ黄色を濃くして琥珀色に近づけた。

 勤務中は混乱させちゃいけないから固定しているけど、もう後は同好会に行くだけだもの。私服に着替えて ロッカールームから出ると、数人いた女子のおしゃべりがやむ。


 ああ、忘れていたわ。時間帯をずらすべきだった。

 高揚していた気分が一気に盛り下がる。でも、私のミスだから無言のまま帰ろうとすると、たむろしていた中の一人、嘘つきのあの女が近づいてきた。


「色彩さん、またお料理しましたのね」

「なんのことよ」

「珍味がお好きなんでしたら、重海に行ってみてはいかがですか? 小型の河豚がいるそうですから」


 相変わらず、嫌な奴。

 重海っていうのは、海洋性の魔物がうじゃうじゃいる海域の事よ。まともに渡航できない場所に行けって、死ねって言ってるのと同じ。


「捌き方を知らないから、料理人を用意してくれないと困るわ」

「まぁ……善処しますが、見つかるように祈ってください」


 そういって離れた嘘つきを放置して私は部屋から出た。


 気を取り直して同好会に向かう。

 積み重なっていた問題は、どうにかなったらしいわ。サセックが事情説明をしてくれたんでしょう。こっちには詳細が知らされていないっぽいけども。


 扉を開けると相変わらずベル以外は揃っている。そして、黒板にはでかでかと今日の議題が書かれていた。

 それもずばり、『同好会見学会』という分かりやすい言葉で。


「さて、始めるか」


 ヤンがにやりと笑う。一見すると元の調子が戻ったよう。


「我々同好会は、数年の試用期間中にどの程度の成果を出せるか……それが、継続の有無を決めるものだった」

「もったいぶらねーで言えよ。正式に総合研究室の扱いになったんだろ」


 ディートリヒは突っ込みつつも少し安心した様子ね。この前からの色々な事でそれも危ぶまれていたから、気を揉んでいたんでしょう。


 チョークで議題の下にヤンが長い線を引いた。音が結構響くわ。


「まさしくそうだ! そしてゆくゆくは新規入会者を募ることにする!」


 皆のテンションはヤンほど高くない。でも、おおむね歓迎ムードではあるわ。

 今まではヤンの知人とか友人限定にしてたから活動をよく思ってない人っていうのも居たのよ。金食い虫みたく扱われるとか。他の人達も集まれば、そこら辺のやっかみとかは無くなるはず。


「それにあたり、詳細を詰めてきた。今まで月報という形で活動を公表してはいたが、実際のところが掴みづらいだろう。それを加味して、同好会の体験入会・見学会を実施する計画だ。そして……新たな才能の発掘も兼ねている!」


 熱く語りだしたヤンは、学生時代からの野望が一歩だけ前に進んで留まるところを知らない。


「既に告知はしてきた! あとは内容を詰めるだけ!」


 その内容もほぼほぼヤンが考えてきているわよ、資料を見ていると。

 ところで……私は気になっていることがあるの。

 説明をひたすら続けるヤンの隣にメアがいるのよ、何故か。

 私の視線に気付いたメアが見つめ返した。海のような目。光の加減で時々色が変わるような綺麗な目。水面が動いているみたい。


 隣に部外者が居たらさすがに言葉とか気を付けるはずだけど、ヤンはメアを放置したまま計画書のままに暴走を続けている。首をかしげていたら、メアの目の色が暗い紺色に戻る。

 そしてヤンがはっといきなり横を向いた。


「なるほど。事前説明を受けても効果はあるんだな」

「そういうもの」


 ヤンとメアの間では話が通じている。周りも騒がないってことは、メアがここにいる理由がちゃんとあるってことね。軽く苛立っているフィロガも無言って時点で、薄々は思っていたけど。


 ませた服装にしかみえないワンピースを着たメアがみんなに向けて口を開いた。


「リリーは、ずっと見てたからあまり効果はなかった。視認能力の高い人は、そういう人もいる」

「魔力の、か? しかし、ならば私やフィロガにも効果は薄いはずだが」

「個人の魔力の質にも、よる。他の要因とかも、関わる」


 メアが目を瞬かせたらまた瞳の色が綺麗に変わる。いつも何かしらの魔術を使っているわね、私の『色移り』みたく。


「ねえ、何かの実験でもしてたの?」

「説明するとだな、彼女にはリスリヴォールの魔術を使ってもらったんだ」

「つまりさっきのは、気配を薄くする魔術なの?」

「そうだ、大当たり。隠密行動で主に使用するとのことだ」


 隠密。私は、祝賀会で見かけた給仕服姿のメアを思い出す。

 ものすごくあの時の事を聞きだしたいけど、でも、今はそんな空気じゃないから止めておきましょう。代わりに少しだけじっとメアに視線を送っておく。


「リスリヴォールは協会における旧闇属性の魔術が豊富らしくてな、他にも色々な魔術があるらしい」


 そう説明しつつ既に解析機を手に持っているヤンは、通常運転だった。そのうねうねした昆虫の足っぽいベルトを見て一歩だけ距離を空けたメア。前にも見た光景に圧力をかけるのを止めて遠い目になった。


「協会魔術と隔たりのある魔術体系……そしてそれを使う魔術師の魔族。なかなかお目にかかることはできない」


 更なる暴走が始まったヤンを止める人はいない。

 義兄は相変わらずメアをフォローする気はないらしい。ラインハルトはそれにならっているし、ディートリヒは私と同じ目で頷いた。


「リスリヴォールは結局大丈夫だったの?」

「……たぶん」


 言葉少なにメアは目だけ逸らして頷いた。あまり触れられたくないらしい。


「で。何でメアがここにいるのよ」

「導師からの依頼は継続中だ。そして、ザクセン署長からも正式に要請された」


 なんだか、部外者のはずなのに協会にやけに取り込まれているような。目立たないほうがいいはずよね、仕事的には。

 そのままヤンが黒板の文字を消して、話を続ける。


「協会とリスリヴォールは同盟関係にない、ということは周知の事実だが。今回の件を受けてリスリヴォールの外交官が関係修復に前向きらしい……国内では意見が割れて当面は先とのことだが」


 面倒な国の情勢が絡んでいるのね。そしてメアは我関与せずの姿勢のまま。メアってつまり親善大使みたいな扱いだけども、正式ではないわよね。

 周りの人達がいろいろと画策して矢面。そういう図が浮かんだ。

 そこにメアの意志はきっとない。あったらそんな精魂尽きはてたような雰囲気を出さないでしょう。


「それと、今回の見学会では彼女にもリスリヴォールの魔術についてレクチャーしてもらおうと思っている」

「部外者なのにいいのか、それは」

「いや。ザクセン署長のプッシュだ。別体系の魔術というと教えるには難しく秘伝やら血脈やらで限定的にしか使えないが、しかし、リスリヴォールは比較的汎用性が高いそうだ」


 ごり押しの『理』署長の態度には、情念というか、私情が混ざっているような気がしているわ。ちらっと昔にリスリヴォールと協会が衝突しかけたって話を『癒』部長が零してたのよね、呪術を疑われたあの検査の時に。


「魔術講習も別枠で行うそうだが、同好会ではより突っ込んだリスリヴォールの魔術体系の説明をしてもらうことになった。意欲がある人間ならきっと来るだろう。そしてこれを機に計測」

「お前はそれが狙いだろーが」

「こほん。しかしながら向上心溢れる人間ならば貴重な機会を無駄にはしまい」


 この日はそれぞれが自分の研究を紹介するって話にまとまってお開きになった。

 またきっとヤンが暴走をして大変なことになるんでしょう。それに、メアもいるから騒動が起こるかもしれないわ。


 そんな風に思ってた私は薄々だけど分かっていた。平穏な日常は脆くて儚いって事を。

 分かっていて、気付かない振りを続けた。

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