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赤い死神の終の棲家  作者: 木の実あかし
閑話二.五章
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閑話2

※本日(7/30)投稿二話目です。全六回分あります。

 窓を開けて空気を入れ替える。やっぱり朝日は良いわ。新芽が淡く木々を彩って春の到来って感じ。


 日の出が早くなった事もあって、起床時間が前倒しになった。

 髪を梳かして顔を洗う。肌を化粧品で整えるのは面倒と思う事はあるけれども、若いうちからやっておくと後が楽らしい。


「よし、行くわよ」


 伸びをして下に降りるとパンと珈琲の匂いが漂ってきた。

 朝は基本的に各自で用意。私とフィロガの起床時間がまるで合わないからそうしたの。ジャムを塗ったロールパンを片手に義兄が「早いね、おはよう」と声を掛けてくる。


 魔術で温めたロールパンにサニーサイドアップを挟んで返事をする。

 フィロガの服が昨日のままで少しよれていて、寝癖はまだ直せてない。きっと遅くまで起きてて手つかずだった同好会の仕事を片付けていたんでしょう。そのままソファで寝たとかもありうる。


「あんたそのうち健康に祟るわよ」

「え、どうしたの急に」


 首をかしげたままフィロガはロールパンを片付けた。話も広がらず沈黙が続く。今日は遅番だからまだ私は出勤まで時間がある。義兄は休み。だから空気がぬるい。


 せっかくだし、仕事前に散歩でもしようかしら。そう思って出勤準備を始めたところで、呼び止められる。


「あ、そうだ。ヤンにこれ渡しておいてもらえる?」

「ヤンも休みよね」

「ああ、うん。でも、色々と処理が遅れているから持ってこいだってさ」


 そう言って珈琲をまた飲みだすフィロガ。自分で行く気はないらしい。まあ、そうね。休日のヤンに会うと誤解が生まれそうだものね。そしてそのまま義兄は書類の束を机に置いて水浴びに行った。


 お使いの荷物も鞄に詰めて協会までの道のりをてくてくと歩く。雑木林を通りすぎると、畑混じりの草原と家が点在している。遠くに薄っすらと協会本部の塔が見えるわ。


 農作業中の人達に挨拶される。顔見知り程度だけど収穫した野菜を時々お裾分けしてくれるいい人達よ。仕事が落ち着いたらお返しのキノコ、また採ってこようかしら。結構喜んでくれるのよ、持っていくと。


 このまま徒歩だと時間が間に合わないから転移で協会の門付近まで飛んだ。協会都市内を散策しているはずのヤンを探す方が先ね。きっとすぐ見つかるだろうし。そう思ってすれ違う『剣』の魔術師達に確認して、ちょっと高めの礼服を扱っているブティックに向かった。

 扉を開けようとしたら、向こうから開いたわ。


「ああ、リリーか。どうしたんだ?」


 ちょうど目の前にいるのは、ヤン……いえ、今はヤーニャね。

 普段の『飾』で働いている時とは全然違う服装。背中にかかる三つ編みは結び目に造花をあしらっている。そして、フリルやレースで飾られた淡いグリーンのワンピースと合わせると春の雰囲気たっぷり。

 ええ、別に双子とかじゃなくてヤーニャ本人なのよ。


「フィロガに頼まれものがあるのよ」

「頼まれ……同好会の月報か」

「ええ。締め切り伸ばしてもらってたんでしょ」


 すごく目立つヤーニャと歩きながら話す。まだ時間があるから、カフェに入ることになったわ。私もヤーニャも周囲の目は気にせずお茶をする。


「フルオーダーの礼服を仕立てるの?」

「まあな。またおじい様が奮発する気でいるらしい」


 呆れ半分にローズヒップティーに手を付けるヤーニャ。

 この服装の時は所作にも気を遣っている。傍から見たらお嬢様なのよね……実際スヴェンコフ家の人だから間違ってはいないし。でも、中身が変わった訳じゃない。

 私はカモミールに手を伸ばして今まで聞いてきた話を思い出す。


「目に入れても痛くないって感じよね。ヤーニャのおじい様」

「それにしても鬱陶しい時があるんだが。髪を切っただけでグレただの擦れただの……まあ、面食らったのだとは理解しているんだが」


 今の髪は地毛に限りなく近い色のウィッグ。

 ヤーニャは学生時代、唐突に髪を刈り込んだのよ。それまで腰にかかるほど長かった髪をばっさりと。後輩達や外部の人達は下手したらヤンがヤーニャだって認識していない可能性もある。ヤンの時は化粧もほぼしてないから、今の可愛らしく見えるヤーニャと重ならないのよ。変装ってくらい、違う。


「本当に思い切ったわね、あの時は」

「気分転換が必要だったからな。しかし、意外と楽だから休暇中もあんな服装でいたいんだが、おじい様に泣きつかれた」

「……むしろ、よく許してくれたわね、勤務時の服装」

「事後なら許すしかないだろう。他の魔術師と違い過ぎて目立っても困ると一族総出で説得したら、あの時は渋々引き下がったんだ」


 私は遠い目をした。

 良くも悪くもスヴェンコフ家って当主中心で動くのよね、聞いていると。ヤーニャはあまり疑問を抱いていないようだけど、過干渉じゃないのって思う事はある。


「しかし、な。私に金を使うくらいなら、もっと別の場所に投資したほうがいい」

「価値観の相違じゃないの、それは」

「だとしても、何故また仕立てるんだ。一昨年の礼服を仕立て直せばいい。体型なんぞ変わってないのだから」


 おじい様は金遣いが荒いらしい。

 でも、よくよく考えるとヤーニャが研究に費やしてる金もだいぶすごいことになっているはず。解析の魔道具の材料は高い。利益が合わないからってヤーニャの作った魔道具はほぼ協会じゃ採用されていない。


 つまりは似た者同士なのよ。さすがは祖父と孫娘。そんな事を頭から追いやっているヤーニャはため息をついた。


「はあ……リリーは警備に回るのか?」

「そのはずよ。部隊長クラスからは接待に出るんじゃない?」


 メアの事で色々と予定が狂ったけど、来週は魔術師協会で祝賀会があるのよ。

 二年に一回のこの催し物は魔術師協会が周辺諸国と良好な関係でいるために行うもの。主に同盟国のお偉いさんや貴族相手に限定していて、顔繋ぎの場の意味合いが強い。


 警備を引き受ける『剣』とそもそも人数が多い『飾』は出席する人数を絞っているけど、全部署総出でおもてなしよ。協会の威信が掛かってるかなり重要な行事だから。

 そう思ったところでふと義兄の事を思い出す。


「あら、フィロガは祝賀会の準備してたかしら。全然覚えないわ」


 少なくとも義兄は室長だから、そのお偉いさん相手をする立場のはず。でも、メア関連でそれどころじゃなかったような。

 首をかしげていたら、ヤーニャがまたローズヒップティーを口に含む。

 

「ジェイクが服を渡してたぞ。今回は組合の仕事で出れないからと」

「体型合ってないわよね」


 それ以上は言及しないで静かにカップを傾けるヤーニャ。

 お世話されてるわよ、フィロガ……まるで歳が離れた親戚の従兄弟っぽい扱い。仲は良みたいだから分からなくもないんだけど、逆に実の弟が蔑ろにされてたらそれはそれで気分が良くない。


「そういえば、ヴィク」

「あいつは心配ない。最初からおじい様が手配済みだ」


 言い終わる前にヤーニャに話を遮られた。名前さえ聞きたくないと……相変わらず一方的に仲が悪いわね。口を挟むとこんがらがるから言わないけど弟が可哀そう。

 そうこうしていたら勤務時間が近づいてきた。ヤーニャと別れて『剣』の塔に向かう。


 掲示されている特別シフトを確認したら、会場内の警備に割り当てられていた。一昨年は大通りの警備だったから緊張する。マナーとか全然分からないんだけど大丈夫かしら。


「今回は会場警備に入ってるんだね、僕の天使」


 例によってバーナードが歯の浮くような表現をしながら現れた。

 ちょっと前までの狂ったバーナードから復活して通常運転に戻ったわ。あの時は必死さが滲んでた。でも、今は余裕の微笑みね。


 確認したら、こいつは賓客の護衛に回されていたわ。結構重要な位置だからきっと隊長候補に挙がっているんでしょう。でも、そんな奴がこんなキザでいいのか。

 私がそんな気持ちで彼を見ていたら、バーナードは苦笑する。


「心配かい、美しい白百合」

「その表現を他で出さないかの方が心配ね」

「はは、連れないなあ」

「それよりもあんた、会場警備したことある?」


 朗らかに言い放つこいつの言動はさておいて、不安だから相談を投げかけた。バーナードは当時の記憶を思い出しながら笑顔になる。

  

「前回はそうだったよ」

「何かすることってあるかしら」

「基本的には警備だけだよ。接待は他の魔術師の仕事だし、危ない場所を事前確認しておく程度で大丈夫なはずさ」

「マナーとか、そういうのは?」

「国ごとに違う以上は協会に合わせてもらうってスタンスだから問題ないよ。必要な人は研修に呼ばれてるはずだから、それが無ければ気にしなくていいんだ」


 その言葉に少しほっとした。そうよね、いきなり実践しろとかそこまで鬼じゃないわよね。

 不安は残っているけど、慣れの問題だから気合で乗り切る。そう決めていつもの見回りに出た。

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