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2-3

※お酒は二十歳になってから

 私はアーリトの美術館に足を運んだ。

 もちろん、導師からは許可をもらってる。フィロガも任務に巻き込まれたから、家の中で振りをする必要、なくなったの。それだけでもだいぶ窮屈さが減った。


 義兄はやっぱりイライラしている。

 まだ例の組織と導師のすりあわせが出来てないらしくて、私は相変わらず呪術の影響で療養中の振り。


 美術館内は静かで人もまばら。受付に身分証を提示して、中の応接室に入る。

 そこには、あまり表情の読めないおじさまが座っていた。


「館長、今回はどうですか?」

「是非とも、という声がさっそく掛かっているよ」


 私は彼の向かい側に座って話をする。

 魔術師協会に入る前に、気晴らしでって、里親に連れてこられた事があって。その時からの知り合い。

 ここの絵は、ただただ、こちらに訴えかけてくる物が多くて。見ていたら、私もあんな風に絵を描きたくなった。元から、描くのは好きではあったのだけど。


 館長には、たまに魔力石を融通してもらっている。いわゆるパトロンもどきね。それで、完成した絵を二番目に見せる相手ね。一番は、一緒に住んでいるフィロガにどうしても目撃される。


「しかし残念だね、私としては専念してもらいたいものだが」

「本業があるから難しいです」


 館長は穏やかな物腰で少しだけ、苦笑した。

 

 何度か、本格的に画家にならないかって、そう言われたのだけど。私は魔術師協会から離れる気はないから、断っている。たまに、ここに来るのが精一杯。

 館長は残念そうだけど、仕方ない。


「……ところで、今回はどんなコンセプトだったんだい?」


 『きえゆく瞬きの花』についてね。

 私の絵のラフを見てしまった奴らの感想は「吐き気がする」とか、「頭おかしい」とか。そういう言葉しか聞かない。フィロガは、いっつも「趣味に合わない絵を描いてるのはどうして?」って聞いてくるけど。

 この館長も変わってる。あれにどんな意味があるかって、誰も聞いてはこない。でも、何となく、聞かれるのは嫌いじゃないから答える。


「女の子の美しさって、一瞬で。女の子も花も、その美しさって長くはもたない。そして、美しいものは儚いけれど、きっと誰かの心の養分になってまた違う美しいものを作り出すって、浮かんで。それであんな感じにしました」

「なるほどなるほど。百合の瑞々しさと、薔薇の艶やかさの対比が綺麗だったね」

「……館長は、やっぱり変わってますね」

「見えるものが全てではない、と。私は思うだけだよ」


 周りの対応と比較した私がそう言うと、彼は口だけで微笑んだ。

 そういう事を、思う人はどれだけいるのかしら。みんな、見える部分だけで物事を判断する。そうでしか判断できないから。


 そう時間をかけないで私は美術館を後にした。

 今日は他にもやる事があるのよ。いつもは、まとまった暇が取れないから予定を詰めているの。


 その前に、雑貨店で小物入れや割ったカップの代わりを買う……メアにも、何か買った方がいいかしら。それに、トリシャにあの梅干しもどきのお礼、してもいいかも。

 でも、二人の好みが分からない。そもそも、メアはお金には困っていないでしょう。悩んだ末に無難な香りの紅茶を一缶選んだ。これなら、お裾分けのお返しにも問題ないわね。

 ついでに、ファンシーな便箋も二セット買った。ベル達には、任務の関係で買えないから今度にするわ。


 待ち合わせの時間まで、大広場で待っている。

 アーリトは大きな国立劇場があって、そこのオペラがすごく有名なの。本当はチケットも買ってたんだけど、今日になって劇場が封鎖されてしまったから観劇は出来ない。残念だわ。


 道行く人に、ちらちらと視線を投げかけられる。

 スラックスを履いてシャツとベストを着ている女性ってやっぱりおかしいかしら。鏡で見た感じは違和感は特になかったのだけど……体の凹凸があんまりないから。

 オペラ鑑賞する気だったから、それなりにきちんとした服装って思ったらこれしかなかったのよ。


 自分の服装について考えて暇を潰していると、向こうから待ち人がやってくる。


「リリー、お待たせ。わあ、今日は黒髪でお揃いだね」


 にこにことしながら麦わら帽子を押さえて駆けてきたのは、花柄のワンピース姿の女性。

 やけに大きな革の鞄には、お泊りセットとか色々入っているんでしょう。彼女にとっては結構な大旅行だから。私は協会魔術師ってだけで優遇されてるから、転移許可貰ってるけど。


「せっかくだし、ね。たまには黒でもいいかと思って」

「うんうん、似合ってるよ。美少年だね」

「……やっぱり、男に見える?」

「ん? 男装じゃないの?」


 含みの無い視線に、私は服の選び方を間違えたか、と反省した。せめて、スカートを履くべきなのかもしれない……あんまり、好きじゃないんだけど。イザベラは私の容姿を過度に褒めるから、そこは聞き流す。


 気を取り直してイザベラと一緒に歩く。

 艶やかな髪を肩口まで編み込んでいて、可愛い。この子も美人だけど、メアの儚い系の美しさとは違って、人懐っこさとか気さくさがある。


 散策がてらバルでご飯を食べることに決めた後、私はイザベラに聞いた。


「そうだったわ、就職できそう?」

「もうばっちりだよ。いいところに決まったんだ」


 この子は今年で十五才。

 今いる施設からは、もう出て行かないといけない年齢だから。イザベラはもう働いて一人で生きていかないといけない。私が十五才の時って、そんな心配をしてなかったのに。

 でも、彼女は暗い雰囲気を微塵も感じさせない。だから、気まずい。


「良かったわ。それと、新しい職場に馴染めそう?」


 自分の対人関係が割と貧相なのは自覚している。もうそこは諦めが入っている。

 でも、イザベラはこれからの子だ。せめて、一緒に頑張れる仲間とか、居ればいいなって。そう思って聞いたんだけど。


「んー……みんな、あまり近寄らないから話が出来ないんだよね。でも、偉い人のお坊ちゃんは気さくだから、仕事しやすそう」


 話を聞き流しながら、私は笑顔を作る。この子は、施設でも友達はいなかった。イザベラがどうしても馴染めない理由、最近分かったわ。この子のせいじゃない。


 一通り話をしたイザベラは目的の店を見つけて走る。

 二人で席について、私はぶどうジュースを飲む。向かい側のイザベラはサングリアを飲んでるけど、見た目で成人していると勘違いされたわ。


 料理が来る前に、便箋を取り出してイザベラに見せる。


「先に渡しておくわね。コレ、可愛いでしょ」


 パステルカラーの動物や植物が可愛いタッチで描いてある便箋。会う時はいつも、私がこの子に買ってるの。お金、使わせるのは悪いし。


「本当だ、可愛いね」

「一押しはこの一角獣よ」

「こっちの天馬も好きだよね、きっと」

「ええ。もちろんよ。これで書いて送ってちょうだい。あたしも同じセット買ったから」

「うん。楽しみだね、わくわくするよ」

 

 イザベラは皿の上にあるオリーブのピクルスを摘まみながら、サングリアをまた飲みだす。

 

「あ、そういえば、今年はコンペの年だっけ。『剣』の催し物とか、後は屋台がいっぱい並んでいるんだよね。食べ歩きとか、楽しそう。リリーって何かするの?」

「特に予定はないわね」


 コンペは二年に一度の魔術師協会の催し物の事。

 周辺諸国の一般人やお偉いさんとかたくさん観光で来るから、実質お祭りのようなものね。でも、今年はやるかどうかわからない。メアの襲撃もどきで警戒中だから、取りやめる可能性もあるし。


 それに、イザベラはコンペがあったとしても、魔術師協会には来ない、と思う。絶対にあいつと鉢合わせちゃいけないから。


 ふと黙った私に、イザベラは山ぶどう色の目をぱちぱちさせながらサングリアに浮いてたオレンジをかじる。そして、「うーん」と唸ってまたオリーブを摘まんだ。


「私は、悲しいとか辛いとか思ってないよ。むしろ、リリーが気に病む方が嫌かな」


 イザベラは、飲み物のお代わりを店員に頼む。そして、まだ黙ったままの私に、ミートボールを取り分けた。


「お互い幸せに暮らすのが一番だよ、離れてても。あ、そうそう、専門職の資格も取れたんだ。全部リリーとフィロガのお陰だね」

「そんなのイザベラの努力の結果じゃない」

「でも、先立つものが無いとどうしようもないよ。そこでつまずいてる子達が多いんだ。私は恵まれているよ」


 恵まれている。ねえ、それは本当に、恵まれているの? 満たされているなら、そんな言葉も本当は出てこないんじゃないの?

 いえ、分かっているわ、これは私の被害妄想が入っている。極秘任務の気疲れのせいかしら。私の精神状態も、悪くなっている。


「リリー、ちょっと疲れてる? 顔色良くない気がするよ」

「何でもないわ、久しぶりに協会の外だから、人酔いしているのよ」


 イザベラにそう言って誤魔化したら、二杯目のサングリアがやってきた。

 とっさにそのグラスを取ると、イザベラはふくれっ面になった。

 

「それ、私のだよ」

「まだ未成年でしょ、イザベラは」

「だってエスカーチャだと飲めないんだもん」

「もう駄目よ、一杯までよ。嵌め外しちゃって」

「ここはアーリトだもん、アーリトなら飲んでも問題ない年齢だよ」


 そう主張するけど、店員に目を向けたら首を慌てて振って否定している。こういう時は嘘つきになるわね、この子も。


「でもじゃないわよ、見逃しは一杯までよ」

「リリーはお酒、嫌いだよね。私は美味しく飲めるからいいの」


 イザベラがそのままサングリアを奪って飲み始める。体格の差で奪い返せなかった。店員も、見ない振りよ。

 後は、他愛もない事を話して楽しく過ごすことにした。



  ***



 そして、家に帰って機嫌が最悪な義兄とご対面。

 光の筆記の魔術を展開して、空中に所狭しと図を描いてはバッテンを付けたり消したり忙しそうだった。ほぼほぼ、どうやってメアを援護するかを考えているんでしょう。

 机は買い替えたほうがいいレベルで補修されている。


「あんた、何回壊したら済むのよ」

「いやー、壊したくて壊してるわけじゃないんだよ。勝手に壊れてくれてさ!」


 笑顔だけれど、今度は椅子にひびが入ったわ。誰に弁償を求めれば良いのか。この場合は導師かメアかしら。


「なんでスレイは阿保なこと仕出かしてくれんだろうね。俺が尻拭いとか、本当……ふざけんじゃねえ」


 あまりにもお怒りモードのせいか、口調も荒い。フィロガは導師には強く出れないから、自動的にメアに全部の怒りが向かっているわね。

 あの時に子ネズミみたいに震えていたメアを思い出して少し可哀想だけど。私も私でどうしたらいいのか分からなくて困っている。


「ねえ、現状はどうなってるの」

「リスリヴォールのスパイであるスレイが協会の技術を盗んだって話になってる」

「実際に使ったんだからそりゃそうなるわね」

「……自分で勝手に組み立てたのは、確かに脅威だよ」


 メアのあの爆破の魔術は不完全だった。自力で作成したんでしょう。あの術式だと威力が変えられなくなるから、応用が利かない。


「でも、なんでリスリヴォール?」

「半分は、あいつの失態だよ、半分は。分かりやすすぎ」


 私が首をかしげると、フィロガは何かを思い出して急に真顔になった。

 もう半分は何だというのか。別方面でイライラしだした義兄は、落書きを半分くらい削った。


「塔の人間丸々眠らせたとかね、もう何してくれてんだろう」

「それは、魔術じゃないんでしょ」

「呪術だって思われている。魔術の痕跡が無かったから」

「で、あんたはどう思うのよ」


 フィロガはその紫紺色の目を私に向けて、すぐに目を魔術に戻した。

 

「誰かに聞いた?」

「言っとくけど、メアからじゃないわよ」

「ふーん……」


 最初は、バーナードだったし。

 さほど気に病んでないところをみるに、やっぱりみんな知ってるんでしょう。本当に隠したかったら、こいつは別の反応をするわね。

 フィロガは文字をまた書き足しながら話す。


「呪術でもないよ。そもそも、呪術はそんな便利なものじゃない……リリーは、怖い?」


 義兄の言い方はずるい。私が気が付かなければそれでいいと、そう思ってわざと紛らわしい言い方をする。自分で言って、自分で傷ついてる。それなりに一緒に暮らしているから何となく分かる。


「いや全く」


 そう言ったら、フィロガは肩をすくめた。呪術は怖くない。私には掛からないもの。

 それよりも、現状をどうにかしないと家が冗談じゃなく壊れる。


「ねえ、フィロガ。お土産買ったんだけど。アーリトのオルゴールよ」


 機嫌がまだ悪いフィロガの前に置いた。

 上に踊り子たちが乗っかっている木製のオルゴール。別に音楽なんて聴く人ではないけど、そこじゃないのよ。

 ぎすぎすした空気が少し軽くなる。義兄の趣味が、魔道具を集めることだから。


「ありがとう……面白い機構だね」

「たまたま見つけただけよ」

「そっか……昔、修理したのもアーリトのオルゴールだったなぁ」


 少し懐かしそうにするフィロガを私は複雑な気持ちで見て、すぐに二階に上がる。選んだのは、本当は、イザベラなのよ。こいつは分からないんでしょうけど。

 私は自室に戻って荷解きをして、ついでに部屋着に着替える。


 狡い大人よ、私達。フィロガも私もどっちも狡い。本当に向き合うべき人には、向き合えてない。

 

 『色移り』を解いた自分の姿が鏡に映る。ねえ、いつまで目を逸らし続ける気でいるのかしら。

 すぐに、踵を返して今日の晩御飯の準備に向かった。

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