エピローグ【サイドA】2
「以上が報告です」
会議は踊る。いえ、踊るのは私一人。たとえイールが隣にいても、彼女は私の味方ではない。そんな胃痛混じりの状況の中、協会での顛末を報告する。
ここは私が療養していた館の会議室。
まるで尋問のように私を取り囲む序列上位者達。さすがに、今回は私も下手を打ってるから見過ごせないのだろう。
最初に発言したのは遠い目をしていたネグリア。
「やっぱり、他の人が適任だったんじゃないかと」
「あら、奇遇ねドクター。私もちょっとだけ協会との契約内容について考えたわ」
ため息混じりの彼に乗っかる形でマーヤが微笑んだ。吸魔は出てないのでその場限りの激情で意見したわけでもない。
「『担当者を十位以上に』という文面でこちらの首がしまるのは頂けないじゃない。上位者と繋がりのある人間がごろごろ協会にいるとか、想定外での契約でしょう?」
鉄扇を広げるマーヤに内心で肯定した。そう、それでまさしく私の首がしまってる。実力があるはずの人達が協会に動員されない理由はそこに尽きる。
現状、問題なしは私くらいで……他の人は顔見知りや身内がいる。
私だって担当など遠慮したかったのに、拒否したら協会との契約違反となってしまう。
「導師もお気の毒よねぇ、命の恩人兼恐怖の対象とお話しなんて」
「私への当てつけも含まれているのかしら、マーヤ」
「あらやだ、イールったら。そう聞こえたらごめんなさい?」
優美に笑うマーヤと無表情のイールがお互いに目を合わせて無言になる。そんな二人に先生が「いい加減にしろ」と突っ込んだ。しかしマッドベアの事で先生とイールの応酬が始まっただけだった。
余計に波風の立つ会話に私は目を逸らす。このまま空気と化して終わらせたい。
呆れ半分の補佐が強引に話題を戻した。
「協会の担当は引き続きメアであることに変わりはありません」
「俺はキョウに交代させるでも構わないのではと思うが」
ヴィッセの提案に私は頷く。
担当が変わるなんてよくあること。オーガ狩りによって再起不能になる魔族もいるのだから。私にプライドなどない、是非ともそうしてほしい。
しかし、それは補佐には届かなかった。
「キョウは契約魔術の範疇外でしょう。縛りを受けない構成員の派遣など、魔術師協会が拒否するのは目に見えています」
お姉さまは無言で困ったような笑顔になっている。協会との契約更新時はまだ十位未満だったから、この件で関われることはない。私の望みは絶たれた。
なお総帥は沈黙されたまま。表情も変わらないからやはりお考えが分からない。
「問題はリスリヴォールとエスカーチャの手を引かせる事です。リスリヴォールへの工作はテオ殿に要請という形でしょうか」
補佐の言葉にしばらく目を閉じた総帥は、ややあって首を横に振った。
「テオ殿は動かない。しかしながら、リスリヴォールはそのまま話を合わせてくるだろう」
「それは……いえ、分かりました。かの国については解決とします」
祖国の魔族はやはり何かしら問題があるらしい。そして何かしらの理由で今回の件は心配いらない、と。心当たりがありすぎる私は口を閉じる。
そして総帥は私に目を合わせた。
「メア。エスカーチャへの事情説明を命じる」
や、やはり私に来た。固くなる表情を元に戻そうとするも失敗した。イールもそのつもりでいたから当たり前と言えば当たり前だった。
「どのように説明を」
「我々の騙りを駆逐する為に協会と一芝居打った、と。その程度でおそらくあちらは手を引く。そもそも、君を派遣するのは先方からの申し入れだ」
まさかの指名。私は内心で絶叫したくなる。これは、つまりイールも知っていて……彼女を見ると頷かれた。そうか、初めから決定事項だったのか。
「大国との交渉は私には荷が」
「君なら可能だと考えている」
言い訳をしようとしたけど即座にお気持ちを表明されたため黙った。組織の長からこういわれたら呑むしかない。「承りました」と発言しておく。
「次は、ポルガエデンでの迫害についてか」
そう総帥が議題を変えた途端、一様にギスギスとしだす。私の失敗よりもこちらの方がよほど深刻だった。席に戻って一息つけるかと思ったのに全然無理だった。
「俺からの提案だ。今の暫定政府とは契約更新を見送るべきではないか」
ヴィッセが珍しく先陣を切って発言した。
それなりにこの件で動いている彼が説明を始める。私の療養中に色々と動きがあったらしい。報告書を読んでいると魔族への襲撃や財産没収などやりたい放題だった。
「暫定政府を承認している国々が魔族排斥派。こちらには内政干渉だとのたまった……使者の首を送り返してきてな」
不機嫌そうなヴィッセが「もうあの国は駄目だ」と吐き捨てる。政権を握る者が変わって魔族への施策が変わることもありうることでは、ある。
ただし、それならば先にこちらへ話を通すべきでもあるのだけど。厳しい顔つきの面々を見ていても、今の政府との付き合いはしたくないと考えている。
表面上にこやかなお姉さまが口をはさんだ。
「契約はとっくに破棄されていると思ってたんだけど」
「個人間の契約とは違う。国との契約であるがゆえに、完全な破棄には至っていない」
「つまり、こっちがやり返したらそれはそれで問題なんだね?」
「ああ……今は、な」
以前の契約が有効であるからまだ手出しができない。あちらもそれを見越して行動している節がある、と。
政治的駆け引きをウィティウムがしなければならないのは、ひとえに心証を下げないため。大義名分がない状態で国に仕掛けるのは、他国で活動する魔族にも影響する。やはりウィティウムはならず者集団と見限られることだって、あり得る。
「ねえヴィス、残り期限はどのくらいなのかしら?」
「契約不履行から二か月は過ぎている。あと一ケ月ほどで契約自体が破棄扱いか」
「待ってる時間が勿体ないわよ」
マーヤが鉄扇を広げて口元を隠した。
「契約を結んでいたはずの我々に攻撃を仕掛けた。だから、今の政府はいらないでしょ」
「危ない橋を渡るつもりか、マダムフレイム」
「あら。ふふ、違うわよ。私、食品部門を拡張したいのよ。ポルガエデンなら穀倉地帯だもの、いい場所だと思わない? そのついでに野心家でもひっかければいいのよ」
「反乱分子を煽って、暫定政府の連中をつるし上げると」
「だって一ケ月もただ待ってるってつまらないじゃない」
その扇の向こう側で笑みを刻んでいるはずマーヤに、イールは「遊ぶのはほどほどになさい」と窘める。しかしおそらく止める気は皆無だ。
「これならば問題ありませんわね、総帥?」
流し目で問いかけるマーヤに、総帥は考え込んだ。
「あくまで、ウィティウムとしてではなく、フレイム商会の勢力拡大の一環、という事か」
「そうですわ。他の商会が手を引いて物資にやや困っているでしょうし……その過程で、商人としてお話しするだけですわ」
鉄扇をしまってくすっと笑うマーヤは、見た目だけなら愛らしい。私は彼女を見ているとスズランを良く思い浮かべる。可憐で美しく、そして毒草のスズランを。
「ポルガエデンの政治に構成員が関わっていなければ見逃す……それが妥協点だ。やり過ぎた場合は処罰対象とする」
「ええ、ええ。そこは心得ております」
今この場で暫定政府の末路が決まった。散々搾り取られた挙句に、契約破棄後は命の保証はない。そもそも部下を失ったヴィッセやイールは殺る気に満ちている。そしてキョウお姉さまもそこに混ざりたがっているようだった。
気を取り直して補佐が告げる。
「捕らえたホラティオは、契約破棄まで幽閉という形を取ります」
「そこまで生かす必要があるのかしら」
そう即答するイールを彼が嗜めた。普段だったら方針が似ている二人だけども、今回は割れた。ホラティオがイールの逆鱗に触れたので当たり前だった。
そこにキョウお姉さまが「それがですね」と割って入った。
「僕、前にホラティオと話したことあるんですよ。その時と比べてあいつの頭がおかしな事になってる気がして、色々と確認したいんです」
「おかしな事というと?」
「あの男、元々はそこまで魔族に関して興味が無かったんです。それが唐突に魔族を憎悪するって変ですよね」
「変といえば変、でしょうね。でも、貴女がきっかけを知らないだけかもしれないでしょう」
明るいはきはきとした表情と声から、お姉さまは真顔になる。
「聞きたいんです。ユゼフをあんな風に殺したワケを。あいつ、ユゼフの身動きを封じて、そして皮をはいだんですよ、公衆の面前で……僕の知ってるホラティオはそんな度胸なんてありませんでした」
内容があまりに凄惨だった。
そしてお姉さまから漂う血の臭いに気付いて目を逸らす。とても美味しそうな臭い。それこそ、皮をはいだらその臭いが強まるでしょう。まるで場違いな感想を抱く自分に嫌気が差してくる。
「彼女の証言を加味して、ホラティオは何かしらの駒という可能性も疑っています……キョウ、止血してください」
「すみません、リアンさん。僕、力入っちゃいました」
眼帯で左目しか分からないけれども、どことなく補佐の様子もそぞろ。私と同じく吸血型だから血の臭いには敏感だ。
手の平に布切れを巻くキョウお姉さまを放置して話は進む。
「つまり、洗脳を疑っている、という事かな」
「ええ……ポルガエデンのクーデターは単なる魔族排斥派によるものだったのかも、疑わしいといえます」
先生と補佐の会話を聞きながら総帥は真剣な顔で考え事をしている。
みな言わないだけで薄々は感じている。
一般的には、邪神教と呼ばれる宗教団体の関与を。
活動内容が破壊工作という点からしてどの国でも異端として禁じられている。信奉する神の望みのままに穢れを滅ぼすのが教義とされている、らしい。その基準も彼らにしか分からない。
彼らが本腰を入れた場合は国さえ巻き込まれることが多いという。そして彼らにとって魔族が穢れであることは言動から明らかだ。
――そもそも、この世界は穢れ切っているというのに何を今更。
瞬時に去来した感想はすぐに溶けて消える。
時々響く内なる声のようなもの。深入りすべきではなかろうと放置している。
私が声の内容を忘れるよう努めている間に、会議は終わった。
とりあえず、邪神教の問題が重要であるために私への追及が控えめで助かった。そう個人的には思うことにした。
それよりも、今回の件で気になっていることが一つある。
みなバラけていくところで、私はイールに声をかけた。二人だけ残った部屋に私の声が響く。
「イール様、何故、導師にフィロガへの情報規制を依頼したのですか」
巻き込まれた上に命まで狙われる羽目になってたフィロガを、イールは裏工作班からわざわざ閉め出そうとした。元より『剣』の人員に限っての協力要請が主だからある意味仕方ないにしても。しかし……あのタイミングでは彼を害するのが目的と取られてもおかしくない。ホラティオの使った魔道具はまともな使い手が操れば脅威になるからして。
イールは例によって表情を隠している。ただし、キドナの様子からして彼に不信感を持っているということは、分かる。彼がホラティオみたいにイールの逆鱗に触れたのか、というレベルだけれども。
「貴女は、彼をどう思うのかしら」
「感情的になりがちで不安定に映ってます」
これまでの様子からそう伝える。しかし、彼の精神の不安定さはある意味仕方ない。現状はそれくらいしか言えない。
顔を伏せるイールは私に何かを隠したがっているのか、目を閉じてしばらく考えている。精霊達の様子からして、私に罪悪感もあるらしい。それこそ余計に不可解な思いが募った。
そして、イールは不意に態度を個人的なものに変えた。
「彼はおそらく魔族を嫌ってるの。それも、生理的嫌悪ではなく、明確な敵として。だから、気を付けて」
はっきりとそう断言する彼女はそれ以上口にする気はなさそうだった。
確かに、フィロガの様子は分かりやすい。敵意と殺意を浴びた身としてはさもありなん。しかし、ただそれだけなら対話で敵意がないと示すのがイールのやり方のはず。それもしないで、というのは違和感しかない。
もしや彼を邪神教の信者と疑って? いや、ならばさっきの場で既に報告して注意喚起くらいはする。
納得がいかない私に彼女は話題を変えた。
「それと……リリーさんの事だけど。彼女はどこかちぐはぐね」
「どういうことでしょうか」
「私が切れた時に顔色一つ変えてなかったもの。敵意も恐怖もなくただ見てるだけって感じ」
どうしよう。
私は誤魔化すだけの気力が残っていない。
「彼女の経歴と合わないのよ。まるで――」
イールが更に続けようとしたところで誰かが入ってくる。
また無表情に戻った彼女は話を中断した。個人的な話に収める気だったらしい。
入ってきたのはキョウお姉さまだった。すぐに内密の話と察したお姉さまは入口付近で謝罪してこちらを窺っている。聞いていたかどうかは分からない。
「そういえば、貴女に用事があったの。きちんと持ってきたわ」
彼女が取り出したのは紐でくくられたペンダントトップ。パステルカラーに染められた綺麗な鳥の羽根がガラスのようなものに封入されている。
ホラティオが持ってた魔道具。風を引き起こすためのものだ。
「ありがとうございます」
お姉さまはその魔道具を受け取って握りしめる。無言で目を閉じるお姉さまは涙こそは流してないけれども、とても悲しそうだった。
「いいえ。友人の形見が戻ってきて良かったわね」
「そう、ですね」
お姉さまから聞かされた話では、この魔道具の本来の使い手である民族はもういない。残っていないらしい……ポルガエデンはその民族を根絶した。
そんなことまで知っているお姉さまはそこそこあの国と関係があったはずで。その友人はお姉さまにとっては特別な人だったのかもしれない、と私は勝手ながらに推測した。精霊がお姉さまの感情を模倣しないから本当に邪推でしかないけれども。
「ポルガエデン、失くなっちゃいますか?」
「どうかしら。マーヤがろくでもない遊びを追加しなければ、国としては持ちこたえるかもしれないわね。監視にリアンがつくでしょうから、要望は彼に伝えるべきよ」
微妙にマーヤを下げた言い方をするイール。いえ、嫌っているという訳ではない。お互い友人と公言しているから気安さから来る評価でしょう。ただ、まあ、色々と面倒な人達でもあるのだけど。
「そうします。本当に、ありがとうございました……メアちゃんもありがとう。そうだ、三人でごはん食べませんか。僕、お礼したいんです」
キョウお姉さまの提案に、イールは「私は遠慮するわ」と声をあげた。
「今回の報告を纏める必要があるの。それに、少し、魔力が安定しないから」
私は察してお姉さまと一緒に部屋を出た。イールが断ったのは予定が空いていないからではない。
歩きながらキョウお姉さまは落ち込んだように肩を落とした。
「また今度の方が良かったかな」
「いつ集まれるかも分からないなら、お姉さまの提案は悪いことでもありません」
無難にそれだけ返して、私は目を逸らす。
魔族であるがゆえの問題にみな振り回されている。同好会の彼らには説明しなかったけれども、なにも吸魔は魔力が底を尽きる時にだけ出るわけではない。イールは淫魔型だ。非常に本人は嫌がってるけれどどうしようもない。
「殺人か乱交か……どっちも外れの型」
「え、どうしたのメアちゃん」
「いいえ。先生が羨ましいと思いました」
「うーん、シウさんのこと? そうかなぁ」
微かに首をかしげるお姉さま。
先生は魔族として羨ましい吸魔方法。みんなああなら平和になるのに。
そして転移した場所は変わった造りの小屋だった。木と漆喰で造られた、あまりこの大陸風ではない建物。
私はてっきり普通のレストランかと。首をかしげた私を見るお姉さまは笑顔だった。
「メアちゃん、もっと人を疑った方がいいよ」
にこにこのお姉さまは、さっきまでの悲壮感が完全にない。
謀られた、と理解したところで小屋から出てきた先客を見つけ。そして、その人物と私は顔を合わせてお互いにため息をついたのだった。




